色のない島へ

75-2(346) 色のない島へ
オリヴァー・サックス、早川書房、1999

『言葉のない世界から来た男』を読んだ後、図書館で見かけたこの本のことを思い出して借りてみた。全色盲の割合が、通常は3万人に1人ぐらいであるのに、南太平洋のピンゲラップ島では12人に一人だという。そこでこの本の解説には「色盲の人々が支えあって暮らしている文化」というようなことが書いてあり、色がないということが特別な文化にどうつながっているのかを知りたくて読んだ。
しかし、そこに記されていたのは、米国に支配され、(もちろん、その前にスペインやドイツや日本などの支配があった後に、ですが)核爆発の実験場にされ、疎開を余儀なくされ、700人の人口に14もの教会があり、キリスト教化されていく中で、自分たちの物語を失いつつもある南太平洋諸島の姿であった。
全色盲が多いのも、劣性遺伝であるものが、限られた通婚の中で頻度が高くなっているということであり、サックス氏と同行したノルウェー人の全色盲のクヌートさんが得られている近代医学や近代物質文明の補助具であるサングラス、望遠鏡などの恩恵にもあずかれない現実である。島の陽光輝く風土では全色盲の弱視力はやはり不利であり、「夜釣り名人」というような能力の発揮はあっても、基本的には生きにくいのだ。ただ、島の生活のレベルが、「差別」があるからといってどれほどの格差に結果としてつながるものでもないだけなのだ。
誤解しないでほしい。彼らの生活がみじめだとか、言っているのではないのだ。1000年近く、ほとんど生活の質はきっと変化していないのだろう。わたしがもっとも感じるのは、そのような文化とわたしたちの文化の接し方のルールは何かということなのだ。自給自足的でしかないのに、スパムの缶詰を買って食べるというそのことなのだ。ソロモン諸島を訪ねたときのあの苦悩なのである。
ミクロネシアと聞いたとき、わかっていたはずなのに、という。それでもサックスならば、と期待したとでも言うのか。

第2部は、グアム島に多いリティコ-ボディグという脳炎後遺症に似た症状の筋肉運動の退化と痴呆を併発する進行性の病気についてである。
珍しい病気なので、次から次から調査に人が来るのだが、誰も長居はしないために、結局は系統的な研究にはならないで、散発的な論文が大量に生産され続けているという、これも島人と西洋すなわちわたしたちとの関係性。
ソテツ、サゴヤシ、アダンは、沖縄でも昭和のはじめに「ソテツ地獄」という事態が起こったように、マンジュシャゲ同様に救荒作物ではあるのだが、毒抜きをしなければ食べてはならない植物である。そしてグアム島のソテツには発がん性物質や毒性物質の含有量が多いということもわかってきた。
西洋との出会いによる変化は急激なのに、その恩恵を受けることはなんと時間がかかることよ、そしてあるいは選択することにおいては、なんと届きにくいことよ。

これも、現代社会に存在するゆがんだブルー・ホールなのだ。出会い方の時空のゆがみがいまわたしたちが直面している問題の本質なのではないだろうか。
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by eric-blog | 2005-02-07 12:28 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)
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