被差別部落の形成伝承

被差別部落の形成伝承
本田豊、現代書館、2010
2322冊目

部落史研究は、運動がらみですすめられてきたから、運動に元気がなくなると、研究も停滞する。7

そして、

聞き取り調査に二度目はない。二度目には相手も構えるし、深読みする。13

聞き取りには埼玉県のことも多く含まれており、とても興味深いのだが、
鎌倉街道でつながっている地域に戦略的に置かれていたとか、
馬廻り役をしていて「源」姓の祖先がいるとか。
お神楽なんかもやり続けている

時宗の寺だと、一人あたり10万も包めばいいほうだろう。58
(一般なら50万)

という相場感もおもしろかった。

「ヤブ医者」という言葉のおこりは、北陸の被差別部落。藤内と呼ばれる医者や産婆さんは・・・部落。人里離れた村なんかの離れたヤブに住んでいたから。75
「鳥追い草紙」に書いてあると。
北陸と埼玉のつながりもある。
部落の中でも格差が生まれ、金貸しをして、田畑を借金のかたにとりあげて大きくなった地主もいる。102
祭りの時に差別されることもあったが、「同じ人間だ、あがれ上がれ」と。118
鈴木俊一さん(都知事)は、課長時代に「満州移民」を手がけた人。130



部落問題が自由に語れる時が来れば、おそらくいろんな課題が明らかになるのであろう。」p.222

石川県には公的には部落は現在存在しないが、「藤内」問題が存在する。
墓地を歩くと、埼玉県や群馬県、愛知県などの部落の中に見られる特徴ある苗字の墓石が、いくつも見られる。221

医者、社司、長吏などの職業。百姓でない、賃仕事などで、普段は生活していたのではないか。何もないときに長吏などが何をしていたかに視点を向けたいと。

『被差別部落の民俗と伝承』の続編である。

鳥追いについて海外の事例があったので、紹介しておきたい。
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by eric-blog | 2014-10-08 13:10 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)
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