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ルス、闇を照らす者

ルス、闇を照らす者
エルサ・オソリオ、ソニーマガジンズ、2001
A veinte años, Luz, 1998

原題は「20年後のLuzまで」とか、20年間のためにルスが、という感じか。訳者の横山朋子さんは後書きで「ルスの20年後」とか「二十年後に光を」という意味だと解説している。しかし、excite翻訳では「a」は、「ために」とか「まで」と言う。あてにならない翻訳ソフトだが、理解をダブルにしてくれる。

まさしく、物語は1976年に始まり1983年を経て、1995-98年の三年間の真実探求の努力によって、明らかにされた物語を、たどる旅なのだ。

いやあ、大学の授業のある日に、軽く移動の友にすべき本ではなかった。引き込まれすぎて、本から離れられない。電車の中でも、バスの中でも。行きの行程でほぼ3分の1は、読んだだろうか。大学についても、心が学生に向かない。こんな体験は初めてだ。

読みやすい本、というわけではない。何度か、前をさかのぼらなければ、人間関係が見えないくらいだ。

「社会問題を正面から見据え、さまざまな階層の女性を描いたこの本」と訳者は翻訳の動機を明かす。そう言われて、確かに主要な登場人物が女性であることに気づく。

物語が照らす闇はアルゼンチンの軍事政権(1976年-1983年)による反体制派に対する弾圧とその後の民政下で「命令服従法」obediencia debida、1987年により軍人に対する人権侵害の罪を追求しないというような流れ。
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/chronology/laplata/argent2.htm
それに抗し、「五月広場の母親たち」「五月広場の祖母たち」が1981年から行っている行方不明者を探索する動きである。
http://la-news.cocolog-nifty.com/lanews/2006/03/2592_7c3c.html

「コーリング・ザ・ゴースト」もそうだが、戦時中暴力の告発が、国による戦争そのものを窒息させていく。殺戮、虐殺という人権侵害を、国家の名の下に行えないようにすること。

あまりに一生懸命読んだので疲れた。月曜日の『ゴモラ』も疲れたし。

原発に反対しなかったのに、事故に巻き込まれ、運動にかかわっていく姿に、「五月の母親たち」と同じねっこを見る。

行方不明者は反体制運動にたずさわった者ばかりではないのだ。疑う目からは、みなが「ベトコン」やゲリラに見えてしまうのと同じだ。軍隊は果たして国内で何と戦っているのか。

物語の中で、軍人の娘が父を誇りに思い、父のしたことを正当化し続ける姿が、いまの自分の「いい生活」のためならばと、さまざまなものを正当化する姿とかさなる。少なくとも、彼女は、自分が何を守りたいと思っているかを自覚している。階級の存在は、彼女にとっては自明なのだ。

わたしたちは、そしてわたしは、何を手放すことができるのだろうか?

大畑豊さんのインタビュー、まだ、お知らせしたい情報のみですが、アップしました。http://ead2011.exblog.jp/14904676/

知らないことはたくさんあるよね。
by eric-blog | 2011-11-09 08:24 | ■週5プロジェクト11
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