ニッポン

72-1(326) ニッポン
ブルーノ・タウト、講談社学術文庫、1991、最初の出版は1939年

1933年に日本を訪れた建築家ブルーノ・タウトの訪問記。3年間の滞在の間に桂離宮や伊勢神宮など日本の建築や伝統について多くを書き残している。
機能主義、「芸術労働評議会」設立、バウハウスなどに並ぶドイツ近代建築の指導者、集合住宅の建設など、「都市との関連でコミュニティを実現し、新しい芸術を社会生活にもたらす」という理想の実践において本国で活躍しつつ、ソ連との接近がもとで国外亡命する。その先が日本であった。2年後の1938年にアンカラで客死したとある。[解説とプロフィールより]

本文を読むと、日本の建築の機能美というものに対する賞賛。また和服などもその建築や生活様式に合って機能的だと言う。135

都市計画と集合住宅の建設について言及しているところもあるが、歯切れが悪い。土地収用問題や公共的な道路建設の問題などが西洋と違っているということが指摘されているにとどまる。175そしてそれは「新しい永続的な生活様式の問題が...解決されねばならないから」176
住みよく、訪問者にとっても快適な集合住宅。
「居住者自身がその会員となって親しく関係するような共同組合を結成する」172

都営住宅やマンションなどはその理念で組合がつくられてきたのだろうが、その力がいまや日本社会から失われつつある。昨日、シングル・マザーや子育て支援の問題について話し合う機会があったが、「生活様式の爆発的な多様性」というのはカンブリア紀の生物的多様性のように、生存の基盤がある程度確立した時に、多様な形による生き残りにチャレンジする姿に似ていると思った。誰しも、「飢餓」などに代表される貧困を課題としているのではなく、「生きるということのよりよい質」を求めた結果、生き方が多様にならざるを得なくなっているというのが現在なのだ。「家族」の形、そして「結婚の形」を越えて、集合住宅も、そしてコミュニティも再構想される必要があるのだと思う。
自然科学を選択した人と話すと違った発想でおもしろいね。
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by eric-blog | 2005-01-16 11:19 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)
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