67-1(304) 発見の興奮 言語学との出会い
中島平三、大修館書店、1995 北区図書館 最近、池波正太郎の『食卓の情景』など食についてのエッセイを読んでいるのが、文庫でなのだが、わざわざ買わずとも、このような古典は、図書館からなくなることはなかろうし、また、鬼平などは巻も多いから買い揃えるのも大儀だ。週5で紹介するものではなく、眠りの前後の枕頭に最適。図書館でその文庫本の書架に向かうところに、言語関係の書架がある。英語の授業を構築するのに役立つものはないかと選び出したもののひとつ。というのも、この間「声」に載っていた日本語の音の作り方表をコピーして学生に渡したら、とても喜んで発音に取り組むようになったんだな、これが。そこには破裂音摩擦音しか紹介されていなかったので、子音全体がわかるような表を得たいと思っていて、音声学の本を探してみた。ぴったり来るものがなくて困る。 この本にも、rは流音とか、tは閉鎖音とかの説明に発音の名称が使われているのだが、すべてが表になっているわけではない。よほど分厚いものを参照しなければならないのだなと、推測する。なんだ、うちの姉や弟に聞けばいいことだよな。彼らの専門なんだから。 とはいえ、今期の英語討論と英会話は好調だ。去年の英語討論は「感動」だったが、今年は英語の授業としての完成度が高まったと思う。昨日、畑違いの梅村さんに得々と説明したのだけれど、ではこれまでの授業はどうなんだ、とは一切考えない。授業はその時々のわたしと学生たちの共同作業なんだから。というのも、英語の授業として完成されてきたと思う一方で、共同作業の精神としては確実に失われたと思うものがあるからだ。残念なことだが、そういうものだ。 好調さを支えてくれているのは"Clearly Britain, Clearly Japan"という英語の教科書。南雲堂。イギリス人の著者による日英比較的な視点からの一ページのエッセイが20ほども収録されているものだが、なんと言ってもこういう教科書なのに、文章がいい。語彙やら文法やらに配慮した、食事で言えば栄養学にだけは配慮した美味くもないのが多いんだな、教科書は。それがこれは、ちょっと気取ったイギリス英語で読んでみたくなるような、美しい文章なのだ。こういうのに触れることがすでに学生の身になるね。来年はこれを教科書に指定して学生たちに購入させなければ、申し訳が立たないだろう。見開きのページには設問などがあって、わたしは大嫌いなので、買わせなかったんだけれどね。授業の集中の邪魔なので。全部を扱うことができなくとも、なんとか、集中を持続できる工夫をして、来年は買わせるかな。 高校生などと違って大学生は楽だ。全部を扱わずとも、誰も困らないし、文句を言わない。自学が単位の大前提だからだ。90分授業で半期15回、同等の時間の自学で2単位と決まっているのだと説明すると、ポカンとしている。だから2/3の出席を学是としているこの大学では10回以下の授業では単位は取れない道理。よって、たったの11回しかない月曜日のわたしの講義は、1回以上休むと単位は出せない。ま、わたしの沖縄出張の都合で休講が一回あったんだから、もう一度はなんとか努力次第で目こぼしもあるか、などと、毎回のように伝えている。おかげで、単位の欲しい者の出席はよい。おかげで、授業が蓄積的に進行できる。とても、やりやすい。とてもいい学生たちだ、と悦に入っていると、また休んだりもする、生きている躍動感の高い学生たちなのだ。ひと時も休ませてはくれぬね。そこがいいんだな。一年生の時から英語基礎演習を教えた学生が選択教科で英語討論を取るようになった今学期は、さらにやりやすい。わたしの気質や進め方を彼らも承知の上でとっているからだ。よいね、こういうのは。今年の卒業式も、うるうる来そうだ。 池波を読んでいるとこんなことを書き連ねたくなるからいけない。書籍の紹介である。 中島さん自身の言語学との出会いの章、言語学のおもしろさの章、そして現在の言語学の最前線の紹介の章の3章からなっている。第3章は、おもしろくなかった。わたしの苦手な構文構造図解が出てくるからだし、英語の単語を縦書きで読むのも閉口だからだ。ということでご紹介するのは第1-2章からだけである。 おもしろかったのは、言語学の目標についてである。現代言語学が目指していることは、人間言語の本質を解明することだ45と著者は言う。ことばは、日常生活のなかで不自由なく用いられているのだから、本質が解明されても実用には関係ない。しかし、コンピューター、医療言語などの分野に言語学が役立っている。また、研究の目標設定が自由でありうること、そして、学際的な研究も多いのが言語学の魅力らしい。例えば、人間関係と言語、価値観やものの見方をことばから探る、認知や知覚、動物界における人間の独自性と言語。 ことばの不思議は、人間ならば誰もが使うことができることだ。54しかも、ことばの構造はとても複雑なのに、である。 ことばの起源は3万年くらい、文字の起源は数千年。55 ことばの習得は不思議なことだ。56 5-6歳までに母語の習得は完了するが、その習得環境における言語状況インプットは量的、質的に貧弱なのに、みんなしゃべれるようになる。62 このあたり、言語の習得メカニズムについては、わざわざ中島を引用するまでもない。わたしが薦めるのは『ヒトはいかにして人になったか』であるので。 日本語についておもしろかったのは 三本 sambon 三等 santou 三階 sangai ここのングの発音記号が書けないけれど という「ん」の変化である。両唇音では両唇音のmに、歯茎音では歯茎音のn、そして口蓋音では口蓋音ングになるというのだ。おもしろいね。だから、学生には、日本語の発音にも気をつけてみるようにと言ってやるんだよね。鼻音では必ず鼻をつまませる。受ける。 また、教育方法という面でおもしろかったのは79ページに紹介されているMITやハーバード大学で、中高生に対して科学教育として言語学を取り入れる教育実験をしているということだ。「言語研究による科学形成能力の育成」という論文によると、言語学は科学教育の題材として適している。教材が身近(いつも使っていることば、だもんね)で実感できる。常識的な見方を打ち破る斬新な発想を経験させることができる。言語学的な実験が可能なので、仮説、憲章などの科学的なアプローチが実践できる。81 著者はくわえて、子どもたちのことばに対する好奇心をあげる。ぜひ、日本でも取り組まれるといいなと思う。 教育実験をもっともっとするといいのだよね。
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| 2004-12-05 12:28
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