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言語と植民地支配

86-1(401) 言語と植民地支配
植民地教育史研究年報2000年、皓星社、

言語学の側からの日本による植民地支配と日本語強制についての研究が進んでいるという。それに対して植民地教育史はどのような貢献があるのか、そんな問題意識で取り組まれた特集が二つである。ひとつは「植民地教育と言語問題」もうひとつは「植民地朝鮮の教育と教育内容」である。その他、シンポジウムと書評などから構成されている。

「日本人による朝鮮語学習の経路と動機」で山田寛人は、3.11独立運動(1919)を契機として朝鮮総督府が「武断政治」から「文化政治」へと方針変換をせざるを得ない状況に追い込まれた、そのひとつとして日本人官吏に朝鮮語習得を奨励するための規定が定められた。(1921) 朝鮮語奨励規定によると一級に合格すると俸給が上がる。
山田は朝鮮語を習得した人々の動機について調査し、「手当金が非常に重要で有効な手段」であったことを指摘する。46
「合格者たちは日本による朝鮮支配という現実が朝鮮人にとっていかなる意味を持つものであるかということには極めて無自覚であり、「朝鮮語学習=国家(日本)の利益=両民族の幸福」というような図式で、「内鮮融和」という統治イデオロギーをとらえ、受け入れていた。」47

特集2では、「実業的理科、作業理科の二重性」を永田英治が指摘する。朝鮮総督府の理科教科書と文部省の理科教科書を比較しているのだが、植民地問題と言いながら、それはそのまま植民地支配のように支配された国民の問題を突きつける。
「国民学校では、「銃後の守り」として生産をささえる教育が重視された。ところが、その目標には、「皇国民の練成」という大前提があった。たとえ不合理に思えても、増産のためには耐え忍んで勤労に励むことが要求される。」116
「ジョウイゲタツの強い教育界にあって、時局にそうことを急いだ教材が、一度権威ある教科書に採用されると、その後に受け継がれ続けて、多大の混乱を与えることになったのである。」117
「じつは、専門家によって十分検討された研究や実験を教材化するのとは違って、生活や実業に子供の学習課題をみつけ、それに対応する科学上の研究成果をあてはめるのは容易ではない。身の回りの物や現象の多くは、複雑であったり、専門家が研究実験するようには単純化できない場合が多い」118
「教育思潮の流行や時局に添うことを急いで検討が不十分になると、思いもらない困難を抱え込むことになる。新しい教育標語が叫ばれるときほど、それまでの教材の研究成果を検討しなおして、着実な前進をめざす必要があるといえるのかもしれない。」118

こんな文章を読んでいると、本当に、「植民地化されていたのは、わたしたち自身だ」と思えてしまう。大丈夫か、戦後の日本。そして、いま。
書評で紹介されている本の中では、『大東亜共栄圏と日本語』多に安代著が、南洋群島島民の日本語運用能力の高さを指摘しているところが紹介されていておもしろい。
by eric-blog | 2005-05-30 16:10 | ■週5プロジェクト05
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