ESDfc テーマ「人権」 ESDとしての再方向付けを学ぶ

◆◇◆◇ 1.  ESDファシリテーターズ・カレッジ「人権」 ◆◇◆◇


「人権」の実施要綱にも書いたように「Redirection」再方向付けをテーマにやりたいと思います。

http://www.eric-net.org/news/atERIC18HRyoukou.pdf


再方向付けのポイントは、二つ。


一つは、「コンピテンシー」によって従来のスキル目標を再点検する。

もう一つは、ESD&「人権」として適切なテーマやコンテンツという視点から、従来の教科内容、そして新しく導入された道徳の内容を点検する。


人権としての課題としては「弱者のエンパメントのジレンマ」を取り上げたいと思います。


■弱者のエンパワメントのジレンマ


1. 社会的な合意はできたけど・・・


世界人権宣言に始まり、人種差別、女性差別からの解放運動、そして障害者差別禁止、ヘイトスピーチ禁止など、社会的弱者の権利運動は発展してきている。


人種や性別などによる差別を解消しようという国際社会の決意が、様々な条約や合意に表されていルシ、また、人権委員会がその推進をモニターし、改善のための勧告を出すなどの体制も整ってきている。


第0 期 世界人権宣言など諸条約

第1期 アファーマティブ・アクション

第2期アサーション

第3期合理的配慮


差別解消のために「積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)」を社会が取るようになった。国際的な合意もあり、社会的な差別解消のための積極的な措置が取られるようになっても、「差別を内化」させてきた被差別者の意識はすぐには変わらない。

そこで出てきたのが「アサーション」やエンパワメントなど、「力の剥奪状態にある人に、力を付与する」ためのトレーニングである。


さらには、「障害」は、障害「者」の側にあるのではなく、「社会」の方にあるのだということが障害者権利条約によって確認され、「合理的な配慮」が社会の側に求められるようになった。


これらの大きな変化を見ると、「合意」「対策」「個人のエンパワメント」「社会的配慮」など、合意された方向性に向けて、さまざまな手立てが取られてきたことがわかる。


差別のある社会で被差別者も成長する。その中で「差別的な視線」と態度姿勢行動を学んでしまう。「差別の内化」は常に起こる。


弱者のエンパワメントのジレンマの一つは、「弱者の再生産」に対抗する手立ての弱さである。


2. 「平等・対等・公正」を求めることと、「である」こと・・・


弱者のエンパワメントのジレンマのもう一つは、「平等・対等・公正」を求めることと、「平等・対等・公正」が実現されていることを混同するマジョリティがいるということ。


弱者が権利を主張する力を身につけると、「逆差別」だ、とか、「十分に女性は強い」などと、求めている権利と、今すでに実現されている権利をわざと混同するようなマジョリティの側の「防衛的」な態度に出会う。


女性解放運動に対して「バックラッシュ」が生まれたし、人種差別解消に対して「ヘイトスピーチ」が生まれてきている。運動に対する反作用のようにも見える。


しかし、そのような反作用に乗っかっている「特権」の側は、自分たちが易々と声をあげられること、弱者を攻撃することができるのはなぜかという状況、特権的な地位にあることに鈍感である。


弱者は常に過敏で、意識しているのに、である。


運動や主張に対する反動、防衛的なマジョリティの態度は、運動が強ければ強いほど、強化される。ジレンマである。


Ex.

例えば、性差別的な態度が強い男性は、男女の平等を促進するメッセージを読んだ後、女性に対してさらに攻撃的になったことが分かっている。


マラムスらはこれを「ブーメラン効果」として知られる心理学的現象に分類。「人は自由を脅かされるとそれに反発し、外部からの強制と反対の方向に動くことで、自律性を主張する」と論じている。

https://www.newsweekjapan.jp/stories/woman/2018/08/post-43.php


多様性が大事だという表現によって、抑圧される人たちもいる。その人たちがトランプの出現で力を得た。多様性なんて糞食らえ! と勢いを得たのだ。

ラブという薬 The Medicine called “LOVE”、いとうせいこう・星野概念、リトルモア、2018

https://ericweblog.exblog.jp/238740538/


3. サバルタンは語れるのか、支配の言葉で・・・・

このような「解放」の論説すらも、マジョリティによってお膳立てされているだけ、マジョリティが認める限度に置いて運動が許されているだけなのではないかという疑いは晴れない。

言葉や学問も「特権」の側がコントロールする。

人間の測りまちがい 差別の科学史スティーヴン・J・グールド著 鈴木善次・森脇靖子訳河出書房新社1989年 増補改訂版1998年The Mismeasure of Man, 1981Stephen Jay Gould

https://ericweblog.exblog.jp/1914648/

ことばは男が支配する、スペンダー, D、勁草書房、1987年

https://ericweblog.exblog.jp/832708/

従って、差別のある社会で生きるとは、朴和美さんが言うように、彼女の母親たちの世代の「生き延びる戦略」から、彼女たちの世代、在日二世の解放運動へと言う変化がある。

1. 生き延びる戦略

2. 解放の戦略

ロバート・チェンバースは社会的弱者の生き延びる戦略を次の四つにまとめている。  (第三世界の農村開発、ロバート・チェンバースより)
・あきらめる
・馴化する
・異議申し立てする
・逃亡する

チェンバースは、「異議申し立てをしたとしても、マイノリティの定義が人口の多寡ではなく、社会的影響力の強弱を意味しているのであるので、成功することはない」と言う。


4. トリレンマを超えて・・・

社会的合意はある、が社会的な手立てはとっちらかっている。

弱者の解放運動はある。しかし、運動が強ければ強いほど、反作用は強まる。

枠組みそのものを形成している認知、考え方、それらを構成する言語、そのものに疑いがある。このままここに止まらざるを得ないのに。

そんなトリレンマの中で、弱者のエンパワメントはいかにあるべきか。今、目の前の「生き延び」のための手立てを手放すことはできない。長く待てない。しかし、遠くを見通す目も欲しい。

そして、何よりも「弱者」としてではなく、一人の人間として生きる自己実現の道が欲しい。カミングアウトする属性としてではなく、「らしさ」を押し付けられる属性としてではなく、「わたし」を生きる。

■プログラムのキーワード

  • λ差別のある社会の全体的不利益  国際的な合意の背景は何か?
  • λあなたの属性は有利? 不利?
  • λアサーションの12の権利
  • λアファーマティブ・アクション
  • λ個性か属性か


このようなプログラムを通して、ESDコンピテンシーを伸ばすこと。


  • コンピテンシーとテーマ学習を通してESDを取り込む


いま、「ESDを教科書、教科カリキュラムに埋め込む」ためのガイドブックを読み込んでいるところです。

TEXTBOOKS FOR SUSTAINABLE DEVELOPMENT  ~A Guide to Embedding


2017年にUNESCOから出版されたESD推進のためのガイドブックです。

ESDは学校カリキュラムに「新たに付け加えられるテーマ」ではなく、すべての教科に「埋め込まれる」べきものであり、具体的に「埋め込む」ための方法を示しているガイドです。


ESDを主流化するためには、すべての教科の内容と教授法が「再方向付け」されることが重要だと、このガイドは指摘しています。


再方向付けのための具体的な方法が「ESDコンピテンシー」を教科の目標に取り入れる、ESD的テーマ学習や問題解決学習を各教科に取り入れるという二つです。


環境教育もそうでしたが、人権教育も同様です。「環境」や「人権」という気養育内容を追加するだけではなく、環境、人権、ESDを点検の視点として、学校カリキュラム、学校全体アプローチを「再方向付けていく」。


そんな点検の視点も、取り入れていきたいと思います。ぜひ、ご参加ください。



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by eric-blog | 2018-09-06 15:59 | ERICニュース | Comments(0)
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