誰もが難民になりうる時代に 福島とつながる京都発コミュニティラジオの問いかけ
宗田勝也、現代企画室、2013
2167冊目
京都のコミュニティラジオ局から放送されてきた毎週1回6分間の<難民ナウ!>。
この本はそのプロデューサーというか、キャスターというか、仕掛人というかが書いたもの。きっかけは、なんと「もしもあなかだ難民ならば」というワークショップに参加したことと、阪神淡路大震災の時に、何かできたのではないかという思いをずっと抱き続けてきていたこと。
以来、難民にかかわって活動する人に対するインタビューだけでなく、地域と難民の問題をつなぐイベントなども行ってきた。
東日本大震災、そして福島原発の事故に遭遇して、わたしたちは「誰もが難民になりうる」時代であることを自覚しなければならなくなった。Potential refugee PR。
そもそも、「難民」の定義自体が歴史的にも広がってきている。政治的難民救済から始まったものが環境難民、戦争難民、天災難民などへと広がったのだ。19
女性も「特定の社会集団の構成員」と認められてから、「ジェンダー(性差)に基づく迫害」を難民認定として取り上げるように、議論はすすんできている。20
ナワダカモガネカ
難民特別奨学生制度枠を大学で考えたり求めたりする学生ネットワーク68
など、具体的な運動とも連携している。
京都三条通ジャックなどのイベントも。
そうした出会いのなかで発見したことや、出会ったことばによって紡がれているこの本はとても読みやすい。
福島は植民地であった。開沼博さんのお話も、さらりと、97
構造的暴力
そして、「見まいとする」わたしたちがその暴力に加担していること。
利潤追求のために使い続けられてきた原発が、・・・・人間が人間を害している点において地震。津波とは異なるものだ。」徐京植 105
能動的な愛国主義ではなく、定住的で、家庭的であることの道徳律。」レーヴィ、107
の故に、危険が迫っていても、逃げられなかった。
「国が守るのは国、企業が守るのは企業、私達が守るのは命」140
自らのなかにある「見まいとする力」に抗する、抗し続けるために、人に会い、現場をたずね、かかわりを持ち続けること。
難民問題、ではなく、難民である人と潜在的に難民になる人との連帯。
目の前にある問題に自分らしく関わること。
【参考情報】
難民の状況についてのデータはこちらから。
ちなみに、日本から海外に保護を求めた人は2012年の数字で、172人。保留中の41名を足して、約200名。亡命は可能なのだ!
http://www.unhcr.org/52a723f89.html
UNHCRのサイトの「Resources」タブのなかにある「Statistics & Operational Data」をクリック。「Statistics Catalogue」の2ページ目、「UNHCR Statistical Yearbook 2012: Statistical Annexes」です。