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マイケル・サンデルの白熱教室 日中韓の未来の話をしよう

マイケル・サンデルの白熱教室
日中韓の未来の話をしよう
BS1 2014年5月11日(日) 午後7時~午後8時50分
日本、中国、韓国の名門大学の学生24名が、3ヶ国間のこれからの関係をめぐってスリリングな議論を行います。「なぜ日中韓の関係はうまくいかないのか」「現在の問題に、過去の歴史が重くのしかかってくるのはなぜか」「今の世代が、過去の出来事について謝罪する責任はあるのか?」「愛国心とは何なのか?」
サンデル教授が次々と投げかける難問に、3ヶ国の学生がタブーを恐れず、真摯な意見をぶつけあいます。


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白熱教室「日中韓の歴史認識について」
日中韓の大学生、それぞれ8人ずつを東京の会場に招いて、マイケル・サンデル氏が行った白熱教室。

最初は「スポーツ」をテーマに、意見交換を行った。
・2020年に東京でオリンピックが開催されることになってうれしいか。
・サッカーのワールドカップで、決勝にブラジルと日本が残った、どちらを応援するか。
それぞれの問いに、日本を含めて意見は分かれていた。

次に、歴史認識について、それぞれの国でどのように学ばれているかを確認した。中国では「侵略」、韓国では「植民地」と、日本の支配について学んでおり、日本の学生からは「教科書には書かれているが十分に時間をかけて学んだとは言えない」という指摘がなされた。
では、教科書に書かれていないことは?

サンデル「君たちの国の教科書で軽視されていることがあるだろうか。」

○韓国 ベトナム戦争に参加したこと、日本軍がしたのと同じことをしたこと
○中国 文化革命の時代のこと
○中国 飢餓が起こった理由を自然災害だとしてきた。実際には政治的意思決定の失敗からだった。

S. それぞれの国で、歴史の教科書には書かれていないことがある。わたしたちには歴史の暗い部分に向き合いたくないという心が共通してあるということだろうか。

○勝った側のことについてはかけるが、都合の悪いことは書きにくい。

S. なぜ自分の国の暗い側面については認めにくいのだろうか。そのような書き方は、人々の愛国心を育むために必要なことだったのか。さらに言えば、歴史教科書は愛国心を育むために書かれるべきなのだろうか。

○国を一つにまとめるためには共通の何かが必要。その共通の枠組みにそぐわない事実がある場合には隠されてしまう
○日本政府が公的に謝罪していることを最近知りました。インターネットで見て、ショックを受けました。この講義の準備のためにインターネットを見たんですけれど。

S. 日本からアジアに対してなされたもっとも重要な謝罪は、戦後50年を期になされた村山首相の発言だ。日本のこのような謝罪を知って、中国の学生は驚くだろうか。

○はい。

韓国はどう?

○1993年の河野談話を知っています。従軍慰安婦の問題について謝罪しました。しかし、最近、河野談話を見直す動きがありました。そのような動きがあると、あれが心からの謝罪かどうか、疑いを持ちます。

S. 韓国の学生に聞きたい。君たちは日本の謝罪について知っているか?

○日本政府や日本人は、こうした問題を身近な問題ととらえていないと思います。政府が謝罪しても、日本人が本当に謝罪の心を持っているように思わない。日本人の友人が当時の行動について謝罪の心を持っているかどうかわかりません。
○(日本人・あゆみ) 事実は知っている。自分がやったことなら、謝ったり、誠意を見せることができるが、わたし自身がやったことではないので、どうしたらいいかわからない。

S. いまの時代を生きるわたしたちには、前の時代に犯した道徳的な問題について世代を超えた責任は存在しないということだね。

○(あゆみ)侵略戦争の事実は知らなければならない。今後、そういうことは絶対起きないようにして行く責任はある。しかし、謝罪するということについて、どういう風にすればいいのか、わからない。
○(韓国) 知っているというけれど、日本政府は十分その努力をしていないと思う。

S. 過去のことについて、わたしたちは謝罪することができるか。謝罪するということは、結局なんらかの責任を取るということ。過ちについて、本当に謝罪できるのか、責任を負えるのか。
アメリカの歴史上、もっとも正義に反する行為が奴隷制度だ。最近、議会で「奴隷制度の犠牲者に保証金の支払い」をめぐって議論があった。下院議員の一人が「わたしは奴隷を所有したことも無いのに、なぜ保証金を払わなければならないのだ?」と言った。

○ソンヒョン 過去の人々からの恩恵を受けずに、いまを生きている人はいない。ぼくたちは過去から受け継いでいる。利益だけを受け継ぐのは道徳的に間違っている。過去からの恩恵を受け継ぎたいのであれば、過ちについても引き継ぐべきもの。

S. わたしたちの遠い先祖が侵した不当な行為についても責任をとるというのが君の意見だね。

○科学者は、これまでの積み上げの上で、すすむことができる。そのことを実感する。であれば、過ちについても受け止めなければならないと思う。

S. あゆみ、いまの意見は説得力あったか。

○あゆみ わたし自身が思うことは「政府が謝罪すべき」。わたしたちがすべきことは、知ってどうするか、それを次の世代にどう活かすかを考えることだと思う。

S. 政府であれば、前の世代の代わりに、謝罪することは可能だと。でも、一人ひとりについて、現在の関係にどう持ち込むべきかはまだ疑問があるということだね。

○過去の出来事を、自分の問題として受け止めることが必要。歴史的な問題を集団の責任としてだけとらえると、個人的なこととしてとらえることができなくなる。過去のことをもっとパーソナルにとらえる。(具体例は?)うまい具体例は思いつかないけれど。
○エリコ たった一人の人間でも国を代表することがある。アジアからの留学生が日本でヘイトスピーチの被害にあったと聞いた時、謝りました。アメリカでわたし自身が人種差別的なことがあったことをアメリカ人の友人に話した時、「アメリカ人として申し訳ないと思う」と謝ってくれた。状況次第では個人が集団/国を代表して謝罪することはあると思う。

S. 道徳的な問題を個人として謝罪することができるかどうかという問題について、それについて実感が伴うということ。問題をパーソナルにとらえるとはそういうこと。歴史的なことではなく、現在の問題について、君は謝罪したわけだ。世代を超えて引き継がれたことではなく。それは、なぜ道徳的に正しいと感じたのか? 直接の加害者から謝罪を受けることができない時、人は、そのかわりに象徴としての他者からの謝罪は有効なのだろうか。

○その問題について、わたしが日本人だと感じた。相手もわたしが日本人だと認識していた。その場合、謝罪は有効だった。

S. 加害者と同じコミュニティの人間として、その行為に対して、なんらかの負い目、道徳的責任を感じた。そして謝罪したということだね。

○過去とのつながりは、恩恵、先祖や同胞、その歴史ともつながっているので、道徳的な責任についても共有されていると思う。

S. ああ、一緒だ、同じコミュニティの人間だと感じるのだ。エリコさんと同じ。

○国というのは大きなシステムに感じるが、実際には多くの個人が作っている。それぞれが事柄をパーソナルと受け止めて行動することで、国は変ると思う。

○謝罪というのは、わたしはあなたと同じ道徳的規範をもっていますよと伝えることだと思います。わたしの国の道徳的規準が悪いのではなく、悪いのはその個人だと言えるのだと思います。

S. 悪いのは、その不道徳な行為をした人であった、その人が所属している集団の道徳的規範そのものではないということだね。

○はい、彼らのとった行動は、わたしのコミュニティの道徳に照らしても、悪いことだと伝えているのです。

S. わたしたちは、連帯責任で負うものなのか。その連帯責任は、過去から世代を超えても背負われるべきものなのか。
それについて意見交換を行った。三か国同士の違いもあったが、同じ国の中でも意見の不一致があった。
それでは、聞いてみよう。
自分の親を愛している? 全員だね。
自分の国を愛している? なぜ、親と国では違うのか?

○わたしが親や国を愛するのは、わたしの存在が彼らとつながっているからです。人と国は分けて考えられません。自分の親や国を否定することは、自分を愛していないことを意味するからです。

S. 愛国心は利己的なものなのだろうか。

○わたしは、愛国心は自己中心的なものではないと思う。自分の国を愛していても、他の国の考えに耳を傾けることができる。

S. 親に対する愛と国に対する愛は同じところから生まれてくるのだろうか。それとも違うのだろうか。

○わたしは、海外で中国についての批判や誤解に触れると怒りを感じました。なぜかわかりませんが、自分の国のために立ち上がろうとしますし、実際中国についての誤解を解こうとしました。それは親に対しても同じ。
○親に対しても国に対しても愛がある。国に対する愛は、義務の感覚に近い、帰属意識のようなもの。12億の人々がおり、ほとんどの11億以上の人々とは一生出会うことも関係することもないと思うが、同じ中国人の悲惨な状況に同情し、成功に誇りを感じる。

S. ブラジルやイギリスよりも、東アジアの隣国に対して、親近感を感じるか?

○確かに。感じる。
○どの国の人を近く感じるかは、その人の経験による。スペイン語を知らず、日本語を知っていたら、日本に親しみを感じる。ブラジルは行ったことがない。でも、ブラジル人の友達が居れば、親しみを感じる。
○東アジアの人々に親近感を感じる。見た目が似ているというだけでなく、同じ東アジアの共通の経験がある。

S. 共通の経験が特別の連帯や共感が生まれるということだね。

○両親と国家の違い。自分の国に対して誇りを持つ時点で、危険なナショナリズムが入り込むことがあるので、警戒する。
○板挟みになっていた。積極的に愛していると、言えない。でも愛していないと言うと「反日的だ」と言われてしまう。わたしはアメリカやイギリスで育ったので、それほど親しみを感じていない。無理にそうしなければならないという感覚があるが、それは自然なことではない。見た目は日本人なので、日本人としての責任は感じるのだけれど。

S. 自分のコミュニティとのつながり、自分のアイデンティティを特定の国やコミュニティから切り離せるのかという問題。
三か国の間の難しい課題について、議論することは思ったより簡単なことだと感じたのではないか。
非現実的で難しいことのように感じていたことが、個人のレベルでは、難しいことではないと感じたのではないだろうか。

なぜ、国同士よりも個人同士の方が率直につきあえるのか

○個人同士、それぞれの国益にとらわれる。個人としではあれば、まず相手がどう感じているかを理解しようとするので
○わたしが個人的に行動する場合は、まず相手のことをしろうとする。しかし国家同士では、まず自分の利益

S. 対話のしやすさが個人同士の場合と国家同士の場合は違うと。

○国の間では、友好をしめすサインが少ない。個人では笑顔、あいさつ、身振りなどがあるが、国家の場合は、それがない。さらに、メディアを通して、ニュースなどで非友好的なサインが多く、難しくなる。
○国家と個人では責任の重さが違う。個人であれば、自分の発言の責任は自分で責任を取れる。しかし、国家の場合は、高官であっても、責任を取れることが限られるし、発言に対する責任を問われる。ですから、思い切った発言ができない。それが対話に表れる。
○友好的に話し合っていた人も、それぞれ別のグループに組み込まれたとたん、対立することがある。その方が、グループが強くなるから。相手への対抗意識が、自分の集団への力になる。競争関係にある場合、スポーツなど。
○過去の歴史に、現在の経済の競争意識が、過去に影を落している。中国が歴史問題を持ち出すのは、国民の意識を他のことにむけたり、あるいは奮い立たせるため。かつて負けた国に、経済で負けてはいけないと。完全に政治的な道具だとは言えないけれど、一部はそうだと言える。中国の政府だけではない。たくさんの学者や人々が、国民を鼓舞したりするのに、歴史を使っている。
○歴史は作られる。どんな力が介入して、わたしたちの価値観に影響しているかを知る必要がある。歴史事実は変ることがないはず。しかし、政治は駆け引きするもの。言われている歴史もその奥に何かあると考えるべき。

S. 最後に、もう一つの質問。将来のリーダーになる優秀な学生と語り合えた。得ることがわたし自身も多かった。この経験から君たちは何を得ることができたか。何か変化はあっただろうか。

○ぼくが受けた教育なのか、個人的な思い込みなのか、わからないけれど、他の国の人は、ぼくたちが関心を持つことに興味がないと思っていた。積極的に知ろうとする姿勢を全員がもっていた。
○三か国の学生が非常に似ていることを感じた。頭の中で考えていたことを突然他の誰かが言ったから。
○微妙な問題について話すことが心配だった。でも、意外と悪くないと思えた。(意外と?と笑い)お互いを理解しようとする環境。先生によるリード。率直に、反論で攻められると思っていたが、そうではなかったことがうれしかった。歴史問題についてのみんなの意見を聞いて、わたしたちは個人でできることがあると思った。
○わかりあえないことがあると思っていた。わかりあおうとしていなかっただけ。みんな考えていることは、根本ではいっしょ。もっともっと対話を深めれば、いい未来が待っている。
○ぼくには韓国人、在日韓国人の友人がいるが、歴史の問題を避けてきた。しかし、互いを尊重しながら議論をすることができるという希望を持てた。
○多様な学生が来ている。共有できるものがある。将来、ともに何かをすることができると思う。

S. 私たち自身も希望を持てていなかった。しかし、今日の話し合いで、確信した。意見の対立に取り組む最善のアプローチは、いっそう直接に公の場で語り合うことであると。それで合意に達するときかぎらない。しかし、議論することで、互いを理解できる。
この場で君たちが自らの国の過去と向き合い、自分の国を批判する姿勢を持てていたことだ。自分の国を批判することができることは、もっとも貴い形の愛国心なのかもしれない。

遠くない将来、今日この場で見せた率直な対話の精神をそれぞれの国から投げかけてくれることを期待している。

君たちのそういう姿勢が、複雑な問題について、この世界をよりよい場所に導くことになるだろう。
by eric-blog | 2014-05-16 10:33 | ○子ども支援・教育の課題
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