<暮らしやすさ>の都市戦略  ポートランドと世田谷をつなぐ

<暮らしやすさ>の都市戦略  ポートランドと世田谷をつなぐ

保坂展人、岩波書店、2018

3191冊目


『シモキタのDNA』の著者である高橋ユリカさんが、著者が世田谷区長になった2011年からずっと「ポートランドへ行け」と言い続けたという。2014年に58歳で亡くなった彼女の遺言を実現できたのは201511月。34日で20箇所を回るという視察ツア。どこかの自治体の議員さんたちのツアとは大違い。


環境都市、スローライフ、リノベーション。


ポートランドは1970年代の学生運動で指摘された社会的な課題について真面目に取り組んできた町のようだと、自身も学生運動の渦中にもあった著者は言う。


ポートランドは一日してならず、でもあるよね。


ターニングポイントは、1968年に始まり、1972年に高速道路が撤去され、ウォーターフロントとして再整備されたこと。元ジャーナリストのオレゴン州知事のビジョンだった。15


エースホテル、パウエル書店など、リノベーションやアイデアが場を魅力的なものにしている。この書店は新刊と古書の両方が並んでいるのだ!

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翻って世田谷区。2017年、州立大学のまねぎで3回目の訪問となった時には、世田谷区について語る機会を与えられた。

ドナルド・キーン氏の一番弟子もいると言うが、北区もいつかポートランドのようになり得るか?


ポートランドと言えば「ダギーセンター」。日本のサポコハウスは世田谷区にあり! こんなところでも繋がっているじゃないか!


わたし自身、ポートランドには3回ほど行っている。

行くたびに高校時代のホームスティ先のママが移住してきていて、亡くなる三ヶ月前に再会できたり、三角椅子作りに夢中だった時に、アンティークショップでメキシコの乳搾り椅子の実物を見つけたり、今も愛用しているバッグを二時間も検討した末に購入したりなど、エピソードは尽きない。


今度行くときは、ダギーセンターにも行きたいなあ。


まちづくりは息の長い取り組みだし、ビジョンだし、夢の実現だよね。



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by eric-blog | 2018-10-12 11:24 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)
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