絶望の国の幸福な若者たち

絶望の国の幸福な若者たち

古市憲寿、講談社、2011

3131冊目


1985年生まれの社会学者。


国に縛られない生活ができるネット時代。必要なもの欲しいものは、どこにいても手に入る。だから欲しいのはお金。お金があれば、そこそこ幸せ。


W杯で盛り上がるのも、感動の共有の「消費」。


そもそも、「若者」が存在しない。仮想の概念。


ボランティアをする若者も、増えているわけではない。阪神淡路の震災ボランティアも6割は大学生。

77


投票率はずっと減少傾向。82


内向き、海外離れのガラパゴスと言われるのと現実は違う。バブル期と比べても二倍以上の若者が海外で働いている。86


自動車、家電、海外旅行離れの「嫌消費」93


自足的・コンサマトリーな若者たち。

https://www.merriam-webster.com/dictionary/consummatory



自分たちの生活圏が脅かされるとき、社会運動に出かけるが、革命的ではない。


デモで社会が変わるわけではないが、「それで本人たちが少しでも幸せになるのなら、それを生温かく見守ってあげればいい。」190


「地域コミュニティ」を切り崩して、中央に服従する「国民」を作り出すことは近代国民国家としての日本の悲願。220


その象徴的な存在が「原子力ムラ」。自動的な服従システムの完成。


3.11は希望になるのか?


そこに希望を見出す人々を生温かく見守ろうと、著者は言う。


まだ、「格差」が顕在化する前の、貧困未満の若者たちの姿が、ここにある。

彼らの中で「家族という最強のインフラ」から見放されている層、地方都市にまだ余力があった時代の「地元化」論だったのではないかと、7年たった今、思う。


『日本の分断』の吉川論点は、この間のPTA役員の集まりでも問題にしにくかったことを思い出す。学校を取り巻く社会では「学歴」はタブーなのだ。

https://ericweblog.exblog.jp/238609251/


そして、多分このような「幸せ」幻想が、次の若者世代の首を真綿で絞めていくのだ。


そして、高学歴でも「若者非正規労働者化」という社会戦略のおかげで貧困化し、中年になっている。2015年の本である。

『下流中年』

https://ericweblog.exblog.jp/238496012/


5-6年で「若者」の状況は様変わりするのだなあ。そういう通過年代であることが「若者」の特徴なのかもしれない。


■コンサマトリーを検索すると「短期間で終了するある目標達成期間」という意味もある。
短期完結的である傾向は、確かにあると思うなあ。それも「若者期」というのは通過的であるというのと関わっている気がする。

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by eric-blog | 2018-06-25 09:54 | □週5プロジェクト2018 | Comments(0)
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