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民主教育論 民主主義社会における教育と政治

272-9(1228)民主教育論 民主主義社会における教育と政治
エイミー・ガットマン、同時代社、2004
Democratic Education, 1999

1987年初版、その改訂新版を訳したもの。350ページ超の大作である。特に改訂版では、「親の決定」と公教育についても、より検討が加えられているようだ。

序章の「基礎に帰れというのは、教育界で常に叫ばれつづける一定の主張であるが、著者は、教育を考える人々に対して、それを叫んでいるのだ。

そして、国家と教育、初等教育、民主的参加、高等教育、学校外教育、成人教育、政治教育、終章は「国民教育最小限主義、多文化主義およびコスモポリタニズム」である。

もう、この本は、買ってじっくり読むしかないね。いや、英語版を入手したい!

とりあえず、このブログを読んでいる方々も、買いたくなるような一言、三言ほどをご紹介しよう。

社会の意識的な再生産を支持する社会は、すべての教育可能な子どもたちを教育して、彼らが共同して社会形成に参加できるようにしなければならない。46

熟慮的人格を発達させることは、主権在民の社会理想の実現にとって不可欠である。63
熟慮とは、「意見をもって結論にいたる注意深い洞察」であり、社会的には結論にいたる討論である。

宗教の自由を理由に、人種差別的な学校を運営できるかという問題については、


人種に基づく非差別は、われわれの社会では不可欠であり、広範に受容されている価値である。人種を理由にしてい教育から排除することは、われわれの共通の基準によって不正義となり、その不正義は、人種主義の歴史によって被害を受けた社会の深部に流れている。キリスト教ファンダメンタリストは教会の一員ではなく、まずもってわが社会の国民である。被差別という民主主義の基準は、・・・彼らの学校に対して、より大きな制限を課すが、しかしながらそのような賦課は、宗教的人種的に多様な社会において国民性を共有するために、ファンダメンタリストが支払わなければならない対価であるという、正当化できる。134

政治教育が優先されるべきだという章では

貧困層の労働条件あるいは学校教育を相当程度に改善することは、おそらく貧困層それ自身からの政治的圧力を必要とするのであるが、彼らは高度に権威主義的な家庭と学校に教育されてきており、そして (それゆえに?) 政治に参加しないかあるいは政治に対して実効的でない人々である。315
・・・
選挙権を完全に得る前に成人が教育されなければならないという主張は、民主的国民として教育される前に完全に選挙権を与えるべきだという主張と同様に、民主主義の原理にとって有害である。317
・ ・・
民主主義の政治に依存しなければ、成人を教育する受容可能な手段も、家庭の外で子どもたちを教える受容可能な手段も存在しないだろう。317

政治教育は、社会の意識的再生産に参加するように国民を準備するのであり、社会の意識的再生産は、民主教育のみならず民主政治にとってもまたその理想となる。318

マスメディア、産業および政府の主要な教育目的は、学校と同様に、国民の民主的審議に必要な知識、技能、徳性を涵養することである。319

非差別・非抑圧の原則による民主主義的合意形成によって信託される民主教育。
by eric-blog | 2008-12-20 11:39 | ■週5プロジェクト08
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