紫禁城の黄昏

紫禁城の黄昏
R.F.ジョンストン、中山理訳、渡辺昇一監修、祥伝社、2005
2218冊目
Twilight in the Forbidden City, 1934

1906年に誕生し、1908年に二才で皇帝の地位についた溥儀の帝師として、1919年から1925年までの6年間、身近に仕えたものとして、1898年の戊戌の政変から1932年満州国建国宣言までを通史したもの。

著者自身はイギリスに帰国後、1931年から1937年までロンドン大学で教鞭をとり、1938年に死去。

原著の出版直後にも翻訳出版され、そして1989年には岩波書店からも翻訳が出ている。しかし、完訳ではない上に、岩波版では、多くの章が割愛されているという。

渡辺昇一さんは、この本が東京裁判で証拠として採用されていたら、結果が違ったのではないかという。溥儀が裁判で満州国は日本の傀儡政権だったと証言したのはソ連からの圧力であり、また、保身のためだったのだ、と。

田中裕子さんが主演した西太后の物語、NHKなどの日中共同制作でドラマ化された、浅田次郎さん原作の 「蒼穹之昴」 (蒼穹の昴)をおもしろく見ていたし、最近では「宮廷の諍い女」も見たが、紫禁城とはどんなものなのか、全体像がわからない。北京で故宮博物館を見た時も、なんだか建物だらけの路地裏博物館? 程度の印象だ。ほとんどの宝物が掠奪された後の姿なのだから当然か。なぜ、ああいう構造にしたのだろう? 不思議だ。

それで、文中には、居場所や謁見場所のことでやたら「宮」が出てくるのだけれど、その位置づけ、物理的な位置だけでなく、意味づけとでもいうのか、も解説なしではわからない。そういう意味では、この原注までも完訳され、さらに訳注までついているこの本はとてもすばらしい。さらに言えば、原著では「音」で表記されたそれぞれの宮の意味を英語で加えていて、それを訳してくれているのも、楽しい。

17世紀から続いた清朝が、満州人と漢人の双方を支配し、弁髪という満州人の風習すら、どちらがどちらの慣習をまねたのだか、不分明になるほどの長きにわたって続いていたこと。

そして、共和国建設の動きの中でも、帝位保存の約束は継続していたこと。そのために、皇帝の実権も変化したこと。

群雄割拠する時代の中にあって、民衆からは変わらず敬愛されていた皇帝と、そして「国民とともに、豊かに、そしてますます末広に分かち合うまで、皇帝は決して満足されないであろう」とジョンストンが結んでいるように、溥儀もまた国民や国のあり方を考えていたはず。

だとすれば、溥儀が「傀儡だった」と強弁するからには、1934年から45年にかけての満州国のあり方に、納得も、感激もしていなかった証左だということにならないか。

東京裁判の結果が変えられたどうかはわからないが、どっぷりとした史資料をどう評価するか、評価の視点を狭くしすぎることは、不実であろう。

渡辺昇一さんが引用したがることを裏切る証拠もまた、ここから掘り出すことができるのだから。もし、溥儀が、ジョンストンが描き出そうとしている通りの人物ならば、彼が、自己保身のためだけに語るはずがない、と。

■今日のニュース「清朝最後の王女、亡くなる」
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140526/chn14052620280010-n1.htm
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by eric-blog | 2014-05-27 08:08 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)
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