国家神道と日本人

国家神道と日本人
島薗進、岩波新書、2010
2620冊目

日本人の分裂症的行動規範は、明治時代に醸成されたのかなあ。その前は、どうだったのか。ローカルとお上との分裂は、あったような気はするが、基本は、一人ひとりは「ローカル」な地縁血縁優先だったんだろうなあ。

天理教の例に見られるように、1896年以降、国家神道を受け入れない宗教団体は徹底的に弾圧された。1903年、天理教教典を内務省の顔色を見ながらまとめることで、国家の公認を得られる。49

教育勅語がかんぱつされた1890年から20年間で日本人は強力な「公」の宗教的規範秩序に組み入れられて行った。50

精神の二重構造。

ある範囲の天皇崇敬の言葉遣いや儀礼的皇位を受け入れさえすれば、「私」の領域ではキリスト教徒出会ったり、啓蒙的な学問に従って真理追究に没頭したり、天理教の救済活動にわが身を捧げたりすることができた。

「公」の国家神道と「私」の諸宗教。

国家神道の側からすると、この二重構造は必要なこと。
国家神道は「公」の国家的秩序について堅固な言説や儀礼体系をもっているが、「私」の領域での倫理や死生観の言葉や実践を資源を持ち合わせていない。また、「公」の領域でも、西洋由来の思想や制度のシステムの助けを借りなくては、存続し得ないものだった。・・・日本文化の特徴を自覚的に考える人たちにとっては、国家神道と諸宗教や近代の思想・制度が支え合うことによってこそ、ある種の多様性を抱え込んだ緩やかな調和が成り立つ、そこに多神教的な日本文化の利点がある。・・・日本の国体が美しいとされる一つの理由である。51]


第5章は「国家神道は解体したのか?」という戦後の日本社会を問うものである。

戦後、さらに「象徴」としてパワーアップした天皇制。

国家神道は、すぐそこまで忍び寄っている。天皇について、その存在を大前提として語り続けることこそが、天皇制、ひいては国家神道そのものを強化する。

そのことは、慇懃無礼な言葉で「天皇のお気持ち」について忖度しているフリをしている委員たちを見ていれば、わかることである。

国民の上に象徴なし。国民の象徴は、国民の上に来るものであってはならない。

この本は買いだなあ。手元に置いて、日常の、毎日の、実存の戦いに備えよ。
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by eric-blog | 2016-10-18 14:12 | ■週5プロジェクト16 | Comments(0)
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