<   2014年 05月 ( 65 )   > この月の画像一覧

PISAに異議! 

2014年5月31日 東京新聞

a0036168_13234588.jpg


日経新聞

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG3003F_R30C14A5CR0000/
[PR]
by eric-blog | 2014-05-31 13:26 | ☆よりよい質の教育へBQOE | Comments(0)

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の500日

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の500日
門田隆将、PHP研究所、2012
2229冊目

続き物のようで恐縮だが、ここに描かれている管総理の姿も「エリートパニック」の一種ではなかったろうか。

福島第一原発の現場にいた大多数は、一種「災害時にたちあらわれる共同体」のような意識で、互いを思いやり、最大限の努力をしていた。しかし、そこに現場からの情報不足にいらだった部外者の少数者であり、権力にあるものたちがいた。

この本から引用して切り出して見せることのできる部分などないくらい、すべてが緊迫した中で、すべてが覚悟の上で、なされた行動であることは間違いない。

わかることは、トップが誤解したかもしれない「撤退」というような事態は、地震・津波の瞬間から、四号機、一号機、二号機、と続くさまざまな爆発の連鎖の中でも、一度も現場では考えられたこともなかったということである。

そして、「注水」によって原子炉を冷却し続けること、そのことに集中した手だてが奏功してか、いま、わたしたちは、いまの状態を迎えているということだ。

フクシマフィフティ は実際には67名の人々だった。

避難が長引き、被災が日常化し、原発からの汚染水の垂れ流しが常習し、すべてが「日常」のような衣をまとい始めているいま、その士気が、まだ失われずに、あることを願う。

1960年から始められた福島第一の建設と運転のすべての責任が大熊町や東電だけにあるわけではないはすだ。しかし、わたしも含め、東電の電気を使ってきた受益者たちの覚悟は、あまりにも違いすぎる。その覚悟の違いが、再稼働を許すのではないだろうか。

54基が稼働している前提での過酷事故の確率は10年に一度だった。54基中一基だけが動くのであれば、確率は500年に一度、10基であれば50年に一度。

次にふるさとを追われる事故はかならず起こる。それが安全神話がくずれたということの結論だ。その時の覚悟を、誘致した自治体と建設した電力会社だけが、問われるのだろうか。

いま、福島が「廃炉」を求めて一致しているということは、「(伊沢)邦夫さんたちは、最後までがんばってくれた。みんなを救ってくれた。ありがとう。でも、もう原発はいらないんだよ」というメッセージに他ならないと思うのだが。

原発のために死んでいくことが美談として語られ、繰り返される物語を求めるようなことがあってはならない。
[PR]
by eric-blog | 2014-05-31 11:15 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

災害ユートピア なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか

災害ユートピア なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか
レベッカ・ソルニット、亜紀書房、2010
A Paradise Built in Hell, 2009
2228冊目

エリート・パニックという概念が紹介されていたので、原典にあたろうと読んでみた。その概念自体は、コロラド大学の自然災害センター、災害社会学者キャスリーン・ティアニーさん。2006年に行った1906年の地震の100周年記念講演で「エリートは、自分たちの正統性に対する挑戦である社会秩序の混乱を恐れる」。エリート・パニックの中身は「社会的混乱に対する恐怖、貧乏人やマイノリティや移民に対する恐怖、火事場泥棒や窃盗に対する強迫観念、すぐに致死的手段に訴える性向、噂をもとに起こすアクション」だ。172

関東大震災の時の正力松太郎さんそのものだね。

災害においては市民社会が勝利をおさめ、公的機関が過ちをおかす。

2011年3月以前に訳されていたのになあ。

著者はエリートパニックについてこう語る。

「わたし自身の印象では、エリートパニックはすべての人間を自分自身と同じであると見る権力者たちのパニックである。競争を基盤にした社会では、最も利己的な人間が一番高い地位に上り詰める。
・・・・
災害時には二つの集団がある。すなわち、利他主義と相互扶助の方向に向かう多数派と、冷酷さと私利優先がしばしば二次災害を引き起こす少数派。多数派は利己的で闘争的という常識とは反対の行動をとるが、少数はは自分たちのイデオロギーに固執する。」178-179

ハリケーンカトリーナの例は悲しい。警察が避難民を阻止し、黒人であるというだけで撃たれてしまうことが起こったのだ。323, 357

しかし、大衆が勝利した事例もある。メキシコ地震の後の社会改革につながる実例だ。

ナオミ・クラインの「ショック・ドクトリン」を越える知恵が、ここにあるかもしれない。

・共同体意識、ともに大災害を生き延びたという感覚。何が重要かを共有できる
・いい人生を生きなければ意味がないという感覚が人々からいちばんいいものを引き出す

一方で9.11の後、アメリカは権利もプライバシーも縮小した軍事社会に甘んじることになった。315

3.11のショックは、この国をどちらの方向へ導くのか。

その鍵は市民社会の自発的生成にある。


http://yourry.cocolog-nifty.com/renjakudo/2011/05/post-24e0.html

http://amiavolonta.blogspot.jp/2011/11/blog-post_06.html
[PR]
by eric-blog | 2014-05-31 09:03 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

私が生きたふたつの「日本」

私が生きたふたつの「日本」
篠田正浩、五月書房、2003
2227冊目

岐阜の芥見村は長良川の上流に面している。篠田兄弟は川から村に引き込まれている農業用水の水流を利用して、物理の授業で学んだ発電機(ダイナモ)を自らの手で制作して2キロワットの発電に成功・・・日本で二番目の水力発電ではなかった。明治40年のことである。11

とかの文章にひきつけられて、読んでしまった。一作一作の映画についての写真が紹介されている。紹介されているシーンは、美しい。

心中天網島
沈黙 SILENCE
はなれ瞽女おりん
桜の森の満開の下
瀬戸内少年野球団
写楽
スパイ・ゾルゲ

視力が中学生の頃から悪いので、視覚的記憶が弱いわたしは、映画鑑賞には向いていないと、最近つくづく思うのだ。すべてラジオドラマにしてくれないかとも思うほどだ。

しかし、篠田作品は、見てみたいと、思った。

で、どうしても採集しておかなければならない一文があったのですが。

「戦時下の中学生の教室では様々な問題が生徒を悩ませていた。職業軍人ではない一般市民が戦争に参加するとはどういうことかといった問題が試験にでたことがある。正解は、現代の戦争は総力戦だというのである。
・・・・
お前たちは天皇陛下の赤子である・・・赤子は絶対に敵の捕虜になってはいけない。捕虜の辱めを受ける前にいさぎよく腹を切れ、と中学に配属された陸軍の将校に命じられた。そこで私たちは講堂に集められ、切腹の作法を学んだ。」24

「役者は人間悪の代理人・・・芸能者は・・・愛玩される一方で、穢れた存在として畏怖されたことであろう。・・・
だから私は、日本の芸能を考えるとき、部落問題を避けて通ることはできないと思っている。芸能と差別部落はそのトポスを共有していたからだ。
・・・・
こんな体験をしたことがある。京都で私は妻の岩下志麻と伯母の河原崎しず江と・・・伝手あって桂離宮を見学する機会が訪れた。・・・係の顔が急に曇り「河原もんは入られへん」と告げた。・・・俳優と書いたためである。」89


遠藤周作の「沈黙」についてのエピソードも興味深い。

遠藤は、「日本人は外来の文化を受入れるが、でもそれはすべて日本化されてしまうのだ」115
・・・
「ここにはキリストは根付かない。・・・植えても根腐れしてしまう。・・・その地では神の沈黙が続くばかりだ。」118

映画は日本に布教にきた宣教師の物語。

著者が、皇国少年として見た国は「聖戦の中味はいつも無惨なものである。」北朝をひく天皇をどうとらえるかと悩んだり。富国強兵の向こうに皇国史観。国のために死んだ人の物語がちりばめられた歴史教育。

1960年から30年、毎年一本のペースで作られた映画で、わたしの印象に残っているのは「瀬戸内少年野球団」?
[PR]
by eric-blog | 2014-05-31 08:30 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

低線量ひばくから子どもの未来を守る 生活手帳

低線量ひばくから子どもの未来を守る 生活手帳
市民放射能測定所、2011
2227冊目

Do you remember what you were doing, where you were, who you were with and how you felt on March 11th, 2011?

WE DO.

This is the note for recording for the future. To prove why.

a0036168_17313958.jpg



NHKテレビ番組の衝撃。
http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/caf063b4434a0e281132cf1607eb401f
[PR]
by eric-blog | 2014-05-30 17:32 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

差別の現実に学ぶ外国人教育実践

差別の現実に学ぶ外国人教育実践
公益社団法人 全国人権教育研究協議会、人権教育実践ブックレット2、2014
2226冊目

稲垣 有一さんからの寄贈本。ご本人の一文が載っている。
1. 同和教育が切り拓いた多文化教育

「同和教育実践・運動が切り拓いた大阪の《多文化教育》—大阪における《在日韓国・朝鮮人教育》実践史から--」p.8-34

歴史を知る人によるすばらしいまとめである。1970年代の同和教育実践・運動が《在日韓国・朝鮮人教育》を大きく転換させた四点について、まとめている部分を紹介する。16-

第一は、在校韓国・朝鮮人児童生徒が、韓国人・朝鮮人であることを隠さざるをえないところに根本的な問題がある。・・・差別される現実がある・・・隠そうとする姿勢から、さまざまな人間的歪み、行動の歪みがでてくる。韓国・朝鮮人という事故認知と、日本人として生きようとする志向・・・同化をすすめることは、・・・この矛盾を深めさせるばかりである。
韓国人・朝鮮人として公然として生きることの洗濯と決意を促し、励ますこと

第二は、互いに知らないことから在校韓国・朝鮮人児童生徒同士がバラバラになり、孤立してしまう。人間は、人と人とのつながりのなかで育っていくものである。・・・朝鮮文化研究会という自分たちの場

第三は、韓国人・朝鮮人としての誇りを持つことのできない教育内容が、日本の学校では支配的である。・・・韓国人・朝鮮人としての「肯定的自己概念」を育てることのてせきる教育内容の創造

第四は、「同化」を強いる日本の社会構造のなかで、在校韓国・朝鮮人の児童生徒の多くは、韓国人・朝鮮人としての生活圏や教育圏から切り離され、生活している。だから、在日韓国・朝鮮人として活動している「世界」と接する機会を多くしていくことは、在校韓国・朝鮮人児童生徒が韓国人・朝鮮人として生きるよう励ます力になる。

「教育内容」についても、見直しが求められた。ポジティブな文化体験ということで、韓国食文化に触れたとしても、「嗜好を満足させる」だけの学習になってしまう。歴史学習は、教材化についての課題を残し、現在に至っている。20

韓国・朝鮮人との関わりにおいては
・反植民地主義のために民族主義を原動力としてきたこと
・日本政府の差別的処遇、日本社会に存在する差別意識とたたかうために、民族意識が強められてきたこと

アイデンティティとは、アイデンティティの強制からも自由を求める実践でなければならない。21

自己決定する過程が軽視されてきたのではないか。

著者は、日本の学校教育は『ヒト』の国際化に失敗してきているという。「同化と差別」の歴史しかなく、「在日韓国・朝鮮人の子どもたちが姿を現した1920年代以降、日本の学校は、彼らに日本語の習得や、日本の学校文化に「慣れ」ることを強要しこそすれ、彼らが身につけていた文化に「寛容」になれなかった歴史を持っている。さらに、彼らの人権に対しても無関心であり続けた。22

トックをふるまうという実践から、著者はこういう。大賛成だ。

『ヒト』の国際化をめざした多文化学習とは、多様な暮らしぶりをしている諸民族・諸外国人も、自分たちと同じようなことに喜び、同じようなことに苦しんでいるといった人間としての普遍的なことを知り、困難を乗り切るために努力していることを知り、「人間」としての紀要痛点、普遍性を「発見」していくことではないだろうか。28

最後に、提案としてまとめられていることは
○文化並列的なカリキュラムではなく、カリキュラム全体にさまざまな文化からの視点を入れていること。
○児童生徒が資料を調べ、議論し、考え、発表する。
○学校全体の環境を通して「文化の多様性」に触れること。学校の「隠れたカリキュラム」を見直していく。
○多様な文化的背景の教職員がいること
○児童生徒の「肯定的自己認識」「対人関係能力」を育てる視点を明確にすること。


参考文献にERICの『わたし、あなた、そしてみんな』および『いっしょに学ぼう』をあげていただいており、ありがとうございます。
[PR]
by eric-blog | 2014-05-30 16:35 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

八尾市人権協会「私たちには夢がある!ブックレット」シリーズ

八尾市人権協会「私たちには夢がある!ブックレット」シリーズ
2225冊目 

1.八尾市人権協会物語 奥田均、2010
2.仕事とくらし、ささえます! 八尾市人権協会就労・生活相談員編著、2011
3.久宝寺緑地なう。 「久宝寺緑地なう。」編集委員会編著、2012
4.八尾の識字・日本語学習「国連式辞の10年」を越えて 森 実/八尾識字・日本語連絡会編著、2013
5.八尾のまちと外国人市民 鄭栄鎮(チョン・ヨンヂン)、2014

『奥様は愛国』の著者の一人である朴順梨さんは、編集者および共同執筆者からの要望として、「個人的な体験もからめて書いて」と言われて、これまでの人生で大きな差別体験をもたない自分のことなど書いて、何がおもしろいのだろうといぶかりつつ、自分の中の体験を探ってみたという。
http://ericweblog.exblog.jp/19849361/

そしたら、次のような体験について思い出したという。
・名字から外国人だと思われて「何人なん?」と聞かれたこと。
・出自を知っている子どもから、わざわざ「韓国人」と言わされる体験をしたこと。
・「日本人なら云々」という発言に反応してしまい、言った人も「まずっ」という顔をする
・「働くとしたら通名で働きますか?」と就職面接で聞かれて「はい」と答えたことに対して、後で面接官から「強制するものではなかった」という釈明のような手紙が来たこと。
・実名で働きだしたら「おれ、チャンコ嫌いなんだよね」と言われた。(この人は仕事の上では何も差別的なことはなく、いい人だった)
・「え? 僕? なんて言ったの?」と名前を聞き返される。

そして、それらのことで、傷ついていたのだということに気づき、気づけたこと自体が癒しになったと語っている。

このブックレット5「八尾のまちと外国人市民」の著者は、「八尾市の各学校園で「国際理解教育」「在日外国人教育」がすすめられている」と言う。しかし、子どもの「からかい」が後を断たないとも言う。79

名前のからかいは「差別」であると断言しつつ、では、どのようなプログラムが必要かについての言及がないのが残念だ。それが、さきほど朴さんが指摘していたように、「なんでもないわ」と我慢し、抑圧し、どこかで心を蝕まれて行くものであるだけに、よけいそうなのである。

(ところで、「害極人士民」! 入力間違ったかと思ったが、いったいどんだけゆがんだ変換やねん! こわいわ。みなさま「がいこくじんしみん」と続けて入力してみてんか。)

社会派映画監督だったが、ほとんどおじさんアイドルに転向していたと思っていた大島渚さんが、こんな発言をしていたんだなあ。

「在日韓国人という鏡に映し出されたわれわれ日本人の姿は醜い。」大島渚(1992,『私たちは歩み続ける—戦後補償を求める夏の行進行動報告集』p,44-45) http://www.han.org/a/lib/books.html

3.の久宝寺緑地では、ホームレスの人々のことが取り上げられている。公園スタッフと相談員との連携での対応がいい。

2007年、市役所に間借りしていた場所を追い出され、「市民相談活動」「コミュニティ生活・共生支援事業」「就労・生活相談事業」を柱に、八尾市との協働で立て直しをはかってきた歴史が、ブックレット1に語られています。

人権協会が就労支援の窓口になっている自治体って、ええなあ!

障害、外国籍、同和、難病、女性、ホームレス。社会的弱者が生きやすい町づくり。八尾モデル、広がらないかな?

以上、5冊、寄贈いただきました。

その他、寄贈本
■八尾市教育委員会発行
・63億人の食卓,2005
・外国人市民との共生をめざして, 2006

■八尾市子ども権利委員会 知ろうチーム『国連 こどものけんりじょうやく 考察: かっぱのかわたろう的』2005
これはいい! 「第三条 子どもが主役でしょ。」かわたろうは、プールは嫌い。塩素きついし、皿乾くし。後ろで大人が「お前は水泳部にきまっとるやろ!」と。
わろた。

a0036168_14371916.jpg

■世界人権宣言八尾市実行委員会『60th 世人やお的 世界人権宣言』2008

■子どものためのプログラムを考えてみた。
■「なぜからかいが差別なの?」

1 世界なんでもランキング あなたは何を競っている?
2 楽しいランキング、傷つけるランキング
3 世界の文化ランキング
4 カテゴリーに上下をつけている時、差別が生まれる

優越願望は、誰にでもあると、わたしは思っています。だからがんばるし、だから、襟をただす。鏡に映った自分がみにくい日本人でありたくないと思う。しかし、その優越願望が、固定されたランキングの世界になった時、差別が生まれるのだと思います。

参考『いっしょに考えて! 人権』 「カテゴリーとランキング」p.65
a0036168_18211430.jpg

[PR]
by eric-blog | 2014-05-30 14:38 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

奥さまは愛国

奥さまは愛国
朴順梨、北原みのり、河出書房新社、2014.2
2224冊目

どきどきしながらも、「ヘイトスピーチ」を繰り返す当事者との接点を探り、インタビューしていく彼女たち。従軍慰安婦という女性の問題について、「なぜ女性が?」という????が最初はあったという。

「愛国女性のつどい 花時計」

日本を悪し様に言うことに対して、怒りの声をあげている。身近な人達の、名用を守らなければと思うからです。044

自分でもとんでもないと思っていることを堂々と怒りながら主張していると、賛同する人が洗われる。045

「祖父たちの戦争体験をお聞きする孫の会」
「強姦をしたと言われて苦しんでいる人」

日本は韓国の鏡だ。

「日本と同様に、男が家族の長であるとという考えが根深い韓国で、・・・「セックスを売った」女たちに向ける視線は、嘲笑と同情と憐憫と軽蔑に満ちている。・・・女たちに沈黙を強い続けてきた。」087

一般市民の犠牲と、彼女たちの犠牲を同じ「戦争犠牲者」とすることに嫌悪を示す韓国社会の声はある。088

そんな中で、2013年8月14日「金学順さんが名乗り出た8月14日を国連の記念日にしよう」というデモへ、参加した北原さんの体験がすごい。デモに向けられた「そよ風」という日本の愛国女性団体がくらわせるカウンター。

○慰安所員は、立派なお仕事でした。097
○日本人は強姦魔だとか、韓国女性を虐待したというイメージが世界に広がっていて、日本の子どもたちか辛い目にあっている。098

山本ゆめさん、満州や挑戦からの引揚者の聞き取りをしている。
「自分たちばかりが被害者のような顔をして」100
と慰安婦に厳しい批判をするという。
日本人女性が性暴力被害を語れなかったのは、「自分をソ連兵に差しだした」男たちや、それを「見て見ぬふりをしてきた」仲間が、戦後もまた同じ地域で行きているケースが多いから。101

厚生省の引揚援護局の記録にも「引揚げの過程でソ連兵に女性を差しだしたり、「専用の施設」を設置していた地域があった」ことが記録されている。101

満州や挑戦に住んでいたという加害性を背負っていたとしても、性暴力被害者である女の声を掬い上げようとする姿勢が、日本のフェミニズムには乏しかったと、山本さんは嘆く。101

その結果、女性を「差しだした」男たちは免罪され、被害経験について固く沈黙を守ってきた引揚げ女性を「これぞ日本女性! 大和撫子!」と礼賛するような言説まで生まれてしまった。101

「哀れっぽく泣く女」に苛立つ女、「被害者」になるまいと、自尊心高く自分を保とうとする女、「普通」や「常識」を持ち出して語る女、「フェミニズムは、被害者意識が強いから嫌い」102

「被害者ぶる」「弱者ぶる」

この国に生きる女たちは、声をあげられる女が、疎ましく、憎いのかもしれない。103

直視するにはあまりにも辛い「加害の国の女」の現実・・・それが私にはとてもとても、怖かったのだ。103

第3章は、朝鮮学校や日教組を攻撃した女性たちへのインタビュー。これもすごい。

血のつながりだけで人間の連帯を説いても、現代の世界に出口は見えない。逆に血のつながりが教育が人間の生存を脅かしかねない。」高史明さん130

血のつながりをわたしは愛国と読むが。

第四章 天皇の玄孫と日本女子

竹田恒泰氏主宰の「竹田研究会」の大人気。

トインビーの言葉のどこを引くか。「原子兵器が発明されたいまの時代では、もはや国家主義にふけっているわけにはいかない」234

女を取り上げているが、「愛国」にはまるのは圧倒的に男だ。それはなぜか? そんなことも考えたいと、あとがきは、次へと続く。

「家族を守る」ために集団的自衛権を、と叫ぶ人がいる一方で、靖国神社には

「私たちがいたら、あなたも決心がつきませんでしょう」と子ども二人と無理心中した女の物語が納められている。236

国を守ることと、家族を守ることはイコールではないのに、「血のつながり」の地平に、国が立ち現れるのは、明治以来の虚構なんだよなあ。明治時代には、かなり地域共同体の抵抗も強かったけれど、それはもうあきらかに、なくなっているよね。

部落差別との関係でいうと、天皇制と解放とがいっしょに来たために、ここにも逆説が埋め込まれている。それは、ジェンダーにしても同じこと。明治以前の天皇家と違い(とわたしは思っているのだが)、「近代核家族」の模範として表象される天皇家は、女性の人権の格上げだったのではないか。

さまざまな逆説、さまざまなねじれがある中で、わかりやすい、普通の、あたりまえのことによって立ちたくなる時代の空気。いや、そのような時代の空気というのは、いつでも存在していたはずだよね。

====http://ericweblog.exblog.jp/19849491/========

『奥様は愛国』の著者の一人である朴順梨さんは、編集者および共同執筆者からの要望として、「個人的な体験もからめて書いて」と言われて、これまでの人生で大きな差別体験をもたない自分のことなど書いて、何がおもしろいのだろうといぶかりつつ、自分の中の体験を探ってみたという。

そしたら、次のような体験について思い出したという。
・名字から外国人だと思われて「何人なん?」と聞かれたこと。
・出自を知っている子どもから、わざわざ「韓国人」と言わされる体験をしたこと。
・「日本人なら云々」という発言に反応してしまい、言った人も「まずっ」という顔をする
・「働くとしたら通名で働きますか?」と就職面接で聞かれて「はい」と答えたことに対して、後で面接官から「強制するものではなかった」という釈明のような手紙が来たこと。
・実名で働きだしたら「おれ、チャンコ嫌いなんだよね」と言われた。(この人は仕事の上では何も差別的なことはなく、いい人だった)
・「え? 僕? なんて言ったの?」と名前を聞き返される。

そして、それらのことで、傷ついていたのだということに気づき、気づけたこと自体が癒しになったと語っている。
[PR]
by eric-blog | 2014-05-30 13:41 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

PRIME Occasional Papers 第2号 「土地・資源と暴力 – 原子力災害の分断・風化に抗して」

PRIME Occasional Papers 第2号
2012年度PRIME 国際ワークショップ 「土地・資源と暴力 – 原子力災害の分断・風化に抗して」
2014.3.31
2223冊目

PRIME#37の巻頭言で勝俣誠所長は、「大学と戦争」を記している。そこにアーレントの言葉を引いて「考えること」「考え抜くこと」が破滅に至らぬために必要なことであるならば、大学人こそが、それを実践すべきなのではないかと、問題提起をしている。

特集のテーマは「思想」としての平和

また、紹介したいと思うが、今回は、表題の冊子を紹介したい。

二つの報告が、福島の状況を巡ってなされている。一つは、阿武隈山地でなされてきた「ニホンミツバチ」の養蜂という伝統と、それが失われたことの意味、何を復興するのかという問いである。佐治靖さん。「在来知の危うさ=阿武隈山地における伝統養蜂の慣行を手がかりに」

伝統養蜂が広がっている場所は、ほとんど避難区域と重なっていた。つまり、強く自然に依存した生活、社会がそこに存在していた。その何気ない日常の回復こそが、復興なのではないか。22

人がどのように生活空間の中に、ニホンミツバチの分封をさそうような仕掛けを設置し、日々見回り、居着くように守っていたかが、ていねいに掘り起こされ描き出されている。「自然の無事」が「人が生きる」ということ。

もう一つの報告は、日本国際ボランティアセンターの白川徹さんの、コミュニティラジオ局の開設にかかわる支援。

「複数の分断と向き合いながら」

実践地の南相馬は、いわき市を通るJR路線でつながっていたのに、その間に福島第一原発があることで、孤立した。
地域が、国の区域指定によって分けられ、それが賠償金の違いになり、住民の分断につながった。

次が放射能に対する理解の分断。家族の分断につながった。

地元と地元外の分断。

これに対して、最後のコメンテーターの木下ちがやさんは、脱原発は「生活を守る」世代の人々の運動だとして、「生活を守る」運動は、水俣、沖縄、原発立地地域の反対運動など、地方に一日の長がある。「原子力ムラとの戦いを続けて行くためには、これまで地方で培われてきたまさに経験値や知恵が再考されるべき」と。37

このまとめのためには佐治さんが紹介している「生活文化の三類型」が役立つかもしれない。
Folk culture   地域的超世代的経験的、口承的、無意識的
Popular cultureMass medical culture大衆的。凡社会的、受動的、中央志向的、普遍的
Elite culture個性的・独創的・特殊

「生活領域」を説明するこの分類の根拠はどこか知りたいなあ。
[PR]
by eric-blog | 2014-05-29 17:06 | ■週5プロジェクト14 | Comments(0)

歌え、翔べない鳥たちよ

2014年5月30日 東京新聞
a0036168_11514398.jpg


135-3(651) 歌え、翔べない鳥たちよ
マヤ・アンジェロウ、立風書房、1998
I know why the caged bird sings by Maya Angelou, 1969

1979年に最初に翻訳出版されたものの再刊。
『未来を学ぼう』を出版した時にも読んだのですが、今回改めて読んでみて、人が成
長する時に起こることってなんだろうと考えてしまいました。

・3才4才で離婚した親元を離れてママと呼ぶようになる祖母のもとへ兄妹が預けられ
る。
・そこは南部で、黒人と白人のコミュニティが完璧に分かれている。
・黒人の祖母は万屋を経営し、人に金も貸したりなど、信仰心も篤いが人望も厚い。
・黒人同士は謙譲表現によって「シスター」「さん」づけで呼び合っている。
・白人は黒人を年齢にかかわらずファーストネームで呼ぶ。
・子ども心に差別的な扱いにショックを受けるが、大人たちは誇りは失わないが、事
態は受けいれており、さらには変えようとしないという態度という意味で保守的です
らある。
・祖母はBy the wayところで、という表現すら、聖書の「神の導きによりて」という
表現と同一であり、それ以外の意味での使い方は冒涜だとして、マヤを罰するほどの
人。
・8才の時、一度、シカゴの母の元で暮した時に、母の同居人から強姦され、そのこ
とで裁判がなされ、男は母の身内たちによって、執行猶予で釈放されたその日に死体
に。しかし、強姦にいたるまでの自分の心にあった寂しさや男への親密な気持ちを口
にすることができなかったという「ウソをついた」という罪の意識のため、寡黙に。
その寡黙さゆえの陰気さに、再び祖母のもとに戻される。
・読書が好きで、文章の上手な彼女に、声に出して読むことを教えてくれた人。
・12-13才で兄妹はふたたび母と、今度はサンフランシスコで暮しはじめる。
・人種の混交と公民権運動、第二次世界大戦に伴う日系人の居場所に生じた真空に入
り込んだ黒人たち。
・父を介してのメキシコとの触れ合い、父の愛人との不和とケンカ沙汰、家出、そし
て発見した子どもたちだけで生きる廃車置き場での一ヵ月。
・17才、高校卒業と同時の出産。

混乱と混交の中で成長するというのは大変なことだよなあ。
とはいえ、マヤを支えているのは「最善のことが起こることを期待しながら、最悪の
事態にも備えている」ために、あらゆる事態に対応できる母の存在なんだろうなあ。

1928年生まれの著者の自伝的小説。

2006年6月9日投稿


2014年5月28日 死亡。

PLTガイドに引用されている詩はこちら
http://ericweblog.exblog.jp/5850388/

『未来を学ぼう』に紹介されている「カゴの鳥」

a0036168_10313781.jpg

[PR]
by eric-blog | 2014-05-29 10:32 | ■週5プロジェクト06 | Comments(0)