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ERIC NEWS 643号 atERIC ともによりよい質の教育をめざして  2019年5月13日

◆◇◆◇ 1. TESTin 大阪 2019報告 ◆◇◆◇

 

研修の記録はこちらから。

https://ericweblog.exblog.jp/239254095/


研修で取り上げた「ことば・言葉・言語」の補足資料はこちらから。

https://ericweblog.exblog.jp/239252322/


参加者は12名。ペア作業にもグループ作業にも、とても適した人数でした。

何よりも、「ミステリー」の開発及び実践を三人一組で取り組めたことが良かったというのが参加者の実感として得られたことがよかったでした。「三人寄れば文殊の知恵」には真理が含まれているようです。


知らず知らずやってしまっている「コミュニケーションのコントロール」。

昨日の祭りの後の飲み会でも「無口」なので「女性にやり込められてばかり」という方と「無口」というパワーについて考えてみました。

「無口」というメッセージはこんな風に考えられるのではないでしょうか?

・わたしは反論しないよ。(反論するほどの価値もないって言ってる?)

・馬耳東風。右から左と聞き流している。(しゃべっている方がバカを見る?)

・そんなことに時間を使うのは無駄。(自分は賢いとでも思っているのか?)

・あなたの言っていることに関心がない。(まじ、ムカつく!)


だめだ! わたしはこんな人に我慢できない! と書いていて思いました。が、って、飲み会で散々しゃべっるくせに! どこから「無口」という自認が生まれているんだ! という話。自認と事実はズレる。


知らず知らずに行使しているコミュニケーション・コントロールのパワー。あるいは良かれと思ってやっていることがただ単に「力を付与」するだけに終わっていて、自分自身から「力の発揮」の機会を奪っていることを自覚する。

課題は「では、どうする?」であるのですが、二つあります。


1. 一つは、「他人(ひと)」はそれほど気にしちゃいない。ということ。自分では「行動を変えた」と思っていても、気づかない人がほとんどだということ。


2. しかし、一方で、「他人(ひと)」からの「期待」あるいは「明示的ではない役割分担」などがある場合、コミュニケーションはほぼ「共同正犯」であるので、自分一人が変わろうとしても難しい。


つまり、第二のケースでは何らかの「新しいルールづくり」「システム」の提案、ないし実践が必要になるということ。すでに「期待」されている機能を阻害することなく、変化していくことが可能なのだろうか?


それは「きょうだい」関係の中で知らず識らず果たしている家族の中での役割期待にも似ています。今回、栗本敦子さんが参加できなかったことで、わたし達が気づいたことは何だったでしょうか?


わたし自身が「ファシリテーター」として二日間、あの場に身を置いている中で気づいたことは、今回は栗本知子さんの声がよく聞こえたということでした。ご本人も言っていたように、「今回のTESTで提起された課題」と、自分自身の課題が「べからず集」「ミステリー」ともにぴったりであったこともあるのかもしれません。ファシリテーターとしても、誰の声が聞こえていたか、気づくことは大事だなと思いました。


12名中、3名が新規TEST参加者。9名がリピーターという密度の濃さの中で展開する学びが、とても貴重だなと思いました。「学び続ける」ことと、「学びを共有していく」ことの両方が満たされる場として、すごい経験学習的実験場であるということです。


一日目の「正義と公正」が、なぜ、二日目の「ミステリー」のふりかえりの時に「点検の視点」として、どのグループからも出てこなかったのか。学習者の学びはなぜ「ぶつ切り」になりがちなのか? 認知的流動性の高さと、システム思考、「繋げて考える」力は、どうすれば身につき、実践していくことが可能であるのか? 今年の課題にしたいと思いました。


以下のTEST小論文課題については、セッション1で「みんなの頭」で考えました!

ぜひ、「論文」に結実していただきたい!



■「無口」についてさらに考えた! (2019.5.17)


無口の言い訳


・説明しようとすると言い訳だと言われる

・説明すると理屈っぽいとなじられる

・前に言われた言葉が刺さると蒸し返される

・「傾聴していない」と言われるが「傾聴」してもらったことはない

・問題解決が必要だと思うのに、「共感」を求められる

・感情労働は時間の無駄だと思うのに、それこそが求められる

・話の論理が飛躍していることを指摘すると、「そんなこと言っていない」と返される

・問題解決の提案をすると「上から目線」「他人事なのね」と無視される。

・そんなこんなのやりとりが時間の無駄だと思うから、黙っていると、「私のことに関心がないのね」とむくれられる


僕は君とどう生きていけばいいんだろう?

せめて「I love you. I care for you.」を伝えよう。


とは言え、「無口」で居られるのはパワーの現れなのである。そして、それはなぜ?


「無口」の代わりに何ができるかを考えれば、その答えは明らかだ。


「無口」の代わりにできることは

・過剰に語る。語りのパワーのアンバランス

・うるさい、と怒鳴る。黙れと脅す。

・無視する。

・干渉する。コントロールする。


・依存している相手は、関係を断てない。関係を求めてくる。関係の確認を求める。そこがムカつくよね。


わたしたち、他人同士なんですけど? 何か? なぜかまとわりついてくるような粘っこさを感じる。



by eric-blog | 2019-05-17 11:17 | ERICニュース
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