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学習性無力感の時代

学習性無力感の時代

近代個人主義は、物事がうまくいかない時、その原因を個人に帰することを求めます。そのために、「近代化により,,,われわれは、多くの機会と選択を持つほど、失敗の可能性も大きく
なる。,,,失敗理由を内的、永続的、全体的に説明することを、近代化が支持・是認
するほど、抑うつ的説明スタイルは強まっていく。われわれは個人のコントロールを
人間にとって重要なものと考えるので、個人が失敗したときには、自責−−永続的で
全体的な欠点−−−がもっともらしい説明となる。」226注1
そして、グローバル化した情報化社会においては、環境統制感の届かない、「わたし一人が何かしたって」「わたしには何もできない」「わたしには関係ない」というような無力感も学習します。注2
そして、地球温暖化や熱帯林の破壊などの地球環境問題は、わたしたちの社会開発、発展のあり方そのものが、わたしたちの生存基盤を危うくしていること、わたしたちの社会が失敗したことを突き付けています。
その背景にある近代科学物質文明、産業化社会の限界と失敗にも直面しています。注3
さらに、中等教育段階の中核とされている教科教育カリキュラムは、高等教育進学者に向けての「選抜」のための体系化、すなわち一度つまづいたら、その教科・科目の授業内容についていくことが困難になる構造によって創られています。注4
日本社会が人間を幸せにしないのは、このような近代を越えていかなければならないこの時に、前近代の遺物を振り回して思考停止を求める人々が、対立しにくい言語構造と社会構造にのっかって、恰も自分達が正義であると、声高に叫んでいることです。注5
難しい時代に、協力をすることがほとんど不可能になってしまう状況が生み出されています。
どうして、近代の限界が見えないのでしょうか。どうして、前近代に戻ることが答えだと思うのでしょうか。どうして、前に進む道を共に探れる条件を考えようとしないのでしょうか。
わたしたちが実現したい持続可能な社会の普遍的な共通の条件は明確です。
・人間のそこそこの安全保障が満たされている[恐怖と欠乏からの自由]
・秩序ある安定した社会として、平和的に変化する
・地球の生物的物理的限界、有限性に適った生活の質を学ぶ
・向上心、好奇心、挑戦する気持ちが満たされる
それは、さまざまな国際機関、条約、合意、研究が、すでに言い尽くしていることです。それを実現するための具体が、いま求められているのです。

【参考文献】
注1 学習性無力感-パーソナル・コントロールの時代をひらく理論
ピーターソン,クリストファー、マイヤー、セリグマン、
二瓶社、2000
注2 無関心の悪循環
注3 地球市民の条件、ヘンダーヘソン,ヘーゼル、新評論、1999
注4 誰のためのデザイン? 認知科学者のデザイン原論、D.A.ノーマン、新曜社、1990年、2005年20刷
注5 敬語で解く日本の平等・不平等、浅田秀子、講談社現代新書、2001
  多文化世界、ホフステッド
by eric-blog | 2006-02-27 17:19 | ☆よりよい質の教育へBQOE
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