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ヒトラーの子供たち

ヒトラーの子供たち
ジェラルド・ポスナー、ほるぷ出版、1992
2449冊目
原著1991年

いま紹介している一連の本は、BS世界のドキュメンタリー「ヒトラー・チルドレン」に触発されてのことだ。

その中に「Der Vater」という父への思いを書いたニコラス・フランクさんが紹介されている。2005年に出版された本だ。

こちらの本は12人のナチス時代の幹部の子供たちに取材したもの。
ハンス・フランク
ルドルフ・ヘス
カール=オットー・ザウァー
ヒャルマール・シャハト
ヨーゼフ・メンゲレ
カール・デーニッツ
クラウス・フィリップ・シェンク・フォン・シュタウフェンベルク
エルンスト・モヒャール
ヘルマン・ゲーリング
マクス・ドレクセル

ハンス・フランクの二人の子供は対照的だ。
兄であるノーマンは理解を示し、ニコラスは憎むのだ。
ニコラスの本は、ドイツ語だけで、英語もないし、原著は1万円以上の高値なので、まだ見ていない。が、ドキュメンタリーの中で、ニコラスは言う。「自分も、幹部の子供として、追い立てられるユダヤ人を見て、笑っていた」と。

それが、許せない。だから、彼は、誰も信じないという。表面的な反省や、嘆きや、非難など、すべて嘘っパチでしかないと。

そんな経験をした「戦争時代の子供たち」が日本にもいるのではないか?

軍需に沸く経済の中で、「ぼっちゃん坊ちゃん」と持ち上げられた体験や、満州や中国でかしづかれた体験。そして、植民地の人々を追い立て、あざわらい、大人とともに笑った体験をした子供たちが、日本にもいるはずだと。

ドイツの罪は消えない。それは戦争犯罪だけのことではなく、ホロコーストがあるからだ、と感じる。

ある人種を組織的社会的に抹殺する試み。人類史の恥。

では、日本には「戦争犯罪」しかないのか? 人道の罪はないのか。
アジアを蔑視し、収奪し、そのいのちをなんとも思わなかった精神は、そこにないのか。

その部分を断罪せず、「戦争犯罪」だけに焦点化するから、亡霊が立ち上がるのだ、何度も、何度も。「おじいさんがそんな悪いことするはずない」と。「国のために戦った人は等しく美しい」と。

日本のアジアに対する差別的、非人道的な態度そのものが断罪されない限り、同じ亡霊に、わたしたちは惑わされ続ける。

太平洋戦争は、日本のアジアに対する、帝国主義や西洋近代化の東洋に対する、科学技術産業社会の人類社会に対する、侵略だ。

その侵略の姿、その侵略の非人道性とは何かを見つめない限り、わたしたちは次の未来を導くことはできない。いいポジショニングなのになあ、日本。


Der Vater: Eine Abrechnung Taschenbuch – Illustriert, 2005
von Niklas Frank

こちらから見ることができます。
https://www.youtube.com/watch?v=DoSgAlmy3k0

http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/130815.html
ヒトラー・チルドレン
~ナチスの罪を背負って~(再)
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2013年8月15日 木曜深夜[金曜午前 0時00分~0時50分]
13年10月4日 金曜深夜[土曜午前 0時00分~0時50分]
14年3月27日 木曜深夜[金曜午前 0時00分~0時50分]
15年1月28日 水曜深夜[木曜午前 0時00分~0時50分]
15年2月5日 木曜 午後6時00分~6時50分
15年3月12日 木曜 午後6時00分~6時50分

ヒトラーとナチスによるユダヤ人集団虐殺、ホロコーストを指揮したナチス幹部たちの残虐な行為は、彼らの子孫に何を残したのだろうか。
ヒトラーの後継者に指名されていたゲーリングを大叔父に持つベッティーナ・ゲーリング。「彼の残虐性を受けついでいるかもしれない」血筋を断絶したいと、兄とともに避妊手術を受けた。ナチスの親衛隊長ヒムラーの弟の孫、カトリン。家ではヒムラーのことはタブーだったが、沈黙を破り、その過ちへの罪悪感を綴った本を出版した。今はユダヤ人と結婚している。アウシュヴィッツ収容所の所長だったヘスの孫、ライネル。父は収容所敷地内の邸宅で育った。今回初めてアウシュヴィッツを訪れたライネルは、邸宅から壁一枚隔てた場所にガス室があったことを知り、絶句する。イスラエルから訪れていた学生たちから辛辣な質問を浴びせられたライネル。ホロコーストを生き延びた老人から「君がやったわけじゃない」と声をかけられ、堪えていたものがあふれ出す。
ナチスの重要人物の息子や孫、子孫に当たる5人のドイツ人を取材。親族をホロコーストで亡くしたユダヤ人監督が、過去を背負いながら生きる彼らの姿を描く。イスラエルとドイツの共同制作。
原題:Hitler's Children
制作:Maya Productions / WDR (イスラエル/ドイツ 2011年)

この番組についての感想で感覚的に近いと思ったブログ。根本的には違うけど。
http://blogs.yahoo.co.jp/shibuyaumare/68135682.html


■My Father’s Keeper The Children of NAZI Leaders—An Intimate History of Damage and Denial
Stephan Lebert, ドイツ語での出版2000年、英語版は2001年。

Der Faterの価格に驚いて、安いこちらを購入。
これはこれでおもしろい。

というのも、1959年に、著者の父親が行ったインタビューを踏襲して、その息子のジャーナリストが1995年にその後をインタビューした記事とで構成されている。

著者の父親は、1929年生まれ。戦争が終わった時は、16歳。熱心なヒトラー・ユーゲントのメンバーであったという。

7人のヒトラー重鎮の、子どもたち。子どもたちの間でもリアクションはさまざまだ。


あとがきに紹介されているのは以下の本。うむむむ。これも翻訳がなさそうだ。

Living Against the Shadow, Martin Bormann
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by eric-blog | 2015-02-28 10:00 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

そこに僕らは居合わせた  語り伝える、ナチス・ドイツの記憶

そこに僕らは居合わせた  語り伝える、ナチス・ドイツの記憶
グードルン・パウゼヴァング、みすず書房、2012
2448冊目
原著、2004年出版

1945年の終戦時に17才だった編著者。20の物語が収録されている。

スープはまだ温かかった。

多くの物語で、ユダヤ人が追い立てられて行く時に、笑いが起こっている。

人がいじめられている時に、なぜ人は、それを笑うのかなあ。

Anyway

いったい、これらの物語の語り手であった少年少女たちは、何を吹き込まれていたのだろうか? あとがきに編著者はいう。

「アドルフ・ヒトラーは天才であると同時に高潔なる人物である。ドイツ国民は安心して彼の導きに身を委ねることができる。総裁よ、我らに命じたまえ。我らは貴方に付き従う。祖国に仕え、ヒトラーにすべてを捧げることが我々の生の証しである。
ドイツ国民は優秀。」230

「覚えさせられた数々の歌は麻薬のような効き目がありました。
・・・・
戦後になって、あの時代の国家社会主義体制がいかに若者の理想主義を利用し、濫用したかを知らされ」

そして、「おとぎ話の時間」では、小学生であった彼女のクラスで「ユダヤ人の歯医者が女の子にしたこと」をにおわせるようなお話しを思い出している。61

大人になって、著者は『毒キノコ』というヒトラー時代のプロパガンダ絵本を見つける。この話は、先生が話してくれたあのお話しだ!

「ほんの短いお話でさえ、はかりしれない影響をもたらす」68

管区指導者。中央に連なる地域のリーダー。

「お手本」という物語では、戦後の和解について触れられている。

ヒトラーが死に、ドイツが破れる前日に、家族で逃げ出した「管区指導者」。ベルリンの壁が壊れた後の時代になって、そこの家族の同級生だった女の子から手紙が来た。昔のことを思い出す、と。また仲良くしようと。しかし、その手紙を受け取った祖母(年取った女の子)は言う。
「もしも、イングリッドが、自分の父親のしたことを悪いと思っているのが感じられたなら、私も違う反応をしたかもしれない。おじさんの卑劣さや不実、彼を信頼していた人々への裏切り行為について、少しでも触れられていたならね。でも、それは全然なかった。あの人たちは、ナチス時代やその結果をうやむやにしたまま、私たちの間にできた溝をうめようとしているだけだと思ったの」216

この話を読んだ時、わたしは、福島第一原発が爆発した時に、逃げ出していた東電の社員家族のことを思い出した。社員には子どももいただろう。彼らは、会社からの連絡で逃げたのだ。そのことを、何も知らされずに、その場にとどまっていた福島の人が、ショックとともに語っている。

『百人百話』より

これから、たくさんの物語が、福島について語られるだろう。逃げた東電の家族の子どもも、何かを語るようになるだろう。その時、その物語はどのようなものとなっているだろうか?

わたしたちは、耳をそばだてて、待つだろう。その言葉を、その声を。


いま紹介している一連の本は、BS世界のドキュメンタリー「ヒトラー・チルドレン」に触発されてのことだ。

ヒムラー、ゲーリング、ゲッツ、など、アウシュビッツ収容所、ユダヤ人虐殺にかかわって聞いたことのある人々の子どもが、孫が、語る世界。
イスラエル・ドイツ、合同制作のドキュメンタリー。

「君たちがやったのではない」と、ユダヤ人強制収容所を生き延びた人が言う。

祖父や父の狂気はなんだったのかと、問い続ける彼ら。自分の中にも、同じ血がが流れていると、断種を選んだ姉弟。

家族との関係を断って、イスラエルを訪ねる人。

どう語るのかはどう生きるのかに連なる。
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by eric-blog | 2015-02-28 09:34 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

ナチズムと強制売春 強制収容所特別棟の女性たち

ナチズムと強制売春 強制収容所特別棟の女性たち
クリスタ・パウル、明石書店、1996
2447冊目

ここでも問われている。「強制はあったのか」と。

アウシュビッツを描いた映画で、性的暴力にさらされる女性の姿が描かれている。

この本が指摘しているのは、「慰安所」と呼べる特別棟があったということ。

募集があり、特別棟での「労働」があり。いずれにしても、強制収容所の中でのこと。

ナチスは売春を断罪し、母親や主婦を持ち上げながら、売春を促進した。13

どこかで聞いたような話ではないか。

1940年から42年にかけて、35000人の女性たちに売春が強制されたこと。半年ごとに交代させられたこと、そしてその後、多くは殺害されたこと。14

以上が著者による調査で確認されたことであり、強制収容所が解放された1945年までを含めれば、その数はもっと膨大になるだろうと。

半年のいのちを長らえるための屈辱的な日々を、女性たちに選ばせたものはなんだったのか。

根っこの暴力こそが問題にされなければならない。
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by eric-blog | 2015-02-28 08:33 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

不屈の民 さまざま歌詞

裂かれ撃たれ 立ち尽くして
血に染む 腕をかざし
拒絶の うたをうたい 声かぎりの喊声をあげた 友は
夏にはじけ 凍てつく 今を眠る

失われた 声をもとめ
奪われた 瞳もとめ
さまよう 風にとけて 死者たち の叛逆する魂 知り
刻みつける この夜の ひとさかり

風の旅団の劇中歌バージョン

https://www.marxists.org/subject/art/music/lyrics/es/el-pueblo.htm
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by eric-blog | 2015-02-28 08:00 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

誰もが人間らしく生きられる世界をめざして 組織と言葉を人間の手にとりもどそう

誰もが人間らしく生きられる世界をめざして 組織と言葉を人間の手にとりもどそう
石田雄、対談辛淑玉、湯浅誠、唯学書房、2010
2446冊目

石田さんの本には本当に多くのことを教えてもらった。
明治憲法と教育勅語の二面性、教育勅語の同心円構造の欺瞞、そして、宇垣軍縮による配属将校による軍事教練の中等学校以上へのひろがり。

ひとつ一つバラバラに認識していたものがつながる。疑問が解ける。

明治政治思想史
石田雄、未来社、1954
http://ericweblog.exblog.jp/20093194/
「上、統治者の集中と下への克己心の拡散。」


一身にして二生、一人にして両身 ある政治研究者の戦前と戦後
石田雄、岩波書店、2006
http://ericweblog.exblog.jp/20032182/

「学校教の育において、石田は、「大正自由教育」の影響は、技術的な形式だけが残り、「当時の一般的な教育の枠組みを問い直すような性格は持っていなかった。」と29

明治から一貫してみられる特徴は、三つの側面に分けることができる。
第一は、学校における身体的訓練。集団的規律を重んじた身体動作の習熟ということ。森有礼「兵式体操」を学校に採用。著者のからだは、「天皇」という音声をきくと、無意識の反射行動として直立不動の姿勢をとろうとする。31
第二は、与えられた教育内容を従順に受入れさせる機能。森有礼のいう「国家の為」にする学校教育は、忠良な臣民を育成するための制度。(森有礼全集、一巻p.663)パウロ・フレイレのいう「問題提起型教育」が問うことから始めるのは反対である。32
第三の側面として、注入される価値は教育勅語の趣旨に従ったものであり、「万世一系の皇室」を中心とした歴史物語。「修身」と「国史」」

安保と原発 命を脅かす二つの聖域を問う 対談:開沼博
石田雄、唯学書房、2012
http://ericweblog.exblog.jp/16606057/

新たにこの本で紹介したいことは、石田さん自身の言葉ではない。
プリーモ・レーヴィの言葉だ。「灰色の領域」

『溺れるものと巣食われるもの』より

被害者であると同時に加害者。

ユダヤ人強制収容所で、収容されたユダヤ人自身がナチの大量殺人に協力させられた。125

権力による抑圧の無限の連鎖の中に位置づけられている。

抑圧移譲、by 丸山真男
抑圧された人がより弱いものに、むその抑圧を押し付けることによって心理的な補償を得ようとする。

人間らしく生きるための基礎が「持続可能な開発」 137

同時代における公正さ、次世代との公正さ

大江正章さんのまとめているような地域おこしが望ましいと、石田さんは言う。142
1.多品種少量生産
2.農薬や化学肥料を使わない有機農業
3.輸送に伴う環境負荷を削減
4.多面的機能維持のために悠久のうち拡大への歯止め
5.地域循環型経済の推進

その鍵は教育とケアだという。

教育の貧困が社会的貧困につながる。

普通の市民としてすべきことを「派遣村」の実践に学ぶ。
1.人と人の対話によって、人間の絆を作り上げる
2.反貧困ネットワークのような組織間の協力
3.政府に影響を与えること


徹底的に障害になるのが社会の軍事化。
一度軍事かが進められると、命令服従の一方的な関係により組織は硬直化し、言葉が働かなくなる。130

軍産複合体の影響力は放置すれば、どんどん大きくなり、汚職体質は増大するばかりである。151

『不安な兵士たち  ニッポン自衛隊研究』2008


序章での問題提起に対し、025

生き生きとした対話に根ざさせない組織は風化し、管理の手段となる
問い直しが繰り返されない言葉は意味を失い、人間を支配する道具となる
たえず批判にさらされない権力は不廃止、抑圧の主体となる

石田はこう応える。157

対話を基礎にした組織の民主制と自主性
行動を方向付ける言葉の力
権力への圧力によって、その社会的責任を果たさせる

言葉の力を磨きたいなあ。

■SEALDsを通じてみた社会運動の今日的特質(前編)(後編)
 ――92歳市民社会科学者の試論
http://www.news-pj.net/news/34128
http://www.news-pj.net/news/34189
NPJ
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by eric-blog | 2015-02-27 08:47 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

21世紀型学力とことば・言葉・言語のトリレンマ 2

自然あそびを推奨するガイドラインは、次のようになっている。
http://ericweblog.exblog.jp/20870670/

「子どもたちは、もっと戸外で時間をすごすべきである。それが彼ら自身の健康と地球の健康につながるからだ。もし、子どもたちが十分に運動しなかったから、彼らのからだは健康に育たないだろう。もし子どもたちが自然と交わることなく成長すれば、人間が自然界に依存していることを理解することがないだろう。

自然あそびは子どもが運動のスキルを発達させ、想像力を伸ばし、詩的な表現を茂樹氏、世界がどのように動いているかを理解することを共に行う学習のプロセスであると定義されている。

このガイドは、直接的なハンズオンの自然体験を、子どもと家族が毎日の生活の中で得られ寝ることができる物理的な場のデザインと管理に焦点をあてています。全米委員会が定義しているように、自然あそびと学びの場というのは:
現在ある戸外環境を活かしあるいは改変することで、あらゆる年齢と能力の子どもが、多様な自然物、素材、生き物、生息地などを感覚器、運動機能を通して操作することで遊び、学ぶことができる場をつくり出すこと。

自然あそびと学びの場は、野外活動というフィールドで活動してる弁護士、政策決定者、プログラムせん未聞か、システム管理社、施設管理者、来養育者、デザイナー、都市計画、都市開発者などのためのツールです。7つの章はそれぞれ以下のようになっています。

1. なぜ自然あそびと学びなのか  は自然あそびと学びが人間の発達および健康にとって重要なのかをまとめている。また、地域社会に根ざした子どもの野外活動施設の先行事例について説明している。この章では、自然あそびと学びの場を創造し、管理するためのさまざまな文脈で、特に地域社会の参加を鍵として、事例を検討している。地域社会の環境を計画し、デザインし、管理する専門家は、ぜひ、自然あそびと学びのための空間を取り入れていただきたい。

2. 自然あそびと学びと教育 では、自然を通したあそびと学びが環境リテラシーのための乗り物となり、保全、健康、保護、科学、人間科学、芸術などの学際的な学びなどに焦点をあてた教育的使命を推進するのに役立つことを示している。誕生から18歳までの子どもの発達段階が整理され、場のデザインや管理との関係で議論されている。また、若者がボランティアで管理と運営にかかわることも含めている。

3. 自然あそびと学びの場をつくり出す では、自然あそびと学びの場を都市近郊の緑のインフラに必要不可欠の部分としてデザインするためのアイデアを示している。公園、校庭、児童館、以下の社会教育施設;自然センター、博物館、動物園、植物園、州や連邦政府の所有地など。

4. 自然あそびと学びの場をデザインする は、「アフォーダンス」、「活動の場」「領域の幅」という単五を有用な概念として紹介してる中核的な章である。また、デザイン管理プログラムの創造のためのツールも紹介している。活動の場にはエントランス、通路、植生(樹木、灌木、多年生、食べることのできる景観、菜園など)、自然の表面、ゆるい部分、自然の造形物、遊具、多目的芝生、草地、景観/トポグラフィ、動物、水性環境、砂地/土環境、採集できる場所、プログラムのベース/活動の物置、看板、区域の区分など。

5. 自然あそびと学びの場を管理する では、子どもの遊びに没入するナーズと自然物を摩耗してしまわないこととのバランスをどうとるかということが効果的な管理にかかわるトレードオフであることを示している。
プロジェクトというのは改変子あるいは新設、あるいはそのミックスとして定義され、しばしば生態系の回復を含んでいる。管理は水、土、植物の質に焦点をあてた生態系的な考え方によって貫かれているべきである。文脈によるが(公園なのか植物園なのか)、自然あそびと学びの場はさまざまなあそびと学びのプログラムに開かれたあるいは限定されたアクセスとしてデザインされる。場所を管理するのは行政、あるいは非政府組織、あるいはそのミックスが担当する。開発は、活用可能な資源が増えるにつれて行われる。

6. リスク管理 は自然あそびと学びの場のためのリスクを管理するためのプロトコルを示している。刺激にあふれた自然あそびの環境を提供するという目的と、子どもたちが理由なき害というリスクにさらされることのないようにするという二つの目的を達成するためである。ハザード、リスク、傷害、ケアの基準などの用語が定義され、議論される。自然あそびと学びの場の空間のリスク管理評価のプロトコルには、8段階が含まれている。リスク管理者と保証人がかかわること、検査のルーティン、深刻な傷害を引き起こすハザードの除去、すべての事故のドキュメンテーションと評価、点検と事故のレポートの記録作成、通常のスタッフ評価とシステムとしての記録と応答など。

7. 自然あそびと学びの場を実施する  ここでは持続可能な実践ができるように地域社会に根ざしたアプメーチを協調している。地域社会調査のツール、利害関係者ワークショップのツールなどが子どものデザインプロセスへの参加と並ぶプロジェクトの中心的なツールである。自然あそびと学びの空間をスポンサーする機構が説明されている。公園管理者、子育て学校制度、社会教育機関、州や連邦政府機関など。地域社会の多様性と関わりの重要さが強調されている。」

自然体験教育の原則
デイヴィッド・ソベル『子ども時代と自然Childhood and Nature』より

「Children and Nature Design Principles(子どもと自然のデザイン原則)」

(1)冒険、(2)空想と想像力、(3)動物の盟友、(4)地図と小 径、(5)特別な場所、(6)小さな世界、(7)狩猟と採集

https://www.wako.ac.jp/_static/uploads/contents/managed_html_file.name.be9ca0652698933e.67656e6461692d6b69796f372d3236352d3238302e706466/gendai-kiyo7-265-280.pdf

子どもが自ら所属している地域に根ざして自然、地域への愛をはぐくむようなアプローチになっている。(つのだ書評より)

自然体験とは、わたしたちの生物としての、生命体としての「底なし」を回復させるための試みでもある。果たして、幼児期やこども時代に、どの程度の頻度で、どのような質の自然体験をすることが、「底なし」のわたしたちに、しっかりとした基盤を与えるものにつながるのか。この試みは始まったばかりとも言えるのである。
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by eric-blog | 2015-02-26 14:25 | ☆よりよい質の教育へBQOE | Comments(0)

21世紀型学力とことば・言葉・言語のトリレンマ

21世紀型学力とことば・言葉・言語のトリレンマ
=森林ESDから考える=


学校の教育活動や放課後活動、そして休日などの余暇活動でと、子どものための自然体験活動を提供する組織や仕組みは増えている。森林環境教育や森林ESDのすすめなども、その一翼を担うものとなるだろう。

しかし、なぜ子どもを自然環境の中に連れ出すのか。その背景を理解していなければ、子どもを自然環境の中に連れ出しながら、「統制のとれた行動」やさながら軍隊のサバイバル訓練のような活動になりかねない。

子どもと自然体験の関係には、文明史的な背景があるのだ。

現代社会は、自然環境から切り離された生活によってなりたっている。いまだに、わたしたちの食べ物は農業・水産業という一次産業によって供給されていおり、少なくなりつつあるとはいえ、紙類を含め木製品にまったく触れない生活は考えられない。しかし、それらの産業に従事している人々は、どんな多く見積もっても人口の1割に届かない。
生き物としての基盤を支えているものから、切り離されたところに、わたしたちの「生」は営まれているのである。

なぜ、子どもに自然体験なのか、考えてみよう。

1970年代から、その問題提起は始まった

教育の人間化運動というのがある。あった。1970年代のカリキュラム改革運動は、いわゆる米国におけるスプートニクショック、ソ連に宇宙開発の先鞭をつけられてしまったというショックのために、科学教育推進が目標となり、大学における科学教育カリキュラムの再編成、そして、その大学教育の準備段階としての中等教育カリキュラムの体系化がすすめられた。

しかし、当時、大学進学率は3割程度。大学に進学しない生徒にとっては無意味な「教育の科学化」という体系化に対して「教育の人間化」が言われた。その主張するところは要約すると次のようになる。

・学習者のニーズに応える教育内容を
・学習者の考える力やスキルを伸ばす教育方法で
・学習者を次のステップに対して準備するために教える

どうだろう? どこかで聞いたような主張ではないだろうか? 「教育の人間化」運動が1980年代の教育改革につながっていった。

日本においては、「行き過ぎた受験戦争」に対する反省、校内暴力の激化、すなわち子どもの荒れ、などから「ゆとり教育」や総合学習の創設、小学校低学年における生活科への理科社会科の統合など、学習者のニーズや関心に応える教育方法が模索されたが、特に中等教育段階においては、教科中心主義カリキュラムの根本的な変換にはいたらなかった。

その理由として、あげられるのは
◎大学における教員養成が諸科学の体系によっており、特に中等教育段階の教員免許取得には専門分野の科目数のみが追加的に求められている。
◎総合学習においても、学校全体どの取り組みとする体制がととのっておらず、加配や予算的な措置なども欠けていたため、担当教員の個人的な努力におうところが大きかった。
◎教員のキャリア形成において、研究発表などが○○教育学会などの専門性の磨き合いの機会が教科によっており、実践報告や研究などの動機づけに「学習者中心」や「総合」はつながりにくい。

など、養成の段階から教育実践の場、そして、個人的な動機づけなど、すべての面で、転換へのモメンタムが動いていなかったと言わざるを得ない。

特に、後期中等教育段階の教員は、もともと専門性指向が強く、また、学習指導の場面においても、専門性の高さが権威づけとなりやすいために、その方向転換をうながすには、特別な支援や配慮が必要であったと考えられる。

結果、教員の専門性を高めるための個人的な努力として「国際理解教育学会」「環境教育学会」や「開発教育研究会」など、教員が参加する準学会的な存在が1980年代からあらわれたが、たこつぼ的な専門領域の学会と並列の存在として追加的に扱われただけで、学校全体の変革につながるモメンタムを欠いていた。

このような準学会的な「同好の志」の集まりが生まれたことそのものが、全学的な取り組みを阻んだと、言えるかも知れないのである。そのことの分析については、ここでは深くは掘り下げないが、言わば学内派閥、あるいは教育委員会出世コースのキャリアパスの力関係とでも言おうか。

教育の人間化あるいは教育内容の人類化?

1980年代、学習者中心主義を言いながら、一方では、教育・学習内容はそれまでとは比較にならないようなビックバンを体験していた。それは、科学的な知識の爆発によって刺激された結果でもあった。

いちばん最初の衝撃は「Study of Man」ではなかったろうか。

いまとなっては、多くの大学におけるコース名にもなっている総合学習、教養、コア・カリキュラムであるし、ルドルフ・シュタイナーの古典としても知られている。

当時は、テレビや映像技術がすすみ、世界のことを画像を通して知るようになった時代であった。 『兼高薫 世界の旅』などが、日本ではその先鞭をつけていたのではないだろうか。

Study of Manも、いまとなっては単なる文化人類学的な網羅的な内容でしかないと思えるが、少なくとも西欧中心主義的な文明観を覆すものであった。

その次の衝撃はCarl Saganの「Cosmos」であり、これを境に、宇宙から地球を見る視点が、欠かせなくなった。

同時に1970年代は、1972年のストックホルム会議、そしてメドウズ夫妻らがまとめた『成長の限界』と、環境問題と科学技術産業社会の課題が突きつけられた時代でもあった。

教育の人間化というのは、広大無辺なグローバルで、コズミックで、ヒューマンで人類的、かつ、一人ひとりの学習者のキャリアパスというパーソナルなという矛盾した方向性を提示したもののように見えたのだ。


背景: 人間と人類についての新しい知見の爆発的増加

前段で指摘した1970年代80年代の「教育内容の人類化」と、教育内容の学習者中心主義化の二つの流れはいずれも人間とは何かについての科学的知見の爆発的増大に伴うものであった。同時にそのことは教育内容の過密化と整理の難しさにもつながっていく。

最初に指摘した「準学会」的同好の志と「新しい」教育内容の爆発的増加は、国際理解教育、環境教育、開発教育(合わせて国際教育と呼んでおく)のいずれの分野でも見ることができた。そのことが、他の分野の質的な変質をせまるものであったかどうかは貞かではない。クロス・カリキュラムな課題と言いつつ、「環境教育」の専門家が育っただけであった。

そのことは、1980年代のブームが去ったいま、それぞれの学会などの構成員の高齢化にも現れている。あれはブームだったのだ。

いま、ESDを考える時、国際教育が陥った隘路を避ける知恵が求められている。

2014年ESDフォーラムで合意された優先行動分野は5つ。
◎政策的支援
◎教育・トレーニングの場に持続可能性の概念を取り入れる(機関包括型アプローチ) 
◎教員やトレーナーの能力向上
◎ユースの役割支援と動員
◎地域コミュニティや地方政府にコミュニティ・レベルのESDプログラム策定を推奨

ユース、すなわち学習者の参加と問題解決、そして学校や地域全体での取り組みにする(機関包括型アプローチ)が重要だと指摘されているのだ。ESDを、これまでの国際教育のような「追加的な分野」としてしまわないためにも、これらの優先行動は重要である。

教育=ヒトと人間・人類社会が出会う場所

人類と人間は別の存在なのか?

いま、人類が地球規模での共通の課題、地球温暖化、環境汚染、森林破壊、生物多様性の破壊的減少、人口増大、少子化高齢化、難民に対する人道支援など、解決すべき課題に直面していることは、国際的に共通認識が得られている。国際理解教育は「人類共通の課題に気づき、問題解決のための行動を協力して行うことのできる人材育成」のための教育であると、始まったのだ。

これらの課題は、それぞれ環境問題であり、人権問題であり、開発に関わる問題であるために、これらの教育も、必然的に同じ教育目標を持つようになる。「共通の課題に気づき、問題解決のための行動を起こす」人材育成を目指すのである。Education for Sustainable Development. ESDも同様である。

人類社会の課題が増えれば増えるほど、教育内容は過密になり、それぞれのテーマ型教育団体が、互いにしのぎをけずるようになる。

学習者中心という問題解決の方向はどこへ行ったのだろうか?

教育内容の精選、そして基礎基本への回帰は、このような混乱した状態に対する教育現場からの悲鳴のような声に応えるものでもあっただろう。

しかし、人類は人間ではないのか?
学習者は人間ではないのか?
学習者は人類社会の一員ではないのか?

この地球上に生まれた命、ヒトをいかに人間として育み、その人間が人類社会を構成する参加者となっていくか。

教育こそがヒトと人類をつなぐ場所なのだ。


地球時代を生きる

地球がいのちを育み、いのちがヒトとなり、ヒトが言語を獲得し、人となった。 人を知るためには、地球の歩み、いのちの歩み、ヒトの歩みを知ることが大切だ。ここでは簡潔にまとめておく。(『いっしょにESD!』地球時代を生きる参照)

1. 地球にいのちが生まれたのは35億年前
2. 人類が誕生したのが600万年前あるいは400万年前
3. 現生人類が発生したのが20万年前
4. 現生人類が成果に広がりだしたのが5万年前
5. 農業が始まったのが1万年前
6. 文字が生まれたのが4000年前

いま、教育は文字に頼って行われているし、「勉強する」という強いて勉めるような学習は、文字化の結果である。しかし、学習は、文字に寄らない。ほとんどの生活の知恵は、文字以前に学ばれている。

この大きな歴史の流れを抑えておかなければならない理由は、ヒトは、文字以前から存在するということを理解するためだ。あたりまえのことだが、忘れてしまいがち。

もしも、20歳までで、人が人類史の発生を繰り返して大人になるとするならば、子宮の中で種の発生をなぞっているように、文字の学習にとりかかるのは最後の5ヶ月、19歳と7ヶ月からという計算になる。

農耕民族的社会性の習得は19歳になってから。

いのちの35億年を9ヶ月ほどでなぞることを考えれば、そんなに時間はかからないよということだろうが、チンパンジーの知能は人間の三歳児程度。

そして、それ以降の、そしてそれ以前も含めて、発達を支えているのは「言語」なのである。

ヒトはいかにして人となったか

言語は、種としての人類をも変容させてきた。
ネアンデルタール人と現生人類の言語の違いは「分節化」であり、その起源は、アフリカのサン族に見られる「クリック音」だという。

分節化することで、文字化を獲得することができるようになった。では、なぜ、そのクリック音の原初であるアフリカは無文字でとどまったのか、それはまた別のお話し。プラトンが言うように、文字化することで人間は何かを失うのだ。

動物もコミュニケーションするという。わたしはクジラの鳴き声を聞かせて、あるいはまねて、学生達に「筆記するように」という。なんとかすればできるだろう。

三味線の音も、謡も、文字化することができるのだから。

筆記するためには、きっとどこかで区切る工夫が必要となるだろう。文字は分節的なのだ。

ヒトはいかにして人となったか−言語と脳の共進化
テレンス W. ディーコン、金子隆芳訳、新曜社、1999年

ヒトの脳は言語によって、進化してきたのだ。

文字を獲得したのが4000年前と言ったが、それは「占い」や「聖書」などに限られた話だ。『読書の歴史』を読めば、黙読は400年ほど前まで禁止されていたのだ。

日本は、文字化が歴史的に早かった社会の一つだろう。1200年前に小説的なものが生まれ、そして、400年ほど前から、木版刷りの本が出回るようになった。

それでも、その程度なのだ。わたしたちが「文字」に親しむようになったのは。

二つの言語ツール = 音と文字 =ことば・言葉・言語

言語を持たない人類はいない。しかし、文字を持つ人々と文字を持たない人々は存在する。

言語の発達は、ます話しことばから始まる。母親語、mothereseと呼ばれる働きかけが、子どもの言語能力を育成する。つまり、「反応があるまで働きかける」のである。

そこから、呼吸と嚥下の分化とともに、喉頭筋の下降が起こり、それとともに喃語が発せられ、方言につらなる発語が始まる。

発音は喉頭筋の位置形成とともにあるために、方言の発音が抜けないのはそのためである。

視覚言語能力は、脳の中で、後発的に発達したために、言語情報はいったん聴覚的な情報処理エリアを通って、その後、視覚と結合することが知られている。

しかし、ここで、漢字文化圏における言語認識について、疑問が生じるのだが、科学的にはまだ解明されていない。

ともあれ、子どもが「音読」をし、そこから黙読へと移行していくこととと、人類社会が長らく「黙読」を禁止されていたことは、おもしろい関係にある。また、初期のアルファベットには母音がなく、そのために子音の連なりをどう発音するかは、音読ができる人について学ぶ必要があった、あるいは、自分たちのコミュニケーションの中で自明な発音・発話であったかいずれかであり、いずれのケースでも音声コミュニケーション環境および体験がベースになっている。

言語と環境認識、キー・コンピテンシーの成長には不可欠なこの関係を明らかにすることが、教育的指導者が「ことば」(音声言語)によって子どもと対する技術を考える時、重要な視点となる。


言語の二つの機能  関係性と学問的達成

カミンズはカナダにおける移民の継承言語についての学習からBICs(Basic Interpersonal Communicative skills)とCALP(Cognitive Academic Language Proficiency)という概念で、人間関係言語と認知型言語を区分している。

音声言語は、近距離感覚器(触覚、嗅覚)などによって認識される環境世界を命名し、認識し、区別するところから始まる。

それを身近な人とやりとりし、共通の命名によってコミュニケーションが成立している。それがBICsである。

カミンズはBICsの基盤ができていない移民二世代においては、CALP学業成績も伸びないことを指摘している。

そのことも考えれば、人間の育ちに「無文字」の期間があり、そして岡田尊司さんがいうところの「視覚空間型」の学びが基本となる時期が、あるということが諒解される。岡田さんの分類では視覚空間型に言語が介在しないような印象を与えることに課題を残す。

「視覚空間型」タイプも、その学びに「ことば」を介在させることがコミュニケーション能力や人間関係能力を伸ばすことにつながるのだ。



学校言語とは何か?

岡本夏木さんは、一次的ことばと二次的ことばという用語で、学校言語がなんであるかを区別している。

二次的ことばの特徴 50-
・現実の場面を離れたところで、ことばの文脈だけでコミュニケーションを成立させる
 ・未知の不特定多数者に向けて
  ・一方向的伝達行為として、フィードバックを期待しない、自己調整による深め
   ・話しことばに書きことばが加わる

カミンズのBICsと一次的ことばは類似しているが、二次的ことばへの移行について岡本が指摘しているのは以下のような問題である。

ことばの獲得段階
・ことば以前
・話し始め
・一次的ことば期 ことばの生活化
・二次的ことばの使用期 ことばのことば化 

ことばの二重生活とか、調教師としての教師、母語と標準語、権威としての標準語、ことばの危機、

学校言語が「命令」であり、「権威」であり、そして「母語と標準語の序列化」という問題があることを、岡本は指摘している。

つまり、文字言語にCALP以外の機能が負荷されていることを推定する必要があることが示唆されている。

そのことは、例えば、戦前の教育における「習字」の第一課が何であったかを考えれば、わたしたちの社会において「文字」を習得することの意味がなんであったかがわかるだろう。習字の第一課は借用書なのである。

文字とは、科学である以前に、社会関係であり、契約であり、取引であり、法律であり、規則であるのである。

ことば・言葉・言語

日本における言語環境の文字化の段階がけっしてCALPにとどまらないことは、岡本さんの一次、二次に、三次的機能としてCALPを追加し、そしてカミンズのBICsとCALPには、社会関係性のフェーズ、Social Agreements and Rules Letracy(SARL)とでも名づけたい機能が確実にあるのである。

日本社会においては、学校の苦悩は、この文字化段階から、果たしてCALPにまで、どれほどの指導者がたどり着いているかであり、子どもたちをたどり着かせたいと願っているかというジレンマにあるのである。

もちろん、高等教育である大学においては、CALPは必須の能力であるが、CALPの流暢性だけで、日本社会、企業社会をわたっていけるものではなく、SARL第二次言語、言葉の世界の体得と活用能力は、必須の要素なのである。それは決してBICsと纏めることのできない、母語や方言ではない、基本的な人間関係だけではない、上下関係、権力関係を内包する標準語会話を基盤とするものなのである。

まとめると、高等教育までを見据えた言語環境を整えるためには、次の3つの言語フェイズを考慮する必要がある。



ヒトについての理解と、人類社会の課題の理解

ヒトが言語を習得し、世界についての理解を拡げて行く上で、学校教育や子どもの発達を取り巻く教育的環境はとても大きな意味を持っている。しかし、これまでの議論のベースとなるものが英語圏、西洋文明に根ざしたものであったために、漢字文化圏がどのように言語環境を発達させてきた、そして、それは学校教育にどのように影響しているかについての議論が少しく欠けている。
・科挙のような官僚登用試験の影響
・朝貢外交と漢字化の階層性の社会的影響
・誰が文字を支配したか、支配された文字はどのように社会で使われたか

同時に、日本社会において、民衆の文字化は文化的な豊かさにつながっていたことも見過ごせない。江戸時代という身分社会において、支配階級である武士階級とはまったく異なることば・言葉の世界があったこと、そのことが逆に民衆レベルでの言語の豊かさにつながっていたことは、見過ごせない。

では、わたしたちはどのような言語環境を、これからの「持続可能な社会の構築」に向けて選択していくのか。

わたしたちは、CALPを駆使しつつ、社会関係を民主化し、問題解決のためのコミュニケーションをとっていくことが、できるのだろうか?

あなたの子どもに自然が足りない

一方で、子どもの育ちに「自然が足りない」ことが指摘されてきている。『あなたの子どもに自然が足りない』の著者は自然欠乏症と名づけている。

その症状として上げられているのが以下です。

「自然との関わりが欠如している症状は次のようなものです。
・ 近視の増加
・ 身体的、心理的、生態系的、社会学的健康の問題
・ 小児科医は、いまの子どもたちは、両親より短い寿命になる初めての世代だという。
・ 世界の90%のリタリンが米国に売られている。
・ 糖尿病が成人病と呼ばれなくなった。(子どもがかかることが多くなったので)
・ 「自己コントロール機能」(“executive function”心理学用語で、自分自身や暴力的傾向などを自己管理する能力のこと)が低下している。自分自身のストーリーを作り上げたり、自由な遊びの中で育つと考えられている。
・ 今日の7歳児は1940年代の4歳児レベルの“executive function”を持っている。
・ 精神科医や小児科医は、セッション前に「森の散歩」をすることを推奨している。そうすることで処置がよりうまくいく。(チュータリングの前のセッションとしても良い!)
同じカロリーを消費するにしても、自然の中での肉体活動は室内での活動(ランニングマシーンのような)よりよい、ということが臨床的に証明されている。」

自然が足りないというのは自然体験が足りないというだけでなく、「視覚空間型学び」のような基礎体験が足りないということでもある。自然環境の中での体験に限る必要はないが、自然体験が提供してくれるものをルーヴはつぎのように整理している。

五感、パターン認識、生命親愛的、観察力、そしてセンス・オブ・ワンダー、創造力。
自然は"spirit of place"という自信を与えてくれる。
"loose-parts"という遊びがある。
退屈さがあるので、工夫する。
子ども同士が協力する。

http://ericweblog.exblog.jp/3842327/

基礎的に体験をさせつつ、ことば化や抽象化によって「応用力」や「コミュニケーション能力」をつけること。それがこれからの自然体験活動に求められる。

自然あそび  Nature Play が育てる「居場所の感覚」

自然保全運動をすすめている人々からも「自然あそび」を取り入れる効用が言われている。

「居場所の感覚」を育てることは、「底が抜けてしまっている」現代人の心のよりどころともなる。
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by eric-blog | 2015-02-26 14:23 | ☆よりよい質の教育へBQOE | Comments(0)

オバマ大統領がヒロシマに献花する日 相互献花外交が歴史和解の道をひらく

オバマ大統領がヒロシマに献花する日 相互献花外交が歴史和解の道をひらく
松尾文夫、小学館新書、2009
2445冊目

戦後50年、1995年に、著者はドイツと英米の間で行われた鎮魂と和解の儀式に出会った。戦後60年を過ぎて、いまだに日本は、「相互献花」ができていないと指摘する。

いま、歴史和解のために何が必要なのか。

もちろん、相互献花は日米だけであってはならない。日本とアジア諸国との間にも、なされるべきだ。

著者は1933年生まれ。昭和8年生まれ。敗戦時には12歳の小学生だった。
しかも、彼は1942年4月18日の東京初空襲の時に、ドーリットル爆撃隊の双発機B25が、地上すれすれに飛ぶのを見たのだ。搭乗員の顔もはっきりと見ている。そして、その搭乗員がリチャード・コール中尉であったこと、その本人を2005年4月10日にテキサス、サンアントニオに訪問し、4日後、コネティカット州ミスティックでひらかれた「ドーリットル爆撃隊の年次懇親会」に合流。この懇親会は1945秋に「ドーリットル東京爆撃隊協会」を、隊長が私財をはたいて設立、以来、毎年、4月18日の記念日を中心に懇親会をひらいているのだ。126

そして、著者は、なんと、五年生のときには香川県でグラマン戦闘機の機銃掃射にさらされ、敗戦直前の1945年7月19日、疎開先の福井市でB29、127機による「夜間無差別焼夷弾爆撃」を受けているのだ。軍隊もおらず、対空砲火一つない街に対してなされた爆撃。18

近くに落ちた焼夷弾28弾をつめた集束型親爆弾が不発で、助かった体験を持つ。

そして、戦後50年の「ドレスデンの和解」を日本でもと、2005年にウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿。

http://matsuoamerica.sakura.ne.jp/id-3/2005/2005_08_my-day-of-reconcili.html
ドレスデン50周年のヘルツォーク大統領演説。
http://matsuoamerica.sakura.ne.jp/id-3/id-2/

もちろん、その前提は1995年の村山談話の継承と再確認である。21

「日本がやり残している最大の問題は、日本が第二次世界大戦で行ったことをはっきり認めず、中国、韓国、北朝鮮にいまだに嫌悪感を残していることだ。・・・基本的な死者の数について中国とも国際的にも通用する合意をつくるべきだ。日米和解の献花を近隣諸国にまでひろげ、何よりも今の欧州でのドイツのように安定した位置を自ら築くべきだ」93

スペイン戦争の時の「ゲルニカ」も訪れ、ゲルニカ平和博物館が空襲の体験を見せている。
翻って、3月10日の陶器用大空襲を伝える平和博物館がない。努力の空白。109

早乙女勝元氏の「東京大空襲・戦災資料センター」があるだけだ。

日本は、日本都市爆撃指揮官ルメイ将軍に、勲一等旭日大綬章を送っている。
航空自衛隊の育成に貢献したという理由で。132

Occupation Forcesを進駐軍と呼び、占領軍とは訳させなかったGHQ。

いまの日本の状況は、共同正犯なのだ、日米の支配者たちの。

ドイツとの違い。160-

第一に、いまだに続くナチス犯罪追及のシステム。日本では自主裁判が否定された。

第二に明快な謝罪のくり返し。
第三に、一般市民に対しても「戦争の直接的影響」として補償がなされている。
第四は、憲法の継承と憲法擁護庁、政治教育庁の存在。
第五に、「国家社会主義(ナチス)についての記録センター」
第六に、「ナチス強制労働補償財団」

そして、フランスとドイツの間での共通歴史教科書。180
2006年に同時に発酵。2008年には日本でも翻訳が出されている。
http://www.akashi.co.jp/book/b65879.html

これは日本の高校の図書館におくべきものだと。

舛添要一氏は、厚生労働大臣だったときに、空爆の犠牲者についてしっかりと戦後処理をしたいと語っている。194

国家公務員試験では「受認論」が正解。

これでは、意識は変わらないのではないかと、著者は危惧する。195

2009年、スタンフォード大学、シンギウク博士からの「北東アジアにおける歴史的紛争と和解、アメリカはその役割を果たせるか」という論文が届く。

2007年の著者の論文”Proposal for Mutual Wreath-Laying Ceremonies as aNew Initiative for Confidence-Building in East Asia
に賛意を示し、かつ、支持してくれた人。
彼は、「アメリカが日本に対してはアジアとの和解をすすめなかった」と指摘する。

今年、戦後70年。著者の思いは、まだ実現しそうにない。
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by eric-blog | 2015-02-24 08:44 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

子どもが自立できる教育

子どもが自立できる教育
岡田尊司、小学館文庫、2013、単行本『なぜ日本の若者は自立できないのか』2010
2444冊目

人の情報処理には3つのタイプがある。学習指導もその情報処理のタイプを考慮して行うべきだ。ということ。

視覚空間型情報処理
聴覚言語型情報処理
視覚言語型情報処理

後者の言語型の二分類は、つまり、文字言語と会話言語。63

大雑把なので、一人ひとりの子どもの複雑さには対応できないが、とりあえず、心にとめておいて、議論をすすめよう、と。

その上で、中学校教育は、校内暴力の嵐が吹き荒れた1970年代後半に破綻していると。本当はその時に
「受け身的に人の話を聞いて学習することが合わない「視覚空間型」の特性を持つ子ども」への対応を含め、学校制度を根本から見直すべきだったのだ。235

OECDの2010年のTHE HIGH Cost of Low Educational Performanceという報告書をひいて、労働者の認知スキルが改善することで、将来的な豊かさに大きな改善があることを指摘していること。
PISAの調査が課題解決、社会的スキルなど実践力に向かっていること。

http://www.oecd.org/pisa/44417824.pdf

日本の未来のためには教育の再建が何よりも求められると。252

自立の失敗。学力低下の根底にあるのが、統合的な課題解決の力は社会的なものであり、統合的なものである。統合的な力は対話や議論によってもっとも促進される。254

アカデミック偏重の傾向がある学校教育に対して、実践的な能力とに優劣をつけるべきではないと。

「個人主義社会が、自己愛社会ではなく、本当の意味で幸福な社会となっていくためには、個人の自立を育みながら、同時に共感性や社会性を育むという課題を成し遂げて行く必要があるのだ。」288

一律で画一的な教育は、「労多くして益少なし」

その子の持つ特性を最大限伸ばす機会をどの子どもにも与えること。

講義暗記型では統合能力や社会的スキルは身につかない。

子どもを育てるはずの教育が子どもを損なってしまうという悲劇。

第四章ではオランダ、フィンランド、ドイツ、イギリス、スイス、アメリカ、台湾、韓国、中国の教育が紹介されており、そこからの知見も含めて、日本の今後が提言されている。

社会自体が機能を保っていて、社会性の面での蓄積がある間は、競争心を駆動力として高い学力が獲得される。いま中国や韓国がそうだ。しかし、その土台が失われた時、それがいまの日本だが、子どもの自立する力をつけさせていくことはできない。

1970年代後半の校内暴力の時に、教育が変わるべきだったというのに大賛成。
その頃にアメリカでは「教育の人間化」の動きがあり、参加型学習の方法が試みられるようになってきた。その流れは、わたしが研究者として追った流れであったが。

すでに、40 年。いまだに、教育をめぐる論議は、ぐらぐらである。

それは、岡田さんが医療現場で社会的不適応の事例をみ、そして、それがどんどん増えて来ている現実を踏まえて考えているのに対し、
いまだに、「男女の役割」やら「家庭教育が大事」やら、精神主義的にふりかざして、時代の中で、根本的に起こっていることを見ないで議論しようとしている人々がいるせいだと思うが。

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人類のコミュニケーション能力の発達段階にも合致している。
わたしは「一次言語」「二次言語」「三次言語」と整理しているけれど。

カミンズは「BICs」と「CALP」と整理した。
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by eric-blog | 2015-02-23 18:45 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

「赤ちゃん」縁組みで虐待死をなくす  愛知方式がつないだ命

「赤ちゃん」縁組みで虐待死をなくす  愛知方式がつないだ命
矢満田篤二・萬屋育子、光文社、2015
2443冊目

愛知県の児童相談所が、1976年から30年間で173組の親子を結びつけて来た実践の物語。公務員として児童相談所にかかわったところから矢満田さんと、センター長として貢献してきた萬屋さんの手記である。

「愛知方式」とは、特別養子縁組によって、家庭養護していこうという試みである。それは現行法の枠組みの中でも十分できると。

しかし、30年で173組という数が示すように、養護が必要な子どもの数から考えた場合、これで問題が解決すると考えるのはとても無理だ。

世界的には「社会的養護(施設養護)」よりも「家庭養護」へと動きがあるようだが、日本では、施設養護の数が3万人、里親などが5000人と、まだまだ施設中心である。

養子縁組をすすめる立場として、養護施設の問題点を指摘する。

その中で、子どもの側の問題行動を指摘している箇所があります。
その部分について以下、仁藤夢乃さんのコメント。
仁藤さんは女子高生の抱える問題について本をたくさん書いている方です。
http://ericweblog.exblog.jp/20407636/

ブログの部分は再録しませんが、ぜひ、お読みください。

大切なポイントは
「社会的養護が必要な子どもたちの中に、人との距離感を知らない子どもがたくさんいることは、当然のことだ。それを想定できていない施設、それに対応できない職員は専門職として失格だ。」

私自身は、社会的養護にしても、施設職員が少ない、養子縁組をすすめるにしてもケースが少ない。もっともっと、子どもに対して手厚い社会になっていかなければならないと、この本を読んで再確認。


*******
【必読!】児童養護施設での性虐待、家出、売春について

先日、<「赤ちゃん縁組」で虐待死をなくす>(光文社新書)という本をいただきました。
著者は、愛知の児童相談所の元職員で、予期しない妊娠をした女性が自分で子どもを育てられないとき、妊娠中から児童相談所に相談し、サポートを受けながら出産し、出産直後から、子どもを希望する夫婦のもとで子どもが育てられるようにすることを推進する養子縁組の活動を広めるために書かれている。この活動については、私は心から応援したい。

ただ、この本を紹介するにあたっては、P160~162の2ページの誤りについて述べる必要が絶対にあります。どんなことがそこに書いてあるのか、ここで反対意見を述べたいと思います。長いですが、すべてのみなさまに、読んでいただきたいです。

http://ameblo.jp/colabo-yumeno/entry-11990619784.html


●追記2(2015.2.20):著者からメールをいただきました。
私の指摘に対し著者からメールをいただきました。
丁寧な文章でしたが、「主観は立場により全く異なるのは世の常です」という理由で、「問題の部分を訂正することは事実を隠すことにつながる(仁藤による要約)」とのご意見でした。
被害児童と私たち職員では見えている世界が違う、と子どもへの性的虐待を都合よく解釈することは、許せません。
また、私(仁藤)の指摘に対し、「被害経験をした弱い立場の人々しか表現できない重要な指摘です」とありました。私の発言は当事者だからでなく、主観ではなく、世界的な基本姿勢です。これを主観として捉えられてしまうくらい、理解をされていないということ。性暴力について学んでもらわねば…
著者は私には今後も、「私の耳に痛いことも含めて、発信し続けてください」と言ってくださいました。私は直接お会いし、性的虐待についての理解と正しい発信をお願いするつもりですが、私だけでは変えられません。
この指摘がどれだけの反響を呼んでいるか。それはなぜなのか。
本書の記述に傷つき、怒り、憤り、絶望を感じた皆様、今も被害に遭い続ける子どもたちのためにも、ぜひ著者にご意見を伝えてください。
出版社に著者宛の手紙を送れば、届くはずです。
こうして1つ1つ、1人1人に理解してもらうこと。地道だけど、必要です。
子どもたちは声をあげられないのだから…
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by eric-blog | 2015-02-23 18:19 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)