モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語

モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語

内田洋子、方丈社、2018

3140冊目


書評を読んだ時、ワクワクした。イタリアの北部、山間部にある小さな村の人々が本を行商することを生業にしていたと。


その物語の語り部である著者が、ヴェネツィアの本屋に出会ったところが、取材の始まりだ。その本屋の出自がモンテレッジォという村であること、その村で「本祭り」が開催されることを知り、伝手を頼んで村を訪問する。


15世紀、活版技術がヨーロッパで始まり、18世紀のイタリアでは、出版社が印刷所も書店も兼ねていた時代があった。活版印刷の一番最初の印刷物が聖書であったように、印刷が庶民のものになるには、時間がかかったのだ。


モンテレッジォはローマとイギリスのカンタベリーを結ぶフランテジェーナ街道にある要害の地として中世の領主たちが重んじ、人を配した場所であった。とはいえ、取ったり取られたりの地で生きるには「自分の力でなんとかする」決意が必要だった。近隣にあるカッラーラは石の産出で有名。そこででるクズ石を拾い、砥石として加工したものを行商して歩くなどもしたようだ。


出版社から半端物などを安く買い受け、行商のルートに乗せた。出版社は、行商人たちがもたらす「売れ筋情報」など市場の反応を喜び、かけ売りもしてくれるようになる。


仕入れから販売、顧客情報管理、そして発注と、全てを一人というか一つの村のノウハウとして獲得していったのが18世紀から19世紀のモンテレッジォなのだ。


1800年代のある年を境に、村人は行商へ出かけるようになった。お札のようなものやといし。


そして、本の大衆化時代に合わせて商売は拡大していく。政党の機関紙のようなものも、扱ったりと、明治時代の日本を思わせる情景が、19世紀後半。


行商から屋台へ路面店へと足場を積み上げながら、モンテレッジォは本屋ネットワークの要となっていった。


イタリアの著名な文学賞である「露天商賞」は、そんな出自を持つ賞である。


いま、村に住む人は少ない。しかし、そこを故郷と自認するネットワークは、広く、豊かに生き続けている。


ヴェネツィアの洪水を生き延びた本屋の物語は、いま、西日本で起こっている水害に重なる。水浸しになった本を前に落胆した父親に変わって息子が店を継いでいく。


言葉は旅する。その時代時代の乗り物を得て。


いま、本の世界は厳しい。言葉はネットという乗り物も獲得したからだ。


モンテレッジォが届けた言葉の味わい方そのものを追体験するかのような、言葉の旅の物語である。村の人の生き様、名物や原産の食べ物とともに。


写真も、装丁も、フォントも素敵な一品。召し上がれ!



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by eric-blog | 2018-07-12 08:34 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)
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