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国益を損なう歴史修正主義の波紋はどこまで広がるのか?

橋下氏慰安婦発言:ノーベル平和賞受賞の女性5人が非難
毎日新聞 2013年05月31日 02時30分
http://mainichi.jp/select/news/20130531k0000m030147000c.html?inb=tw

 イランのシリン・エバディさん(65)ら女性のノーベル平和賞受賞者5人が
連名で30日、旧日本軍の従軍慰安婦を巡る橋下徹大阪市長の発言を強く非難す
る声明を発表した。

 声明を出したのはエバディさん(受賞2003年)と、北アイルランドのマイ
レッド・コリガンマグワイアさん(同1976年)▽グアテマラのリゴベルタ・
メンチュウさん(同92年)▽米国のジョディ・ウィリアムズさん(同97年)
▽リベリアのリーマ・ボウイーさん(同2011年)。

 声明は、「戦時における『性の奴隷』は、今日では戦争犯罪と規定されている」
と指摘し、「私たちノーベル平和賞受賞者は、いわゆる従軍慰安婦制度を『必要
だった』などとした橋下市長の発言を最も強い言葉で非難する」とした。

 そのうえで「性暴力は紛争後も被害者や社会に、長期間にわたって深い傷を残
す。慰安婦への罪は個人や家族に大きな痛みを与えるだけでなく、東アジアの緊
張を高め不信を増大させることになっている」として橋下市長に発言の撤回と十
分な謝罪を求めている。

 また声明は、日本政府に対し、戦時におけるレイプや性暴力を停止させるため
の政策推進を求めるとともに、日本の市民に対し、性暴力に反対する声を結集す
るよう呼びかけている。

 声明発表後、ジョディ・ウィリアムズさんは、「性暴力は戦時においても、必
要ではなく容認もできるものではない。日本政府は、紛争時の性暴力を禁止する
主要8カ国(G8)宣言を支持している。私たちは(橋下)市長が、この動きを
支持することを期待する」とコメントした。【小倉孝保】

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by eric-blog | 2013-05-31 12:22 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

大阪における在日韓国・朝鮮人教育は、実践の場で多文化教育を切り拓いた

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by 稲垣有一、餓鬼通信より
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by eric-blog | 2013-05-31 12:16 | ☆アクティビティ・アイデア | Comments(0)

国連社会権規約委員会による日本審査の最終所見

国連社会権規約委員会から日本審査について最終所見が出されました。

ジェンダー、生活保護、労働などについて、条約を遵守し、国内法や実施体制をすすめるようにというものです。

このような人権条項がなぜ国際的に合意され、それぞれの国が努力義務を負うのか、
現在の日本政府が理解しているとは到底思えないですね。

貧困なる精神の、傲慢な気概と、放漫な経済政策をいつまで繰り返すのでしょうか?

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http://ajwrc.org/jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=800
国連社会権規約委員会は、4月30日に行われた日本審査の最終所見を5月17日に発表しました。
 社会権規約は、基本的人権のうち社会的経済的文化的権利について規定したも
ので、日本政府は条約の批准国として、国内における条約の実施状況を定期的に
委員会に報告する責務があります。(参考:外務省HP)

 総合的な所見として、委員会は、日本政府が社会権規約の規定を国内法体系に
おいて実施しておらず、条約上の義務を即座に実施すべきものとも考えていない
ことを批判し、国内法体系の整備や、法曹のトレーニング等により、条約上の義
務を完全に遵守する措置を即座にとるよう求めました。日本政府はどの国連人権
委員会でも同じような指摘を受けており、条約を批准した以上、遵守する義務が
あることを認識し周知すべきです。

ジェンダーに関連する勧告
(正確な訳ではありません)

・女性、婚外子、同性カップルに対する差別的法規がいまだに存在する。直接的
間接的に権利享受が妨げられないよう法改正をすること。(パラ10)
・ジェンダー・ステレオタイプを是正するために意識啓発キャンペーンを行うこ
と。男女の職業選択の幅を広げるような教育を行うこと。(パラ13)
・第三次男女共同参画基本計画の目標は控えめすぎる。教育・雇用・意思決定に
おいてクォータ制を導入するなど、もっと大胆な目標を設定すべき。(パラ13)
・コース別管理雇用や妊娠を理由とした解雇などの女性差別的慣行を廃止すること
・待機児解消のためいっそう努力し、手ごろな費用で保育が利用できるようにす
ること。(パラ13)
・次回以降の報告では、性別・収入・教育レベルが権利の享受にあたえる影響に
ついて統計データを提出すること。またそのようなデータが国の男女共同参画政
策にどう生かされたかを報告すること。(パラ13)
・同一価値労働を行う男女労働者に同一賃金を支払わないのは違法であることを
周知徹底し、賃金差別に対しては効果的な救済措置を講ずること。労働基準監督
官に、同一価値労働同一賃金の原則について研修をうけさせるなど、法律の遵守
のための効果的な措置を講じること。(パラ19)
・セクシュアルハラスメントの深刻さに応じた処罰を導入すること(パラ20)
・DVや夫婦間レイプを明確に犯罪として規定すること。(パラ23)
・日本軍「慰安婦」被害者が受けた長期にわたる搾取の影響を緩和し、彼女たち
の経済的社会的文化的権利のためにとりうるあらゆる方策を講じること。被害者
に対するヘイトスピーチ等を防止するため教育をおこなうこと。(パラ26)

生活保護に関連する勧告
これらの勧告が出されたのは、政府が改悪を閣議決定したのと同じ日でした。政
府は明らかに条約義務違反である制度改悪を、国連の勧告も無視して進めようと
しています。

・社会保障費の大幅な削減によって、社会的に不利な立場の人々が深刻な影響を
受けている。給付削減が受給者の権利におよぼす影響を監視すること。(パラ9)
・生活保護に対するスティグマを解消し、敬意をもって扱うこと。申請手続きを
簡素化すること。(パラ22)


そのほか、以下のような勧告も出されています。

・有期雇用契約の濫用、長時間労働を是正すること。(パラ16、17)
・最低賃金が生活保護基準や最低限の生活コストを下回っている。労働者が人間
らしい暮らしができるよう、最低賃金決定のあり方を見直すこと(パラ18)
・高齢者の貧困、特に年金受給資格のない高齢女性や、無年金者の状況を懸念。
最低年金保障制度の導入を勧告。次回以降、高齢者の状況についてジェンダー・
収入源・収入額に関する統計データを報告すること(パラ22)
・東日本大震災への対応において高齢者、女性、障害者など弱い立場にある人の
特別なニーズが十分に考慮されていない。人権に基づくアプローチをとり、差別
なき災害対策をとること。(パラ24)
・朝鮮学校の高校無償化排除は差別であり、適用を行うこと。(パラ27)
・障害者、移住者、外国人、アイヌ民族に対する差別の是正


●勧告の本文(英語)はこちら
●アジア女性資料センターも参加するジェンダーレポートプロジェクトのNGOレポート(英文)


**************************************
アジア女性資料センター
〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町14-10-211
Tel: 03-3780-5245/ Fax: 03-3463-9752
E-mail: ajwrc@ajwrc.org
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---------------------------------
『女たちの21世紀』最新号No.73「生活保護――女性の貧困とセーフティネット」
http://bit.ly/5oL74h
「わたしたちの学校」をつくった 在日一世の女性たち
http://bit.ly/148zFDW
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by eric-blog | 2013-05-31 11:10 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

増補 無縁・公界・楽 日本中世の自由と平和

増補 無縁・公界・楽 日本中世の自由と平和
網野善彦、平凡社、1996
1989冊目


初出1978年、増補版1987年

中世都市の「自治」、その「自由」と「平和」を支えたのは「無縁」「公界(くがい)」の原理であり「公界者」の精神であった。91

「無縁」であることが主として動産に対する私的所有を保証し、その蓄積をたやすいものにしている。174

公界の場に生きるためには「芸能」を身につけなければならない。・・・「楽」「公界」「無縁」の場に住む人々も、分国往還自由を保証されており・・・177

「道々の者」は海人・山人などの海民・山民、鍛冶・番匠・鋳物師等の各種種工業者、楽人・舞人から獅子舞・猿楽・遊女・白拍子にいたる狭義の芸能民、陰陽師・医師・歌人・能書・算道などの知識人、博打打・囲碁打などの勝負師、巫女・勧進聖・説教師などの宗教人に、一応、分類することができる。178

非農業民

農業と非農業が分化したとは言え、生産手工業芸能商業は未分化=広範囲に遍歴する=自由通行の保証178

女性の無縁性

「職人」に女性が多い190
大原女の炭売りは平安後期から、桂女は鵜飼い、鮎売り。
巫女、遊女・白拍子、鬘捻、紺掻、機織、酒作、もちい売、扇売、帯売、しろいもの売、魚売、ひきれ売、女盲、立君、辻子君、紅粉解、米売、豆売、豆腐売、索麺売、すあひ、縫物師、組師、摺師、畳紙売、白布売、綿売、薫物売、かんなぎ、心太売

女性も「無縁」の人々だった
巫、幽霊、市や橋の祭神、新興宗教の教組、などに女性が多い。
「無縁性」「聖」的な特質。

女性史の課題の一つ。
無縁の原理と同様、時代とともに並行して衰弱していく。それは正しく「女性の世界史的敗北」の過程の一環。

女性の性そのものの非権力的な特質、「自由」と「平和」との結びつき。

その過程の徹底的な認識のみが、解放への立脚点。

特質の衰弱の過程が、細かく辿られなくてはなるまい。それぞれの民族の伝統に根ざした女性の解放への道は、この課題が達成されたときに、はじめて鮮明になってくるのではあるまいか。

この本、おもしろすぎる。

毛利元就の宴の座席表が紹介されているのだが、そこに「公界衆」が列席している。芸能集団は、きっと権力を超えて、遍歴したのだろうなあ。

そして、権力が強くなるにしたがって、囲い込みが始まる。織田の「楽市楽座」のような優遇政策による引き寄せもある。清洲城下の畜毛による刷毛産業のように、「無縁」に対する差別の強化によって、芸能集団の囲い込みは続けることができるし、戦闘集団の移動と共に、遍歴させることができるのだろうなあと、中世から近世への流れを想像したことでした。

さても、女性解放を「無縁性」から解きほぐしていくとは、あまりな課題ではありますが、とりあえず、近世の「着物」は解体してやろうと思っています。幕府の禁令で幅が決められた尺など、ふふふんのふん、だ。

その際に参考にしているのがこちら

『絵巻物による日本常民生活絵引』!
平凡社、1984

すごいものを出しているよねぇ。
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by eric-blog | 2013-05-31 08:58 | ■週5プロジェクト13 | Comments(0)

脱原発・共生への道

脱原発・共生への道
槌田劭(たかし)、樹心社、2011
1832冊目

伊方原発の裁判を闘って、その結果に、科学者として生きることを恥じて京大を1979年に辞され、その後は一市民として、脱原発、有機農業の運動など、足元から原発の要らない生き方を模索しつつ、生きてこられた方が、1990年に出された本。当初はまったく売れず、出版社に迷惑をかけた、と。加筆修正することなく、あとがきを加えるだけで、出版されたもの。

53ページに「あなた、タイヘン!」という1977年の広告が紹介されており、それが、放射能について人にわかりやすく伝えるメッセージとして「奥さんが放射性物質、怒りがたまるのが放射能、がみがみ出てくる小言が放射線」としたものが批判的にネットに流れてきた時だったので、紹介しておこうと思った。
http://www.47news.jp/47topics/e/229955.php

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伊方原発反対運動を支えた人。2013年11月14日 東京新聞より

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もう一つ、「国民投票を想定した「原発」の是非を論じ合う公開討論会」も紹介しておきたい。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/20771

■登壇者
 ・「原発」容認派
    小宮山涼一氏(東京大学 大学院工学系研究科 原子力国際専攻助教)
    澤田哲生氏(東京工業大学 原子炉工学研究所エネルギー工学部門助教)
    高木直行氏(東京都市大学 原子力安全工学科教授)
    柘植綾夫氏(芝浦工業大学 学長)


 ・「原発」反対派
    菅直人議員(前内閣総理大臣)
    宮台真司氏(社会学者、首都大学東京教授)
    マエキタミヤコ氏(グリーンアクティブ 発起人)

司会 今井一氏 ジャーナリスト

推進派の方も、よく出れたなと思うが、まったく噛み合ない議論に終始した。宮台さんは、「学(専門家)の監視機能なく、全ての意志決定デタラメ」「原発をやめられない社会だから、原発をおくことが馬鹿げている」と批判。
高木さんは「化石燃料は、未来への負債。原子力に変わるエネルギーがあるなら教えて欲しい」と、原子力しかないという主張のみ。
柘植さんは、「考え方を話し合おう」とおっしゃったのだが、彼の論点のどれがそれにあたるのか、さっぱりわからなかった。というのも、氏は、データをあげて、「3.11以降、人々の科学と技術に対する信頼は下がった」ことを示し、「信頼を回復することが大切」と言った。そして、女川原発の事例をあげて、「技術者たちが、過去の津波のことを知り、対策を考えた。こんな例もあるのです。」と。そして、事故のことについては、畑村委員会、黒川委員会の報告に待ちたいと。その結果を待っているのです、と。しかし、大飯原発は再稼働しても大丈夫なのです、と。
信頼を回復する努力として、「あなたは何をしているのですか?」とマエキタさんが質問しても、別の答えはない。「わたしは待っているのです」と。
論理的じゃないなあ。で、その論理的でない人が、宮台さんに「感情論でものを言ってはならない」とかみつき、わけわからん、と思っていたら、宮台さんは、「後は野となれ、山となれが許されないのは、我々のセンチメントが命じるのである。とウルリッヒが言っている。」と返した。それに対する反論はなし。
自分は待っているくせに、再稼働は待たない。これじゃあ、宮台氏の指摘通りの実態を曝露し続けただけだよね。「学」が原発について監視機能を果たしていない。
でも、柘植さんは、学長でもあり、果敢に高木さんを擁護したり、宮台さんにからんだりしたので、きっと、この討論の後、彼のとりまき環境では、ほめられるんだろうなあ。
女川原発のことについても、遅れて参加したので、柘植さんの発言は聞いていなかった菅直人さんが「女川原発は、町長が、高台に作れといったので、助かった」と、まあ、これはこれで、政治家主導に花を持たせすぎているのかもしれないけれど、柘植さんの「技術への信頼回復」の事例をひっくり返したわけだけれど。


システムがだめだ、と指摘されているのに、システム論ができる人が推進派にいない。
原子力が根本的に危険な物質であることは、双方合意なのだが、コントロールできるのかできないのかを、福島原発事故の後ですら議論可能だと言おうとする。コントロールできないことがあるという事実がある以上、コントロールできなかった時、どうするのを、もっと検証して欲しいと思う。福島の人々を通して、わたしたちが知ったのは、次のようなことだ。
○居住地から追い出され、劣悪な避難所、仮設住宅に住まわされる。これが、豪勢なホテル暮らしであったれば、「原発利権も極まれり」と、原発立地自治体は最後まで原発リッチなんだなあと、思っただけだったろうに。高校の体育館や教室で、一年が過ぎても暮らしている現実がある。
○健康被害があるんだか、ないんだか、宙ぶらりんの状態。パターナリスティックな政府の説得的コミュニケーションと、自己決定自己選択を迫る膨大な情報渦。考えるのか、考えないのか、のところから選ぶ必要がある状態。
○説得されて残っても、すでに地域共同体は櫛の歯がかけたような状態。
○健康診断や医療費は無料化されていくようだが、これもまた医療という名の科学の餌食になるのかとの疑いが晴れない。首都圏までも含めて、わたしたちはデータなのだ。
○自殺者もいる。データは公表されていないけれど。
それでも、生きていられるのだから、と思っても、溜まっている恨みはあるはずだ。
科学や技術の信頼と同時に、社会やシステムに対する信頼も回復する必要があるのではないか。確かに、この社会に原発をおくことが馬鹿げている。
でもなあ、そう言い切ったところで、具体的にどんな行動が?

もちろん、わたしが、運動団体で働いた結果、基本的な教育の問題に立ち戻り、指導者育成に取り組んできたのは、その具体の一つとしてなのだけれど。20数年続けて、教育は変わったのか? 一人ひとりが考える、選択する。話し合う、協力する。いまの教育が、そんな参加の文化を根付かせるための基礎教育となりえているのか。

脱原発もかなわず、教育改革もかなわず。

と、そのような心境の時に、これを読むといいのかなと。

小出さんも言いました。40年やってきて、原発を止められなかったと。
槌田さんも言っています。「民主主義の機能不全のもと、科学的な良心も排除される現実が病的に深まっていたのだ」と。追加された後書きに。185

この病んだ社会を変えよう。生活習慣病を変えよう。そのためには、変えようという決意と、健康さの指標の確認と、努力、互いの励まし合い。でしょ? 高血圧に、糖尿病に、メタボに取り組んでいる方々よ! 社会の体質改善も同じなんです。

槌田さんは言ってます。「畜力で動いてものが、石炭を使った蒸気機関に置き換わった時に、第一次産業革命によって成立する資本主義の文明にがらっと変わった。それが石炭が高くなって、石油に変わった。石油の文明。さて、原子力は石油の代りになるのか。原子力は電気しか作れない。」「石油の文明自体がすでに利己的刹那的」110-112
つまり、高木さんが聞いている質問「原子力にかわるエネルギーはあるか?」という問いは、原子力という石油文明延命装置を選択するかどうかという問いなのです。問題は、その延命装置を、わたしたちが、次の文明のための準備として使ってこなかったことだし、このままいまの原子力推進派に決定権をゆだねても、これまで通りを続けるしか能がない人々だということがわかってしまったことでしょうかね。

ていねいに、体質改善に取り組む時間的余裕が、わたしたちに残されているのか、ということですね。

さて、槌田さんが大学をやめるにいたった伊方原発のことは、もう少し、ていねいに、引用しておきます。1970年代に、わたしたちが何をしたのかを、記憶しておくために。科学的見切り発車をどのように社会が容認したかを、忘れないために。

145-149

自殺者が出るほどの用地買収の上、地域をずたずたにして、建設計画がすすめられた。住民から工事差し止め裁判が起こされた。協力を求められ、原発の安全性をめぐって本格的な科学論争にかかわった。先方は東大や日本原子力研究所等の専門家。こちらは京大、阪大の若手。
結果は、出てくる権威者たちが赤恥をかき続けることに。学会で、問いつめられることのない論争しかしたことのない人々が、証人席で問いつめられる。
弁護士をして「こんなに痛快な裁判ははじめて」と。
科学的な問題は裁判になじまぬと、門前払いをくわせようと画策するがそれもかなわず。
裁判官を人事異動。1978年。国側の主張を並べた判決が出る。
科学的ファシズム。
科学技術と協力的に接する仕事はやめよう。
1979年、スリーマイル島事故。

2013年5月30日 東京新聞
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あの時の「科学的見切り発車」を、原子力規制委員会はどう決着をつけるのでしょうか?



いまの科学は、部分部分。全体や調和を考えない。利己主義、刹那主義そのもの。

自分の見えていること、見えているものしか見ようとしない。自分の欲しているものしか求めない。

科学の「科 とが」

------p.158

人間は社会的に生きるという現実を自立して見ていることが大切なのですね。現実を現実として客観的、冷静に見つめ、将来を見据えて生きるという、そういう知恵、そういう知恵があるところに脱原発がある。
矛盾をはらんでいることをむしろ大事にしなければなりません。
不徹底な当たり前を大事にする。
中途半端だからすばらしい。
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by eric-blog | 2013-05-30 10:48 | ■週5プロジェクト13 | Comments(0)

なぜ「メルケル」は転向したのか? ドイツ原子力40年戦争の真実

なぜ「メルケル」は転向したのか? ドイツ原子力40年戦争の真実
熊谷徹、日経BP社、2012.1.30
1988冊目

1990年からドイツでフリーのジャーナリストとして活動してきた著者による解
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説。
2011年6月30日に原子力から撤退すると決めるまでの40年、

まえがき より
日本人は楽観主義者である。

ドイツ人は不安とリスク意識、そして悲観主義に突き動かされて、木(細部)よりも森 大局、つまり安全と健康を重視する道を選び、原子力は意思を決めた。

ありゃりゃ、『木を見る西洋人・森を見る東洋人』はうそだったのか。あるいは、オリエンタリズムの羨望による幻想だったのか。
http://ericweblog.exblog.jp/703580/


事故前の世論調査でも62%が原発廃止に賛成していたドイツ。
事故後でも、6割は段階的に原発をなくすことに賛成する日本。

2011年3月26日 25万人が参加する反原子力デモ
2011年4月 バーデン・ヴュルテンベルグ州議会選挙で環境政党圧勝
2011年6月29日 メルケルの連邦議会での演説

大手電力四社は、廃止の時期が繰り下げられたことによって巨額の損失が生じるので、メル蹴る政権の決定を強く批判している。・・損害賠償を求めて連邦憲法裁判所に訴訟する予定。47




アンゲラ・メルケル
1.男性議員中心のCDUで初の女性党首
2.年齢も45才と若く、旧東ドイツ出身
3.カトリック中心のこの党で珍しくプロテスタント
4.カトリックでは禁止されている離婚経験者
(『歯がゆい日本国憲法』クライン孝子、祥伝社、2000、p.254より)


倫理委員会の提言163-
「原発の問題は社会全体として判断する必要がある。もはや専門家に任せることはできない」
「原子力は、人類がリスクを計測できず、制御できない将来に対する負の遺産」
「過酷事故が再び起こることは確実であり、唯一確実でないのは、それがいつどこで起こるかということだけだ。」
「ミスしたときの費用を他人が負担してくれる場合、自己欺瞞が生まれやすい。ビジネスの利潤は企業の懐に入り、損失は社会全体が支払うシステムは、リスク管理に失敗する。」
「経済、社会、あるいは環境に著しい悪影響が生じない限り、原子力の止揚をできるだけ早くやめる」

提言書は「原発をやめる」という基本路線を打ち出しただけ。細かい数字は出していない。

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by eric-blog | 2013-05-30 10:16 | ■週5プロジェクト13 | Comments(0)

原発のコスト エネルギー転換への視点

原発のコスト エネルギー転換への視点
大島堅一、岩波新書、2011.12.20
1987冊目

原子力発電にかかるコストは「発電原価」だけではない!


2013/05/27 【福島】ドイツ国会議員を迎えて 5.27フォーラム「なぜドイツは脱原発を選択できたのか?日本の私たちにできること」
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/81943
ベアベル・ヘーン氏(ドイツ緑の党連邦議会議員・会派副代表)
さんは、未来の世代に残すつけの大きさを考えた時、原発は選べないという。
2012年、ドイツの電力売電量は過去最大であったと。
大企業から、取り戻す試みでもあると。
いまだに、周りの国は原発推進である。もしも、彼らが「未来の世代へのつけ」を理由に反対するのであれば、ドイツは国際的にも脱原発へと動くことを推進するんだろうなあ。講演会でははっきり言わなかったけれど。
エネルギーの安定供給が再生可能エネルギーの場合は課題だから、近隣諸国の理解と協調は不可欠だもんね。

環境倫理には三つの「公正さ」の原則がある。
◯現在の世代の間で
◯未来の世代との間で
◯さまざまな生物種の間で
原発が「倫理的に受け入れがたい」技術であるというのは、これらの三つの原則すべてを脅かすせいであることは、簡単に諒解できることだろう。


大島さんは原発のコストを次のような観点から整理している。
◯人的被害
◯損害賠償
◯原発推進のためのコスト
それらの社会的費用は、私企業が支払っていないコストである。
『私的企業と社会的費用』カップ、

「とにかく原発をなくすことについては、困難さのみが強調されている。だが冷静に考えてみると、原発こそが日本社会に膨大なコストをかけさせている。」

第一章 恐るべき原子力災害
1. 福島第一原発で何が起きたのか
2. 深刻な環境汚染
3. 人体への影響
4. 生活への影響

第二章は賠償。第三章 政策コスト、発電コスト、バックエンドコスト

海洋への汚染水の流出、大気中への飛散量などは、ため息がでる。


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by eric-blog | 2013-05-29 14:35 | ■週5プロジェクト13 | Comments(0)

電力の社会史 何が東京電力を生んだのか

■2014年8月30日 本間龍講演会 録画
http://www.hayariki.net/tobu/ktttv.html


■電力の社会史 何が東京電力を生んだのか
竹内啓二、朝日新聞出版、2013.2.25
1986冊目


1952年 「電源開発促進法」に基づき、政府出資の電源開発株式会社(Jパワー)
     国か民間か
1953年 アイゼンハワー米国大統領による国連演説「アトムズ・フォー・ピース」
1954年、ゴジラと中曽根と原子力
1954年 日本で初の原子力予算成立、日本学術会議が常設の原子力問題委員会発足
1955年 日米原子力協定調印、原子力三法(基本法・原子力委員会設置法・原子力局)
1956年 原子力委員会、原子力長期計画第一次長計、高速増殖炉(FBR)目標
1956年 日本原子力研究所(原研→日本原子力研究開発機構)、原子燃料公社(動燃)
1957年 日本原子力発電設立、民間vs国主導の論争に終止符、東海1号機
1964年 新電気事業法によって9電力体制の維持
1965年、鉄腕アトムとオッペンハイマー
1966年 原電東海発電所1号路営業運転開始(1960年建設開始〜1998年停止・廃炉)
1967年 第三次長計、
1970年、大阪万博
1970年代 原発建設20基 (立地県についてはほぼ決着、この後は同じ場所に複数基設置へ)
1972年 『成長の限界』ローマ・クラブのレポート。原子力の急増を見込む
1973年 石油危機、石油依存71.4%からの脱却が課題に。
1974年、電源三法交付金と国土改造論。都会のお金を地方へ、地方の票を自民党へ
1980年代 16基
1986年 チェルノブイリ原発事故
1990年代 15基
1995年 「もんじゅ」ナトリウム漏れ事故
1997年 東海・動燃再処理工場事故
1997年 高速増殖炉懇談会(原子力委員会)「FBR実用化を白紙にする」
1999年 JCO臨界事故
2000年 電力自由化論争
2004年 六ヶ所再処理工場をめぐる論争
2005年 「原子力政策大綱」(長計)再処理FBRの問題が明らか、が従来路線
2011年 東日本大震災、福島第一原発爆発
2012年 「革新的エネルギー・環境戦略」


国や大企業など大組織が強い。そこに属している人は、自由な意見発表を許されないか自粛する。業界内部での論争が・・・
「原子力を減らして新たなエネルギー・ミックスをつくる」といった政策の修正案が推進派の中からほとんど出て来ない。

ドイツ
1979年 米国スリーマイル島原発事故
1980年 緑の党結成
1989年 バッカーズドルフ再処理工場の建設計画中止
1991年 高速増殖炉「SNR300」運転直前で放棄。
1998年 ドイツ・グリーンピースは55万人の支持者。
2000年 政府と電力会社が脱原子力で合意
2002年 原子力法改正「原発新設せず、段階的に撤退。」2022年まで。
2010年 メルケル政権が「34年頃」に先延ばし
2011年 福島原発事故後、2022年に戻す。

【参考文献】
原発社会からの離脱 自然エネルギーと共同体自治に向けて
宮台真司、飯田哲也、講談社現代新書、2011
だれがタブーをつくるのか 原発広告・報道を通して日本人の良心を問う
鈴木邦男+本間龍、亜紀書房、2013.2.28
「原発事故報告書」の真実とウソ
塩谷喜雄、文藝春秋、2013.2.20
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by eric-blog | 2013-05-29 13:53 | ■週5プロジェクト13 | Comments(0)

ドイツ反原発運動小史 原子力産業・核エネルギー・公共性

ドイツ反原発運動小史 原子力産業・核エネルギー・公共性
ヨアヒム・ラートカウ、みすず書房、2012.11.9
1985冊目

日本には「市民社会」がないと考えてはならない。しかし、フクシマ以前には、これらの抗議運動は、地元の農民や漁師の抗議、若い母親たちの抗議、野党の政治家や体制批判的な科学者たちの抗議が存在した。しかし、そこには国内的・国際的なネットワークが欠けていた。だが、このネットワークこそが重要なのである。

1973年 「地球の友」ドイツ支部の創設者ホルガー・シュトローム、反原発論を出版「Friedlich in die Katastrophe: Eine Dokumentation uber Kernkraftwerke」

1950年代後半に小型実験炉の建設反対運動
1957年 ドイツ連邦軍の核武装に反対する「ゲッティンゲン宣言」
1959年 ドイツ原子力法、核技術の推進と安全性の確保
1960年 「ドイツの核に対する不信感は理性的である。」原発設計技師。「平和的な原子力」に対する諸外国のいきすぎた熱狂は「原子力精神病」。音頭を取るのは投機家ではなく、技術者であるべきだ。
1968年 ヴュルガッセン原発建設反対運動
1968年 ネオマルクス主義は核技術をもっとも「科学的な」技術として支持。
1972年 連邦行政裁判所で「ヴュルガッセン判決」安全性の優先へ
1975年 ヴィール原発の建設予定地を占拠、不法活動への一線が超えられ、警察部隊が放水車で突入。裁判所が建設許可を取り消し
1977年 裁判所、破砕防護を原発に要請。コストが高くなり、電力会社、撤退。
1977年 カーター政権、核兵器に転用可能な核分裂生成物の「拡散」を憂慮、高速増殖炉と再処理工場の建設拒否。(米国)
1970年代 後半の抗議運動、増殖炉建設と再処理工場計画に集中。
1979年 「未来の核エネルギー政策」国会調査委員会活動開始。エネルギーの選択肢をキープすること、過酷事故の可能性を過小評価しないことに合意。
1979年 国際ゴアレーベン・シンポジウム、再処理工場の建設計画撤回
1985年 カルカー高速増殖炉、操業準備が整うと同時に停止に追い込まれる。
1986年 チェルノブィリ
1990年 緑の党、東西統一に反対の姿勢をとっており、内紛状態。

1966年 レイヴンズウッドの原発計画中止、米国、「最大想定事故」の際に、緊急冷却装置への信頼性の疑念から。

ドイツの反原発運動の持続性や成功は、抗議運動の内的構造からだけではなく、市民の抗議やメディア、政治、行政、司法、そして科学の相互作用からも説明される。

新しい啓蒙としての反原発運動。

原子力に対する抗議は、68年の学生運動かと環境運動とを結びつける決定的な絆となった。それがなければ、緑の党の成功は説明できないだろう。25
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by eric-blog | 2013-05-29 13:52 | ■週5プロジェクト13 | Comments(0)

くさる

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くさる家に住む。  人と人、人と自然が共生する10の暮らし方
つながーるズ、六曜社、2013.2.25
1984冊目

驚いた。岩崎俊介さんの八郷の家が紹介されているではないか。1992年のアースサミットにNGO代表として「市民フォーラム2001」をたばねて参加、その後の1994年人口会議では政府代表団にも入って活動。日本ボランティアセンターで活動していたつれあいの美佐子さんと二人で、11年かけて家を建てたという。まだ未完であるその家は、これからまだ9年かかるという。

「生きる」ということを考える拠点にしたいと。

やっぱり、岩崎さんはデザイナーだったのだねぇ。普通に建てれば一億円はかかるだろうというものを1/4ぐらいのコストで、自分たちでこつこつ。最初の6年はビニールハウス住まいであったというのだから。

まさか『くさる家』に紹介されていようとは。

実際に、自分が住んでいた家が、根太がくさり、たたみがかしぎ、じめじめしていたもんだから、つい気になって読んだのだけど、そんな家は一つもなかったなあ。みんな、しっかりしたもんだ。

家という点が、もっと広がって、「くさる町に住む」ということになると、壮大だねぇ。

小川町の桑原さんとバイオガスプラント、桜井さんとソーラーライトも紹介されている。

ストローベイルハウスも紹介されている。

グリーンフェローという4階建てで、テナントさんとともに作り上げている空間。

深沢の区営住宅、環境共生住宅。

生き方カタログだね。
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by eric-blog | 2013-05-29 07:15 | ■週5プロジェクト13 | Comments(0)