ドーキンスvsグールド

70-6(320) ドーキンスvsグールド
適応へのサバイバル・ゲーム
キム・ステルレルニー、ちくま学芸文庫、2004年

これも文庫が初出の翻訳。10月に出て、すでに2刷。
解説がいい。by新妻昭夫
もう一冊、この確執に焦点を当てた本『ダーウィン・ウォーズ』が派閥の対立と論争を取り上げているのに対し、この本は二人の間の論争を取り上げている。ドーキンスはイギリス、グールドはアメリカ、そしてステルレルニーはニュージーランドというのもおもしろいし、動物学者、古生物学者、そして生物学哲学という三者であることもおもしろい。なんと、それぞれの学問分野の哲学が成り立つのね。

著者はまず進化論者としての二人の共通点に焦点を当てる。
・適応的な変化が累積された淘汰で生じること
このことに二人は合意しているが、すべてを科学で考えようとするドーキンスに対して、グールドはそうは考えない。023

競争+変異+自己複製=自然淘汰+進化027
遺伝子からたんぱく質というプロセスそれ自体が進化の複雑な産物だ。

ある集団の進化の道筋は、変異の供給と淘汰の両方に握られている076

著者は、対立が進化論だけの問題ではなく、科学に対する態度にもあるという。146
著者自身もいぶかしく思うというグールドの科学に対する両義的な態度があるという。

その他、進化論の中での議論においては両者の対立はそれほど鋭いものではなくなりつつある。
遺伝子・個体・個体群・種・生態系
遺伝子淘汰は群淘汰とも種淘汰とも両立可能である164

そして最後に著者は、「地域的なスケールの進化についてはドーキンスが正しく、一方、地域的スケールの事象と古生物学的に長大な時間スケールの事象との関連については、おそらくグールドのほうが正しいということになるだろう」167と予想している。
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by eric-blog | 2005-01-08 16:17 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)
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