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カテゴリ:■週5プロジェクト2018( 240 )

障害者運動のバトンをつなぐ いま、あらためて地域で生きていくために

障害者運動のバトンをつなぐ いま、あらためて地域で生きていくために

日本自立生活支援センター、生活書院、2016

3292冊目


第1章 既成概念の変革と、人として生きること

小泉浩子さんは当事者として1990年の始め頃からJCILに関わっている。1964年生まれ、高校卒業とともに上京して自立生活を模索し始めた。

長橋榮一さんが1984年にカリフォルニアのバークレーCILから名称使用許可をもらって京都に設立した。その彼との出会いが。

有料の介助者派遣システムを始めていた。それが行政からヘルパーが派遣されるようになり、JCILNPO法人格をとり介護派遣事業に乗り出した。

「利用者」100名、介助者が150名。

小泉さんは「現状の障害者運動の停滞は事業所設立をしてしまったことが一つの要因だと言えるのかもしれません。」と言う。それはそう思う。「制度」の中に取り込まれ、「制度」を改善するのが運動ではなく、「運営」の責任にもなるからだ。また、他のサービスと弾き比べられてしまう。いまの高齢者介護制度と横並びにサービスが引き下げられている現実がそうだ。


また、彼女は「手足論」の限界にも思い至ります。手足論では障害者は自分の介助にかなりの責任を持つことになる。24


介助者が支持待ちをしているだけでは、生活が回らない。


「サービス提供責任者」が「利用者」と介助者の話から答えを作り出す。


当事者主体をどう守り続けることがその中でできるのか。


事業所の「利用者」と言う位置付けが障害者に対してされれば、介助はサービスになる。与えられるものになっていく。


2013年度が「計画相談支援事業」が、介護保険の「ケアプラン」に相当するものとして出てきた。ケアマネージャーがケアプランを立ててからでないと介助や福祉サービスを利用できない。26


自分の生活を作り続けるのは難しい。


難病の場合は、課題はさらに大きい。

知的障害の場合はどうか。他者による管理を受け入れなければならない。30


介助者がいない時間に起こる様々なことにも付き合う。(あれ? 高齢者介助には、これが認められていないなあ)


CILの原則も障害によって違う。

健常者がつくりだした健常者社会。そこで受けた「排除」を障害者同士がしないように。32


課題。

慣れと手抜き

日々変化するからだ

親への依存

異性関係


制度がある程度ととのい、多様な方が地域自立生活をできるようになってきていてる中、自立生活のあり方も変化してきている。「指示する側であれ」「自分で決める」などが通らない。


「障害者運動によって、わたしたちが生きやすくなった部分はあると思います。でも一方で全く変わっていない現状もあります。長橋前代表がJCILの基本理念として唱えたことですが、「人は人として生き人として死ぬ」と言うことについて比較したときに、健常者と障害者とでは天と地ほどの差が存在しています。この「人として」の部分について、誰も気にしない気がつかないで日々が流れているように思うのです。50


事業所に関わった健常者はこの10年で大きな変化があった。しかし、多くの障害者にとってのこの10年を見てみれば、新たな家族を得ることなどは本当に難しい。無しに等しい。

制度がいくら良くなっても、二十四時間介護が保障されたととしても、「人として生きる」部分からは多くの障害者たちは外されてしまっているという現状。この状況はどのように打破できるのでしょうか。


第二章「運動」以前


第4章 受け取ったこのバトンはナマモノであったか

熊谷晋一郎さん。バトンなんて、そんなに確たるものではないのだ。


同じバトンをつなぐだけでいいはずがない。


社会モデルはいまだに不徹底。

依存先の分散


 「障害者は、しばしば依存しすぎだと見なされるが、依存先のおおざ考えるなら、実際はその逆である。健常者に比べて、バスにも依存できない、電車にも依存できない、制度にも依存できない。179


仕方がないから親に依存する。障害を持つとされている人は、明らかに依存先が少ないのである。180






by eric-blog | 2019-03-26 17:59 | ■週5プロジェクト2018

地域の力 食・農・まちづくり

地域の力 食・農・まちづくり

大江正章、岩波新書、2008

3291冊目


10年前の本である。紹介された事例のその後もチェックしながら、読んでみたい。


「はじめに」で著者は、紹介した地域の四つの共通点をあげている。

  1. 1.地域資源を活かし、暮らしに根ざした中小規模の仕事を発展させ、雇用を増やしている。
  2. 2.民間・農協・森林組合・自治体と所属はさまざまだから、地域に根付いたリーダーの存在。
  3. 3.Iターン人材の多さ。
  4. 4.メインの仕事で現金収入を得ながら、自給的に自らの食べるものを作っている。


いま、まさに、埼玉県小川町が、この状態だ。ただ、2のリーダーは、パイオニアはいたが、いまもリーダーであり続けているかと言われれば、そうとも言えないかなあ。

310日の「さよなら原発、こんにちは自然エネルギー」では、第二部で余人の事例が紹介されていた。小川町でバーや自然食品店を開きつつ、就農もしている人々、オフグリッド生活を営んでいる人の話は本当にすごかった。個人的な選択のようでいて、そこには小川町で共有されている自然エネルギーや有機農業の知恵やネットワークという背景がある。


第1章 開かれた地域自給のネットワーク

木次乳業 独立自営農民!

http://www.kisuki-milk.co.jp

1972年に結成した木次有機農業研究会。

88年に確立した「地域自給元年」の、環境条件に適した飼料自給できる「適量生産」の原則を崩さない。6

食生活の一部としての乳製品。


奥出雲に広がる「風土プラン」1991年。2007年解散。10社ほどが参加したネットワークだ。

食の杜https://iko-yo.net/facilities/29141

非血縁・半地縁・地域共同体の誕生である。


2章 商店街は誰のものか


相生市本町商店街 NPOひょうご農業クラブ29

商店街の動きとしては四日市市諏訪西商店街

ここには日替わりシェフの「こらぼ屋」というコミュニティ・レストランがある。2001年スタート!(小川町にも「べりカフェ」というのがある!)

http://www.pref.mie.lg.jp/MURAS/HP/37156025424.htm

足立区東和銀座商店街(アモール東和)


商店街は街に根をはる植物、大型店やチェーン店は捕食動物。植物が林や森を作っていけば、まちは生き残れる。43


第3章 これがホンマの福祉です

徳島県上勝町

高齢者福祉行政のお手本。経済、行政、遊びの三人のリーダーが鍵だという。


第4章 地産地消と学校給食 

愛媛県今治市 1988年「食糧の安全性と安定供給体勢を確立する都市宣言」

地産地消協力店の認証、市民農園、農業講座など。全ての市民が脳の担い手。

地産地消のメリット 73


  1. 1.生産者
  2. 2.消費者
  3. 3.環境
  4. 4.農政
  5. 5.経済


今治市はいまどき珍しい「自校調理方式」なのだ!

https://www.city.imabari.ehime.jp/nourin/tisan_tisyo/tisantisyo.html


ここで著者はコラムで食育基本法をちょっぴり功罪交えて批判している。それは「農」の視点を持たない「栄養指導」「調理指導」のような実践があることだ。96

フードマイル、地産地消、バーチャルウォーターなどを踏まえて初めて食育と呼べるのではないかと。(ERICでは食農教育と呼んでいますが)


第5章 北の大地に吹く新しい農の風

北海道標津町

命を支える大規模畜産

大多数のための有機農業。


第6章 四万十源流発、進化する林業の現場から

檮原町森林組合

日本で初めて森林認証をとった。


第7章 公共交通はやさしい

富山県富山市・高岡市


第8章 市民皆農!

都会でもできる、市民農業の事例。練馬区光が丘、横浜市。


やっぱり、半農・半ビズがいいよねぇ。



by eric-blog | 2019-03-23 10:08 | ■週5プロジェクト2018

わたしは13歳、学校に行けずに花嫁になる。 未来をうばわれる2億人の女の子たち

わたしは13歳、学校に行けずに花嫁になる。 未来をうばわれる2億人の女の子たち

公益財団法人プラン・ジャパン、合同出版、2014

3290冊目


「世界の女の子の問題は、あなたの問題でもある」と第9章「わたしたちにできること」の小見出しに言う。


13歳で結婚させられることはなくても、「女の子だから」という理由でチャンスを制限されたり、自己肯定感をもてない状況はあるのだ。134


3章 女の子を苦しめる四つの足かせ

その1 「貧困」のしわ寄せが女の子に

その2 「偏見」によって、価値が低い存在とされる

その3 「決定権」「発言権」がない

その4 女の子に不利な「法律」や「しくみ」


一概に「不利」と言えるかどうかわからないけれど、日本でも民放が定める本人の意思による結婚可能年齢が女性は16歳、男性は18歳と違う。不思議な違いである。昔、女は早く結婚させられていた名残なのだろう。そういう意味では、「わたしは16歳、学校に行けず嫁に行く」、つまりは中学校卒業で十分だということだったのだろう。


さらに、「女の子が学校に通えない七つの理由」もまとめられている。50


理由1 制服代や教科書代が払えない

理由2 「女の子に教育は必要ない」という周囲の偏見

理由3 家事労働の負担

理由4 早すぎる結婚・妊娠

理由5 学校が遠い

理由6 学校が安心できる場ではない

理由7 女性の先生がいない


女性の教員がいないことで、ロールモデルがない、未来が描けないとともに、男性教員について学ばせることを嫌がる親もいる。


ではなぜ支援が必要なのか? これも四つの理由にまとめられている。56

理由1 人道的に見逃せない

理由2 女の子自身の幸せのために 価値の向上、自己決定権

理由3 家族や未来の世代を幸せにするために

理由4 地域をうるおし、国の経済を後押しする


エンパワメントにつながる七つの活動  76


1. 女子教育をすすめる

2. 職業訓練を行う

3. 金融サービスを提供する

4. 保険・医療システムを改善する

5. インフラを整備する

6. 暴力根絶をアピールする

7. 法律・政策を見直し、女性リーダーを育成する


わかりやすい本だ。


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p.75

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p.77

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p.76







by eric-blog | 2019-03-15 16:31 | ■週5プロジェクト2018

ゼッケン8年 えい、やっちまえ--一杯のんだ勢いで始めたゼッケン。8年も続けなければならないと知っていたら、ぼくはやらなかっただろう。

ゼッケン8年 えい、やっちまえ--一杯のんだ勢いで始めたゼッケン。8年も続けなければならないと知っていたら、ぼくはやらなかっただろう。

金子徳好、朝日新聞社、1974

3289冊目


この方の息子さんが、映画を作るらしい。

そして、「ゼッケンつけるぞ」と宣言したら、ゼッケンを何枚も作ってくれたお連れ合いとは、『東京わが町』と言う切り絵本を出しておられる。


19648月のトンキン湾事件の後、大統領に就任したリンドン・ジョンソンは、今後のゲリラ闘争拡大見込みの情報を受けて、翌年3月から大規模な空爆を開始する。

この本を読むと、熱気あふれる正義感が、「空爆憎し」と言う世論を跡付けていたことがよくわかる。それは、夫人との会話にも現れている。


昭和四十年45日、初めてゼッケンをつけて出勤。1965年。


「アメリカはベトナムから手を引け」


著者が勤めていた日本機関紙協会は、ミニコミセンターのようなもので、PTA、団地自治会、労組などの新聞、職場新聞やサークル紙など、新聞づくり養成機関として「記事の書き方」「編集の仕方」などを教えたり、一緒に作ったりする組織だという。今も、全国2200を超える団体が所属しているという。


著者は最初、生まれ育った初台で住んでいたが、ゼッケンを始めて二年後に三鷹に引っ越す。家賃が3000円から15000円へ。もちろん、広くもなっているが、64畳半、三畳程度、12坪の平屋だ。1966年。高度経済成長が足音を立てて近づいていた時だ。


わたしが1975年に大学に入学して、三畳に一間半の板間とミニキッチンのついた部屋を借りた時、9000円だったことを思い出す。大阪は扇雀でのことだ。どれほど、慌ただしく、物価が変わったことか。



ベトナム人民支援協会の役員をしつつ、カンパも募り、送る活動も並行して行った。400万円以上を集めたという。そのことでベトナムとの交流も生まれた。

募金集めのために禁酒もした。


1968年、ジョンソン大統領は北爆停止を宣言する。そのタイミングでゼッケンを外すことを許さなかったのは妻の静枝さんだ。


そして、彼女は見抜く。「ゼッケンて、お年寄りの運動ね。罪滅ぼしのためなんでしょう?157


ゼッケンには「かえせ沖縄、つぶそう安保」の文字も加わった。


そして記念すべきゼッケンを外した日は、1973613日。


翌々日の朝日新聞、横山泰三さんの「社会戯評」は「まだまだ」として「カンボジアから手を引け」をスローガンにしたゼッケンに付け替える絵を載せた。


あの時代の雰囲気と変化がとてもよくわかる本だ。映画が楽しみでもある。



by eric-blog | 2019-03-14 11:53 | ■週5プロジェクト2018

毒婦 和歌山カレー事件 20年目の真実

毒婦 和歌山カレー事件 20年目の真実

田中ひかる、ビジネス社、2018

3288冊目


FB友達が、林真須美さんの支援をしている。

1998725日。67人がヒ素中毒に陥り、4人が死亡するという、祭りで供されたカレーに毒物混入される事件が起こった。

同年104日、保険金詐欺などの別件で林夫婦が逮捕される。129日、カレー事件で再逮捕。29日起訴。


2002年、和歌山地裁で死刑判決。2009年最高裁確定。


著者は2006年、被告と面会する。


一貫して無実を訴え続けている被告に対して、同じく保険金殺人容疑で逮捕された三浦和義さんも支援している。彼が「なぜ、取材するの?」と著者に訪ねた時、著者は「研究のため」と答えたという。


しかし、面会の中で、「母としての彼女」を書こうと思う。


四人の子どもの存在が、彼女を狂気から救っていると、本人は言う。殴る蹴るなども含む取り調べで、頭が真っ白になり、「やりました」と言わされかけた時、子どもたちのことが頭を殴りつけるように正気に戻したと言う。


著者は、サリンの冤罪であった河野さんや厚生労働省の村木さんの例などを挙げて、冤罪の問題点を挙げている。


しかし、河野さんは理系でべんの立つ人、村木さんは官僚である。

それぞれに警察の扱いは違うだろう。


それに対して眞須美被告はあまりにも世知に疎く、思ったままを言う。しかも、保険金詐欺は事実だ。地域の心証も悪い。


さらに、取り調べの時も、殴った警部を殴り返し、28年の経験の中で女から殴られたことはないと、恨みを買う。

検察官には、絶対、毎年、大阪拘置所から一人ずつ死刑執行者を出し、お前を苦しめてやると凄まれる。


それでも無実を叫び続ける。


著者は、事件の起訴事実を「杜撰」だと言う。


印象だけで殺人犯にされてしまった被告。そして、今だに犯人がわからないまま放置されている事実。


事件が起こった時の警察の慌てふためきよう、メディアの熱狂と決めつけがよくわかる本である。



by eric-blog | 2019-03-08 20:47 | ■週5プロジェクト2018

NVC人と人との関係にいのちを吹き込む法

NVC人と人との関係にいのちを吹き込む法

マーシャル・B・ローゼンバーグ、日本経済新聞、2012

3287冊目


観察

感情

必要としていること

要求


これらの四つの要素を、率直に表現する。

これらの四つの要素の表現を共感的に受け止める。


序文を、ガンジーの孫であるアルン・ガンジーさんが書いている。13歳の頃に、祖父のもとで学んだこと。非暴力は日常であり、そして非暴力こそが革命であると。「世界が変化するのを見たいのであれば、自分がその変化になる」13


言葉が、鍵となる。


要求も、人生を豊かにする方法、ポジティブに言う方法がある。



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とてもよくまとまっている表。


by eric-blog | 2019-03-07 15:50 | ■週5プロジェクト2018

セックスワークスタディーズ 当事者視点で考える性と労働

セックスワークスタディーズ 当事者視点で考える性と労働

SWASH編、日本評論社、2018

3286冊目


1999年に、性風俗などで働くセックスワーカーが「仕事をやっている限りは健康に勝つ安全に、また、辞めたい時も健康かつ安全に辞められる」状況を目指して活動するグループ、SAWSHによる編集。


当たり前の労働者の権利だ。しかし、想像するに、性をひさぐものに危険はつきもの。夜だし、相手は客だし。女と男のセックスにつきもののトラブルもあるだろうし。もちろん、この本ではトランスジェンダーのセックスワーカー、その他「女と男」というだけにはハマらないケースも含まれている。


そのため、支援者にも多様性が求められるのだと。


ウーーン、引越しで全然本が読めておらず、この本も今日までの貸し出し。あちゃー。生活のリズムができるまで、まだしばらくかかりそう。


セックスワーク。存在するのに、しっかりと研究されてこなかったために、権利も安全も健康も守られにくかった人々に寄り添う支援団体が生まれているのだな。出てくる支援者がキリスト教系だとしても、驚かない。本当に、なんでかなあ。



by eric-blog | 2019-03-02 15:55 | ■週5プロジェクト2018

福祉と贈与 全身性障害者・新田勲と介護者たち

福祉と贈与 全身性障害者・新田勲と介護者たち

深田耕一郎、生活書院、2013

3285冊目


自立生活を実践する新田さんが発明した「専従介護」

学生たちのボランティアは卒業して抜けて行く。


1980年頃のことだ。


東京都の重度脳性麻痺者介護人材派遣業並びに生活保護他人介護かさんの支給額が漸増していた。437


声をかけられた卒業を控えたボランティアは女性。もうひとりの友人との分担であれば、と二人が三日ずつ入る分担体制へ。440


ボランティアたちを束ねて行く新田氏のやり方は「牧人権力」的だとある男性専従介護者は指摘する。461


吉澤夏子さん2004

個人的なものの社会的なものの力のせめぎ合いを指摘する。『差異のエチカ』所収


社会的なものの力は一人ひとりの際に根ざして「異なるものの平等」ではなく、各人を同一性(匿名性、代替可能性」に置いて捉える、「同じものの平等」を矯正する力だからだ。194


いま『こんな夜更けにバナナかよ』の映画が公開されている。元本を書いたのはジャーナリスト。


それとは異なる社会学者による骨太本である。


結婚もし、子供も授かった自立生活サクセスストーリーならではの語られかた?

なのかなあ。



by eric-blog | 2019-02-14 09:26 | ■週5プロジェクト2018

世界を変えた14の密約

世界を変えた14の密約

ジャック・ペレッテイ、文藝春秋、2018

3284冊目


企業による「密約」が世界を決めている。


#cashペイパル創業者が現金を消滅する!

#risk小麦の空売りがアラブの春の引き金、生活苦が背景に

#tax租税回避のカラクリ、1969年、ジョン・レノンから始まった。労働党下の重税に苦しむ彼らを救った。

#wealth貧富の格差が儲けのチャンス 砂時計はどんどん下に落ちる。

#food肥満の基準が変わり、保険料金が引き上げられた。126

#drugs全ての人を患者にし、薬をチューインガムのような存在にする。165

精神障害の判断基準DSM-IIIは製薬会社にとって天の恵みだった。

#workウーバーやAirbnbは働き方を改革しない。234

#upgrade終わりなき買い替え248

#power米国政権の官僚たちはマッキンゼーで働く 298


密約というと政治的なものと、これまでの本から思っていた。

しかし、ここに紹介されているのは企業のシステムなのである。

1960年代ぐらいから作り上げられてきたもの。そして、その結果は「格差社会」なのだ。税金を払うという市民的義務は大企業の倫理からは忘れ去られ、行政は再分配の機能を損なわれ続けている。

自給自足の、世界経済に牛耳られない生活しか、自由はないということか?



by eric-blog | 2019-02-12 11:41 | ■週5プロジェクト2018

ぼくはナチにさらわれた

ぼくはナチにさらわれた

アロイズィ・トヴッルデツキ、平凡社、2014、単行本1991、原著1969

3282冊目


「レーベンスボルン」という優秀な次世代育成のための取り組みがあった。

ナチスの支持者を増やし、かつ、次の世代を育てるというのは時間がかかる課題であった。その時間を短縮するための方法の一つが、他国、他地域からの調達、人さらいであった。


著者は、ポーランドに生まれたが、ナチスにさらわれて、ドイツの孤児院に「ドイツ人将校の孤児」として入れられました。四歳の時のことです。


著者は、ドイツ人将校の息子として孤児院で暮らしていた時のことをよく覚えています。「選ばれること」への希求が、孤児たちの間にはあったからです。


レーベンスボルンが拉致したのは、「金髪・碧眼」のアーリア人的風貌の子どもたち。著者はまさしくそのような子どもだったのです。


さらわれた子どもの数は20万人とも言われているのです。


戦後、ポーランドの実母から連絡が入るようになり、ドイツ人として育ってきた著者は、養父母家族とともに、その主張と実力行使から逃れるべく、居場所を転々としたりもします。


その間に、養母がなくなり、養父が再婚した相手との折り合いが悪くなった著者は、ポーランドに一時帰国することで、養父に自分が新しい養母が嫌いであること、考え直して欲しいことを伝えるための行動に出ることにしたのです。


ポーランドでの再会。そして、養父に対する反発の結果としてのポーランドに残るという決定。


ちょうど中等教育段階であった彼は、ポーランドで大学に進学します。


この本は、特に、「ドイツ人」として育てられた著者が、どのような侮蔑的な態度を他国の人々に対してとるに至っていたか、そして、その唾棄すべき劣等民族の一つであるポーランドに自身が行った時、どのような「ドイツ憎し」の空気が充満しているかを肌で知ることなど、アイデンティティの形成とその挑戦が1番の出色である。


しかし、いずれにせよ、「レーベンスボルン」の当事者による文章、文献は少なく、研究も少ないのだと、訳者は解説で言います。この本などを基にして、日本でもNHKのドキュメンタリーなどが作られたぐらいです。


昨年、一昨年あたりには、ナチスの子供たちについての番組も多かったように思う。やっと思い口を開き始めたということか。

https://ericweblog.exblog.jp/238326148/


皆川博子さんの小説『総統の子ら』(集英社、2003)もまた、語られることのなかったヒトラー・ユーゲント、その中でもエリート将校養成のナポラ出身の少年たちの戦争と戦後を描いたものだ。「ナチスが黒塗られれば黒塗られるほど、連合国は白く正義になる」


ともに理想に向かって生きた若い時代を、是とする、「力」の嵐に翻弄された青春の物語、そしてその嵐に巻き込まれた普通の人々の生き死にが、その生き残りの人の語りとして、描かれていることが明かされる終章は、衝撃的だ。



by eric-blog | 2019-02-08 10:34 | ■週5プロジェクト2018