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心を生み出す遺伝子

136-2(655) 心を生み出す遺伝子
ゲアリー・マーカス、岩波書店、2005
The Birth of the Mind, How a Tiny Number of Genes Creates the Complexities of Human Thought by Gary Marcus, 2004

大隈典子さん訳のもの。現在自分の取り組んでいる脳生理学がわくわくするほど面白いと思っておられる訳者が、その「面白がっている」ことを伝えるのに格好のものだと思ったという本だ。

著者が、2年間、ニューヨーク大学から休暇をとってこの本の執筆にあたったという、とてもよく練り上げられた遺伝子学についての一般書である。レスリー・コームズのワークショップではないが、いずれの専門家も、狭い分野のことしか研究できない現在にあって、例え遺伝子学という限られた分野のことであっても、自分の研究を離れて、より広い関連諸分野の専門家たちと交流し、対象となる聴衆(audienceの直訳でありながら、元のaudienceが獲得しつつあるより広範な対象を含意するに至っていない訳語だが)についての理解をもつ編者を得、熟考の元に書き上げられなければならないということがよく示されている本だ。

謝辞にサイモン・フィッシャーの名前を見つけて驚愕したのだけれど、Dr. Simon Fisher is a Royal Society Research Fellow and head of the Molecular Neuroscience group at the Wellcome Trust Centre for Human Genetics (WTCHG), University of Oxford, UK. ということで、ワールドスタディーズの著者とは関係なさそうだ。

遺伝学について人々が持っているいくつかの誤解、からハナシは始まる。アクティビティとしては「10の神話」アプローチである。
・遺伝子の不足(エールリッヒ)から考えると、遺伝子が脳を制御するとは考えにくい、にもかかわらずゲノムを「青写真」のように考える
・生まれか育ちかの議論に研究がいつか決着をつけてくれるという期待 「遺伝子は環境がなければ役立たず、生き物は遺伝子がなければ環境に対応できない」9
・遺伝率という統計が示すもの

「我々は学ぶように生まれついている」16
「学習本能は線虫アメフラシにも見られる。連合と馴化」29
ホオジロのナビゲーション・システム、ミツバチの方位システム、コウウチョウの歌学習など。

ヒトのまねる能力の高さと文化の多様性33
新しい単語を覚える才能37
「ほとんどどんな環境でも子どもは文法の基礎を獲得できる。」39
「若いヒトの脳の回復力は、作業をしながら自らを再構成する」51

一遺伝子-一形質ではなく、発生の段階で無数のIF-THENカスケードを繰り返し、近接する遺伝子と調整しあいながら、発現していく。78

経験と遺伝子発現128
記憶形成プロセスにおける遺伝的要素130

ヒトという種に独特なこと  言語   159

言語によらない思考はありえるが、言語が思考にまったく役割を果たさないことは示されない。161
言語は、「頭の中で情報を「復唱」するのを助ける。162
言語は、複雑な概念に単純なとっかかりを与えることによって思考を容易にする。162
「言語システムが、単一の真新しい脳の部分からできていると期待すべきではなく、以前から存在していたさまざまな下位システムを寄せ集めて変化させる、新しい方法によってできている」171

胚の発生に環境が影響する。心と脳を作るレシピは常に環境に敏感。214
遺伝子は、子どもの時期も、大人になってからもずっと共にある。216
遺伝子は、学習を可能にする神経構造の成長をガイドすることによって学習を支えている。217

著者はこれからの遺伝子工学の先行きに疑問をていしつつ筆をおいているが、わたしとしては、ここまでのことがわかっているのに、子どもの脳が育つ時期にどのように環境を整えるのがよいのかについての根本的な改革がなされそうにもないことに驚くばかりである。だって、最後の「遺伝学者、分子生物学者、神経科学者、心理学者、言語学者、そして化学者物理学者さえも、みんなが一緒になって研究する必要があるだろう」って、完璧に無視だし。243
世の中のヒトの考えることは、わからん。
by eric-blog | 2006-06-22 10:26 | ■週5プロジェクト06
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