みな、やっとの思いで坂をのぼる 水俣病患者相談のいま

みな、やっとの思いで坂をのぼる 水俣病患者相談のいま

永野三智(水俣病センター相思社)、ころから、2018

3218冊目


北区赤羽にある出版社。なんだか親しみを覚えるなあ。

水俣病と認められたい、でも認められたくない。

他の家族全員が水俣病なのに、娘はそのことを知らない。その娘にも水俣病の症状がでた。


など、


1956年の水俣病の公式確認、1959年有機水銀説、1968年国による公害認定、1974年相思社設立。10

2018年は公害認定から50年の年に当たる。

チッソの廃液で水俣の海が汚染されていた頃に、そこで取れた魚を食べていた人たちは、半世紀を経てもなお、その病の影に怯えている。そして、その怯えに乗じて、運動の分断、患者の線引きなど、国や行政や、企業側の判断が先行し、押し付けられていく結果になっている。

まだまだ、これからも水俣病は様々な意味で先駆的な事例であり続けるのだろうなあ。


a0036168_14331191.jpg
東京新聞 2018年11月10日

a0036168_14335693.jpg
東京新聞 2018年11月8日



[PR]
by eric-blog | 2018-11-13 14:34 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)
<< 平成30年度社会人権教育指導者... 発達障害チェックシートできまし... >>