192-1(924)廃棄された生 モダニティとその追放者
ジグムント・バウマン、昭和堂、2007
Wasted Lives, Modernity and its Outcasts
英語のニュアンスは、「無駄にされた」に近いと思うのだが、「廃棄物」という意味でのwastesとして使われている。またoutcastというのは、まさしくカースト制度外の存在ということで、近代が階級社会であることを端的に表しているのに対し、「追放者」というのはまた別のイメージをかもし出す。
『見えない都市』からの引用で始まっているが、それはそれぞれの存在が「異邦人」の目から初めてその特徴がわかることの象徴である。
いまや「地球は満杯」であると言われているが、それは「入植と開拓」の対象となる領域の消失のことである。そうした場所は近代の「人間の廃棄物」の投棄場所として重要な役割を果たしてきた。8
wasted humans
これがこの著書のキーワードである。
問題の表れとしては「うつ病」の若者が、増えていることから、第一章は展開する。「学位をもった若者でうつの傾向がない者は三分の一である。」16
「リキッドなきんだいに種差的な」不快であり苦痛17
若者にっての「仕事」の位置づけは、
・えり好みするな
・フレキシブルで
・多くを期待しないこと
・疑問をさしはさまず、そのまま受け止めること
前近代からの産業として鉱山業が「廃棄物なし」では想像もできないものとして、比ゆ的な比較がされている。37
わたしたちは、鉱山業を人間について営んでいるのではないか、と。
近代的精神は「世界は変更可能である」という観念とともに誕生した。40
わたしたちはどのような世界を設計するのか?
できるのか?
課題は、「廃棄物化」されていくものとしての痛みから救い出すことなのだと。