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全体主義の起源 

全体主義の起源 100de名著

第三回 「全体主義」


人が労働組合だとか、特定のつながりの組織に属することがなくなり、不安感が増すとともに、「世界観」を示してくれる政党になびいていった。それが全体主義。


アーレントの本の話を聞いていると、現代にも通じるものがある。


基本的に「個人の達成主義」が学校教育の目標となり、そのために高学歴社会では、人は孤独になる。個人対個人の競争になるのである。


課題を抱えた人々(社会的弱者)は連帯して様々な社会的配慮を勝ち取ってきた。

・障害者に対する年金(1959)

・同和対策事業特別措置法(1969)

・公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(1969年→公害健康被害補償法 (公健法)1973)

・養護学校義務化(1979)

・女性差別撤廃条約(1979年→日本は1985年批准)

・フリースクールの認可(2004)

・高校授業料無償化(2010)

・子どもの貧困対策の推進に関する法律(2013)


結果、対策も進んだが、同時に対策の官僚化も進み、特別法人、公益法人の世界は、天下りの温床であり、かつ、助成金を獲得しているものも多い。


当事者運動に支えられて社会的な援護策が講じられてきた結果、『母よ、殺すな』の出版のように、過激な当事者運動は影を潜めていく。学生運動と同期して盛んであった三里塚闘争も『三里塚のイカロス』に描かれるようにレクイエムが流れる状況である。


新たな問題提起があっても、それらの当事者は、これまで以上に細分化され少数になるだろう。それらの問題提起が通るか通らないかは、その時の官僚次第となるのではあるまいか。


一方で、被差別者の連帯は「安易に全ての被差別者の連帯を強調することは、かえって差別を隠蔽してしまうことになる。」というような上野千鶴子さんの指摘もあるが、実際には当事者たちは生きていくのに大変で、連帯などできないのだ。


それはNPOなどにしても同様だ。ほとんどブラック企業すれすれであるのに、連帯して状況を打開する動きにはなりにくい。NPOで働く人々が高学歴者であることも一因かもしれない。彼らは、結局は孤独なミドルクラスなのだ。


一方で、特に社会的弱者の問題をより普遍的な課題として、「全ての人の人権が保障されるような社会制度づくり」へと、普遍的な提案をする動きもある。ベーシックインカムの議論などはそれにあたるのだろうが、運動力は弱い。それは市民社会論やESDのような公益的な教育論議も同様である。当事者運動のような突破力もなければ、そのような問題に対する幅広い支持を集めるだけの民度もない。


一方で、「北朝鮮の脅威」のようなナショナリズムを帯びた主張は、わかりやすく、一定の割合で支持され、そして「否や」は言いにくい状況を簡単に作り出すことができている。


不思議だ。これは、全体主義の復活の兆しなのだろうか?



■孤独な群衆

268-2(1165)孤独なボウリング 米国コミュニティの崩壊と再
ロバート・パットナム、柏書房、2006
Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community, 2000

http://ericweblog.exblog.jp/7459630/

■孤独なミドルクラス

ミドルクラスを問いなおす 格差社会の盲
渋谷望、NHK出版2010

http://ericweblog.exblog.jp/15658451/


376-1(1607) イェルサレムのアイヒマン悪の陳腐さについての報
ハンナーレント、みすず書房、1969
原著19631965

http://ericweblog.exblog.jp/11702254/


94-1(437) 従の心理 アイヒマン実験
S.ミルグラム、河出書房新社、1980.1995改訂版
Obedience to Authority: An experimental view, 1974 by Stanley Milgram

http://ericweblog.exblog.jp/2124985/




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by eric-blog | 2017-09-19 14:41 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

江戸・明治 百姓たちの山争い裁判

江戸・明治 百姓たちの山争い裁判

渡辺尚志、草思社、2017

2881冊目


林野は村の人々のエネルギー源であり、食糧源であり、肥料源であり、生活に不可欠なものであった。時には田の所有と一体的に扱われていた事例もあるという。25


そして、林野の多くは共有地であった。そのために利用のルールが共有され、罰則も決められていた。一つの村田の入会を村中入会、複数の村々による入会を村々入会と呼ぶ。


ルールには「期間制限」「用具の制限」「一日の再狩猟制限」などがある。27


後述される事例の山口村は、所有権の主張において「留山」という区分を入れており、それは普段の入会では入山を禁止しており、飢饉の際に材を売って換金し、必要な食糧を購入するのに当てたりなど、緊急、村の臨時支出などが必要な際に活用する入会地があることが示されている。(4)


18-19世紀の平均的な村は、石高400-500石、耕地面積50町前後、人口400人。

全国に63276村、現在の市町村には37村程度が含まれている。33


町は約100m平方。=1ha。一畝が10m平方で1a10石強30(60kg/)

一反一石。


百姓とは、土地を所有して自立した経営を営み、年貢などを負担し、村からも認められた身分呼称のこと。39


家を単位とした土地や財産を子孫に残していくことが、責任。41


村は行政組織であるともに自治組織。村方三役。名主、組頭、百姓代44


村同士の争いは、藩に訴えて出ることに、江戸時代にはなっていた。

3章は江戸時代の山村の暮らしぶりと境界争いについての紹介。


そこに明治の地租改正があり、境界線を確定する必要が生まれ、訴訟は対国の裁判へと移っていく。


その実相が第4章で紹介されている現在の山形県内、山口村と田麦野村の争いである。192


江戸時代などについて本を読むときの基本資料として読んでおくと、実態が分かりやすくなるのではないかと思うほどに、現代の村社会から遠のいた人々の視点から分かりやすく書かれていると思う。




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by eric-blog | 2017-09-19 10:59 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

『戦場でワルツを』上映会とダニー・ネフセタイさんトークショー

『戦場でワルツを』上映会とダニー・ネフセタイさんトークショー

2017917日 日曜日 at 志木市 13:30-16:30


19826月、シャロン国防相は「40kmまで、4日間だけ」レバノンへの侵攻を許して欲しいと、ベギン首相に訴えた。その侵攻は、80km、ベイルートにまで迫り、2000年まで18年間も続くことになる。


ダニーさんも、19831225日から一ヶ月、予備役としてレバノンへ。

ロシュ・ハニクラの海岸からレバノンへ入り、空軍兵を移送するトラックに乗って、バルック山(1943m)からのレーダー勤務に向かったのだ。


その時に起こったサブラー・シャティーラでの虐殺事件を素材にした2008年に制作された映画。1982917日のことだった。なんと、35年前の今日だ。


その時、アリ・フォルマン監督自身、その場にいたのだ。しかし、ボアズが自分の見る奇妙な夢の話を監督に語るまで、その時の記憶がなかったことに気づく。


フラッシュバックされるベイルートの光景。


ダニーさんは映画からのシーンを抜き出して、解説してくれた。自分自身も、見るたびに発見、気づきがあるのだと言いながら。


シーン1 ボアズが語る彼がここ2年半ほど見続けている夢。26匹の犬が彼の寝室の窓下にやってくる。「降りてくるか、降りてこなければ村人たちを殺す」と、犬たちに迫られるところで夢から覚めるという。それは彼がいつもアラブ人たちの村で放し飼いにされている犬が騒ぎ出す前にうち殺す役目をしていて、26匹を殺して来たからだという。一匹一匹のことをはっきりと覚えているという。


シーン2 ボアズの話を聞いて、自分もそこにいた虐殺のことを思い出し始めた監督が、テルアビブの海岸に佇む。左を見れば、そこはベイルートの海岸。その時のことがフラッシュバックする。海岸から街に迫っていく三人の男たち。一人はカミル。この後、監督がオランダにまで会いにいく人だ。


シーン3 ベイルートを支配しているイスラエル軍の指揮官がポルノ映画(ドイツ語)を見ている。自爆テロに赤のポルシェが使われるから警戒に当たれと兵隊たちに指示。いる必要もない駐留に、倦んでいる日常。


シーン4 戦車から撃つ。戦車は60tはあり、映画の中でも乗用車を踏みしだき、家々の壁にぶち当たり、破壊しながら進む様子が描かれる。戦車に乗っていると安心感が高く、鼻歌交じりで、おやつを食べながら、イスラエル軍はベイルートに向かったのだ。力に酔う兵士たち。歯止めは効かない。


シーン5 6日間の休暇でイスラエルに帰る監督。自分自身が10歳の時にも戦争があったことを思い出す。その時は、夜には灯火管制がしかれ、人っ子一人、街にはいなかった。戦いは、兵隊だけのものではなかった。しかし、今のテルアビブには日常の時間だけが流れている。父親の第二次世界大戦の時の48時間だけの休暇の記憶も重ね合わされる。


シーン6 ファランへ党員たちによるサブラー・シャティーラ難民キャンプで行われた虐殺。キャンプは1948年の戦争で追い出された418の村々から逃げてきた人々が住み着いた場所。ベイルートの西。レバノンの大統領まで選ばれたバシールが爆死したことに対する報復として行った行動をイスラエル軍が黙認、かつ焼夷弾によって援護すらした。武器も制服もイスラエルから支給され、許された一日だけの大虐殺。


シーン7 従軍記者の記憶。事件の翌朝、難民キャンプの境界に行くと、難民たちが歩いてくる。女子供、老人ばかりの彼らは手を上げて出てくる。ワルシャワ・ゲットーの一枚の写真を思い出す。デジャブ。ユダヤ人は、狩られる側にいたのだ。


シーン8 走ってくるジープ。司令官が降り立ち命令する。「攻撃をやめろ」「難民は自宅に戻れ」。そこで虐殺は終わる。なぜ20時間前にその命令を出さないのか。


シーン9 あなたはその時、どこにいたのか。焼夷弾を上げていた19歳の彼。傍観者は実行者ほどの罪はないのか。イスラエル人も40万人のデモで、この虐殺事件を非難する。


シーン10 責任者たち。調査会が立ち上がり、国防相は批判される。がシャロンは首相として帰ってくる。2008年、ガザ侵攻をやめたのも彼である。


シーン11 映画の最後は、虐殺後の状況の実写フィルム。女性たちが叫ぶ。

2008年、この映画は1948年の第一次中東戦争、イスラエル独立戦争から60年の年に公開された。4年もの制作期間。


しかし、今、イスラエルは右傾化が進み、イスラエルを非難する内容が含まれる映画は許されなくなっているとダニーさんはいう。


お金のない国を支配するために見えない網がかかっている今。対抗することはより難しくなっている。しかし、怯えさせることができればそれで効果があるのだと、いま反撃する側は思っている。ハラハラしている相手をみて、嘲笑うのだ。力では戦うことのできない相手に向かって。


ダニーさんの空軍時代の同期が、2014年のガザ侵攻の時のトップだったという。素晴らしい人が、殺戮に手を染める。そして殺戮を正当化する物語が紡がれる。

「彼らはイスラエルに反対していたのだ。だから殺されて当然なのだ」と。


戦争を止めるしかない、のだ。人を狂気に引き込む戦争そのものを。



■国のために死ぬのは素晴らしい?

http://ericweblog.exblog.jp/237131305/


■遠い共存 東京新聞連載 2017年9月




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by eric-blog | 2017-09-17 20:55 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

アーサー・ビナード講演会 at 青猫書房

アーサー・ビナード講演会

2017916日 土曜日 午後2時から午後440分まで、青猫書房にて

参加者30up


物語の本質を見抜く力はどこにある?


アーサーは「もの」が語る物語を引き出すマジシャンである。


『さがしています』 14のものと86日に消えたその持ち主。さがしています。彼らの生がそこにあった時のことを。


『ドームがたり』 102年前に生まれた物産館。あの日を境に「原爆ドーム」と呼ばれるようになった建物がみてきたものはなんだろうか? あの日の前から、あの日の後の原子力の「平和的変容」まで。そして、その宣言の真裏で起こっていた水爆実験のこと。


『ここが家だ』 あの戦争を生き延びた久保山愛吉さんが生き延びた水爆実験。戦中に通信士として働いていた久保山さんは、米国の水爆実験というトップシークレットに遭遇したことを知った時、以下に生き延びるかを考えた。その半年後に死んでしまった彼の物語をどう語るか。


わたしが一番衝撃を受けたアーサーの作品は第五福竜丸の物語だった。絵もすごいと思ったが、内容もすごかった。


ベン・シャーンが第五福竜丸について描いた絵、Lucky Dragonとアーサーは、実家の父のコレクションとして出会っていた。


日本に来て、語られている物語の異様さに気づく。トップシークレットに遭遇してしまった漁船を米国軍が見逃す? ありえない。


そこから「物語の本質」に迫る探求が始まる。


米国人の目から見れば、明らかに「変」なことすら、気づかない「平和ボケ」のわたし。


ここまで平和ボケにされてしまったわたしたちに「ミサイル」の恐怖が降ってくる。手もなく巻き込まれてしまうメディア戦争。


襟裳岬から日本列島の本土の長さと同じだけ離れた2200キロに落ちたミサイルに怯える姿は、ボケさ加減を示している。


物語の本質に目を向けるアーサーさんは、あなたの物語にも目を開かせてくれる。「あなたの物語の本質はなんですか?」と。





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by eric-blog | 2017-09-16 18:24 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

アーサー・ランサムのロシア民話

アーサー・ランサムのロシア民話

フェイス・ジャックス絵、白水社、20091990年の再版

2880冊目


子どもの頃、大好きだった。つばめ号の冒険なんかじゃない。


図書館にあったアーサー・ランサムのものは全部読んだ。著者名を覚えている数少ない作家の一人だ。


でも、彼がロシアと繋がりがあるとは知らなかったなあ。


久々に名前を見て、新たな側面を知って、ちょっと紹介したくなった。


ロシア民話も面白かったが。



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by eric-blog | 2017-09-16 10:19 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

台湾生まれ 日本語育ち

台湾生まれ 日本語育ち

ウェンユウジュウ、温又柔、白水社、2015

2879冊目


宮本輝氏の芥川賞の選評がすごく評判になったので、初めてこの人の本を読んだ。受賞作である『影裏』は予約中。

こちらに氏の選評が全文掲載されている。

https://www.j-cast.com/2017/08/18306220.html?p=all


台湾で生まれて、3歳で両親とともに来日、以来日本語で育った。


何国人というのは言えないけれど、「このコトバがわたしだ」という実感を持てるようになったという。176


彼女のルーツの中に、台湾の歴史が刻まれている。中国との関係、福建省から国民政府とともに渡ってきた人々が話す「台湾語」を母語とする台湾人。


祖母の時代には「日本語」を教育され、母の時代には「中国語」で教育され、本人は日本語で育っている。そんな状況を生きている人の人生、あるいは作品を「退屈だ」という日本人作家がいる。衝撃だなあ。


つい最近、我が家にゲストとして滞在した彼女も、台湾人だと言っていた。台湾語は書き言葉がないのだと言っていたが、その台湾語はどのことばのことだったろうか?


李良枝さんの著作に惹かれて、韓国語でも名前を書いてみるという。「オン・ユジュ」と書くハングル文字が可愛いという。ウェンヨウロウと名乗っていたら出会えなかった文字姿なのだという。075


李良枝、イヤンジ。 この名前は変換で出てくるが、温さんの名前はどのように入力しても出てこない。尹東柱さんもユンドンジュで出るのだが。つまりは、入力ソフトに登録さているか否かの問題。日本語変換の枠の中。


永住申請のための手紙を自分で書くことができなかったという。133


いいのだ。代書屋はそういうことのためにある。


温さんが惹かれる人々、そして本に出会いたいと思った。


『昼の家、夜の家』

『台湾海峡1949


そして、彼女に「わたしは日本語人」とためらいなく話せるようになった馬祖への旅をプロデュースした管啓次郎さん。


国って何?と問う人々が、日本語で生きている幸せを、味わう。日本語も捨てたもんじゃないな。


「世代と世代を引き裂く「国語」同士のにらみ合いに気をとられていては、聴きとれない音が台湾には溢れている」200 ことの豊かさが、彼女の文章から匂い立つ。



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by eric-blog | 2017-09-16 09:48 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

ERIC news 559号 PLT事務局ニュース GS連載を終えて

「グローバル・セミナーをふりかえる~今と未来の教育のために」連載を終えて

(鬼木たまみ)


ERIC1990年から2005年に開催した全14回のグローバル・セミナーを連載という形で約4ヶ月にわたって紹介いたしました。読んでくださった方の中には実際にセミナーに参加した方もそうでない方もおられたと思いますが、いかがだったでしょうか。

今回は連載を終えたいま、私が原稿を書きながら、思い、感じたことを書いてみたいと思います。


グローバル・セミナーが始まったERICの草創期の頃、私は当時働いていた大阪のNPOの活動の中でERICや参加型の学びに出会いました。海外から講師を招き、翻訳出版と併せて開催されるセミナーや参加型ワークショップの斬新さや魅力に惹きつけられたのは私だけではなかったと思います。関西で参加した地域セミナーで講師の通訳をするスタッフが単なる通訳ではなくファシリテーターとして適切で的確な言葉と態度でワークショップを進めていたのを今でも鮮明に、印象深く覚えています。


私が地域セミナーではなく、グローバル・セミナーに初めて参加したのは、2000年に開催した『ワールド・スタディーズ』の著者であるサイモン・フィッシャーさんを招いた第12回です。スタッフとして企画や運営の一端を担い、かつ、ひとりの参加者として参加しました。“スタッフも参加者として参加する”、これは参加型の学びのスタイルをとるERICでは当たり前すぎるほど当たり前なことなのですが、その時の私にとっては目からウロコが落ちるほどの驚きでした。


それまでも私は主催者やスタッフとしてセミナーや研修の開催経験がありましたが、当日は受付や懇親会の準備、講師や参加者対応などのいわゆる裏方業務に追われ、終了後のアンケートまとめやテープ起こしの作業を通して、初めて当日の内容を知る、というのが常でした。

私は相応のエネルギーと時間を要して準備したせっかくの学びの場と機会を自ら放棄していたことに気づき、「もっとどん欲になっていいんだ!」と目の前がぱっ~と明るくなったあの頃の良い意味でのショックを今回の原稿を書くことで思い出しました。


連載の途中で少し触れましたが、セミナーの資料が収められている開催回ごとのフォルダーにはミーティング記録や講師との事前打ち合わせのFAXe-mail、スタッフ用の当日資料などが残されています。それらの資料を読むと、セミナーの企画、準備段階から、当日、終了後、とセミナーに関わったスタッフが一番、学びの成果を得ているのをうかがい知ることができます。


連載記事は、開催趣旨や講演録などを引用しながら、セミナーの概要や公開可能な資料の紹介を中心に構成しました。毎回、膨大な資料の中からどの部分を引用したら良いのか迷いましたが、1020数年の時を経て、今だからこそあらためて伝えたいメッセージを選び、紹介いたしました。連載では紹介しきれなかった資料は、ブログにあげていきたいと考えています。


グローバル・セミナーの連載は一旦、終えましたが、今もERICの「収活」のひとつとして過去のプロジェクトの資料をコツコツと整理、デジタル化の作業をしています。量が多いのとどれも内容が興味深いため、なかなか作業が進まないのが悩みの種ですが、ひとつひとつ。

ERICの学びと活動の蓄積をまた、あらためてみなさんにお届けしたいと思っています。ひき続き、よろしくお願いいたします。


  • ブログ「グローバル・セミナーをふりかえる~今と未来の教育のために」

http://globalseminar.exblog.jp/24234959/



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by eric-blog | 2017-09-15 14:53 | ERICニュース | Comments(0)

北朝鮮ミサイル発射実験に伴う「避難訓練」に子どもたちが駆り出された事例について

北朝鮮ミサイル発射実験に伴う「避難訓練」に子どもたちが駆り出された事例について


829日に引き続き、今朝もミサイル発射実験があり、8時のNHKラジオニュースは官房長官の独演会であった。


8月の実験も、実は日本政府は事前に知っていたということでしたが、国民に対しては「Jアラート」で突然感を演出したようです。

http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/635.html


では、なぜ事前に教えないのかという質問に対しては、答えることもなかったわけです。


95日に開かれた政府交渉では、「防衛できている」と回答。

「ミサイル防衛で国民の安全に万全を期している」~北朝鮮から20発飛来するムスダンもすべて迎撃できる!? 関係省庁の無責任答弁に市民らも「呆れ」!北朝鮮ミサイルめぐり対政府交渉 2017.9.5


http://iwj.co.jp/wj/open/archives/397412


では、なぜ、子どもを巻き込んだ避難訓練を行うのか?


第二次世界大戦中に行われた空襲に対する消火訓練や避難訓練も、その実効性のなさは、桐生悠々を引くまでもなく指摘されている。


さらには、「空襲から逃げるな」という借家人が多い都市部での土地持ちさんの利益を守るためなのかと邪推したくなるような命令も出している。


「昭和12年に作られた法律、「防空法」です。

空襲への備えを強化するため、昭和16年、太平洋戦争が始まる直前に改正されました。

退去の禁止や消火の義務づけを、大臣が命じることができると定められました。」

http://www.nhk.or.jp/shutoken/miraima/articles/00030.html


「防空法での処罰を布告した金井氏の前職は特高官僚、戦後は兵庫県知事を経て参議院議員となった。議員時代の1972年の回顧談では「市街が空っぽになっては困るので、消火活動をする人は残ってくれと触れたんです」と平然と話す。」

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52800?page=3


「昭和13年に東部軍司令部の監修で作られた12枚組ポスターの一つで、今でいう政府広報である。表題には「落下した焼夷弾の処理」とある。」

https://synodos.jp/politics/13238


空襲対策のおかしさを指摘したら「非国民」呼ばわりされる、逆に逃げたりすれば食料配給を止められるなどの仕返しされる。何れにしても、合理的に考えて行動できる余地は、庶民にはないということです。


「X国からの攻撃を想定して避難訓練をせよ」と命令されて、そのままをやるというのは、このような「国家の無謬性」を再び受け入れてしまう土壌づくりにつながってしまいます。


また、本当に子どもを守るのであれば、同時に地域の大人の訓練もしなければ、避難の実効は上がらないはずです。しかし、そんなことをした地域はどこにもない。何よりも「学校の大人」に対する非難誘導訓練すら行われていないではないですか。


わたし自身も環境教育指導者育成に携わっていますが、学校と異なり、防災頭巾すら常備することはありません。しかも、戸外で活動するのです。にもかかわらず、その活動に従事する大人たちに対する避難誘導訓練は呼びかけられたことはないのです。


なぜ、子どもから?


彼らが弱者だから? だとするならば、彼らの周りの大人たちにまずしっかり訓練すべきなのです。「闖入者」対策がそうであったように。守る側の訓練こそが必要なはずです。


命令して行動させることがやりやすいからだとしか考えられません。


では、そのような訓練を命令一つで子どもたちにやらせることは、子どもにとってはどのようなメッセージになるのでしょうか?


「X国」と日本の歴史も知らない、なぜ攻撃があり得るのかという背景も知らない(まず、第一に攻撃されていないのですが)、知識理解が少ない子どもたちに避難訓練だけをさせることは、非人道的ですらあります。


多文化教育、国際理解教育が、これからの持続可能な社会、多文化共生社会、グローバル化された国際社会に生きていく人材育成には不可欠であると言えます。国際理解教育の視点から言って、守られるべき子どもたちに対する恐怖心を煽るような訓練は百害あって一利なしなのです。


あまりにもあからさまなので言うまでもないと思いますが、いくつかの害を指摘したいと思います。

  • λ命令に従う子どもを育てられるが、実際に避難が必要なようなまさかの時には大川小学校のような悲劇に、繋がる可能性がある訓練でしかない。
  • λ効果が疑われている避難訓練を、無批判に受け入れる姿勢が強化される。
  • λ疑いを挟む発言をする子どもが、大人たちの会話を背景にいるとしたから、その子どもがいじめられたり、批判されたり、「非国民呼ばわり」されたりする。
  • λ「津波てんでんこ」のような避難のための基本原則すら身につかない。
  • λX国との歴史的な背景を知らないために、「攻撃」するのは「悪い」国という判断につながりかねない。
  • λ「悪い」という判断に対して「やり返す」ことがいいことだという価値観に簡単にシフトする発達段階の子どもたちも、含まれている。だからこそ、いじめの問題など道徳的な課題に学校教育が取り組んでいるのだが。
  • λ国と国との関係は、ずっと続いていくものであり、その時その時の判断だけで、「正邪」「好き嫌い」の判断に繋げることがあってはならない。が、子どもは短絡的な理解に繋げやすい。指導者にもよるが。


ざっと考えても、このようなネガティブな影響が子どもたちにはあると考えられる。子どもを対象にした避難訓練から、「ミサイル防衛対策」を始めることに、わたしは反対する。



■唯一の被爆国として、あげた拳を避けさせていくような外交努力を期待したい。

北朝鮮から帰国したアントニオ猪木議員が日本外国特派員協会で会見 2017.9.13

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/398063

■お上の言うことだから間違いなかんべえと言う感覚が、子どもの頃の教育から身に染み付いていた大人たちの怖さ。

噂を事実にしてしまえ!? 朝鮮人虐殺の責任を隠すため国家ぐるみででっち上げ!? 〜関東大震災で軍、警察、民衆は何をしたのか 2017.9.10

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/397880

■国民の保護 まともに考えているとは思えない内容。
http://www.kokuminhogo.go.jp


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by eric-blog | 2017-09-15 14:01 | ☆よりよい質の教育へBQOE | Comments(0)

もうろうをいきる

もうろうをいきる

西原孝至監督、シグロ、2017

2878冊目


指点字というのにも驚いたが、触手話というのにも驚かされる。


東大の福島智さんは有名だし、彼のテレビ番組を見て、わたしももうろうの人々のコミュニケーションに触れたのだ。

http://ericweblog.exblog.jp/23867749/


月曜日の手話教室で紹介されて、ポレポレ座にでかけた。先週は『ひいくんが歩く町』を見に来たのだった。すごく良かった。


『三里塚のイカロス』のカメラマン、加藤孝信さんが、この映画も撮っていると聞いたので、それもあって、15日までだけの滑り込みで見に来た。16日からは渋谷のアップリンクでの上映が決まっている。


なぜ、神様は、音を失った人たちから、視力も奪っていくのだろうか?

そして、なぜ、光はだんだん失われていくのだろうか?


人間って不思議だなと、つくづく思う。


光と音のない世界で、「言葉」なのだという。世界を形作るのは。


触手話で語りかけてくれる人に対して、ものすごい、満面の笑顔で、手に向かっていく。


手を探り求める。そこに手があると、ホッとした表情で、まだ何も喋っていない間にも、何かがそこに生まれている。


いきる


ということは、食べて、寝て、くそして、風呂入って、以上のものなのだと。


人間ってすごいなあ。


でも、女の人は、そんな中でも食事を作り、そして、なんと介護もして来たのだという。


驚くね。そして、女の方が、幸せに近いんだなあと、思った。その代わり、遠くの幸せを求める意欲と力が弱くなるんだな。きっと。


■東京新聞連載

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2017年9月20日




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by eric-blog | 2017-09-13 12:37 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

「テロとの戦い」を疑え 紛争地からの最新情報

「テロとの戦い」を疑え 紛争地からの最新情報

西谷文和、かもがわ出版、2017

2877冊目


フリーになってから13年目の「テスト」のようなものだと言う。この本は。


テレビ朝日などで戦争の悲惨さを伝えて来た。2006年度「平和協同ジャーナリスト大賞」受賞。


この4月にまとめられた米国議会報告書がある。

https://fas.org/sgp/crs/natsec/RL32492.pdf


米国の兵隊の歴戦における死傷者数をまとめたものだ。


Wars covered include the Revolutionary War, the War of 1812, the Mexican War, the Civil War, the Spanish-American War, World War I, World War II, the Korean War, the Vietnam Conflict, and the Persian Gulf War. Military operations covered include the Iranian Hostage Rescue Mission; Lebanon Peacekeeping; Urgent Fury in Grenada; Just Cause in Panama; Desert Shield and Desert Storm; Restore Hope in Somalia; Uphold Democracy in Haiti; Operation Enduring Freedom (OEF); Operation Iraqi Freedom (OIF); Operation New Dawn (OND); Operation Inherent Resolve (OIR); and Operation Freedom’s Sentinel (OFS).

1775-83年の独立戦争からずっと、南北戦争なども含め、近年の中東における作戦まで。


わたしが注目したのは9.11以降のアフガニスタン侵攻、イラク戦争なのであるが、驚いたことに、


「米国軍は、アルカイダを殲滅するためにOEF(不朽の自由)作戦を行い、2346人もの戦死者を出しました。2749人がニューヨーク、ツインタワーへの自爆攻撃によって亡くなったことに対する報復として、兵士がその同数に当たるほどの数、死んでいるのです。傷害者数は2万人超と、ニューヨークでの数を大きく上回っているのです。」(ERICニュース558号より)


作戦の死者数が、9.11の死傷者数を上回った時、2014年、この作戦は変更され、米国軍の死傷者数は、それ以降激減します。


では、その間、どんなことが米国からの攻撃下におけるイラク、アフガニスタン、シリアなどの戦闘地で起こって来たか。そして、南スーダン、リビア革命など、著者の取材は広範囲におよぶ。


空爆こそが「テロ」なのではないかと「テロとの戦い」の悪循環によって、一般市民が殺されていく状況に、著者は言う。


そう。米国兵士が死亡することのない戦いは、不正確な空爆によって一般市民の命と暮らしが奪われる戦いに変貌していっているのだ。すでに兵隊vs兵隊が対峙する「戦場」などないのだ。


大国のダブルスタンダード、隠された不都合な真実、奪われ続ける命。


見つめることしか、できないのか。知らないよりはマシなだけでしかないのだが。



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by eric-blog | 2017-09-12 11:43 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)