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日本手話で学ぶ手話言語学の基礎

日本手話で学ぶ手話言語学の基礎

松岡和美、くろしお出版、2015

3037冊目


手話が独立した言語であるということが広く認められてきているが、まだまだ研究は進んでいない。著者は数少ない手話言語学者として、手話を母語とする手話話者からデーチを取りつつ、手話の言語構造を明らかにしようとする。


手話使用者のタイプにはDofDネイチブサイナーと呼ばれるろう者の両親の元に生まれたろう者。生まれた時から手話を母語としてきたもの。

DofH、健聴者の両親に生まれたろう者で、手話習得の時期により、早期習得者、後期習得者に別れる。

ろうの親の元に生まれた健聴者は「コーダ」と呼ばれる。


手話の利用者が以上のように多様な上、それぞれのサイナーにしても日本手話と日本語対応手話などの混成言語になっている場合が多くなる。そのために日本手話そのものの文法構造や語彙の研究が難しい。また、言語学者とネイティブサイナーとの接点がないことも研究が進まない原因だという。


何れにしても、一般書としてかなり珍しいのがこの本だ。


手話の単語を作る「音韻」パラメータには以下のものがある。


位置

手型

動き

手のひらの向き


ストーキーの手話表記法は、これらのパラメータについて独自の書記システムである。21

Tab位置,Dez手型,Sig動き

である。が、これでも十分ではない。


そこに動きの連続性を考慮に入れたのがリデルとジョンソンが開発したMHモデルである。23


わたしも手話単語を書き留めているが、基本は、すでに学習した指文字などを基本の手形として表記し、その動きを加えている。しかし、「て」などは前向き、身体向き、右向き、左向き、上向き、下向き、横倒しなど6ポジションある。多分これが一番多いポジションのバリエーションだろう。指文字によっては、これらすべてを動かすことはできない。


アメリカ手話では、わたしが採用しているような基本の手型を7つ提案している。a,s,o,b,1,c,5である。それぞれに日本手話では「あ」「さ」「お」「け」「ひ」「c」「て」である。無標=単純な形、基本の形と呼ばれている。31


面白いのは名詞と動詞の関係だ。「椅子」を表すときは、小さく二回、「座る」は大きく一回。車、電灯、ドアなども同じである。


二つの単語の複合語も単語の作り方の一つである。38


無知、不注意など。


その他、数字が入った手話「三人」など。指文字の入った単語は、「我慢」を「す」の指文字でやって「ストレス」。42


増殖中?!


「インターネット」「イメージ」「レクレーション」などわたしが知っているだけでもかなりある。


NHKの「みんなの手話」でも同じ手型を使って異なる意味を持つ表現を紹介していた。


「お好み焼きにソースとマヨネーズをかける」

「お好み焼きにはマヨネーズではなく、ソースをかける」

「お好み焼きには・・・」だったかな。


加えて、手話にはNM表現、手指を使わない表現もある。non-manual 63

これは単なる表情ではなく、文法的な要請なのです。


その他「できる」「必要」などは動詞と一緒に使って組み合わせで異なる意味にもなる助動詞的な働きをします。


それって、英語に似ているね。


CL表現とはclassifier

日本手話で男女を区別しているのは、世界的にも珍しいのだそうだ。98

RSとはrole shiftで、自分ではない人になって表現するもの。PT1は自分、PT2はあなた、PT3がそこにいない第三者です。



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by eric-blog | 2018-02-28 17:13 | ■週5プロジェクト17 | Comments(0)

ERICニュース583号 2018年3月4日より 教育の人間化

◆◇◆◇ 1.  改めて、教育の人間化を考える(4) TEST2018 ◆◇◆◇


これまでのTESTのプログラムはブログのカテゴリーで検索してご参照ください。

http://ericweblog.exblog.jp/i24/


これまで、1980年代からの学習者中心主義カリキュラム改革の「教育の人間化」の動き、社会が「近代の人間化」を求めて、シフトしていること、それらを受けて、ESD持続可能な社会のための教育は、教育と社会をつなぎ、その相互作用によって、より良い未来を切り開く力にしようとしていることをまとめてきました。


その上で、今回は、では、そのようなESDを担う教育的指導者の人材育成はいかにあるべきかをまとめておきたいと思います。


1. NAAEE北米環境教育連盟の「優れた環境教育のためのガイドライン」

2. 教員のためのリフレクション

3. 環境教育指導者育成マニュアル


1. 北米環境教育連盟は6本の「優れた環境教育のためのガイドライン」を出しています。その一本が環境教育者の人材育成について、です。


環境教育指導者に求められる能力:Guidelines for Preparation and Professional Development

1.環境リテラシー

2.環境教育の基礎

3.環境教育指導者の専門家としての責任

4.環境教育の計画と実施

5.学びを促進させる さまざまな教授法とアクティブ・ラーニングの習熟

6.アセスメントと評価


2. 教員のためのリフレクション


武田さんたちは、コルトハーヘンからの学びなども入れて、56の項目にふりかえりのポイントをまとめている。

https://ericweblog.exblog.jp/238361384/


わたし自身も教員の自己習熟のための点検項目をリストにまとめたことがあったが、どんなに削ってもA4一枚、びっしりになりました。武田さんたちのものはA4見開き2ページと言うか、A3というべきかの分量です。


そのようなチェックリストを研修でも活用してみて、わかったことは、「教員も子どもも同じだ」ということでした。学習者としての彼らは、子どもに対して配慮するときと同じ配慮が有効だということです。


過剰な数は、参加型学習の方法で扱うには不向きなのです。


ポイントは三つ。検討する項目は5つまで。たとえ専門家でもそれ以上になるとグループ作業で扱うには不向きなのです。これらのワークシートを活用するときは、その活用の仕方に気をつけて行う必要があります。


もちろん、カリキュラムの構成としてはこれらの項目はとても役に立ちます。教員養成のカリキュラム構成として理解するのが、良いのではないでしょうか?


そうすれば、それぞれの項目にさらに「学び続ける組織」の五つの原則や、コミュニティ・オブ・プラックティスなどを入れ込むことができるでしょう。


NAAEEのように「6種類のガイドライン」それぞれに「6本の構成要素」というのはいい工夫だと言えるでしょう。わたしなら、五本にしますが。


3. 環境教育指導者育成マニュアル

1999年に作成した『環境教育指導者育成マニュアル』も、指導者育成のカリキュラムやプログラムを考える上で役に立ちます。


理論とその理論を共に学びあう参加型プログラムの例を9本の柱で紹介しています。


第1部 環境教育を推進する指導者育成のために

  1. 第1章環境教育の使命
  2. 第2章環境教育の目標・内容・方法
  3. 第3章なぜ、参加なのか
  4. 第4章環境教育推進の課題

第2部 参加型で伝える環境教育指導者育成のために

  1. 第5章参加型アクティビティとは何か
  2. 第6章プログラムとストーリー
  3. 第7章環境教育の総合的なカリキュラム
  4. 第8章ファシリテーターを育成する

第3部 環境教育の実践を広げる指導者育成のプログラム

  1. 第9章フィールドを生かした環境教育


それに加えて第4部「コミュニティの課題に応える指導者育成」という構成になっています。この構成は、環境教育のみならず、ESDの柱である様々なテーマ型教育の指導者育成カリキュラムの基本にできるものです。


加えて、人権教育で取り上げている「スキル」教育のトレーニングプログラムをもう一本の柱にすることで、ジョン・フィエン氏が言う「四つの教育に共通するスキル教育」すなわち、ESDのスキル教育になることでしょう。


本編250ページ、資料編70ページ、合わせて320ページという大著ではありますが、ぜひ、指導者育成カリキュラム構築のための参考にしてください。


これらの指導者育成カリキュラムを参考に、TESTでは自分たちのスキルアップについて考えていきます。


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by eric-blog | 2018-02-28 12:15 | ◎TEST 教育力向上プロジェクト | Comments(0)

教員のためのリフレクション・ワークブック 往還する理論と実践

教員のためのリフレクション・ワークブック 往還する理論と実践

武田信子、金井香里、横須賀聡子、学事出版、2016

3036冊目


教師のコア・コンピテンシーを三つの分野にまとめ、それぞれを細分化した項目を「リフレクション」のポイントにしたもの。


1. 人権感覚

2. 資質

3. 能力


リフレクションのレベルを3段階で。これは立田さんの学習レベルに同じ。

1. ミクロ   個人

2. メゾ    学校

3. マクロ   社会


その上で7本の柱にそれらの細分化された項目をまとめている。


1. 成長しようとする力

2. 対人関係の力

3. 教育者としての力

4. 学びの場を作る力

5. 組織する力

6. 同僚・仲間と協働する力

7. 学校を取り巻く人々と協働する力


ふりかえりにはコルトハーヘン・モデルも紹介されている。


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by eric-blog | 2018-02-28 11:33 | ■週5プロジェクト17 | Comments(0)

プリズン・エクスペリメント

プリズン・エクスペリメント


第七回死刑映画祭で『プリズン・エクスペリメント』を見た。

http://intro.ne.jp/contents/2018/02/14_1927.html


詳細は『ルシファー・エフェクト』という本に詳しいが、スタンフォード監獄実験と呼ばれている実験を映画化したものだ。

https://ericweblog.exblog.jp/237916625/


実在の人物によく似た役者を使って再現しているのだが、映画の最後に当日の記録動画も紹介されている。教授へのインタビューと、そして、ある看守役と囚人役の二人の会話の場面である。


******

忘れないように付け加えておく。


看守役と囚人役の二人がふりかえりを行なっている実写の中で、囚人役はその看守役を嫌いだ、好きになれないと言う。あれは実験だったのだ、と看守役が、自分自身としても実験をしていたのだと言う。人間はどこまでやれるかを知りたかったと。そして、誰もが彼を止めなかったと。しかし、囚人役の彼は「それでも、そうなり得るお前を好きになれない」と。

********


本の著者が言うように、アブグレイブ刑務所で起こったことが、あまりにも実験の結果に酷似していたことに衝撃を受けて、30年も経ってからの執筆に繋がっている。


人は、環境によって非人間的になり得るのだ。


そして、面白いことに、「いじめの構造図」と同じように、三人の看守は次のような行動パターンを示していた。

・力の支配を行使する人

・それに積極的に加担する人

・不服ではあるが、何も言わない傍観者


傍観者は、歯止めにはならない。「アルジェーズ・モーテル事件」では、傍観者的であろうとした警官は「仲間である証明」のために加担させられて行く。

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/93115/3115369/index.html

https://ericweblog.exblog.jp/238199405/


もっと長く実験が続けば、同じことが起こったかもしれない。そして、傍観者の証言は、結果的には裁判の役には立たない。マジョリティの側、白人の側を守るように、モメンタムは働くのだ。


監獄実験でも、看守を守る方にモメンタムは動く。所長が口では人権をうたっても、実効性がない場合は、看守の力による支配は過激化する。


グアンタナモを継続すると言うトランプ大統領の意思は、人権侵害を助長する方向に働くことは間違いない。


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受動喫煙防止条例にしても、女性専用車両にしても、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」魂がここにも息づいている。つまりは強者の側、既得権の側の論理でしかない。


共生社会とは弱者への配慮があって初めて成立する。


http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html


その合理的な配慮すら拒絶しているのが今の「俺らファースト」である。


喫煙者の権利を優先させれば、数と力の論理で喫煙者が有利になるに決まっている。あの条例案では、「ちょっと吸わないでください」と言う声すらあげられなくなる。そして、大多数は「傍観者」を決め込むのだ。


女性専用車両も、男性の権利を優先させれば、数と力の論理で男性が有利になるに決まっている。そもそも社会に男性女性は半々いるのに、女性専用車両は1/10にも満たないではないか。利用している数で決まるのならば、それもまた強者の論理がまかり通ることになるだけだ。その背景に「男性優位文化の男性中心社会」が厳然として存在し、そして、経済力も発言力も男性の方が強いからだ。


先日も、地域ボランティアのミーティングがあった時、「詐欺商法」の被害者と加害者が、それぞれ女性であり、男性であることの背景には、自立して物事を考えること、発言することを忌避するように育てられる女性の姿があると発言した。そうしたら、「僕の家では全く違う。別世界だ」と発言した男性がいた。個人的なケースで世界を理解しようとする姿勢に呆れだが、それが男性の自分に都合のよいように物事を解釈する認知バイアスなのだなあと、改めて、実例を見、暗澹たる思いがした。


といって、地域活動に参加しようとする男性は、それでもマシな方なのだから、あまり論理的に攻めると来なくなると困るから言うのを控えてしまう。そうするといつまでたっても彼らの認知バイアスは変わらない。困ったものだ。



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by eric-blog | 2018-02-26 10:54 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

手話を学ぶ人のために  もうひとつのことばの仕組みと働き

手話を学ぶ人のために  もうひとつのことばの仕組みと働き
本名信行、加藤三保子、全日本ろうあ連盟、2017
3035冊目


手話が独立した言語であるという認識が広がってきたのは21世紀になってからである。平成18年(2006年)の障害者の権利に関する条約でも独立した言語のひとつとして明記もされている。日本では鳥取県が2013年に手話言語条例を制定してから、今日、都道府県市町村合わせて128箇所で条例が作られている。

言語条例の内容は・手話の普及・手話を話す人々の日常生活、社会生活が円滑に行えるように「合理的配慮」・手話での情報提供・手話通訳の提供・手話技術の向上への努力などとなっている。

明治13年(1880年)にミラノで開催された国際会議でろう者に対する「口話」での教育推進が決議されて以来、130有余年である。この決議を受けて、日本でも昭和8年(1933年)には実質的にろう学校での手話は禁止された。そのことは、現在もろう学校に通ったろう者の人たちの経験談からも、いかに厳しいものであったか、うかがい知ることができる。

しかし、学校では禁止されていても、多くのろう学校が一県一箇所しかなかったことから、寄宿舎に入ることを余儀なくされ、結果、寄宿舎では手話が主たる言語として受け継がれることになったのだ。日本手話と呼ばれるようになったとはいえども、方言がたくさんあるのはその流れである。

驚くことに、ろう学校で教える先生でも、手話ができない人がほとんどだったということだ。それほど「口話」を強制したわけだが、「厳しかった」という感想は聞くが、そのことによって「助かった」「今もそのことで恩恵を受けている」という話はとんと聞かない。脳性麻痺の人が「しっかり歩けるように」と足の手術を繰り返して受けてきたが、効果がなかったという話に共通するものがある。

「健常者」のスタンダードを押し付けるばかりで、そのスタンダードが当事者のQOLをどれだけ高めるかという判断基準は存在しないのだ。

手話が独立した言語であるということは、そのようなマイノリティが日本国に存在し、その言語を使って生きる権利を有しているということを認めるということだ。

その大きな流れとなったきっかけは、第11回世界ろう者会議in東京だったのだ。1991年。「手話はあらゆることを表現できる言語手段である。」2020年の東京オリンピックに向けて、外国人に対して「おもてなし」の受け入れ態勢づくりの議論が盛んだが、手話についても同様に配慮が求められるようなものなのだ。国際手話を話せる人の養成とかすすんでいるんだろうか?

この本では、第6部第7章で手話が発展する社会的条件を次のように整理している。

1.ろう者がろう文化に誇りをもち、手話の言語としての正当性と手話を使う権利を主張すること。
2.多くの聞こえる人が手話を学び、手話の普及に協力すること
3.手話の構造と機能について、言語学的研究を振興、手話の十分な発展を促進すること
4.ろう者の様々な職場における雇用を促進し、社会参加を保証すること
5.ろう教育で手話の使用を認めること

手話は、ろう者の「母語」なのです。

ローカルな違いは残しつつも、多様な情報の翻訳可能性を高めていこうとすれば、ある程度均質で標準化されたものになっていくのは仕方のないことであるとともに、必要なことなのでもあるのでしょう。

では、日本手話の「語句」の成り立ちを第一部第二章から見て見ましょう。
1.実在するものの外観や動作を表現する
2.一般のジェスチャー利用する
3.漢字の外形を表現する
4.漢字の意味を表現する
5.日本語の身体表現を記号化する
6.概念を空間に転写するそれぞれ例で見ていこう。

1. 漢字の成り立ちと同じで「木」「山」がある。「犬」は漢字とは異なり、耳の形で表している。
2. 「車」はハンドルを握って動かす仕草。「お金」はOKのような形で、健常者も使う仕草だ。しかし、それを一つの「部品」として展開するのが手話である。もちろん、金融、貯金など、日本語でも「金」は構成部品ではあるが。
3. 漢字の外形ととしては「小」「田」「月」「北」「井」「中」「千」
4. 漢字の意味を手話表現にしたのが「上手」。
5. 日本語の身体表現を記号化したもの。「頭を抱え流」「待つ」
6. 概念を空間に転写する。「関係」「分かる」「癖」など。手話を構成している要素1. 手の形2. 位置3. 動き手話はまた同時性という特徴を持っている。「男女」「留守」「家族」など。

空間の使い方も独特である。「登録する」とMHKみんな手話では解説している。他動詞の「する」「される」も方向によって説明できる。「未来」は体の前方で、「過去」は後方。語順にも「テーマ」を最初に出すという特徴がある。「あなた」「食べ物」「好き」「何」のように。手話で助詞は使わないが、「が」「に」「する」などは空間を活用することで表現できる。
「母が兄を呼ぶ」でも「兄を母が呼ぶ」でもかまわない。

疑問文は話の最後に疑問詞をつける。「何?」「いくら?」「誰?」「いつ?」「なぜ?」「どれ?」など。

手話の構造が明確にされることで、第4部。「新しい手話をどうつくるか」という語彙の拡大が進められることになる。そのことで手話の世界が広がるわけだが、それ自体も様々な担い手たちが存在する。

面白いところでは、「宇宙手話」というのを東洋大学手話研究会が作っている!最初聞いたら、宇宙人と交信するためのものかと驚いたが、「宇宙船」や「船外活動」などを手話で表現する工夫だ。

「あいさつ」は両性に共通しやすいひさし指に変わっているが、通訳は未だ親指のままだ。不思議だなあ。手話そのものがろう者にとっての新しい言語になっているのではないか? 学校手話がどの手話を採用するのか。など、課題は多いだろうなあ。一方で、方言や仲間内での表現がたくさんあり、かつ、新しい言語に置き換えるのが難しい。

人間の思考スピードと、音声言語と手話言語の表現単位の違いも面白い。

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by eric-blog | 2018-02-24 08:05 | ■週5プロジェクト17 | Comments(0)

語らなかった女たち 引揚者・70年の歩み

語らなかった女たち 引揚者・70年の歩み

鈴木政子、本の泉社、2017

3034冊目


第二次世界大戦が終わった時、10歳だった著者が、書き記した810日以降に起こった満蒙開拓団の敗戦後の姿。


これまでも、書いて発表してきたが、(『あの日夕焼け』1980年など)それに対して「日本の被害の側しか書いていない」という批判があったそうだ。この本は、加えて1982年の初めての訪中団、本を読んで寄せられた中国人の手記、中国人慰安婦の記録に接したときのこと、博多港に引き上げてきたとき、堕胎を行なっていた病院の跡の訪問などが加えられている。


これまで、満蒙やシベリア抑留などについての本は、男性が書いたものしか読んでいなかったように思う。


中国人慰安婦の物語に触れたとき、近しい引揚者の一人、当時17歳だった女性が、自分自身の体験を語らなければと、初めて明かした体験。それは鏡像のようなものだった。戦後60年が経っていた。


「戦争は、死んでいった者はもちろんですが、かろうじて生き残った母や私などにも、こうして一生、消せない傷跡を残しているのです。・・・一度戦うと、その影響は100年残る・・・。」133



終戦時、外務省が「居留民はできる限り現地に定着せしめる方針」と電報を打っている。『引き揚げと援護30年の歩み』より


その電文に書かれた「生命、財産の保護については、万全の措置を講ずること」という命令は、関東軍によって実行されることはなかった。24


「軍の主とするところは戦闘である。戦闘に際しては、隣の戦友が負傷しても見向くことさえ許されない。あの作戦時、なぜ関東軍は居留民保護の兵力を指し出さなかったか・・・あるいはまた、何故に居留民より速やかに後退したのかと正されれば、それはただ一つ、作戦任務の要請があったと答えるばかりである」24


そして、命からがら引き上げてきた博多で、乱暴された女性たちを待っていたのは、堕胎処置だった。5ヶ月も過ぎていれば、早産させる。

厚生省から19458月末に召集された医師たちがそれに当たった。78


中国全域では日本人71万人死亡。旧満州地区の日ソ開戦による犠牲者は245000人だったと記録されている。25




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by eric-blog | 2018-02-21 13:23 | ■週5プロジェクト17 | Comments(0)

人をつなぐ対話の技術

人をつなぐ対話の技術

山口裕之、日本実業出版社、2016

3033冊目



いまの日本社会について、そして、学生の質について、大学人の多くが感じていること、考えていることを哲学者として「対話の技術」と絡めてまとめた本。我が意を得たりと膝を打つことしばしば。


そもそも対話とは「価値観が違う他者とのコミュニケーション」なのだ!


まず第一章「対話ができない人たち」症候群の分析。

インターネット上の書き込みはなぜ罵り合いのようになるのだろうか? 質が低くないかと、ネトウヨなどについて感じている人は多いのではないだろうか?


著者はそれらの書き込みが「上から目線の決めつけ」だという。ネトウヨにもアンチネトウヨにも共通しているこの兆候は、そもそも書き込みの動機が「正義感」に発しているせいなのだ。


この本の最後にまとめられている「対話の技術」をここで紹介しておく。

  1. 1.自分から見て、どんなに不正だと思える相手についても、その人なりの立場や感情があるはずなので、まずはそれを理解しようとすることが大切。
  2. 2.それから、問題となる事態を具体的に特定し、それが事実に反する思い込みや、中身のない言葉だけのものではないかを検討する。
  3. 3.人間の思考にはバイアスがかかっていることを自覚する。
  4. 4.自他の要求を明確化することで、争点を明確化する。
  5. 5.要求が事態の改善につながる因果関係を持っているかどうかを検討する。
  6. 6.相手の思考の体系を理解した上で、その問題点を指摘し改善策を提示するような建設的な質問をする。
  7. 7.自分自身の立場を反省する。
  8. 8.事実認識を共有する。そのためには、ネット情報に頼らず、学術的な研究や一次資料を確認する。
  9. 9.共有されている価値観を確認し、価値観同士が両立し得ない場合には、どの程度のところまでが許容範囲なのかについて合意形成する。現実をその許容範囲に収束させるための適切な手段を検討する。


最初に自分の考えがあるのではない。対話の中で「考え」が共同作業で作られていくのである。


この本を読んで、わたしが考えていたことをすでに一冊の本にまとめてくれている人がいることに驚いた。


ドナルド・ブラウン『ヒューマン・ユニヴァーサルズ 文化相対主義から普遍性の認識へ』である。2002年。まだ21世紀の出版だから、知らなかったことも許せるか。図書館に入っていないし、中古品での出品でもお高いよ!


民話に共通性があることを探求した本はすでに紹介した。ブラウンの本も、ぜひ、読むリスト。


と、大切なことをまず書いておいて、次に進もう。


第二節「異論を封じる政治」

ネトウヨだけが「上から目線」なのではない。政治がそうなのだ、と続くところがワクワク。ネトウヨが問題なのは、ネット上で彼らが書き込むことではなく、現政権が彼らが主張に近い政策をしていることが問題なのだと。

「生活保護切り下げ」「韓中との関係悪化」「安保法案強行採決」などなど。20


彼らの「上から目線で対話を拒む態度」。そしてその結果として客観的な根拠のない感情的な思い込みが十分な検討もされないまま政策として実行されてしまう。


安保法案について、憲法審査会に呼ばれた3人の憲法学者が、「違憲」とした。

それに対して自民党側は、「違憲かどうかを決めるのは学者ではなく、最高裁だ」とか、「国民と国を守る責任は憲法学者でなく政治家」などの発言を繰り返した。到底合理的なはんろんとは言い難い。しかも、その後憲法審査会の開催を取りやめた。21


安倍政権下で「上から目線の対話拒否」を恒久化するための制度変更が着々と進められている。制度が変更されれば、政権が変わっても存続していく。24



その一つが、第3節「大学における異論を封じる体制づくり」である。


予算による「改革」への誘導。

予算による支配も「上から目線の対話拒否」の手法である。26


重大な転換は20146月、学校教育法改正によって、教授会の権限が大幅に限定され、学長独裁体制が大学に強要されたこと。26


時の政権によって教育が左右されるような「不当な支配」に服することなく、教育は・・・国民全体に対し直接に責任を負う」旧教育基本法第10条。


そのような大学の「抵抗性」こそが学問のためにも必要であるのに、今の改革はそのような批判的精神を封じる。


独法化から10年間の国立大学運営の実態は、・・・政府による統制の強化と予算削減による病弊化だった。30


論文数は激減。


大学改革は、対話拒否の態度が対話の場そのものを破壊することの最も象徴的な現場だから。35


そして政治家の世襲化が示すように、日本は階級社会に逆戻りしている。


しかし、「トップダウン体制」を強要されると、強要された側は、まずは反発し、・・・主体的に物事にとり組もうという意欲を失ってしまう。それは結局日本の将来にとって大きなマイナスだろう。37



第二章「対話が民主主義を作る」


当たり前のことだが、大切なこと。

1 「民主主義は多数決ではない」

小泉首相が郵政改革を本来「多数決」になじまない問題を選挙に持ち込んだ悪しき例。


個々人は平均して少なくとも50%を超える確率で「正解」を出せる事柄についてのみ、多数決によって高い確率で「正解」を出すことができる。byコンドルセ


自民党改憲草案の問題点として著者が指摘するのは「権利」と「義務」の概念を理解していないところだという。

2011年の草案については、憲法学者の小林節と長谷部恭男が、「憲法そのものを理解していない」と批判している。76


著者は「権利」はルソーの言うように、「基本的人権rightsは人間が人間らしく生きて行くために不可欠のものであって、義務を伴うものではない。」と指摘する。76


duty, claim, obligation, titleなどの整理がついていないのだと。


rightsclaim(請求権)などでは断じてない。


戦後70年「改憲」を党是とする自民党が戦後のほとんどの期間にわたって政権をになってきたにもかかわらず、彼らは改憲することができなかったのである。82



対話が思考力を育て、民主主義を育てるのだ。


「民主主義の本質は多数決ではなく、すべての人が対等な立場で自分の意見を根拠づけて主張し、討議し、お互いに納得できる合意点を探るところにある」116


多面的な見方ができると、感情にとらわれにくい。128


少しずつでも対話による解決を広げて生き、それが対話のできる人、幅広い知識を持って多面的な見方ができる人を育てていき、それがまた対話による解決を広げる、と言う循環が成り立つように努力して行くべだと考える。148


第三章「正しさは人それぞれ」なんてことはない

対話を阻むものの一つに「人それぞれだから」と言う考え方があると著者はいう。学生たちの考え方の根底にあるものだと言う。


それは『心のノート』や『私たちの道徳』にも表れている。

すでに『私たちの道徳』では、権利を「国家が課した義務obligationの対価として国家権力から恵与されるもの」と教えている。171


これらのテキストでは自己分析がよくなされ、「心」重視の傾向がある。心や感情を重く見るために、異なる意見と出会った場合、対立の扱い方を学ばせるのではなく、「正しさはそれぞれ」とかかわらないようにする傾向に行き着いてしまう。  175


思いやりという下との関係、感謝という上との関係、つまりは上下関係しか、『心のノート』は想定していないのだと、小沢牧子は指摘している。

http://ericweblog.exblog.jp/774951/


第四章「対話が正しさを作る」


ここで、著者はスタンフォード監獄実験を引用して、「権力者は暴走しがちで、庶民は盲従しがち」だと。

217


人間の思考バイアス

  • λ確証バイアス
  • λ認知的不協和への対応
  • λ権威への盲従
  • λ正常性バイアス
  • λ傍観者効果


ベーコンの四つのイドラなど、バイアスについてまとめている本が紹介されている。


『人間 この信じやすきもの』ギロビッチ

『心は実験できるか 20世紀心理学実験物語』ローレン・スレイター、2005




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by eric-blog | 2018-02-20 13:20 | ■週5プロジェクト17 | Comments(0)

国家の興亡 人口から読み解く 2020年の米欧中印露と日本

国家の興亡 人口から読み解く 2020年の米欧中印露と日本

スーザン・ヨシハラ他、ビジネス社、2013

3032冊目


2017年に出版された『未来の年表』の衝撃インタビュー。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54304?page=3


タイトルにある通り、「米欧中印露と日本」それぞれの人口動態とそれに至った政策、そしてこれからを分析している。「人口動態それ自体は運命ではない」

帰結なのである。


欧州は、低い出生率と移民の多さで、欧州人口割合が激減する。


インドは中国を抜く。ロシアも少子化、しかも短命で経済も鈍化する。


日本は移民の受け入れが進まず、少子高齢化で人口減少の一途をたどる。そのことが一番大きく影響するのが「国防」である。人口が少ない国が先制攻撃によって有利になろうとすることはあるかもしれないが、日本にとっては以下のような四つの抑制要因が、そのような攻撃の可能性を低めている。

・地理の重要性

・地形が侵攻を阻む

・双方が核を保有している 日本の場合はアメリカの核の傘

・軍隊の能力 日本の自衛隊は予算はでかい。

というように、日中の間にはこれらの抑制要因が全て存在する。113


高齢者は怪獣的政策を好み、核家族は子供を戦闘員にしたがらない。


先進国の兵力展開の選択肢は限られている。比較的安価な低強度対応(対テロ攻撃と巡航ミサイル外交)か、高強度対応(戦略兵器による全面的攻撃) 115


人口減少という圧力の中、日本は国際的なプレゼンスや米国との協力を約束している。


そして、中国の人口動態の混乱(極端な一人っ子政策の余波と、男子願望による比率の歪さ)は続く。


米国の人口動態は有利性を担保する。経済の80%がサービス産業に転換。しかも、全軍志願兵組織は、全米平均よりも若く、学歴も高く、多様なバックグラウンドが入り混じった構成になっている。249


人口と軍事の関係について論じた稀有な本。


技術だのみの限界が、そこにはあるのだ。


先進国の安定も、いよいよ手詰まりになってきている。その中で、米国の一人勝ちが続きそうな分析ではある。



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by eric-blog | 2018-02-19 17:32 | ■週5プロジェクト17 | Comments(0)

AIが人間を殺す日 車、医療、兵器に組み込まれる人工知能

AIが人間を殺す日 車、医療、兵器に組み込まれる人工知能

小林雅一、集英社新書、2017

3031冊目


ドローンという無人飛行攻撃機は、決して人間が遠隔操作しているというようなものではない。照準を定め、航路を決定し、自動航行。人間とAIのコラボだ。


コンピューターの「ディープ・ラーニング」というのは、計算や検索機能のスピードアップによって可能になっているのだが、膨大なパターン学習の結果だ。


まだまだ、変数の多い複雑な環境、突発事態、不規則性に対応する力は弱いが、どんどん改善されていくに違いない。


倫理的な問題も、それなりに答えを出すこともできるようになるだろう。サンデル教授のいうような、「今、この人を救うか、それとも、30人が死ぬ結果避けるか」というような倫理哲学も、計算可能性を秘めている。


いま、医療で起こっている問題は、AIの出す結論に従うと、患者を救うことができるのだが、なぜ、その結論に至ったかのプロセスが「ディープラーニング」ではブラックボックスになっていることだ。「合理的な理由がわからなければ、人命を左右する決断は下しにくい。」56


国会の質疑でも、除雪車などの自動運転について「ぜひ推進してほしい」と雪国の議員が力説していた。災害救助、災害時の自動放送などの可能性の追求なども始まっている。


手話放送も、災害時にCG手話で情報を伝えるように研究が進んでいる。


まだまだロボットが完成していない段階だからこそ、「ロボット、頑張れ!」とロボコンのような競技が共感を持って迎えられている。


しかし、ロボットが可愛い盛りはすでに去り、実際に様々なところでの活用が、国民、市民、人間の総意や合意なしで、それぞれの分野で進んでいるのが現状だ。


人間は間違う存在だが、AIの間違いに、わたしたちはどの程度寛容になれるのだろうか? その間違いの責任はどこの誰に問われることになるのだろうか?


すごい時代になったものだ。人間の学習なんて、ちんたらしたものは、追い越されるよね。人間は、何を学べば良いのだろうか?


■多い事故、喪失

http://ericweblog.exblog.jp/19827458/

■自立型ロボット兵器

http://ericweblog.exblog.jp/17708776/



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by eric-blog | 2018-02-19 11:46 | ■週5プロジェクト17 | Comments(0)

ヒロシマ 増補版

ヒロシマ 増補版

ジョン・ハーシー、法政大学出版局、2003、初版1949

3030冊目


1946年に来日し、取材。6人の主人公たちに焦点を当てて、ヒロシマを描き出したレポートは、雑誌に連載されただけでなく、一冊の本として大ヒットとなった。


それから39年後に、その6人の人たちのその後を訪ね、取材したのがこの増補版。


一読、描き出される人々の名前の多さに驚く。一人の人が覚えている詳細は限られている。能力の高い取材者、調査者を経て、この本はあの時を一人一人の人間に起こったこととして描き尽くしている。


中村初代さん、佐々木輝文博士、ウィルヘルム・クラインゾルゲ神父、佐々木とし子さん、藤井正和博士、谷本清牧師。


6人の物語は、6人の物語でいて、同じような境遇の人たちは戦争直後の日本のどこにもいた。そのような物語として、共感を呼ぶ。


谷本清さんの社会運動にも心動かされるが、神父そして、神父に導かれて入信した渡辺さんら、キリスト教者の姿に、思いが巡る。


彼らが被爆したのはおよそ爆心地から1kmから1.5kmの所にあった教会堂や病院など。


自身も被爆したクラインゾルゲ(高倉)神父は、ある取材にこう答えている。


「もし、誰かが私に、体がだるいといい、そういった男が被爆者だとしたら。そのことは彼が普通の人である場合とは違った感情を私に起こさせます。彼は説明する必要はありません。」152


続いて彼は天皇陛下という言葉が西洋人と日本人にもたらす違いにも言及する。


「犠牲者である人と、そうでない人との場合でも、両者がもう一人の犠牲者について耳にした時には同様の問題があります。」


日本に生きている外国人というアイデンティティよりも、国籍よりも強い共通性を「被爆者」は持つという。


ピア・サポートの重要性はこんな所にあるのかもしれないと思った。


佐々木さんは、クリスチャンの施設で仕事をしながら、被ばくのひどさよりも、戦争の残酷さをこそ、伝えるべきだと感じていたという。



何を語るべきか、被爆者の運動は、そのような共通性を背景に、世界に訴え続けてきたのだろうなあ。


これまで、多くのヒロシマについての本を読んできたが、この本はすごい。


映画『デトロイト』の原作ともいうべきルポの著者でもある。



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by eric-blog | 2018-02-17 14:05 | ■週5プロジェクト17 | Comments(0)