人権をめぐる5つの寓話

かくたです。
                            2003年6月17日配信
『人権について』の講演録の中から、今日はルークスのものを紹介します。おもしろ
かったのは、人権についての取り扱い方を、5つの国のパターンに分けて説明してい
るところです。ルークス自身は、「平等国」が目指すべき国だとするのですが、それ
を達成することは、自由主義、共同体主義の2つの限界からできないだろうとしてい
ます。
いずれかの国になってしまうことは現実にはないと思えるので、「未来のシナリオ」
を考えるワークショップとしては使える材料だなと思いました。


「人権をめぐる5つの寓話」 スティーブン・ルークス pp.23-49

それぞれの国の特徴と、限界、人権についての考え方を以下のように整理している。

utilitalia「功利国」
最大多数の最大幸福をめざす、功利とは=Welfare福祉であり、計測可能な物質的指
標で表わされる幸福のこと、また、人の欲望を満たすことが最大の善である。;官僚
やテクノクラート、裁判官に力があり、彼等が「最大の功利」を判断し裁定する。;
最大多数の幸福のために、一人ひとりの払わされる犠牲がどの程度になるのかわから
ない;ここでは人権は無用、それをふりかざして功利的判断に異議を唱えるかもしれ
ないから。「切り捨てられない権利はない」代表的代弁者はジェレミー・ベンサム

communitalia「共同国」
高度な公共心と集団的な目的を共有している社会;自我には「位置が与えられている」
集団との一体化を通じて自分達の存在を確認する。土地に愛着を感じ、ルーツを慈し
み、有機的な結び付きを感じている。思いやり、伝統、風習にのっとって、共同体は
受け継がれる;
しかし、これらの状況が現在ではほとんど移住者による変化にさらされている。そこ
で新共同国=多文化主義の立場で、複数の共同体の並列を認める。「承認をめぐる政
治」によって下位共同体は区別され、支援され、公正な処遇を受ける。;相対主義が
特徴;共同体に組み込まれきれない個人の逸脱、下位共同体からの集団の逸脱などの
逸脱が常にある。

proletalia「無産国」対等で十全な人間によって構成される社会。生産できるものを
生産し、必要とするものを手に入れる。社会の成立の運動のきっかけとなった「無産
者」も、この社会が成立した場合には、消滅している。
それぞれの人間が完全で、対等なので、知識人、労働者という区分も消滅する社会。
問題がないのが問題。代表的予言者グラムシ、エンゲルス、マルクス

libatalia「自由国」
所有権が最大の権利、強制的再配分はしない、民営中心、機会の平等、市場優先、
自分の能力や努力に対する際限なき報酬が認めることが「権利」であり、生活の構造
が不正義の構造であるという考えが理解できない。「橋の下で眠る人は、橋の下で眠
らない人と同じ権利を持っている」社会である。

Iqalitalia「平等国」同一階層からなる社会、平等を達成するために必要な保障の不
平等は認める、最高の経済水準において、最高水準の条件での平等を達成できるよう
な経済を、もっとも効率よく樹立したいと願う社会である。

平等国の限界は、自由主義と共同体主義にある。

「いやしくも平等国に到達することができるとすれば、それは人権というプラトーか
らだけなのです。」

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未来のシナリオ、ないし、シナリオ・ワークショップに活用できるアイデアなのでは
ないだろうか。
どれかだけでは、これからのどの社会も成り立たないだろう。価値観の明確化には役
立つ分類なのではないでしょうか。
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by eric-blog | 2004-07-31 11:44 | ■週5プロジェクト03 | Comments(0)
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