「コミュニティを創るのは私たち」~米国地域学習プログラム’Places We Live’の「総合的な時間の学習」への活用から 2008年5月10日 1.モモコ先生からの相談 モモコ先生から事務所に相談がもちこまれたのは2007年5月のこと。卒業学年である6年生の総合的な学習のテーマ「福祉」の展開にあたり、子どもたちの生まれ育った地域が、将来にわたって自分たちそしてお年寄りや介護を必要とする人々が安心して暮らすことができる町であるために、どんな町であってほしいか、そのために自分たちができることは何か、気づきと行動につながるような学習プランを2学期実施にむけて計画・実施に協力してほしいとのこと。 ERIC国際理解教育センターは、グローバル教育の概念や手法を紹介する「ワールド・スタディーズ」の翻訳・刊行により、学習者中心(learner-centered)の協同学習(cooperative learning)の方法論を表す言葉としての「参加型」という用語を創出。以来、国際理解、環境、人権、ジェンダーなど地球的課題とされるテーマについて参加型による学びの理論と手法の啓蒙と指導者育成に関わってきたNPO法人。また今回の学習プラン作成の基となった米国環境教育プログラム「プロジェクト・ラーニング・ツリー」日本事務局として環境教育ファシリテーター養成にも関わっている。 モモコ先生を交えての議論、学校見学や学区域のフィールド観察、関係者との話し合い、校庭指導員をはじめ学区域の子どもたちに関る関係者、行政や地域のボランティアセンターとの折衝などをへて、米国の中等段階地域学習モジュール’Places We Live’ (私たちの住む場所)の構成を活用することで、テーマ「コミュニティを創るのは私たち」、6セッション(単元)、10時間プログラムを仕上げたのが8月。学校側への最終提案と了承のもと、10月第1週~第4週にかけ、2名の担任と私たちスタッフ5人を中心に実施した。(表1) 本学習プラン作成の基となったPLTについては、かつて「地理」(2005年8月号)で、「1970年「環境教育法」制定と、その推進に向けて連邦政府の支援…アメリカ森林協議会(現アメリカ森林基金)と西部地域環境教育評議会の共同プロジェクトとして1973年発足…ミッションは森林を「世界への窓」とみなして多様な環境への理解を図ることにあり、そのための批判的、創造的思考の訓練を通して環境問題への意思決定能力、そして環境に対する責任ある行動をとることのできる人材を育てることにある…」と記したが、最小限の付け加えをしておこう。 PLTと関連した環境教育プログラムとして日本では、公園緑地管理財団によるプロジェクト・ワイルド、河川環境管理財団による水辺の環境を対象とするプロジェクト・ウェットが知られるが、いずれもPLTを母体としている。アメリカにおける環境教育基準を定める北米環境教育連盟は(NAAEE)は、PLTを「環境教育教材ガイドライン」に適合した最初のプログラムとして認定、かつ2006年度地球規模の環境教育への貢献賞をPLT(Project Learning Tree)としている。
本学習プラン提起にあたって、’Places We Live’ (以下『私たちの住む場所』)における構成を援用した背景の一つに、学習指導要領に示された地域学習のねらいに対する物足りなさがあった。小学校学習指導要領社会には次のようなねらいが示される。 3~4学年社会の目標に、「地域の産業や消費生活の様子、人々の健康な生活を守るための諸活動についての」理解、「地域の地理的環境、人々の生活の変化や地域の発展に尽くした先人の働きについての」理解を通して、「地域社会の一員としての自覚を持つ」「地域社会に対する誇りと愛情を育てる」態度、そして「考える力」としての技能の必要性が記される。 一方、『私たちの住む場所』は、導入で「なぜわたしたちは私たちの住む場所について学習するか?」という問いを立て、次のような趣旨を記す。 わたしたちは、コミュニティの成長・変化にどのような関り方をするかによって、自分のコミュニティの環境、公衆衛生、まちの特徴、場の感覚(a sense of place)や生活の質に影響を及ぼすことができる。コミュニティの成長・変化は、環境、社会、経済的側面にどのように影響するか、成長や衰退にともない、住民は土地開発、交通問題、公共サービス、自然・文化資源の保全のありようなどニーズの変化に伴うマネジメントが求められる。わたしたちは身近なコミュニティの探索から始めることで、周囲とのつながりを意識化し、環境・社会・経済的なまとまりとしてのコミュニティをどのように維持していくかについて学ぶのである。 前者においては、地域の諸側面についての理解という過程が地域に対する「自覚」や「誇り」に結びつくという。後者は地域社会の構成員として、地域とどのような関わり方をするかによって互いに影響しあう関係にあること、地域を学習の対象とすることは公共圏への参画の意識化と、そのために求められる知識・スキルの習得が学習の必要性として明示されるのである。 モモコ先生が卒業学年の子どもたちに願ったことの根底に、地域に生まれ育って12年、家族・近隣・学校等すでに様々なつながりのもとで今の自分があることを認識するとともに、地域住民の一員として自分たちは何ができるか、何をしなければならないのか、参画と行動への意識化が総合的な学習の時間「福祉」に具体化することであり、「私たちの住む場所」に示される構造はこうしたねがいに応えるものであると私たちは判断した。 3.「コミュニティを創るのは私たち」の展開 テーマ「コミュニティを創るのは私たち」学習プランは、全10時間、6つのテーマとして構成した。展開に当たっては、教室・教室外とも2クラス合同、グループ(6~8人単位)による協同学習によって進められた。表1に示した各テーマの進め方について概略を記すとともに、日常的な地理学習における空中写真・衛星画像の活用の事例として、#4「緑の空間」におけるグーグル画像を利用した土地利用調べの手順について表2に示した。 #1→本学習プランの導入に当たる。小グループにわかれ学校外での居場所紹介、クラス全体での秘密の場所地図化と共有、自分たちが住んでいる場所とのつながりを意識化すること。特別な場所とその背景についての表現から、それら「場の感覚」を意識化などがねらい。 #2→前回の作図をもとに6グループ(6ルート)設定。それぞれのルートとポイントの特徴(福祉の観点に留意しつつ)をはっきりさせるため現地観察。観察結果のプレゼンテーション資料の作成と発表。さらに学区域地図上に各グループによる観察結果図を配置、学区域全体の展望図を作成、全校児童が見ることができる図書室前に展示した。(写真) #3~#4→地域の変化とその背景について作業経過をふまえて類推すること。戦後期の1/10000地形図から学校周辺における土地利用の特徴をとらえること。異なる時期の空中写真の比較を通して、地域の変化と環境の変化との関係を視覚的に捉え、その背景を考えること。緑は地域の社会資本(インフラ)という視点を明らかにすることなど。 #5→コミュニティ(学区域)はより広い地域(板橋区)のもと、どのような役割を担っているか、地域の大人たちへのインタビューを通して、課題と展望をはっきりさせること。インタビュー先として地域の土地利用など都市計画に関わる区役所都市計画担当者、地域の歴史・文化など地域住民と深いかかわりを持ってきた寺院、区内環境教育の中心をなすエコポリスセンター、そして福祉をはじめ地域住民のつながりを担ってきたボランティアセンターと活動団体を設定。グループごとの聞き取りとその成果をまとめること。 #6→これまでの活動をふりかえり、20年後のコミュニティの様子を描写する未来新聞を作成する。よりよき地域の未来像とその要素を明確にすること。そのために自分たちしたいことを明確にすること。 4.地域をESDの視点で学習するとはどういうことなのか 本学習プラン実践に関する評価や課題の点検はいまだ充分とはいえないが、卒業学年として学校や学区域を自分たちとの関わりで捉えるとともに、地域の未来は自分たちの関わりようにあることへの気づきは得られたと思われる。プランの枠組みと進め方に活用した米国地域学習プログラム’Places We Live’についても充分適用できることを実感したが、10時間という時間的制約のもと構造主義、全体言語というPLTの基本的特徴の具体化には課題が残された。 さて本連載のテーマであるESDとの関連で地域学習のありようについて若干の考察を加える。これまでの連載記事を活用することで、記述の重複をできるだけ避け、論議を深める方向をとりたい。まず第1回でESDについて一般的な紹介がなされ、第2回でESDが要請された背景について「大量消費のライフスタイルや社会システムからの転換を人々が目指すようになりつつ…、しかし社会の転換には…人々の意識の変革が必要で、それには教育の力が必要である」こと。第3回では(原稿段階での拝読)ESDは価値観の教育であるというユネスコの定義が示された。 地理との関わりについては、ESDの教科学習における中核としての可能性について、イギリスのナショナル・カリキュラムと教科書における位置づけについての記述。私たちの国での地理学習が扱うことの優位性について、公民、理科、総合的な学習における可能性とともに「…しかし、これらの領域の中でESDを取り入れる場合、総花的で地域の実態に即した議論にはなりにくい」のにたいして地理は、「…地域に即して物事を考えることができ、地域をよりよくするために、地域の視点からの政策提言が可能…」であると、「地域をよりよく」するための視点からの提言を含む地理学習の在りようが示された。その際の「よりよく」の背景をなすのが「SDの視点が求められる」(いずれも第2回)であり、ユネスコの定義をふまえての「公民的資質の具体化」(第3回)であることが提示された。 これら記述を踏まえて論議を深めるためになされるべきことは、ESDを支える基本的な考え方(=概念)についての理解、確認であろう。ESDは価値観の教育であるというとき、それらSDの概念を尊重しての教育活動であるだろうし、よりよい地域学習なるものも概念をふまえての展開を求めることになるだろうからだ。 しかしながら、SDの概念として合意されたものはない。ESDに関する国際実施計画案は「持続可能な開発についての概念は進化を続けている」と記す。ただSDの意味と目的を明らかにするため、社会、環境、経済の3つの領域(第3回参照)から明らかにすることを求めている。ここでは初等地理学習におけるSDの具体化を提案した指導者向けテキストが採用しているESDの概念をあげておく。(表3) 地域に即しよりよい地域づくりへの提案は、地理教育だからこそできるというとき、例示されたような概念を地理学習のプロセスにどう生かすか、いいかえれば概念を柱にすえた学習計画が構築されねばならないのだろう。さらに「公民的資質」の具体化というときも、SDの概念をいかに身のまわりで具体化するかということであり、泉がいうところの「地球市民的資質」の意味するところでもあろう。 ちなみに今回の地域学習プランのもととなった’Places We Live’の場合、環境教育としてのPLTが提起する概念、多様性、相互依存、システム、構造とスケール、変化のパターンの5つに基づいた構成となっている。 なお「地理だからこそESD」という想いを具体化するにあたって、国際実施計画案に示された「質の高い教育」の特徴として①学際性と総合性 ②価値による牽引 ③批判的な思考と問題解決 ④さまざまな方法(PLTでは全体言語として意義付ける)④参加型の意思決定 ⑤地方とのかかわりをあげる。地理における地域学習に当てはめた場合、①と②の具体化にあるように感じている。
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| 2017-05-13 15:25
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