新復興論

新復興論

小松理虔、ゲンロン、2018

3231冊目


1979年いわき市小名浜生まれ。


小名浜と言えば、「南南西の風、風力3」で覚えた地名。

いわき市と言えば、1964年に合併で「いわき市」になったにも関わらず、常磐線は「平」行きのまま、駅名が「いわき」になったのが1994年と30年間、東京からの人間には位置関係が認識されることのなかった市。閉山された炭鉱町の「ハワイアン」による町おこしでも有名。


なんてね。研修でしか行ったことがない。頭っから「平」駅行きに乗らねばならないと思い込んでいて苦労したので、「30年放置」を知った次第。


「浜通り通信」50回連載をまとめた本書。


現場の世界は「批評」嫌いだと、「おわりに」に言う。

復興の現場では、そうなんだろうなあ。なんか、語りたくない、語られたくない。辛さも辛し、からだ動かしている方が紛れるし、カネは気まぐれだし、でもカネは必要だし。震災で生活基盤を失った後は、余計に現金経済が入り込んできたし。


でも、と著者は言う。自分の作品を客観的に評価するプロセスがなければ、次にいけねぇんじゃね?と。


「他者の目線を通すことでしか、自分を再構築することはできない。」387


(つながりを失った人々が、現金経済の中で)「一人化」し、そのまま地域が縮小していくのかもしれない、とも。


議論の土台は「賛成・反対」に終始し、それは「二人化」なんだけど、二分化された議論も狭いまま。


3歳になる娘さんと、福島の体験をどう共有できるのか? 探っていた時に出会ったのはアートだった。三人目に伝える。


いまの復興予算の使われ方は娘さんたちの世代の重荷になるのではないか。


思想を持たなければ地域は死んでしまう。


その焦燥感が書かせた本だ。


393ページの大著。


小名浜出身の著者は、「海の民」だ。これまでの福島論のどれよりもこの本に惹かれるのは、その海の血だ。そして、浜通りは「黒潮文化」の北限の地なのだと言う。血が騒ぐわ!


ヒノキの最北端。


そして、アイヌの南限の地。


平地区では食は縦につながり、小名浜では食は海を介して空間的につながる。046面白い!


「大失敗」した『福島第一原発観光地化計画』と言う2013年の出版物にも関わったと言う。

https://ericweblog.exblog.jp/19248239/


この本も、観光地を目指す旅なのだが、こんなに深く「見る」ことがゲンロンなしで可能だろうか?


広野町役場のすぐ裏手にある、ふたつの大きな石碑が目に入った。一つは天皇皇后陛下の行幸を記念した石碑。そしてもうひとつが、かつての広野町長、大和田清之助が東京電力広野火力発電所を誘致した功績を讃える石碑だ。・・・゜地域発展に貢献して町史に名を残す。産業を起こすのではなく、企業を誘致することによって。それが地方の現実だ。・・・この石碑のインパクトは強い。広野火力発電所は、単なる企業の一施設ではない。首都圏の生活を支えるために暖気を作り続け、東京に本社のある東電を儲けさせ、同時に大量の雇用を生み出し、その儲けや国からの補助金が巡り巡って地元に投下されると言う「システム」だからだ。186


バックヤード・ツアーなのだと、福島を巡る旅を、著者は名付ける。


エネルギーを考える研修旅行。193


4章で語られる漁業の復興。地域の自立を目指す思想とは依存からの脱却のも未来だ。170


地域の産業全体で水揚げを支える。


健康食としての魚は医療や福祉との関係を

食育を進めたいのであれば、学校給食や教育機関、教員との連携

自分たちのことは自分たちで決めると言う意志。それがこの国の防災なのだと。


防潮堤を見るときの著者の思いがうみんちゅだあ。



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by eric-blog | 2018-11-30 11:57 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)
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