カテゴリ:□週5プロジェクト2018( 84 )

脳が壊れた

脳が壊れた

鈴木大介、新潮社新書、2016

3144冊目


『されど愛しいお妻様』の著者が、脳梗塞の後遺症である高次脳機能障害を抱えた自身自身に対して「取材」してまとめた本。「感情失禁」の様子は、病気以前のご本人よりも、人間的で愛らしい存在になっているのではないだろうかと思う。


2015年の初夏、発病、一年後のこの出版であるから、スピード体験記。

そして、社会の底辺にあって、声を上げづらい人たちを取材してきた体験、出版にまでこぎつけるための交渉ごと体験などの様々な「言語化」経験が、自己観察を豊かにし、また理解を深めてもいるのが、とても面白い。症状についてのネーミングセンスも抜群だ。


実は、取材対象の人々が抱えていた苦しさなど、何一つわかっていなかったのだという気づきは、ライターとしての著者の成長でもあるのだろうなあ。


心が苦しい。


そして、それまでの妻とのあり方を見つめ直す。


著者の脳梗塞は「性格習慣病」。妥協できない、背追い込みすぎ、などの性格が災いして、家事全般を妻から取り上げ、自分でこなし、フリーランスの不安定さから、仕事も増やし続けた。


結果の後遺症。


人に頼る。家事を共にする。便利にするためのモノはどんどん活用する。


滂沱の感謝の涙にあふれたこの本。疲れた時、自分を振り返りたい時には、とてもおすすめなのではなかろうか。


こんな脳がデフォルトの方が、人類社会、平和なんではないだろうか?



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by eric-blog | 2018-07-17 11:31 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)

女性校長はなぜ増えないのか 管理職養成システム改革の課題

女性校長はなぜ増えないのか 管理職養成システム改革の課題

河野銀子、勁草書房、2017

3143冊目


ウーーン、いい! 五人の著者が全員女性なのがいい。って、ちょっと単純な指標だけれど。問題の一部である男に論じられるよりはマシだ。


90

60

40

30

幼稚園、小学校、中学校、高校の教員に占める女性の割合である。

そして、校長となると

60

20

6

7

であり、代表性は低い。学校段階が上がると女性割合が下がるという垂直方向の性別分離がある。3


性別分離は教科や職務にも表れている。4


なぜ女性管理職は少ないのか?


女性自身の問題、環境の問題、そして登用システムの三つの仮説がある。


ゲートキーパーとして人事に対する多大な影響を持つとされる校長のほとんどが男性であることが、結果的に女性の昇進に不利に働く懸念。24


夫婦で管理職となることを忌避する慣行(わたしのex連れ合いの両親も、父親が管理職になるに伴い、母親は教員をやめた。つまらんかっただろうなあ。)


しかも、女性教員は「ケア的労働」を期待される! 208


第一に生徒に対するケア的労働として「困難校」に配置された女性教員たちが授業以外にも生徒に対峙している。208

第二に女性教員のケア的役割は、若手教員の育成にも発揮される。209

第三に、女性教員の「ケア的労働」は、スキルや経験の伴わない管理職のサポートにも向けられる。209

これらの労働は教員評価の項目にも上がってこない。

評価されない仕事を女性が担う図式に。211


女性教員の周辺かと費用化されない役割の固定化が「見える化」による評価項目の公式化の陰で「見えない」状態で構造化されつつある。211


長時間労働や家庭責任の問題もクリアしなければ、管理職にはなれない。





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by eric-blog | 2018-07-17 10:50 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)

手話による教養大学の挑戦

手話による教養大学の挑戦

斎藤くるみ編著、ミネルヴァ書房、2017

3142冊目


日本手話が「言語」であることは、よく指摘される。著者は、日本手話を学ぶことは、少数者の言語を学ぶこと、多文化教育に通じるものであり、マイノリティについての学びとして教養教育としての意義があるという。


日本手話が言語として認知されるようになって、「ろう者の大学事始め」と題する市民大学講座を著者らが主催し始めたのが2008年。平成20年。10人の講師陣が日本手話で専門的な内容を展開。


2011年平成23年に障害者基本法改正で手話が言語だと謳われるようになる前のことだ。


日本社会事業大学が日本手話を言語の一つとしてカリキュラムに取り入れたのが2007年。2014年には手話を受験科目として入試を実施。大学院の修士論文を「日本手話」で提出、修士号を取得したのが2016年と矢継ぎ早だ。


1990年平成2年の『ろう文化宣言』で木村晴美さんはいう。「第一言語(日本手話)で述べたものを日本語に翻訳してもらって提出するシステムを了解してもらえるように、大学側に働きかけていかなければならない」3


3章 ろう者が自らの「市民性」を涵養する権利と「日本手話」による教養大学 法律学授業を題材として 田門浩


教養教育とは「市民性」の涵養である。66


日本学術会議は市民性を「社会の公共的課題に対して立場や背景の異なる他者と連帯して取り組む姿勢と行動」と定義している。66


聾唖者に対する社会的な抑圧

労働、就学、などの差別。


明治から大正期までの教育方法は手話や筆談であっ。81

しかし、1923年大正12年、盲学校および聾唖学校令が発布された頃から、口話法が推進されるようになる。


「このような口話法教育は、聾唖者の聴者社会への同化を推し進め、手話や聾唖コミュニティーを抑圧する結果をもたらした。」81


手話が否定されたという状況に強く反応し、遅くとも昭和初期には、聾唖コミュニティーの中に、聾唖者自身の使うコミュニケーション手段たる手話が、言語そのものであるという認識が広まっていった。83


1928年昭和3年、日本最初の聾唖劇団「車座」創立。

聾唖コミュニティーにおいて公共圏の形成が一層進み、手話の重要性が高まってきた・・・元々公共圏とは、自由で対等な開かれた対話を通じて交易を討議する場である。聾唖者にとっては、このような対話を可能にするツールが手話であった。88


学校教育が進んだことで、進学も可能になり、そして職域も広がった。90


しかし、太平洋戦争開始後、聾唖者団体の活動は休止状態に陥り、再建されたのは戦後になってからであった。91


1947年、全国組織としての全日本聾唖連盟が活動を始めた。1948年、盲ろう教育の義務教育化が実現。



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by eric-blog | 2018-07-14 18:47 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)

子どものための精神医学

子どものための精神医学

滝川一廣、医学書院、2017

3141冊目


基本ができていれば、応用できる。丁寧に基本から、というのがこの本の方針。とてもいい本である。


『されど愛しきお妻様』の鈴木大介さんが紹介する一節。


第一部 はじめに知っておきたいこと

ピアジェやフロイトの発達論なども、その限界と効用を含めて紹介する。


第二部 育つ側の難しさ

発達障害についての診断は確定しているわけではない。現在も、WHOと米国で異なる分類が採用されている。しかし、診断は手立てのためであるとするならば、ある程度の区分は役立つだろうと、著者はABCのカテゴリーで発達障害を分類している。


発達の方向を「認識」の発達と「関係」の発達の二軸で捉え、四象限に分類する。

認知が-で関係が+が知的障害。A

認知が-で関係も-が自閉症。B

認知+で関係が-がアスペルガー症候群。C


第三次産業という「ひと」との関わりが仕事になる産業に従事する人が70%を超えたことが、「C領域」の人々のいきづらさになっているのではないかということだ。265


第一次産業は「自然」、第二次産業は「もの」に対する知識があれば、寡黙に仕事に取り組めばよかったものが、「関係」の発達の遅れが「障害」となって際立ってしまう。


3部で取り上げられる子育ての困難は三つに分類されている。


現代社会は少年犯罪も減っており、「子育て」のレベルは格段に上がっている。


第一のグループは、家族の子育て力がアップしているがゆえに起こる問題群である。引きこもり、摂食障害、家庭内暴力など。305


第二のグループはレベルアップした子育てについていけない子育て失調家族。

315

ゆとりのなさが家族に子育て失調を引き起こす。ゆとりのなさを引き起こすものは五つある。

・経済的困難

・家族の不和

・疾病

・子どもの障害

・子育ての不得手さ


DVのカテゴリーとも通じるところがあるね。


3部の最後の提言はとても具体的だ。「子育ての不調」をなるべく初期の段階からフォローする。


年間出生件数はおよそ100万件。一日2750人の赤ちゃん。日本の産科施設数は5500だから、一施設二日に一名。深刻な養育失調が生じる確率を相談件数から推計して0.3%とすれば、そのうち6名がリスクをはらんでいる。それぞれの施設に1-2名、支援専門のスタッフを置けばフォローできる数字ではなかろうか。371


支援の継続システムが必要なのだ。



そして第四部は社会に出ていく困難さである。


子どものうつ病が増えている背景にも、子供への期待の変化を著者は上げている。


対人恐怖において「中間距離」が苦手というのも面白い。446


対人恐怖の症状が軽くなって、引きこもりになったのかもしれないね。と。


いじめのタイプの変化についても、よく分析されている。



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by eric-blog | 2018-07-12 12:20 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)

モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語

モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語

内田洋子、方丈社、2018

3140冊目


書評を読んだ時、ワクワクした。イタリアの北部、山間部にある小さな村の人々が本を行商することを生業にしていたと。


その物語の語り部である著者が、ヴェネツィアの本屋に出会ったところが、取材の始まりだ。その本屋の出自がモンテレッジォという村であること、その村で「本祭り」が開催されることを知り、伝手を頼んで村を訪問する。


15世紀、活版技術がヨーロッパで始まり、18世紀のイタリアでは、出版社が印刷所も書店も兼ねていた時代があった。活版印刷の一番最初の印刷物が聖書であったように、印刷が庶民のものになるには、時間がかかったのだ。


モンテレッジォはローマとイギリスのカンタベリーを結ぶフランテジェーナ街道にある要害の地として中世の領主たちが重んじ、人を配した場所であった。とはいえ、取ったり取られたりの地で生きるには「自分の力でなんとかする」決意が必要だった。近隣にあるカッラーラは石の産出で有名。そこででるクズ石を拾い、砥石として加工したものを行商して歩くなどもしたようだ。


出版社から半端物などを安く買い受け、行商のルートに乗せた。出版社は、行商人たちがもたらす「売れ筋情報」など市場の反応を喜び、かけ売りもしてくれるようになる。


仕入れから販売、顧客情報管理、そして発注と、全てを一人というか一つの村のノウハウとして獲得していったのが18世紀から19世紀のモンテレッジォなのだ。


1800年代のある年を境に、村人は行商へ出かけるようになった。お札のようなものやといし。


そして、本の大衆化時代に合わせて商売は拡大していく。政党の機関紙のようなものも、扱ったりと、明治時代の日本を思わせる情景が、19世紀後半。


行商から屋台へ路面店へと足場を積み上げながら、モンテレッジォは本屋ネットワークの要となっていった。


イタリアの著名な文学賞である「露天商賞」は、そんな出自を持つ賞である。


いま、村に住む人は少ない。しかし、そこを故郷と自認するネットワークは、広く、豊かに生き続けている。


ヴェネツィアの洪水を生き延びた本屋の物語は、いま、西日本で起こっている水害に重なる。水浸しになった本を前に落胆した父親に変わって息子が店を継いでいく。


言葉は旅する。その時代時代の乗り物を得て。


いま、本の世界は厳しい。言葉はネットという乗り物も獲得したからだ。


モンテレッジォが届けた言葉の味わい方そのものを追体験するかのような、言葉の旅の物語である。村の人の生き様、名物や原産の食べ物とともに。


写真も、装丁も、フォントも素敵な一品。召し上がれ!



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by eric-blog | 2018-07-12 08:34 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)

テキヤと社会主義 1920年代の寅さんたち

映画『菊とギロチン』


花菊  木竜麻生

中濱鐵東出昌大

古田大次郎  寛

女力士・十勝川 韓英恵

ギロチン社: 倉地啓司


テアトル新宿にて。2018年7月7日から。

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東京新聞 2018年6月29日



テキヤと社会主義 1920年代の寅さんたち

猪野健治、筑摩書房、2015

3139冊目


映画では、貧困労働者出身のアナーキストたち、農村の労働力としての女性、朝鮮人が互いの境遇に共感しながら、惹かれあって行く。強くなりたいと願い、力を得たいと足掻く。彼らの姿に、資本家たちや権力者たちより以上の人間味を感じる。そのエネルギーはなんだろうか?


やくざは、関東大震災において、朝鮮人を匿ったりもしているのだ。p.91


どこか、気持ちの上での連帯があったのだろうか? 自警団とは一線を画していたようだ。


映画は3時間強。「 郎」の俳優デビュー作だというが、なんかいい味出している。



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by eric-blog | 2018-07-10 13:02 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)

されど愛しきお妻様 「大人の発達障害」の妻と「脳が壊れた」僕の18年間

されど愛しきお妻様 「大人の発達障害」の妻と「脳が壊れた」僕の18年間

鈴木大介、講談社、2018

3138冊目


「なぜ発達障害が増えているのか」

著者はあとがきで「現代が不定形発達の不自由を生涯にしやすい環境に変容してきているから」と言う論考に賛成だと言う。


『子どものための精神医学』で不定形発達でつまづくことの苦しさを滝川さんは指摘しつつ、このように説明しているといいます。


1950年代 第一次産業、自然に働きかける仕事と第二次産業、「もの」に働きかける、が入れ替わる

1975年代 第三次産業、「ひと」に働きかける、が第二次産業に入れ替わる。


他の産業では生きていた特性も、障害特性となってしまう。


この本は、発達障害を抱えた連れ合いを、自分自身が高次脳機能障害を負うまでは「責め続けた」ことを振り返り、また、そのような特性のゆえに、多分保護者らからも責められた子ども時代を過ごしたであろうことにも思いいたしながら、「できない」ことを責められる苦しさを言う。


病気になったのも、発達障害を抱える妻「のために」頑張った結果なんだよ、と妻を責めた自分。



今は、できることを探しながら、「できること」を奪うことなく、学習の機会を提供することにつながると考えながら、共同生活を営んでいると言う。


さらには、著者自身の取材が、「暗い」側面を伴うものであることから、そのことを引き受けてしまいがちな自分自身を「生きる」日常に引き戻してくれる妻に感謝している。


人のきもちがわかると言うことはよしあしなのだ。


生活上の工夫は、発達障害を持つ子供に対する対応の知恵と共通しているなあ。



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by eric-blog | 2018-07-08 11:03 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)

地球にちりばめられて

地球にちりばめられて

多和田葉子、講談社、2018

3137冊目


小説である。この「週5プロジェクト」では、小説などのフィクションはあまり紹介していない。読んでいないわけではない。と言い訳したりして。


1960年生まれで、1982年からドイツで活動してきたという著者。交差性を見事に描き出しているように思う。



小説の背景は、「日本」という国が消失してしまっている近未来という限りなく今。


アイデンティティについての物語。


日本人らしき主人公の一人は、北欧での生活が長く、「パンスカ」というスカンジナビアに一般的に通用する言語を作り出し、コミュニケーションに用いている。


「わかる日本語」などもそうだが、「パンスカ」もこぎみ良い。シャープに単語が並び、意味が通じる。


日本手話もそうだが、語順が大事。


言語のアイデンティティを解体してしまっている。


「日本人」と思われている寿司屋の職人が、実は日本人ではないことに出会い、言葉と国籍を結びつけることも不要であることに気づく。


不思議な物語である。


世界がいま、どんな状況にあるのかを描き出している。出自、属性、人種、国籍、言語の多様性の交差点。



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by eric-blog | 2018-07-05 10:37 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)

昨日までの世界 文明の源流と人類の未来

昨日までの世界 文明の源流と人類の未来

ジャレド・ダイアモンド、日本経済新聞社、2013

3136冊目


文明論に独自の視点を持ち込んだ『銃・病原菌・鉄』など。

https://ericweblog.exblog.jp/17741666/


この本は「伝統的社会」についての調査研究である。


伝統的社会は、中央政府を有する国家社会より、じつに多様な組織形態をとっている。26


国家社会の特徴は人口数十万から数億と稠密。狩猟採集ではなく食糧生産を行っている。食糧生産に携わるのは人口の一部。国民の大半は見ず知らずの他人。日々されられない他人同士の遭遇が争いにならないように、警察や法律、そして道徳規範が必要。意思決定をする指導者と、その意志を実行する高官、決定事項や法律を管理する官僚が存在する。26


国家が成立したのは紀元前3400年前後。


人口規模、生業、政治の中央集権化、社会成層の四つが比較できる。


エルマン・サービスによる人間社会の四つのカテゴリー「小規模血縁集団」「部族社会」「首長制社会」「国家」31


小規模血縁集団は政治的指導者は存在せず、経済活動の専門化もない。比較的平等主義で民主的。32


この本では小規模血縁集団と部族社会までを分析の対象としている。

テーマも絞っている。全てを扱うと2397ページもの大著になるからだという。すごいね。45


・友人、敵、見知らぬ他人、商人

・子供の死に対する賠償

・戦争

・子育て

・高齢者

・危険

・宗教、言語、健康


子育てについて、学ぶべき点が伝統社会にあると、著者は指摘する。353




国家社会と非国家社会の違い。

国家社会の願いは、子どもが有能で従順な市民に成長することである。

非国家社会での子育ては、国家社会での子育てよりバリエーションの幅が広い。354


小規模社会の人間のほうが安心感や自律性を持ち、社会性を身につけているというのは、印象による説明に過ぎない。356


狩猟採集民の育児は、大きな課題や危険に立ち向かう力と生活を楽しめる心の持ち主を育てることのできる育児なのである。現代的行動を共有する人類には10万年近い歴史があり、狩猟採集民の生活習慣は少なくとも、その歴史に耐え抜いた生活習慣なのである。・・・人が国家社会で暮らすようになったのは、たかだか5400年前の話である。






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by eric-blog | 2018-06-30 20:31 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)

読み手に伝わる公用文 <やさしい日本語>の視点から

読み手に伝わる公用文 <やさしい日本語>の視点から

岩田一成、大修館書店、2016

3135


面白い人だ! 最近、大阪大学出身者で面白い本を書いている人のもの、多いなあ。つて、波長が合うだけだろ。


公用文を集めて分析したもの。


「頭のストレッチ」が各章ごとについているのが、手話の言い換え練習にもなっていい!


構成の図もわかりやすくていい。


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まんま、心がけになっているんだよ!

基本対象は、中学二年生を想定せよ! by 斎藤美奈子。


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by eric-blog | 2018-06-27 11:21 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)