[5981]学ぶこと 生きること 女性として考える
猿橋勝子、中公文庫、2023、原著1983 福武書店刊
1920年東京生まれ、2007年87歳で逝去。ナイチンゲールと同じ年齢で亡くなったんだ。
東京府立第六高女を卒業後、4年間、会社勤務ののち新設された帝国女子理学専門学校に1941年入学。
1943年、中央気象台研究部に嘱託に。
吉岡弥生が設立した女子医専にも合格していたが、面接での違和感から、理専を選ぶ。(「生き方」p.54より)
▪️猿橋勝子という生き方
米沢富美子、岩波書店、2009
自伝的エッセイでは原子力平和利用の問題についても書いている。猿橋さんは反戦運動、平和運動にも注力しており、その点も、戦中愛国婦人会評議員、大日本青年団顧問などの要職につき、戦争協力を指導した吉岡との違いが際立っている。(「生き方」p.56より)
原子力利用という科学そのものは、人類の尊い財産であり、人類の共有財産である。開発利用する時は、すべての人類に福祉をもたらすものでなければならない。 120
原子力はその利用の第一歩が原子爆弾であったという難し佐がある。 120
第一の問題点は、「核分裂」のエネルギーを取り出している限り、核分裂生成物(死の灰)が生まれる。
第二の心配は、プルトニウムなどの核分裂性物質が核兵器に転用されるのではないかということ。
第三に、日本独自の技術が乏しいこと。軽水炉の技術、核燃料そのものもアメリカに頼っている。再処理技術はフランス、イギリス。
第四に、戦争が起きた場合、各施設は狙われやすい。
何よりも放射性廃棄物の増加という課題。ダウンストリームの研究の軽視。 124
▪️猿橋勝子 女性科学者の先駆者
清水洋美、汐文社、2021
取材協力:猿橋則之さんは甥とのことだが、勝子さんにはお兄さんが居られるから、そのお子さんということかな。