ニキ・ド・サンファル 映画『ダディ』を見て、ニキを語る

308-1(1340)ニキ・ド・サンファル 映画『ダディ』を見て、ニキを語る
ニキ美術館編、彩樹社、1997

スペース・ニキ時代に、1973年製作の『ダディ』映写会を開催。見た人たちの対談を企画し、まとめたのがこれ。

エディプス・コンプレックスは存在するのか。それともフロイトの作り上げたカテゴリーの再帰的な現象なのか。

娘にとって父殺しとは、何なのか。殺された、殺されるべき「父」はカソリック、男性中心主義社会の象徴なのか。それともエロスの対象であり、母と争うモノなのか。

父の娘に対する甘やかしは、エロスへの誘いなのか、それとも若い性に対する支配なのか。

スクリプトとその他の記録をまとめた台本をニキ美術館で販売していた。300円。これはgood buy!だつた。加えて、この対談集を読んだのだが、男性評論家、数少ない対談者、が「芸術と自分を分けるべきだ、と主張するのに対し、女性陣はニキ自身の「作品が自叙伝」に賛同する。とーーーーっても乱暴にまとめてしまうと、資本主義経済に、「より」取り込まれ、商業的に成功している、あるいは生き延びている「芸術家」あるいは「評論家」として生きている人は、作品と本人を分けて考えたがる。そんなことで表現者が自分を護ることなどできないのに。強がることの裏は何なのか。

ニキ美術館で作品を初期からナナの時代、そしてタロット・ガーデンとたどってみて、ニキの「作品が自叙伝」というのがよくわかる。

一つの大型作品の背景には、たくさんの習作、デッサンと言える作品群があり、彼女の手紙やタイル画のような集合的作品のパーツパーツに繰り返し現れる。

そして、それらの色彩は、どうも表面がつるつると、光り、鏡のように環境を映し出し、拒絶し、屹立するものでなければならない感覚があるようなのだ。その結果がポリエステル表現なのだ。

環境に屹立する存在としてのナナ=わたしであることに最大の力を注ぎ込んだニキが、タロット・カードの22の大カードをモチーフに選んだことは、とても興味深い。ニキ美術館の館長である増田YOKO静江さんとの出会い、共通点、共感の原点にもタロットがあったという。

タロットは、人生の転換点、ガイディング・スターを暗示する象徴である。わたしも高校生の頃にはまりまくっていた。そして、わたしのカードは「太陽」だと、思っているのだが、ニキの表現による意外に複雑なその造形に見入ってしまった。

ニキ美術館が移転のために閉館する前に、那須湯本の現地を訊ねられてうれしかった。今度は、イタリア・トスカーナに彼女のタロット・ガーデンを訊ねたい。彼女に影響を与えたというガウディとともに。

極彩色の戸外作品を可能にしたポリエステル、たぶんFRPのことだと思うのだが、その素材とながらくつき合ったことが、ニキの命を縮めた、文字通り命をけずって表現しつづけたことも自叙伝の1ページなのだろうなあ。製作場面を見てみたかった!

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ニキ・ド・サンファル
増田YOKO静江監修、美術出版社、1998年第一刷、2005第二刷

この夏閉館するニキ美術館のコレクション・カタログ。
那須塩原からバスで40分。黒磯から20分。那須湯本にあるニキ美術館。

とても意外なことにアプローチの入り口は長野県から移築したという長屋門。
日本庭園の小径を行くと、真四角い、沈んだ色合いの建物が見える。

国定公園内の建物とのことで、高さや色彩の制約があったため、このような建物になったらしい。

入り口のMuseum Shopから、YOKOさんとの往復書簡。叶わなかったが、ニキが作成した美術館の模型。
ニキが1974年から10余年をかけて作り出した「タロットガーデン」の写真を展示した部屋。

そして、初期の「射撃絵画」の展示室。
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by eric-blog | 2009-08-17 07:16 | ■週5プロジェクト09 | Comments(0)
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