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武者小路公秀さん、スピーチ翻訳

武者小路公秀さん、スピーチ
IIPE 2012年8月15日、国立女性教育会館にて

未確認の英文から、訳しています。まだ確認作業中の内容や事実もあります。
ぜひ、ご意見やご指摘をお願いいたします。音声のオリジナルが欲しい方は、ご連絡ください。


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ありがとうございます。わたしは浅川さんのお父さんより2才若いので、それほどシニアというわけではないのですが、戦争のこと、そして戦争前のことを覚えている程度にはシニアであります。戦前のベルリン・オリンピックとヒトラーのこと、わたしたちが枢軸国と協力したことなどは、ある種の連帯責任のような罪悪感を感じつつ、思い出します。
しかし、まず、わたしは、広島長崎について、アメリカ人参加者の方から謝罪があったことに感謝したいと思います。
わたし自身の思い出として、国連大学で働いていた時の同僚のDr.Soejatmokoから、原爆のことを聞いた時、学生と祝杯をあげたと聞きました。なぜなら、それはインドネシアに対する日本ファシスト支配の終わりを意味するからです。わたしは、終戦のそのような側面も、存じています。
とはいえ、原爆は正当化できるものではありません。天皇に対するのであればいざ知らず、広島長崎の人びとに対してなされた行為として、断じて正当化できないのです。
現在の憲法に書かれている一文について、一言述べたいと思います。わたしは、日本の人びとが、世界の人びとが平和に暮らす権利があること、恐怖と欠乏からの自由を享受できることを、確認したということの重要性を確信しているのです。日本国憲法は、平和主義なのだと解釈されているようですが、そうではありません。平和主義なのではなく、反植民地主義なのです。それは、日本の人びとが、人びとが平和に生きる権利を侵したこと、国々を侵略し、植民地化したことを、謝罪するものなのです。
つまり、日本国憲法は、世界で初めて、公的文章によって、植民地主義が人権に反することを公式化したものなのだと思います。わたしたち日本人は、学んだのです。あるいは学ぶべきなのです。わたしたちの近隣諸国を侵略したことは間違っていたと。そして、もし、わたしたちが植民地主義が悪である事実を受け入れ、反植民地主義の国々の側に立つならば、日本の謝罪は信頼にたるものになるのです。そうでないならば、わたし自身も、日本人として、わたしたちの謝罪に信頼を持つことができないでしょう。
さらに、ここが大切なところなのですが、占領軍が一文を加えたことです。人びとが平和に暮らす権利を認めるというのは日本の総理大臣幣原さんの考えだったのですが、そこに、占領軍が「恐怖と欠乏からの自由」という言葉を加えたのです。これはとても大切なことです。というのも、いま日本は恐怖は創り出していませんか、経済拡大によって貧困を創り出しているからです。ですから、この理想を維持することは、わたしたちにとって大切なことなのです。
シニアの学者として、話すように依頼されているのですから、さらに人間の安全保障について、その教育について話すこともできます。しかし、話しません。

40年も前、ベティ・リアダンに出会ったときのことを話すこともできます。それはSODEPAXという、キリスト教統一運動が主催した「平和教育における女性の役割」という会議でのことでした。わたしは実行委員としてプログラムを提案しましたが、正しくも拒絶されました。女性の問題を語るのに、男性が決定するのは何事かと。わたしもそう思いました。それで、「全体会、場所、4つのワークショップ、場所、再び全体会」というような流れだけを作って、後はタイトルも人名も入れていないプログラムを出しました。こちらは受け入れられました。そして、その調整のために出かけて行ったところで、Elise Boulding、その前の年にもあったことのある人でしたが、と、ベティ・リアドンと、彼女の平和教育とジェンダー問題への関心に出会ったのです。そのことを話すこともできます。しかし、話しません。

少し、現在のことをお話して、そしてまた過去に戻ってお話ししようと思います。いま、日本には、人びとが平和に暮らすことの権利が侵害されている二つの大きな事柄があります。一つは、ここ、関東から特に北日本で起こっていることです。それは、原発爆発の犠牲者たちを、どのように日本政府が扱っているかということです。政府は、何よりも日本経済を立て直したいがために、原発を止めずに、再稼働させています。これは、恐怖からの自由および欠乏からの自由の理念に反しています。なぜなら、このような行為は、いま日本で問題になりつつある金持ちと貧困の間のギャップを拡大するものだからです。

二つ目は沖縄です。沖縄では人びとが米軍基地に反対して戦っています。基地は、沖縄の生態系を破壊するだけでなく、沖縄列島全域にわたって、ジェンダー安全保障の欠如を引き起こしています。これは、ニューヨークの99%の人びとの行動とも通じるところがあるでしょう。これが三つ目のわたしたちの時代の危機の側面でしょう。そのことについて、もっと話してもいいのですが、話しません。

シニアとして、一言、胸襟を開いて言うならば、わたしは平和教育に興味がないということです。わたしは教育に関心があります。わたしは平和に関心があります。しかし、平和のための教育というのは、実際のところ、とても狭義に受け取られます。ですから、わたしはみなさんに「教育」のことについて語りたいと思います。それは、何よりも「変化」のための教育です。それ以外の何者でもありません。
わたしたちは、いまの、すべての物事の状況が崩落している世界にあって、状況を変革し、それを越える必要があります。そこに「e-du-cation教育」が教育である所以があるのです。E-du-cationの語源は、「ex=外へ」「ducare=引き出す」であり、人びとの心の中に隠されている何かを引き出すことなのです。そして、人びとの心に隠されているものは、平和や開発、人権やエコロジーではありません。それは単によりよい世界に、より安全・安心な世界に生きたいという願いに他なりません。これは、平和のことです、が、平和のための教育ではなく、教育そのものが果たすべき役割があるということです。
わたしたちが考えるべきこと。それは教育、教育、教育なのです。
それは、人びとの心の中にあるもの、意識の上では隠されているものを、ソクラテス的な手法によって、取り出すことなのです。それがわたしたちが持つべき教育なのです。

カナダのトロントにあるヨーク大学にスティーブ・ギルという友人がいます。最近、彼が書いた論文があります。帝国主義的当たり前common senseという考えです。多くの人が一致して同意していることが当たり前ということですが、この帝国主義的当たり前というのは、植民地主義的な当たり前であるのです。それは、グローバルな経済体制は当たり前で、わたしたちは受け入れなければならないというものです。それに対してスティーブ・ギルは、最近の論文で、わたしたちはこの当たり前を越えなければならないと行っています。わたしが考えるに、わたしたちは人びとの当たり前に行かなければならないのです。人びとの当たり前の感覚を発掘し、わたしたちが帝国主義的当たり前として学んだことすべてを脱学習しなければならないのです。
たぶん、それがわたしたちの行くべき道なのでしょう。わたしは、ジュネーブでパウロ・フレイレと一緒に働いたことがあるほど、高齢なのですが、彼からは「意識化」ということを学びました。識字化というのは、文字を書くことを学ぶことですが、それも教育です。しかし、平和の意識化につながる識字化というのは、例えば「c」という文字を学ぶのに、一枚の絵を見せる。絵には大きな館と掘建て小屋、二軒の家が書いてある。Casaというのは家のことで、cが使われている単語だからです。Casaというの、領主の館を意味しますが、貧しい土地なし農民の汚い小さな家のことも意味します。問題は、土地なし農民のこの違いは自然なことなのだという意識を掘り起こすことなのです。この格差が当たり前だというのは帝国主義的な考えです。人びとの当たり前は、この二つの違いを感じ取ります。そして、家は家であっても、大きくても小さくても変わらないものだということことを脱学習しなければなません。これが一つ。

二つ目は、国連大学で働いていたときのことです。当時の国連事務総長、ウ・タント氏が考えていた提案を実現しようとしていました。彼は1969年に国連大学の創設を提案したのです。彼の考えは、美しいものでしたが、忘れ去られました。美しいので忘れられたのでしょう。
1969年というのは、学生運動の最中、あるいは直後というべき時でした。学生運動が中国でも、そしてカリフォルニアでも、原因は違っても、起こっていました。ヨーロッパにも日本にもありました。
ウ・タントと、その他の事務総長との違いは、ウ・タントにはビジョンがあったということです。彼のビジョンというのは、すごいスピードで西洋中心主義から多元的な世界に変化していく中にあって、国連は西洋中心主義的な機構であることをやめさせるというものでした。そのために、ウ・タントは、この国連大学を持ちたかった。訓練のためではなく、若い人びとから学ぶための場として、さまざまな文明からのメッセージを聞き合う場を作りたかった。当時わたしは若かったわけですが、若い人びとから学ぶのだから、みなさん、わたしの話しなんか聞いている場合じゃないですよ。
ウ・タントの考えは、中国からのメッセージを紅衛兵から学ぶ、アメリカのメッセージを、ニクソンからではなく、学生運動をしている学生から学ぶというものでした。それが「e-du-cation」の意味でした。平和のためとかではなく、教育そのものとして、互いから学び合うプロセスとして。それが国連を変えるだろう。超形的トランスフォーマティブなプロセスになるだろう。それは「e-du-cation」から始まったのです。
このメッセージは、あまり理解されませんでした。日本にも支持する人は何人かいました。アメリカにも。しかし、米国政府内には皆無でした。もう一つ秘められた計画があったのです。国連大学を、途上国のユネスコに対抗する、先進国のユネスコ、日米センターのようなものにして、第三世界の優秀な人びとが、多国籍企業の利益のために働くことができるような場にしようとしたのです。ウ・タントの考えでは、ここで平和のことを考えて、ここで教育のことを考えて、どこかでそれらをつなげるようなことをして、というようなものではありませんでした。彼は、プロセスを再開したがっていた。人びと自身の当たり前を表現できる若い学者とともに、人びとのアイデアや熱望を動員し、結びつけ、歴史的な超形的プロセスを始めたかったのです。
これが、二つ目の、わたしの考える、変化していく時代にあっての教育の姿です。最近、ダカールで、エマニュエル・ウォーラースタインが、世界社会フォーラムで言っています。世界は、西洋中心の世界観に基盤をおいて一つの世界の形を保っている時から、急激に変化している。世界社会フォーラムにおいて、多元的な世界観を受け入れる新しいアプローチを創り出したいと。

さて、わたしはここでスピーチを終わります。どのような世界観が大切かを話しません。はっきり言って、知らないからです。あるいは知っていたとしても伝えません。それはわたしたち自身が見つけ出す方がよいからです。あまり、すばらしいスピーチとは言いがたかったですが、平和教育を定義する、変化の激しい時代にあって、そのようなことは不可能です。とはいえ、人生な「さよなら」をいいつつある老人から、何らかのアイデアが得られたのであればと、願います。ありがとうございました。

================2012年9月23日
森  実です。

武者小路さんのスピーチ、勉強になりました。
憲法第9条は植民地主義の総括から生まれたのだ、
という主張には、説得力がありました。

辛淑玉さんが、憲法第9条は武力は使わず口で(議論で)勝負するのだ、
だから教育でも、議論できる人間を育てなければならない、
とかいったことをいってはったのと重なって、面白く読みました。

憲法第9条には、汲めどもつきぬ何かがあるのかもしれませんね。

ジョン・レノンがビートルズの『ホワイトアルバム』に集録している
「レボルーション・ナンバー9」という歌がありました。
わたしは密かに、あの歌は、日本の憲法第9条を
扱った歌だったのではないかと思っております。
誰か、オノヨーコさんに会う機会でもあったら、確かめていただきたいところです。

他にもいろいろありますが、
今回は、以上についてのお礼まで。
by eric-blog | 2012-09-21 13:30 | ☆よりよい質の教育へBQOE
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