メディア・コントロール

73-4(337) メディア・コントロール-正義なき民主主義と国際社会
ノーム・チョムスキー、集英社新書、2003年

チョムスキーの『ことばと認識』1984年を紹介しようとしたのだが、読みあぐねていたので、いつもの方法で何冊か彼が書いたものにどっぷりつかることで読み進めようと、借りたものの一冊。

わかったことは、もちろん大著を記す人たちは誰しもそうなのだが、「厳密である」ということである。厳密であるということは、思考においてそうであり、そのために表現のことばにおいてそうであるということ。ことばというものについて普遍的に考えるために、古今東西できる限り網羅的に目配りし、研究し、思索した結果(それがその時代と彼の文化的背景である英語に影響されたものだとしても)生成文法という考え方に至ったその方法が、彼が「いま」という時代を認識するときにも適用されている。当たり前のことだけど、同じ人なのだから。
そして、チョムスキーの場合、反戦・民主主義のために世界的に活躍している人でもあるので、いまやその網羅的古今東西には、さまざまな国における民主主義を求める戦いを支援する彼自身の経験も含まれてきている。

チョムスキー1928年生まれ。2008年には「言語論再説」を出すだろうな、このごろの知の巨人たちの傾向を見ていると、そう思う。そしてそれはとても楽しみな本だ。

厳密であるがゆえに、チョムスキーは多作、多弁にならざるをえない。他の誰が書いても議論しても、厳密さに欠けるからだ。では、「強迫的多作症」的なものを感じるかというと、そうではない。読者が、あるいはいまの社会が厳密に考える能力を欠いていることに対してあきれていたり、あきらめていたりするかというと、そうでもない。淡々と、自分が語るべきことを、自分にしか語れないことを語っている、そのような「ことば」や「コミュニケーション」に対する姿勢を読み取るがゆえに、彼の今後の「言語論再説」が待たれる気がしてくるのだ。

そのことをもっとも感じさせてくれたのがこの本に収録されている辺見庸さんのインタビューだった。117-
アメリカにおいて言論弾圧はない。彼自身の活動についても、せいぜいどこかの出版社から出そうとしているものが出せなくなったということぐらいで、すべての出版社から出せないとか、自宅軟禁、通行禁止状態になるようなことはない。
いまよりベトナム戦争反対の時の方がいいというのはとんでもない錯覚だ。運動が盛り上がったのはすでに何十万もの人々が南ヴェトナムで虐殺され、何十万というアメリカ兵がそこにおり、戦乱がインドシナ半島全体に波及してからだった。128
言論の自由は、獲得されてきたものであって、喜んで誰かが与えるものではいままでもなかったし、これからもないだろう。
冷戦終結後のアメリカの基本戦略は変わった。「多兵器地域Weapon Rich」環境・ソ連から「多標的地域Target Rich」である第三世界一般へと。それに対応するためには「先制攻撃」になることで「威信を確立」する。143-144
もちろん、威信の背景には究極兵器である核兵器の存在は不可欠。
アメリカだけではない、日本政府も彼の東チモールについての証言を阻止する圧力をかけたし、イギリスは25年間、大量殺戮者に武器を知っていて手渡すことをしている。
163
他人の犯罪に目をつけるのはたやすい。東京にいて「アメリカはなんてひどいことをするんだ」といっているのは簡単。日本の人たちがいましなければならないことは、東京を見ること、鏡を覗いてみることです。
2002年3月15日MITにて

卑近なことで申し訳ないけれど、英語討論の時間に「世界平和とサービス産業」をテーマに話し合いました。軍事が最大の産業であり、国家財政の最大の支出の責務であったローマ時代と現在はあきらかに違うよね。二次産業は確かに軍需産業と手に手をとったところもあるけれど、サービス産業はどうだろう? もちろん、心理学や行動工学などは、兵隊の訓練、軍隊のマネジメントなどの研究から始まったものも多いけれど、人間のニーズを満たすサービス産業は、多様な発展を遂げている。また、教育がもたらすものは、一人ひとりの人間の可能性の開花であり、その行く先も多様なはずだ。

サービス産業の発展には平和が重要だし、その発展は平和につながるような気がするなー、なんて、学生たちといっしょに「世界の軍事費」「国際協力の50年」「世界のGNP・産業構成」などのデータを見て、議論していました。おもしろかった。感動的な意見も多かったし。一応、発表はそれなりに英語になっていたし。
セロトニン5の包括的アプローチは大学生にも有効だ。
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by eric-blog | 2005-01-26 09:22 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)
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