世界と僕のあいだに タナハシ・コーツ、慶應義塾大学出版会、2017 Te-Nehisi Coats、Between the World and Me, 2015 3338冊目 悲しい本だ。切ない本だ。そして、とても現実的である。 こんな風に生きていることを、もう一方の当事者は、想像したことがあるだろうか? それは黒人と白人。 女性と男性も、そうかもしれないとも思う。「見える属性」に対する社会的な扱いは、あまりにもあたりまえすぎて、気づかない。 著者は、黒人への補償を求める「The Case for Reparation」2014で賞多数。1975年生まれ。 黒人名門大学ハワード大学を中退。父親はブラックパンサーのメンバー。 「黒人」「白人」という概念が作られ、そして、その概念が構築されることで暴力が肯定されてきた。179 解説より それは「男性」「女性」についても同様だ。 差異を差別につなげ、差別によって抑圧し、抑圧を暴力で維持する。 その現実がこの「息子への手紙」という形をとったこの本の背景だ。 さらには、2000年に起こったプリンス・カルメン・ジョーンズの射殺事件。被害者は彼の大学時代の学友であり、裕福な医者の息子として育った模範青年だった。 にも関わらず、麻薬捜査官に路上で射殺された。射殺した警察官は何ら咎められることもないままだ。 黒人がどのような「肉体の剥奪」状況にあるかを、この本は語る。 息子に白人女性が「ちょっとどいて」と手をかけた時、それが自分の暮らすコミュニティであれば、彼女は黒人に慮ってそんなことをしなかったはずだ。あるいは、もちろん、白人の子どもであれば、態度が違うはずだ。そんな思いが巡って、白人女性に抗議する。すると近くの白人たちが彼女を擁護し始め、対立は激化する。暴力的な状況が加速する事態を「息子」が怯えて見ていることにふと気づく。 射殺された友人の自宅を訪ねる。裕福な医師である家族は、ガードされた住宅街に住んでいる。家族の裕福さ、社会的名声。そんなことは何の慰めにも、問題解決にもならない。 いつ何時でも「剥奪される身体」としての黒人。 ドキュメンタリーで「警察ビジネス」が紹介されていた。監獄が民営化されて、囚人が民間企業で働くことができるようになった。低賃金で彼らを雇うことができる「監獄運営システム」は金のなる木だ。 しかも、警察は、いつ何時でも黒人を逮捕することができる。 フランツ・ファノンが故郷の島では気にならなかった彼の属性が、フランスに渡った途端に、「差別」の表象となることを語ったように、マリーズ・コンデもフランスで同じ発見をしているように、米国で「裕福な」階層に育った黒人は、自国内で、ある時、自分自身の「被差別性」に気づくのだ。 そして、あらゆる瞬間に、その被差別性を引き受けなければならない「身の処し方」を学ぶのだ。 そのことを事細かに「息子」に語り続けるこの本は大きな反響を引き起こした。 一読、上野千鶴子さんの「祝辞」を思い出した。差別の現実を「娘」たちに語ったあの祝辞を。 「見かけ」による差異は簡便な差別装置だ。男女もその例だ。それは暴力装置であり、実際以上に拡大され、社会的に解釈され、固定されている。 それだけではない。「見えない」差異についての、日本社会の差別も根深い。 それは「身元調査」という形で生き延びてきた。ネットが普及するようになって、差別の可視化が進んだ。 結婚と就職における差別がなくならないのは、情報化社会によって可視化された結果かもしれない。 「見えない」ものでも、「見える」差異に対する「身の処し方」と同じ心性が育まれる。 いつ何時仕掛けられるかわからない属性に対する攻撃。見下し。ヘイト。 最近は、書き手が女性か男性か、文体からはわからないし、攻撃の対象にもならなくなっているかもしれないが、「女性」であることでネット上で揶揄されることは、アイドルの例を出すまでもない。対面や現実の関係性の中ではあり得ないような形で、ネットでは攻撃があり得る。 ネット環境は属性フリーのようでいて、「晒しやすい」とも言える。そのために、被差別の可能性のあるスティグマを持つ人は、属性を表明することに慎重にならざるを得ない。一度晒すと、ネットは忘れないからだ。 一方、日本社会では、積極的な差別是正政策は、被差別部落に対する同和対策のようなインフラ整備を中心とした政策以外では、「見えない差別」をなくすための啓発活動支援などにとどまる。大学や就職におけるクォータ制度は存在しない。黒人差別に対するような「アファーマティブ・アクション」は、ない。 ハリウッドが「アカデミー賞の白人ウォッシュ」に問題提起を行うような動きもない。 ポジティブなものがない中で、ネガティブな差別の「見える化」だけがすすんだのが、今の日本ではないか。 差別は、被差別者たちを彼らだけのコミュニティに追いやる。固まると攻撃されやすくなるが、互いを助けることも、強くすることもできるし、またいたわりあうこともできる。 仲間内で固まること。 『アイたちの学校』で、「朝鮮学校に通うことは自分を強くすること」だと。自分が自分であることの背景や文化、アイデンティティを強化すると。 自らを強くしつつ、差異を差別にすることに抵抗する。 2019年6月28日 女流の消滅。 のようなことが全ての分野で広がるといいね。 ■人種差別は健康を損なう! https://wired.jp/2016/07/19/physical-damage-racism/
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