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言葉--アイヒマンをとらえた男

言葉--アイヒマンをとらえた男

山崎正和、中央公論新社、2002

2743冊目


1963年、アルゼンチンに逃亡し、名前を変えて暮らしていたアイヒマンがとらえられ、イスラエルで裁判にかけられた。その時のアイヒマンととらえた男の間の対話を戯曲にした。


謝罪、悔恨の言葉を求める男と、拒否するアイヒマン。

あれは個人としてやったことではなく、役割としてやったことだと言うアイヒマン。

対話の中で、アイヒマンは自分が過去のない存在であることに気づいていく。


謝罪の気持ちも悔恨もないことの非人間性が描き出されていく。



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by eric-blog | 2017-03-29 16:51 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

識字の社会言語学

識字の社会言語学

かどやひでのり・あべやすし、生活書院、2010

2742冊目


第1章 日本の識字運動の再考


かどやひでのり


http://ericweblog.exblog.jp/23735782/


文字の価値

能力主義

筆跡

非識字者の「神聖化」「タブー化」


で、次の段階の識字へ!


第二章が面白い。「均質な文字社会という神話」あべやすし


日本にはLDに対する支援がない。読字困難者が少ないという神話のせい。

就学率が高いというのも神話。


やっぱもう一回借りようかなあ。



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by eric-blog | 2017-03-29 16:46 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

障害者自立支援法とケアの自律 パーソンナルアシスタンスとダイレクトペイメント

障害者自立支援法とケアの自律 パーソンナルアシスタンスとダイレクトペイメント

岡部耕展、明石書店、2006

2741冊目


高齢者福祉の在宅介護と障害者に対する支援費制度(居宅介護)が一本化されると言う問題が提起されているらしい。署名したが。



障害者自立支援は、青い芝の会の運動として1974年から介護人派遣事業が東京都で始まった。114


「あたりまえの生活人としての経済的自立と日常的行為の延長上にある支援を受けての自律生活。


そして必要に応じた/必要な者すべてに対する分配

選別主義ではなく普遍主義で。71


選別は介入強化や分配縮減のための口実として使われがちであることは、障害者自立支援でも同じなのだなあと、つい先ほどの国会での給付型奨学金、無利子奨学金についての議論を思い出した。


やっぱり、選別主義は「権力的予算」になるだなあ。73


立岩真也『自由の平等 簡単で別な姿の世界』2004、岩波書店



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by eric-blog | 2017-03-29 16:33 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

デモクラシーを<まちづくり>から始めよう

デモクラシーを<まちづくり>から始めよう

竹井隆人、平凡社、2013

2740冊目


『ストロング・デモクラシー』

『ゲーテッド・コミュニティ』

『集合住宅と日本人』などなど、訳書、単著共に面白そうなリストが並んでいる。結構、硬派な本なのですよ、この本も。


哲学は難解である必要はないけれど、複雑なことをわかりやすいように言うのも間違いだと、あとがきに言う。わかりやすい善悪二元論と単純愚劣な正義は糞食らえと。288


哲学とは「疑うこと」である。


立命館大学で行った「都市環境法制」での講義内容を中心に、「シャッター通りに賑わいを取り戻せ」だの「高層建築を規制しろ」だの偽正義に騙されるなと学生を育てるために、政策や法制度の限界や欠陥をとらえ、改善の手かがりを掴めと、叱咤する。


2013年の書であるがこう看破している。


「自然エネルギーの効率が向上しなければ、そして事業者に思うほどの利権が入らなければ、その頃には原発事故の災厄も風化していることもあって、原発推進を再開する可能性は高いのではないか」と。25


電源三法を超える税制はあるのか?あるいは地域の民意を塞ぐこれらの法律は変わったのか?


原発事故の本質は人々が統治者になり切れていないデモクラシーの失敗であり、まちづくりの失敗であると。



シャッター通りについても、その核心は税制にある。商店主の多くはバブルの時の上がりでアパート経営をしており、家賃収入を赤字の商店経営との兼業で通算する。節税できる。


この税制は土地利用の減退をもたらす「死重的損失」に相当し、社会全体に損失が生じている。生活にコマわないからシャッターを下ろし続けている商店街を救う必要などあるのか?  42


大店法も同じ死荷重を犯している。


著者は「商店街を周辺住民が丸抱えで共有し、共同経営するような」提案をする。商店も社会資本として、公正な競争や商品を選ぶ自由を制約する。


いま、上原きみ子元市長が訴えられている国立市高層マンション問題についても一章が割かれているが、街の合意作りの甘さと曖昧さが指摘されている。



第二部は東日本大震災で言われた「コミュニティの絆」について。

コミュニティは共同体なのか、仲良しなのかと。

偏狭性の「仲良し」、コミュニティ信仰による思考停止。135

同調圧力。


公益を思う情感が「みんな一緒」と言う暴力で持って醸成される懸念を指摘したい。137


ただ同調することは思考停止。コミュニティはある種の強制を働かせる「暴力」となる。


住民参加が社会的合意なのか。


仲良し専制。


都市は人々の孤立性と統合性の両義的な存在。203


統合性とは、まちの共用する施設やサービスを自ら治めていくことで成立する。205


そのようなゲーテッド・コミュニティの市民。絶え間ざる集団的意思決定が政治。


わが国では分譲マンションの管理組合。町内会は住民全員じゃないからね。


あははははは!



何がデモクラシーを阻んでいるのか?





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by eric-blog | 2017-03-29 16:12 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

なかったことにしたくない 実父から性虐待を受けた私の告白

なかったことにしたくない 実父から性虐待を受けた私の告白

東小雪、講談社、2014

2739冊目


宝塚歌劇団の予備校って、厳しいんだね。予科生は本科生の言うことに絶対服従。喋れる言葉は7つだけ。体の動きは常に体側。


一年経つと予科生は本科生になり、同じことを予科生にする。高揚感。は覚えているが、予科生の時のような思い出はないと言う。それは他のタカラジェンヌでも同じだと。


加害者は覚えていない。


「そんなものだ」「仕方がないことだ」と疑問を持たなくなることこそが、暴力を生み出す温床になっている。65


チェンバーズの「社会的弱者の生き延びる戦略」を思い出す。

○諦める

○権力に擦り寄る、馴化する。

○逃げる

○異議申し立てをする。

そして、チェンバースは言う。「社会的弱者の定義上、彼らには政治的な力がない。だから、異議申し立てが通ることはない。」と。


著者略歴。

20034月宝塚音楽学校入学。1985年生まれ。

2005年、初舞台、そして12月には花組の本公演の娘役に代役で抜擢されるも、千秋楽まで務めることができず、逃げ出す。


高校生の時に気づいた自分のセクシュアリティ。


2006年、父親が癌ということで、帰郷した時に、両親にカミングアウト。

2008年、10年以上闘病していた父親が癌で亡くなる。


2010年、いまのパートナーと出会う。


2011年に岩本令子さんに出会い、カウンセリングを通じて性虐待の記憶を取り戻す。


あれほど依存していた薬物を二ヶ月で断てた。


2013年、結婚式を挙げる。


記事中、「男役」となっているが、それは身長で振り分けられただけ。先ほど書いたように、本公演での役柄は娘役。性生活においても、分担はなしと。

https://matome.naver.jp/odai/2136219568681617401


てか、お相手のひろこさんの方が、美人じゃね? というか、ということは、私好みってことか? 慶應大学大学院卒がハマる? IT企業勤務?


いまは、生きていて良かったと語る小雪さん。


記憶のサムネイルがあるのに、再生できず、見ることも叶わないまま、26歳まで生き延びていたのだなあ。地獄ものものだと言う経験を。


本人の経験も語るように、「加害者は覚えていない」


その時、その場での高揚感や支配している気持ちがあるだけで。


知っていたはずの母親は、今も否定し続けている。


ほんの後半は母親や父親に対する「問い」が羅列されている。


色々な意味で、「問う」ことについて、考えさせられる。


自分を「弱者」の位置に置いている日本語で、対等に「問う」ことはできるのか?



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by eric-blog | 2017-03-29 15:22 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

日本語は敬語があって主語がない 「地上の視点」の日本文化論

日本語は敬語があって主語がない 「地上の視点」の日本文化論

金谷武洋、光文社新書、2010

2738冊目


英語に主語が生まれたのも、そんなに昔ではない。


1066年、「ノルマンの征服」によって、3世紀の間、英語はフランス語にいじめ抜かれる。31

古英語に大量の仏語語彙が入り、男性女性名詞の区別がなくなり、格変化と動詞変化を失い、二人称の親称敬称の違いがなくなった。「行為文中心の主語言語」になった英語。33


英語は抜きん出て「である」状況ですら「する」で表現する。

そして、その主体は上空に不動の「神の視点」を持つに至った。


そのことを著者は『雪国』の翻訳で説明する。


The train came out of the tunnel into the snow country.


なんとも上から目線。状況を高みから見下ろす視点。


しかし、英仏独語のような文中に主語を置く言語は現在でも少なく、北欧語を含めて10を超えない。33


その視点からは「なぜ」が出にくい。


ビデオを撮りながら動く「地上の視点」。38


対話の場があり、話し手と同じ方向を見つめる聞き手がいる。


・行ってきます  行ってらっしゃい

・ただいま    おかえり

・おはよう  「共感」二人とも早いね。共視的

・ありがとう  共感、共視

・はじめまして

・あいづち、うなずき


日本語の場合、目上に対しては「私」が弱者の立場にあり、その人との相対的関係性を強調することで身を守る。

名前で呼ぶということはその本人を「個人」として扱うこと。



あげる・くれる が日本語独特だというのは、孫が「くれてね」という表現を使っていたことで感じたことでもある。


両方とも敬語。giveに上下がある。



この著者が使う手の一つが「語源はローマ字で考えよう」ということ。


語幹が子音で終わるので、変化をローマ字で母音を付け加えることでわかりやすくなる。



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by eric-blog | 2017-03-29 14:47 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

陰陽師とはなにか 被差別の原像を探る

陰陽師とはなにか 被差別の原像を探る

沖浦和光、河出文庫、2017、単行本 岩波書店、2004

2737冊目


安部晴明って有名だけど、陰陽師って暦を見る人という割には、菅原道真公の霊を鎮めたり、百鬼夜行の都を守ったりなどしている姿が思い浮かぶ。


実は「ケガレ」を清めるものになったのは平安時代。そして陰陽師などの制度化によってケガレも固定され、差別も固定化されるようになったというのがこの本が書いていること。


「ケガレ観念の法制化」と「陰陽家の繁盛」


気枯れ  ケガレ  生命力の減少。54



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by eric-blog | 2017-03-29 12:23 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

置かれた場所で咲きなさい  ノートルダム清真学園理事長

置かれた場所で咲きなさい  ノートルダム清真学園理事長

渡辺和子、幻冬舎、2012

2736冊目


今日、散歩がてら染井霊園を周り、みんなの公園を抜け、Boulasuriでパンを買って、西ケ原四丁目の都電駅から、いつも抜けたことのない住宅街の間の道を、前行く人に釣られて通ったら、「セブンスデーアドベンテスト西巣鴨教会」を発見。ちょうど安息日の礼拝があると書いてあったので、ちょっと躊躇したがお邪魔虫。高崎牧師さんのお話途中だった。


マタイ伝15-21~36の異邦人の女の話。異邦人の女ですらイエスを信じる人を救ってくれる。いわんや契約をマジわした「わたし」をや。というような内容だったかと。


とても面白かったのは「憐れみ」についての解釈で、西成で活動する本田さんの聖書の解釈を紹介しつつ、説いたところである。


この「憐み」という言葉はギリシア語でエレオスと言い、「全く無関係な人が、通りかがった時にみた人の苦しみに動かされていく心」のことだというのだ。そして、本田さんの聖書訳では「わたしの苦しみを知ってください」となっているそうだ。


イエスに対して「わたしの苦しみを知ってください」と。


知ることから共感が生まれることを、この節は前提としている。エレオス。


『聖書を発見する』本田 哲郎


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わたしが発見したのは「憐れみ」の漢字が「隣」のこざとへんをりっしんべんに変えたものであるということ。


もともと、憐れみの言葉の中に、隣人愛が入っていたのだ。「となる人」の心に生まれるもの。それが憐れみ。


ずうずうしくも、昼ごはんも一緒にさせていただいて、三育フーズのことなどもお尋ねしたりした。セブンデーアドベンテストは信者数1万人ぐらいだという。仏教の無住寺も問題だろうが、それ以上に危機感がないのが教会系だと、高崎氏。


望月さんというこの教会のヌシのような人は「日本からキリスト教徒が消えたら日本は国際社会から孤立するでしょうね」と。いやいやすでにしているし。


NGO/NPOにキリスト教率が高いということや、こんな場所が「子ども食堂」を始めないのかなど、いろいろと話せて面白かった。


一度、キリスト教徒の社会貢献率を測ってみたい。


キリスト教のこの形、いつ頃作られたのかなあ。イスラム教の一日五回のお祈りとは異なる意味があるように思う。


ごちそうさんでした!


って違う違う、本の紹介だよ。


で、学校教育もクリスチャン、多いよね。


一人の人格として生きるということは、まず考え、次に感じ、しかる後に行動する。「一人格」としての生き方。


人間が人格になっていくことがカトリック学校の目標である。54


考えるということは、自分と対話すること。

自分自身に語りかけ、次の行動を決めなさい。




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by eric-blog | 2017-03-25 16:27 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

【新版】戦災等による焼失文化財 20世紀の文化財過去帳

【新版】戦災等による焼失文化財 20世紀の文化財過去帳

文化庁編、戎光祥出版、2003

2735冊目


昭和38-39年に編纂された「もし残っていたら国宝に指定されていただろう」重要文化財で、無くなってしまったものを、できる限りの史料とともに紹介したもの。


沖縄の守礼門などの焼失日が「推定」になっていたり、所有者が渋谷区南平台町の尚氏だったりなど、興味深いことはたくさんあった。


大きく美術工芸品部門と城廓建物部門に分かれていて、前者は71点中26点、後者は99点中68点が戦災焼失である。


もともと、第二次世界大戦の空襲でどれほどの文化財が失われたのだろうかということを知りたくて調べていてこの本に出会ったのだけれど、多くの城廓や徳川ゆかりの東照宮、神社なども失われているのを見ると、戦前という時代は明治の廃仏毀釈の荒波(仏閣の1/3が失われたとか?)を超えてなお、江戸時代の匂いが残っていたのではないかと思えた。


89日に長崎で失われたもののリストを見ると胸が痛む。って、自分の誕生日だからなんだけど。


凄まじい嵐の中、親たちは失ったものについては多くを語らず、今の時代を築いてきたのだなあと、前向きの力と、その力を引き出したものは何であったかに思いを馳せる。それは無くしたものへのどうけいでは決してなかったはずだ。


次を作る力、それこそ今わたしたちが発揮すべき力だ。「未来への公共」は始まったばかりだ。



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by eric-blog | 2017-03-25 15:41 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

破綻からの奇蹟 いま夕張市民から学ぶこと

破綻からの奇蹟 いま夕張市民から学ぶこと

森田洋之、南日本ヘルスリサーチラボ、2016

2734冊目



TEDのプレゼンテーションで夕張市の医療事情について知った。

https://www.youtube.com/watch?v=lL8aJE9Xp3Y

町の財政が破綻。総合病院の病床が減った。一方で、市民一人当たりの医療費が減った。


日本全体では、病床数と医療費が相関している。つまり、病院が多ければ多いほど、その市町村では医療費がかかっているということ。


夕張市で医療費が減ったのは次のようなメカニズムによる。


・病院ではなく、在宅での老衰が増えた。24時間在宅診療体制も強化。

・救急搬送も減った。

・家で死ぬ文化が根付いた。

・「きづな貯金」が独居老人を支えている。


病院で肺炎で死ぬことが当たり前だったものが、家で、地域で、多少とも認知症がかっている人を看取る文化に移行するのは、一朝一夕ではいかない。しかし、根付くものなのだ。


病院が病人を生み出している。


そのことを夕張市は教えている。しかし、高額医療が当たり前になっている日本が変わるのは、難しいだろうなあ。


まずは、アメリカのような医療崩壊があり、格差が広がり、公的な医療費が減少して・・・・




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by eric-blog | 2017-03-24 13:06 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)