自由になるのは大変なのだ インプロ・マニュアル

自由になるのは大変なのだ インプロ・マニュアル
今井純、論創社、2005
2102冊目

インプロ=即興芝居の演出家。

人生は即興芝居。

「人は、自分の身に何事も起きないようにするエキスパートである。」
キース・ジョンストン 094

変化を恐れる。

ビクビクしながら自分を正当化し、自分を守ろうとするのはやめなさい。

96-97
「関わる人は、みんなあなたのパートナー」

一緒にやっていて楽しい人、一緒にやっていて安心な人、自分のやることを喜んでくれる人。

いっしょにやりたいと思わない人とは、
誰かが必要なとき、シーンがうまく行っていないときには、入ろうとしない。

ぼくたちは、他人を否定することで自分の存在や立場を主張しようとするクセがついている。

自分の思うとおりに事を運ぼうとして、共演者がせっかく出したアイデアを見事に否定してしまう。

初心者が自分を守るために使ってしまう戦法が「質問する」である。・・・自分は何もシーンに対して提供していない。

自分を捨てて、仲間のためにやってごらん。

互いのプレイヤーのために注意を払っていると、一人一人のプレイヤーはチームのベストのために本能的に機能していく。098

次を考えていると、・・・今そこにある大事なものを見落とす。

ショーの最中に最低2回は失敗しなさい 104

キースの指示である。

心理学でいう「Paradoxical Directions(逆説的指示技法)」を用いて、・・・「失敗を恐れなくする」「他人を否定しないようにする」などの理論的解決法や哲学がキース・ジョンストンのインプロの裏にはある。

インプロにとって、「自由」こそ命。
決められてしまうとハラハラドキドキ感が薄れてしまう。

何かわかっていると、頭の中で準備する。

Don’t be prepared.

形式ばると自由でなくなる。

三人でやっているなら、3分の一ずつ責任がある。

「プレゼント・ゲーム」

出されたアイデアに、お互いにどんどん情報をつけあってください。

たとえ架空のものでも、怖くなっちゃう。未知の世界に踏み込んで行くことが。

肯定的に。否定的にならない。「ヤダー、いらなーーい」では前にすすまない。

相手がいったアイデアは「違う」と言って、自分を守りたくなる。

「自分を表現する」ということは、「他者との違いを表現する」ということ。
「非難される」という恐怖から解放されて初めて、人は自由にありのままの自分を表現できる。

インプロとは、一人ひとりの表現を手助けすることである。

「ワン・ワード」
大勢で一人の人間になる。
いまにする。
何気ないところに逃げようとする。
踏み込めない。

「イエス・アンド」
名人を招いたインタビュー番組。

「次、どうなるの?」
三人の演出家。そこに指示されないと何もできない役者が一人。一つの指示された動作が終わるごとに「次、どうなるの?」と聞く。観ているお客さんが、演出について、いいか悪いかを反応して決めて行く。

観ている人は、一瞬一瞬、いっしょにインプロしている。

「ティルト」
二人で状況を作って行く。

ちっちゃな状況を起こさない。
戻ってこないで、先にすすむ。
そこで状況を起こす。


キースのことば「Don’t be prepared」を検索すると、逆のものばかり、つまり、「よりよく準備せよ」という系のものが出てくるなあ。

Don’t be scared, be prepared
Be prepared challenge
など。

人はこわがりなんだなあ。

いまにグチを言うけれど、新しいところには行かない。

即興劇って観た事ないけど、学校なんて即興だらけ?
教員のためのインプロというのをキースもやっているけれど、なぜなんだろうか?

アレクサンダー・テクニークの「Inhibition」「Means Whereby」というのがあったけれど、自己表現の選択肢を増やすにはInprovise提供されるものを拒否することもあるのかもしれない。

Inprovision プロビジョンの否定形
Provision provideプロバイドの名詞形
Provide ラテン語ではprepare、supply, give, equip, furnish

設定のない。

しかし、わたしたちの人生は、ほとんど、設定通りの「役」ですすんでいるのだとしたら、自由とは「役立たず」であるか「人を自由にする」ことができる支配を手に入れるかなのだろう。


トニ・モリソンの言う、「自由であるとは、人を自由にすることができる」という言葉と、コントロールするという意味で「人を自由にする」と言う言葉を矛盾なく書く事ができるわたしたちの言葉の有り様を問う必要があるなあ。

自由に操ることができるのだ、力の側は。

言語矛盾じゃないの、これ?
Freeという言葉を使って訳してご覧。

Under controlled circumstance, people’s mind can be freely manipulated.

かな? この場合のfreelyというのは、コントロールする側が「自由に」ということだけれどね。

自由になるのは大変なことなのだけれど、自由にされるのは、簡単なんだね。

嶋村仁志さんのワークで共有していただいた「17の症状」 (2015年11月16日)
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by eric-blog | 2013-12-05 16:19 | ■週5プロジェクト13 | Comments(0)
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