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国際メディア情報戦

国際メディア情報戦
高木徹、講談社現代新書、2014
2453冊目

NHKのディレクターとして数々の番組を手がけてきた人によるメディア戦についての現状。

いまや、メディアは何を出すか、どうだすかというイメージ戦略が大切なのだと。

しかし、日本のメディアは、広告依存で戦略をたてているために、PR戦略は遅れているという。「ウチを取材するなら、でかい広告を載せるから」62

それに対照的に紹介されているジム・ハーフのやり方については『戦争広告代理店』にゆずるとして、とても興味深いことは、著者の日本のメディア戦略についての方針にぶれがないことだ。

日本社会が他国と比較して飛び抜けて安全で平和なことは、いまでも存在する日本の「売り」の大きなポイントの一つだ。226

それを国際メディア情報戦でやるべきなのた。

また、第二次世界大戦について、「人道に対する罪」が戦後とられるようになった。
敗戦国であるドイツと日本にはハンディがある。
ホロコーストという点では、ナチス・ドイツとは異なる日本を常にアピールする必要がある。

今の日本が、民主主義、基本的人権の尊重、人道主義、費用源や報道、思想や信教の自由、社会のあらゆる面での透明性の重視、差別との訣別といった価値観を、国際社会の主要な潮流と共有していることをアピールすることだ。253

「非民主主義的」「表現や報道の自由を制限する国家」という側面はメガメディアにとって格好の標的になる。253

『バナナの逆襲』
第一話が、「ゲルテン監督、訴えられる」であり、第二話が、その訴えられるもとになったそもそもの映画である。

Doleも告訴しなければここまで悪評をたてられなかったのに、とは第一話の中でゲルテン監督が語っていること。

ロスアンゼルス映画祭は、Doleからの圧力でゲルテン監督の『Bananas!*』を上映中止とした。プログラムによせられた原一男さんの憤りは激しい。「作り手にとっては映画祭は、何よりも作り手側の味方に立ってくれる存在である、という信頼に支えられている。・・・ロスアンゼルス映画祭は、・・・単なる利権集団であることを露呈してしまった。」16

それは映画祭だけでなく、そこに出品している作り手たちも同罪ではないかと。

Doleから「名誉毀損」で告訴すると通告を受けた監督を支援したのは、スウェーデンという社会そのものだと言える。まず、そんな圧力をDoleがかけていることをネットで知ったブロガーが、Maxというファストフード店のフルーツサラダに「Dole」の商標が貼ってあることに、嫌悪感を店に伝える。
店は事実関係を調べて、告訴を取り下げないと取引を中止するとDoleに申し入れる。
そのボイコット騒ぎを聞いて、国会議員が「上映の場がないのであれば、国会で上映会をしよう」と報道の自由のために場を提供する。国会がDoleに告訴を取り下げるようにと請願書を出す。

そして、告訴の取り下げおよび監督が起こしていた業務妨害についての損害賠償裁判について、勝訴が確定し、2000万円ほどの金額が支払われた。

一方、ニカラグアのバナナ農民たちのたたかいはまだ続いている。

上映会には『ユニクロ帝国 光と影』の著者であり、ユニクロが告訴された横田増生さんも来ていて、トークショーがあった。

200数十カ所についての名誉毀損の訴えがあった中、最終的には二点にしぼって裁判で争われたという。国内の残業と中国での深夜労働だ。

本の内容で言うと、ZARAとの比較がおもしろい。多品種少量生産、市場への投入のスピード、価格設定がユニクロより高いのに売れている。
ZARAは変化が速いので、顧客は年間平均17回も足を運ぶという! 他の類似店は平均3回だというのに。

あああ、これはわかるなあ。わたしも基本のいくつかを買った後は、ユニクロは無印ほどにも覗きにいかない。覗きに行っても、そのたびにがっかりする。代わり映えしない。

結局、横田さんは裁判に勝ったが、何も得ていないという。それがSLAP訴訟の消耗するところだろう。

その点について、プログラムに収録されているゲルテン監督との鼎談で、監督は言う。「非常に基本的な価値について語るようになりました。つくり、言論の自由、報道の自由、そして民主主義の大切さです。」22

ね、メディア戦略は同じなんですよ。メッセージをはっきりと。共通の価値について共感をえるように伝えること。

あああ、日本、惜しいなあ。
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by eric-blog | 2016-02-29 15:17 | ■週5プロジェクト15 | Comments(0)

ERIC NEWS 478号 ともによりよい質の教育をめざして  2016年2月28日

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ERIC NEWS 478号 ともによりよい質の教育をめざして  2016年2月28日
ESDファシリテーターズ・カレッジ! すべての学びを参加型で!
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(文責: かくた なおこ 角田尚子
http://ericweblog.exblog.jp/
twitter : kakuta09  FBもやってます。)

 谷中千縁さんぽに出かけようと知人を誘ってから、図書館で「千円」というキーワードで検索してみて驚いた!『東京千円さんぽ』という特集が「散歩の達人」によって組まれているではないか! 内容を読むと、ほとんどが地域の商店街の町歩きであることも、しごく当然の感じがする。

そして、その出版年である2011年というプレ自民党政権の時代に「千ベロ」などの考え方があったことを思い出した。

安上がりに楽しむという考え方が社会的に受け入れられたデフレの時代。

いまや一億総活躍時代。活躍して収入を得、もっと使おうという時代にこのコンセプトは死に絶えたかのようだ。

しかし、実はわたしはいまの資本主義経済圏において、できるかぎり「冷温停止」した方がいいのではないか。その経済圏の外で豊かに生きることはできないかと、考えているのだ。だから「千縁」。つながりや発見の共有や、笑顔や無償の価値をシェアすることの方を選びたい。

http://ericweblog.exblog.jp/22534690/

◆◇◆目次◆◇◆
◆◇◆1. ESDファシリテーターズ・カレッジの歴史 Since2000
◆◇◆2. 2016年度、ERIC主催研修 ESDファシリテーターズ・カレッジ
◆◇◆3. by ERIC これまでの活動


◆◇◆1.  ESDファシリテーターズ・カレッジの歴史 Since2000◆◇◆

3月5日土曜日の環境フェスタで、これまでの取り組みを商会させていただくことになりました。
改めて、ESDファシリテーターズ・カレッジについて、ご紹介しておきましょう。

•カレッジ=指導者育成のための高等教育機関として
•集中講義2日間=2単位相当として構想

カレッジという名称は、教育的指導者のための二年間専門コースが必要だという考えから名付けました。大学の単位で言えば、年間で12単位程度で「参加型学習」の学び方・教え方を習熟できる内容を提案したいという意図です。

前期 3つのテーマから課題に気づき
後期 3つのキー・コンピテンシーで問題解決に迫る

6回の研修中、前半の三回は「国際理解」「環境」「人権」という三つのテーマについての学びで、後半の三回が「わたし」「あなた」「みんな」のスキルを育てるための研修として構成されています。

•二日間6セッション12時間
•すべて参加型で

遠方からの参加者にも配慮して、週末の二日間で開催しています。二日間で12時間、2時間一セッションを6つで構成しています。

すべてのセッションを参加型で行っています。16年の間に試行錯誤はありましたが、現在は次のような6セッションの構成になっています。

セッション1 共通基盤づくり
セッション2 流れのあるプログラム体験/スキル演習アクティビティ体験
セッション3 参加型学習についてのふりかえりとまとめ
セッション4 アクティビティ開発(a)・プログラム開発(b)
セッション5 アクティビティ・プログラム実践と評価
セッション6 ふりかえりと個人的行動計画

前半のテーマでは「気づきのためのアクティビティ」の開発を中心に、セッション4を行い、後半の三回の研修では、プログラム開発・カリキュラム開発の考え方を取り入れます。というのもスキルやコンピテンシーというのは、単発のアクティビティを取り入れたり、一つのプログラムの実践によって身に付くものではないからです。スキルを習熟するためには次のような継続的努力が求められるのです。

○本人の自己習熟をうながす 
➢個々への働きかけ
○集団に対する働きかけを行う
➢コミュニケーションやアサーションを育てるスキル演習
➢カリキュラムやプログラムの目標に組み込む カリキュラムアプローチ
○学校全体の風土をサポーティブな風土にする 学校全体アプローチ

何より大切なのは、学校全体アプローチだと言えるでしょう。どの指導者も同じ姿勢とビジョンを共有していることが、矛盾のないメッセージとなって学習者に届くからです。

すべての研修を参加型で行うことができるという取り組みは、Teaching for Sustainable Worldというテキストに基づいて、オーストラリアのブリスベン大学環境教育センターのジョン・フィエン氏の元で一週間の研修を受けた時以来、指導者育成すべても、参加型でできることに確信を得たからです。

【何を】
•国際理解、環境、人権について伝えたい「本質的な」学びを
•教育的指導者として参加型学習の学びを提供する方法を
•アクティビティ、プログラム、カリキュラムを構成する方法を

どのような内容でも、参加型で教える工夫は可能です。知識・理解こそが参加型協同学習による「わたし」「あなた」「みんな」の学びあいによって、単なる言葉の習得で終わらない学びになるのです。

【なぜ?】
•参加のスキルは参加することでしか身に付かない。
•力は発揮することで伸びる。

なぜ、そこまで「参加型」にこだわるのか。それは参加の力は参加することでしか身に付かないし、学習者がどの段階にも参加することで「学習計画への参加」など、いま言われ始めている学習者主体の学びにつながっていくからです。

【どのように】
•気づきのためのアクティビティによって「環境」「人権」で共有したい概念を
•12のものの見方・考え方によって「高次の思考スキル」の習熟を

ERICが活用している参加型の学び方(How)には大きく三つあります。それはERICがこれまでの学びから、整理してきたものです。
1.気づきのためのアクティビティ 国際理解教育、環境教育、人権教育などのテーマについての気づきをもたらすための参加型
2.参加のスキルを伸ばすためのアクティビティ 対立から学ぼう、いっしょにできるよ、いっしょに学ぼうなど、参加のためのスキルを伸ばす参加型
3.社会調査、合意形成のためのワークショップや会議 フューチャーサーチ会議、地域評価法、実践コミュニティ、学び続ける組織など。

ESDファシリテーターズ・カレッジでは、社会調査・合意形成のための方法論をカバーすることは必ずしもできないのですが、スピンオフ企画や受託事業で実践しています。また、それらの方法論を学んだ時に得られた考え方は、すべての研修に生きています。

3月4日5日の環境フェスタで、ぜひお会いしましょう!
http://www.jeef.or.jp/activities/festa/
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by eric-blog | 2016-02-29 13:58 | ERICニュース | Comments(0)

食と防災

練馬区の活動がすごい!

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冊子の内容もすばらしい!

https://www.city.nerima.tokyo.jp/kurashi/bosai/jishinsonae/shokutobosai.html

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by eric-blog | 2016-02-29 11:49 | ●3.11地震・津波・原発 | Comments(0)

【子育て層だけは、「当事者」期間が非常に短い】

僕は願います。あなたが、自分の苦しみ以外も苦しみと感じ、動き続けることを。

それが「保育園落ちた日本死ね」と言われる我々の母国、日本を変える、ひとつの鍵なのです。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/komazakihiroki/20160220-00054576/

careする心が大切。市民性教育にこのような視点が必要だね。
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by eric-blog | 2016-02-29 11:30 | ○子ども支援・教育の課題 | Comments(0)

生きて帰ってきた男-ある日本兵の戦争と戦後-

生きて帰ってきた男-ある日本兵の戦争と戦後-
小熊英二、岩波新書、2015
2452冊目

マイナンバーという国の制度を、企業や行政などの末端組織が、なんのトレーニングも資格もなく行うということについて、大きな疑問を感じている。

とても重要な個人情報が「世帯」単位で送付され、これから離婚や再婚、虐待やDVがあるかもしれない関係性の中で、共有される。心底、こわいと思う。

企業や行政などにしてもそうだ。「取り扱い規定」を決めるのもそれぞれの組織にまかされ、誰がその責任者になるのかも、その規定による。「提出に協力が得られない場合」は、その担当者や組織が「説得」し「協力を求める」ことが求められている。

なんで、こんな国家の出先機関のような仕事を無償で引き受けさせられているのだろうか?

そんな疑問を思った時、消費税も同じようなものだと思い当たった。末端が預かって、国に納める。そうか、すでに国家の出先機関にされていたのだと。

それがこの本を読んで、戦時体制が影響していることを知った。

1940年に導入されたナチス・ドイツにならった源泉徴収というやり方だ。これは戦費調達のためだったという。47

「国家そのものが破綻するような大きな時代の変化に、対応できる人間はごく少ない。たいていの人は、それまでの人生の延長でものを考えてしまう」53

謙二(小熊英二の父)は言う。謙二の父親は、北海道でそれなりの財産を築いて故郷の新潟にもどっていたが、戦中から戦後の急速なインフレで雲散霧消してしまう。

1944年に19才で徴兵された謙二は、本籍が新潟県のままだったので、新潟出身者で構成された師団に配属される。当時、東京で早稲田実業を卒業し、富士通信機に就職しており、同級生等は国内に配属。戦後もすぐにもとの生活にもどっている。それに対し、新潟部隊は満州に送られる。たいした装備もない軍隊に配属され、「捕虜になるために」徴兵されたようなものだという。

四年間の抑留生活を生き延びることができたのは、下痢のために取り残され、原隊をはずれ、そのようなはみだし兵ばかりがあつまった収容所だったからだと、謙二は考えている。シベリア抑留では、軍隊の規律が保持され、初年兵はこきつかわれ、死んだものが多いのだという。

人間万事塞翁が馬、であるが、下痢のため、体力がなく、労働不適格であった。

戦後も、中小零細企業に就職するが、結核になり、30歳をすぎるまで療養生活が続く。

そして、退職後に、シベリア抑留の時にいっしょであった朝鮮系中国人の補償要求運動に協力することになる。日本の「国籍差別」はむごいね。

この本の優れた点は、あとがきに著者も言うように、謙二さんの記憶力と客観的な観察力、そしてその時代背景を社会科学的に補完しながら書きすすめられたものだからだ。単なる戦記ものではない読み物になっている。

『在日一世の記憶』などの聞き取りプロジェクトを手がけていたことも幸いしたという。『残留日本兵の真実』をまとめた林英一氏との共同プロジェクトであったことも、聞き取りの厚みにつながっているのだろう。

わたしの父と同い年。父は戦後、親戚の援助を得て進学、30歳で公立高校の教職についている。民間企業の栄枯盛衰に翻弄された謙二さんの方が、社会学的にも興味深いように思った。
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by eric-blog | 2016-02-28 20:12 | ■週5プロジェクト15 | Comments(0)

東京千円さんぽ

東京千円さんぽ
散歩の達人MOOK、交通新聞社、2011
2452冊目

たった五年前、デフレの影響か「千ベロ」「千飲みバー」などの特集が雑誌をにぎわせていた。デフレの中でも楽しもうという工夫もあったし、みんなが収入が減っていることを共有もできていたのだろう。

いま、格差社会が広がる中、「千円」というキーワードは消えてしまった。

わたしは社会的基準で言えば、貧困女性である。

しかし、別に構わない。20代後半で「月10万円」で生きることを選択したので、自分のことを貧しいとは思わない。一時、それ以上の収入を得ることがあったが、金融商品などに手を出さなければならないのではないかというような強迫観念から、かえって心の平穏は乱されていたように思う。

いま、社会全体がそのような強迫観念に叩き込まれているように思う。「もっともうけなければ」「お金を活かさなければ」、金利がマイナスになった以上、人々はそわそわと金融商品に誘導されていくだろう。これからは「オレオレ詐欺」「かあさん助けて詐欺」が高齢者をねらうのではなく、金融商品、投資が高齢者の金をねらい、そして投資の失敗のつけを彼らが払うことになるだろう。かけてもいい。

もはや資本主義経済圏に生きるものとしては「冷温停止」状態を目指したいわたし。

千円というのは、一週間に一度の外歩きとして、とてもいい。

それでも税金は8%とられるのだけれど、それもできれば避ける方法も編み出したい。

千円使えば、千の縁が紡がれるのではないかと思うのです。わたしと「千縁」さんぽしませんか? 

【谷中千縁さんぽ】

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by eric-blog | 2016-02-28 10:08 | ■週5プロジェクト15 | Comments(0)

なぜユニオンをつくったのか

なぜユニオンをつくったのか
長橋淳美、自費出版、2016 
2451冊目

富田林市の職員組合として、1996年に結成。
もちろん、市職員労働組合は別にある。かたや600人、かたや19人。
それでも新しい職員組合をつくったわけ、そして獲得してきたもの、組合として大事にしてきたものがまとめられている。40ページ。

実は同級生。そうか、こんなことやってきたんだあと、おだやかな闘志が学生時代とかわらず、続いていたのだなあと、懐かしい。

労働運動が総評系と同盟系に分裂し、地方自治体の労働組合の連合体である自治労は総評系に属していたと。1980年。
1989年、連合が結成され、自治労も加盟していく中、共産党系の職員組合でつくる日本自治体労働組合総連合(自治労連)が結成される。

しかし、バブル崩壊後の組合運動は、「階級闘争至上主義で、労働運動を政治運動(選挙)に流し込んでしまう従来の運動には時代的限界があった」11

で、当時の市職労執行部にみきりをつけてユニオン結成。

うーーん、この辺り、よくわからないなあ。言葉に実感がともなわないからねぇ。

でも、その後、獲得していったものは、よくわかる。
賃金闘争の合理化、人事政策への意見の反映、女性のお茶汲み廃止、障害者雇用、嘱託雇用から正規雇用へ、など。

その間、市職労は何していたのかなあ。

公平、連帯、市長・当局との交渉能力、公僕でありながらも労働者として声をあげ続けること。大切な理念の言葉が並ぶ。

ご苦労様でした。小世帯とは言え、多様な人たちとの対話を続けてきたのだなあということがよくわかる。

最終章、希望はどこに で、世代論も出てくる。今の若い世代は控えめで慎重。

でも、大丈夫。自分たちの頭で考えて、自分たちのスタイルでやればいいんや。37

すっごいええんちゃう? 「みんなの頭で考える」。長橋さんもファシリテーターをやってきたんだねぇ。
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by eric-blog | 2016-02-26 16:21 | ■週5プロジェクト15 | Comments(0)

日独裁判官物語

日独裁判官物語
http://www.jicl.jp/now/cinema/backnumber/20090330.html
製作:1999年
上映時間:60分
監督:片桐直樹

鬼追昭夫

90万件まで増加。1950年以来4倍以上。
2080人の裁判官で捌く。捌く?裁く?

200-400件

藤原さんからの情報。

件名:映画「日独裁判官物語」および「犬になれなかった裁判官」
⇒ http://goo.gl/xEhMh0

⇒ https://www.youtube.com/watch?v=JUSb9n74t90

 映画「日独裁判官物語」および、出演されている元裁判官 安倍晴彦さんのインタビュー動画「犬になれなかった裁判官」のURL紹介です。
ぜひごらんください。動画にあるとおり、日本の裁判所は、日本国の立憲主義、民主主義に対する大障害です。日本の裁判所は、大改革が必要です。これらの動画URLを全国民に大拡散しましょう。

◎映画「日独裁判官物語」⇒ http://goo.gl/xEhMh0
 日本とドイツの裁判官の違いを浮き彫りにしつつ、日本の裁判官のあり方について問題提起するドキュメンタリー映画です。
 映画では、日本の裁判官たちが、日々の仕事のハードさを嘆き、市民集会で発言すれば処分され、最高裁から睨まれると人事や給料で差別されることを語ります。一方で、ドイツの裁判官がスクーターで裁判所に通勤する様子、普通の市民と同じように地域の人々と交流し、自由に意見交換する様子などが映し出されています。日本の裁判官をめぐる問題点がドイツとの対比でよくわかります。
 日本では、青年法律家協会(青法協)裁判官部会について、1970年10月に裁判官訴追委員会が、青法協会員であることなどを理由に訴追請求されていた裁判官213名に対し、青法協加入の有無を調査したことや、青法協会員の裁判官宮本康昭が再任を拒否される事件が生じたことなどを受けて、1982年以降は、裁判官部会新入会員がゼロとなった。⇒
https://goo.gl/0oUjIW

★ 田内雄司さんの感想文
 大飯原発裁判(2015.5)の樋口英明裁判長は、基準地震動の評価法の間違いを指摘した。「原発のような危険なものの耐震基準を平均の地震で決めるような事はあってはならない」と危険な原発の運転を禁止した。大飯原発再稼働を止めた樋口裁判長は、名古屋家裁に左遷され、その転勤直前に高浜原発再稼働を止めて去った。しかし「このイタチの最後っ屁」の効果は、半年もたたぬうちに、次の裁判長による大飯原発、高浜原発の運転許可となって失われた。つまり、行政が裁判を操れることを示した。無邪気に「日本は三権分立の国だ」と信じていた私は驚いた。
 三権分立を擁護する義務を持つ人たちが進んでそれを投げ捨てるのです。それに「平均の地震に耐える耐震基準は危険かどうか?」と裁判で争うこと自体が不思議です。普通のマンションなら裁判になるまでもなく犯人は刑務所行きです。これらの疑問に、この映画は答えてくれます。
 日本の裁判制度は「神のごとき知恵を持つ裁判官が全体を俯瞰して善悪を判断する」という虚構の上に成り立っています。裁判所や裁判官の権威付けに熱心です。そのために、彼らを俗世間の害から守る必要があります。裁判官は、3~4年ごとに転勤し官舎にまとまって生活します。私生活では、交際相手に注文がつきます。政治活動をすれば首です。裁判官一人あたり年間200件~400件の事件を裁きます。仕事に追われまくる生活です。
 こうして、裁判所村社会に閉じ込められた裁判官の生活が続きます。この村社会では上司に逆らえば終わりです。上司に逆らわない世間常識皆無の小心な公務員が出来上がります。日本の裁判制度は行政に奉仕するために長年にわたり注意深く作り上げられたものです。この中で国家権力に逆らう判決を得るのは不可能です。
 ドイツでは「ナチス時代に裁判官もナチスの法で人を裁いて国民を苦しめた」との反省の上に裁判制度があります。ドイツでは、国家権力の乱用から国民を守ります。ドイツでは、裁判官も一市民として暮らすことが重要で、政治活動も当然の権利です。裁判に世間の常識を取り入れる目的で民間人の裁判官を交えて討論されます。市民と対等な立場が原則です。日本とは正反対の立場です。

◎犬になれなかった裁判官:安倍 晴彦⇒ 
https://www.youtube.com/watch?v=JUSb9n74t90
著者(安倍 晴彦)自らが、著書「犬になれなかった裁判官」の内容を説明する動画。
警察24時の裏 伏魔殿最高裁事務総局の人事と判決統制 元裁判官がデタラメな司法地獄の実態を告発する! インチキな裁判のカラクリを説明 犬になれなかった裁判官―司法官僚統制に抗して36年 安倍 晴彦

★内容(「BOOK」データベースより)
http://www.amazon.co.jp/dp/4140806095

 著者は、司法修習をトップクラスの成績で終えて、一九六二年四月、裁判官に任官した。在任中は優れた「庶民派」裁判官として知られていたが、裁判官人生のほとんどを家裁・地裁で過ごし、いわば「日の当たらない道」を歩んできた。それはなぜだったのか。最高裁の判例を覆した無罪判決のこと、青法協活動のこと等、三十六年間の裁判官人生を振りかえりつつ、裁判官・裁判所の知られざる実態を描く。裁判官のあるべき姿とは何か。司法の「独立」を問いつづけた苦渋の経験から導き出される、改革への提言。

★内容(「MARC」データベースより)
 最高裁の判例を覆した無罪判決のこと、青法協活動のことなど36年間の裁判官人生を振り返りつつ裁判官・裁判所の知られざる実態を描く。裁判官のあるべき姿とは何か。司法の独立を問いつづけた苦渋の経験による改革への提言。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
安倍/晴彦
 1933年生まれ。1960年、東京大学法学部卒業。1962年、裁判官に任官。以後、東京地裁、和歌山地裁・家裁、福井地裁・家裁、横浜家裁、浦和地裁・家裁川越支部、静岡地裁・家裁浜松支部、東京家裁八王子支部に勤務。1998年、裁判官を退官。現在は弁護士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

★驕れる司法官僚を許すべきではない
投稿者 "河原 浮" 投稿日 2001/6/22
 もし安倍氏のような裁判官が多数派であったならば、日本社会はもう少しましな状況になっていただろうに、と思います。 こういう人が現実にいるのだから、そうでない裁判官・司法官僚が中枢を占め、「司法権の独立」に名を借りて「官益」維持に加担していることに深い怒りを覚えざるをえません。
 数年前公開された、映画『日独裁判官物語』と併読すると、日本の司法制度の何が問題であり、なぜ一般人にとって法が遠いものなのか、ポイントが理解できます。
 裁判官とは国民の法律上の権利・義務の存否を判断する仕事ですから、本来は「民益」のために仕事をしてくれなければ、困るのは国民であり、一般の人々なのです。
惨状を何とかする努力を何もせずに、既得権に閉じこもり、あるいは国民と司法の乖離を歎くのみとすれば、それは法律家の驕りでしょう。

★これが裁判の世界とは恐ろしい
投稿者 chabana 投稿日 2012/10/28
 裁判官と裁判所の実態が克明に、しかも分かりやすく書かれていて、まことに興味深いものだった。同時にまた、「裁判に訴えて闘う」ことの難しさと、それに勝利する難しさもイヤというほど思い知らされた。しかし、だからこそ裁判が持つ意義の大きさをわきまえ、「国民のための裁判」を求めていかねばならないのだと痛感させられた。著者の安陪晴彦氏の勇気と、人間としての誠実さに心から拍手を送りたい。
藤原節男(原子力ドンキホーテ、原子力公益通報者)
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by eric-blog | 2016-02-26 14:30 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

戦う民意

戦う民意
翁長雄志、角川書店、2015
2450冊目

いま、衆議院内閣委員会で沖縄選出の宮崎政久さんが「1月24日の宜野湾市長選挙で、わたしは沖縄の民意が変わったと受けとめている」と質問。内容は普天間基地の負担軽減のための「普天間飛行場負担軽減推進会議」がここ二年間開かれていない、年度内に開催して欲しいという要望であった。

沖縄の民意は変わったのか?

昨晩、ちょうどこの本を読んだところだった。

保守と革新という壁を越えた「All沖縄」という表現は、それに対する否やをいいにくい雰囲気をつくりだしていた。それに対して市長選挙の結果で、「反対を言っていいんだ」という気持ちになれたと、宮崎委員は言う。

翁長知事は、保守の政治家の家に生まれ、保守と革新の対立をずっと観てきたという。

イデオロギーではなく、アイデンティティによってのみ、all沖縄は可能なのだという信念のもとに、沖縄の基地問題に取り組む姿勢を示している。

それはとりもなおさず、日米同盟のあり方、民主主義のあり方、日本のあり方が問われているのだと。74

「日米地域要諦の厚い壁にいつもぶつかっている沖縄からすれば、私たちの民主主義が踏みつぶされていく状況がよく見えます」75

そして、いま沖縄に投げつけられる「いつまで戦争の話をしいるんだよ」という言葉は、そのまま、日本の地方に投げつけられる言葉だと著者は指摘します。

「体験に根ざしていない人の記憶は風化していきます。
 大戦時に多数の沖縄県民の命が奪われ、戦後は沖縄が米軍の支配下に置かれたことを知る本土の人たちは、しばらくは、「沖縄県民には悪いことをした。申し訳なかった」という思いを抱いていたと思います。しかし、それも10年、20年経つと、次第にほころんできます。
・・・1990年代、・・・不発弾処理の予算折衝のため、防衛省を訪ねたことがありました。まだ30代の係長か課長が言った言葉を私は忘れることができません。「いつまで戦争の話ばかりするんだ。東京だって、大阪だって、大空襲はあったんだ。沖縄だけじゃないんだよ。」92

「いつまで原発事故の話をするんだ!」と、まともに応じてもらえなくなる様子が目に浮かびます。

覚の廃棄物問題も含めて、将来は同じようなことがきっと起きると思います。93

日常から非日常に変わるのは一瞬です。

辺野古基地に「勝者」はいない。

きっと、埋め立ては止められる。30ヘクタール、50ヘクタールは埋め立てられてしまうかもしれないが、161ヘクタールは無理だろう。

しかし、それで沖縄が勝ったことにはならない。101

工事期間が10年以上あるということは、まさしく普天間基地は固定化される。

仲井眞知事の「普天間基地の五年以内の運用停止」は空手形。101

翁長知事が那覇市長になった時、最初に直面した課題がゴミ処分場問題。那覇市民は南風原町に処分場があることすら知らなかった。ゴミ削減にも取り組み、経費削減に成功。移転も果たす。
市民と行政の協力、そのために行政への信頼がこれからの問題解決の鍵だと。
103

米国は海外40カ国に基地をおいていますが、兵力が1万人以上の国は、日本、勧告、ドイツ、イタリアの四カ国。 108

【参考】
イタリア人の監督2人が作った『誰も知らない基地のこと』では、米国の独立戦争のきっかけは、英国がStanding Army駐留軍を恒久的に置こうとしたことに対する反発からだったと。駐留軍とは支配だからだ。

http://kichimondai.com/

http://ericweblog.exblog.jp/15421154/

日米安全保障条約に賛成するにしても、戦後70年間、沖縄にこれほど過重な負担をおしつけてきた体制をそのまま21世紀にも続けることはできない。109

・沖縄は地政学的に有利とは言えない むしろ対中国的にリスク
・基地は抑止力にならない
・基地は沖縄でなくていい
・日本政府の米軍慰留
・アメリカは中国と戦わない
・辺野古に構想される恒久基地
・普天間基地所属ヘリは米軍住宅エリアだけは上空を飛ばない
・深刻な基地の環境汚染
・基地は経済面でも迷惑施設

保守系でありながら、共闘の道を探り、稲嶺前知事誕生の背景で動いた居た彼を、政府批判に向かわせた出来事。

2006年の「ロードマップ」から「15年使用期限」が消された。
2007年の教科書検定。沖縄の集団自決が強制されたものだったという文言の削除。

2013年11月、沖縄選出の自民党国会議員5人が容認に転じる。
その時、うなだれていた議員たちの姿は、「第二の琉球処分」だと沖縄の人々の目には映った。
http://ryukyushimpo.jp/news/prentry-215810.html

国場幸之助(沖縄1区)、比嘉奈津美(同3区)
宮崎政久(比例九州)

そして、2014年の知事選。
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by eric-blog | 2016-02-26 12:45 | ■週5プロジェクト15 | Comments(0)

子どもに「ホームレス」をどう伝えるか いじめ・襲撃をなくすために

子どもに「ホームレス」をどう伝えるか いじめ・襲撃をなくすために
生田武志、北村年子、ホームレス問題の授業づくり全国ネット、太郎次郎社エディタス、2013
2449冊目

この全国ネットが主催するワークショップに参加したことがある。
写真やホームレスご本人たちとの質疑など、よく準備された勉強会だった。
また、この本にも収録されている北村年子さん自身の「まちがい」についてもお話され、圧倒された。

人権問題を学ぼうとするとき、「当事者」であるリソースパーソンは強力だあ。

でも、そのような資源に頼る必要のないプログラム開発をしてきた者としては、複雑。「実物」「実存」にまさる「リアリア」はないものねぇ。

子どもたちの学びも感想もすばらしい! ホームレス襲撃は「路上のいじめ」。その通りである。


こんなビデオを作っている人もいる。直接、自分たちにかけられた言葉ではないけれど、ツィートされたり、社会に出回っている言葉に、どれほど彼らが傷つくことか。そして、そんなことが言われているだろうということを、彼らは知っている。このビデオのように「読む」ことをしなくても。そのことが彼らの心を怯えさせている。

http://omeleto.com/222017/

人の心を怯えさせるもの。それがいじめだ。虐辱。「怪獣の名前はなぜガギグゲゴ」というタイトルの本があったが、つらい言葉はガギグゲ濁音だ。
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by eric-blog | 2016-02-24 12:30 | ■週5プロジェクト15 | Comments(0)