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日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告

日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告(1)
古荘純一、光文社新書、2009

日本の子どもと自尊心 自己主張をどう育むか(2)
佐藤淑子、中公新書、2009

自信力はどう育つか 思春期の子ども 世界4都市調査からの提言(3)
河地和子、朝日新聞社、2003

◇日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告(1)
子どもの自尊感情についての調査はまだ確実なものはない。(1)

日本人は潜在的な意識の部分では自分を認めたいという本心を抱いており、・・・これは・・・分化、民族にかかわらず共通であるが、・・・その思いを抑圧する傾向が日本人にはある、(1,p.44)

これは山岸俊男さんが指摘していたことだが。
http://ericweblog.exblog.jp/11518743/
自己報告型のアンケートなど、人目がある場合は、本心を抑圧する。

では、日本の子どものQOLはどうなのでしょうか?(1)

子ども版QOL尺度を作りました。「子どもの主観的な心身両面からの健康度・生活全体の満足度」
8才以上の子ども版QOL尺度は、6つの領域で構成されています。「身体的健康度」「情緒的ウェルビーング」「自尊感情」「家族」「友達」「学校生活」(1,61)

自尊感情はQOL尺度の大事な一部分。それと学校との得点が低い。

自尊感情は、4年生あたりから顕著に下がりはじめます。(1,81)
幼児的な万能感から自尊感情は低下していく。それがこんな自分でもいいや、という感じであがっていくのが普通のパターン。しかし、日本の子どもの現状では、・・・ずっと下がりっぱなし。

ドイツ、オランダと比べて、低い。

第4章 なぜ子どもたちの自尊感情が低いのか

1.親自身も高くない自尊感情
2.子育てに対するぴりぴりした社会の雰囲気やそこから来る親の態度に対し、「心理的虐待に類似した受け止め方をする子どもたち」
3.学校で受けるストレスと自尊感情の低下
4.KYという言葉に示されたゆとりのなさ

息が詰まりそうな閉塞感の強い社会(1,127)

では、著者の専門、医療の現場で診る子どもたちはどうなのだろうか?

現場の学校関係者の持っている意見を以下のような点にまとめることができる。(1,177)
1.30-40人のの学級経営に、担任一人では限界を感じている。
2.担任は種々の子どもの対応に苦慮している。
3.発達障害のある子どものことについて、担任は誰に相談したらいいか悩んでいる。
4.子どもの背景にある家庭の問題には、さらに手がつけられない。
5.モンスターペアレントなどもあり、そんなこんなでゆとりがない。
6.学校全体が「慢性疲労状態」

子どもは3-4年生で学校の勉強はやっても無意味だと考えるようになる。授業が苦痛になる。30人以下の学級が望ましい。子どもが望むような教育を。

第7章 社会・教育病理現象と自尊感情

◯学力低下挑戦する気のない子ども。PISAは日本の教育を「多くの国の労働市場からすでに消えつつある仕事の種類に適した人材育成を主に行なっているというリスク」を冒している、と。

まずは、お母さん、お父さんの自己を肯定する。

◇日本の子どもと自尊心 自己主張をどう育むか(2)

日本社会の謙遜、達成主義の強さとそれを自尊感情の高さに結びつけることなく、平常心に戻る。悪いことではない。しかし、これからの育ちを考えた時、このままでいいのかどうか。あるいはこのままが続くのかどうか。それを検討したのがこの本である。

自己主張を相互に受容する安定した人間関係を構築すること、自己決定すること、自発的に課題に取り組むこと、個性を活かすことなどを育むには、セルフ・エスティームです。(2,176)
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by eric-blog | 2011-09-30 14:12 | ■週5プロジェクト11 | Comments(0)

第1感 最初の2秒のなんとなくが正しい

第1感 最初の2秒のなんとなくが正しい
マルコム・グラッドウェル、光文社、2006
Blink The Power Of Thinking Without Thinking

カードを4つの山から引く。赤いカードは大きく負けるか大きく勝つか、青いカードは小さいが確実に点数が増える。70枚ほどもカードを引いたところで、たいていの人はこのルールがわかるようになり、行動が変わる。

ところが実際には10枚ほど引いたところから、赤いカードを引く時に、手に汗が出る、動悸が速くなる、などの変化が身体的には現れている。

夫婦の会話をビデオで映して、20の感情に分け、分類し、その量をはかる。1秒ごとにコーディングするのだ。この研究をしているゴットマン自身は、15分のビデオを見れば、15年後、その夫婦がどうなっているか95%の確率であてるという。27

ポイントは「軽蔑」という感情だ。上下関係を作ろうとする感情なのだそうだ。

一方で、第1感は、偏見に左右されていることも多い。

ジョン
ボブ
エイミー

などの名前と、男性か女性かをわりふってもらう。これは簡単。

しかし、以下のようなリストを
リサ
マット
洗濯物
企業家
「男性または職業」と「女性または家族」にわりふるのはちょっと難しくなるが、どうってことない。混乱するのは「男性または家族」「女性または職業」という組み合わせで割り振れと言われた時だ。86

わたしたちの直感が偏見や社会通念に縛られていることがわかる。
黒人に対する偏見もそうだ。それを覆すのは、黒人に対するポジティブな経験、じっくりつきあったことがある、などによって可能になる。

瞬時の判断力は、総合的に多くの情報を得てから下そうなどと思ったり、自分の選択を言語化したりすると、働かなくなる。大規模な軍事演習でも、情報収集型意思決定グループと(こちらのグループでは、部下や部隊からコンスタントに情報と報告を求めることになる。)、意思決定を現場にまかせて大きな方針だけを示すグループとで戦った。結果は後者の圧勝であった。

これはなんとなくわかるね。

警察による「誤射」の事例も検討されている。思い込みによる瞬時の判断が引き起こす悲劇だ。

楽団のオーディションに「仕切り」が導入されたことで、ホルンやトロンボーンなどの「男性的」なパートに女性がやっと進出できた。やれやれ、だ。

適応性無意識 adaptive unconscious
無意識は、環境にすばやく適応して、最適な判断を下そうと、しているということ。しかし、気をつけないと、曇ってしまうものでもあること。

Blink, before you think! 
Think, after you blink!
すばやく動くためには考えず、同じ間違いをしないためには考える。両方が大切なようだ。
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by eric-blog | 2011-09-29 08:33 | ■週5プロジェクト11 | Comments(0)

子育て支援に従事する方に対する研修プログラム案

対象「子育て情報・支援ネットワーク」に従事するスタッフの方、予定の方、   実施を検討する市町村職員の方、その他

テーマ「親との関係づくり〜親をエンパワメントする」

ねらい: 
◎ 子育てに必要な「セルフ・エスティーム」を育てる力をサポートする
◎ 人間関係におけるポジティブなコミュニケーション力を身につける

セッション1 すべては「セルフ・エスティーム」から始まる
10.00-12.00
1. なぜ、いまセルフ・エスティームか?[ミニレクチャー]
2. 「わたしのいいところ10個」
3. 傾聴
4. 「IALACわたしは能力のある愛すべき存在です。」[ハートのワッペン、物語シート]
5. セルフ・エスティームを育てるもの、その背景となる価値観[グループあるいはペア作業]
6. ふりかえりとまとめ[個人作業→全体共有]

セッション2 大切にしたいものを前向きに伝える
13.00-15.00
1. IALACの対立の場面 「わたしメッセージ」を考える
2. 「対立の場面」のふりかえり[事実と感情・価値観のふりかえり]
3. 共感的傾聴
4. 「わたしメッセージ」を考える
5. コミュニケーションの心がけ[ペア作業→全体作業]
6. ふりかえりとまとめ
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by eric-blog | 2011-09-28 17:34 | □研修プログラム | Comments(0)

選択の科学

選択の科学
シーナ・アイエンガー、文藝春秋、2010

シーク教の教えに従って育てられた著者が、アメリカの学校で「選択」こそが力であることを学んだ。

そして、この本は著者によるコロンビア大学ビジネススクールにおける特別抗議のまとめ。

選択について、考慮されるべき事柄が、その連続講義の一つひとつのタイトルに込められている。

第一講選択は本能である
第二講集団のためか個人のためか
第三講「強制」された選択
第四講選択を左右するもの
第五講選択は創られる
第六講豊富な選択肢は必ずしも利益にならない
第七講選択の代償
最終講選択と偶然と運命の三元連立方程式

生物はどのような状況において、状況を自らコントロールすることを求める。そして、それは「選択」を通した働きかけである。

文化的に集団優先の文化と個人を優先させる文化があり、個人はその文化的影響を受けている。子どもが、自分の選択について親に報告すると告げられた時、個人主義的文化では、「なぜ、親に言うのか。関係ない」と怒る。集団主義においては、「わたしがちゃんと選択したことを親に言ってね」と確認する。

とはいえ、知らず知らずに大勢に影響されているのが個人の選択である。つかず離れずの関係にあるのだ。

さらにおもしろかったのは、「豊富な選択肢は利益にならない。」これは、マーケティングにも活かされているらしい。24種のジャムと6種のジャムの試食で、人の購買行動につながるのは6種なのだ。この実験は筆者によるもの。
また、三種からの選択肢の先に三択、さらにその選択肢の先に三択という三段階までの選択が限度であること。

など、人間の認知のパターンの限界と特徴が選択という行為に働いている。

選択の結果について、人が罪悪感を感じる程度は、自分が決定したか否かにある。『ソフィーの選択』という小説を引いて、彼女の背景に、彼女が下した選択が重く影響していること。特に、命の選択である場合。

いい本である。
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by eric-blog | 2011-09-27 09:50 | ■週5プロジェクト11 | Comments(0)

逃げる百姓、追う大名  江戸の農民獲得合戦

逃げる百姓、追う大名  江戸の農民獲得合戦
宮崎克則、中公新書、2002

1995年の『大名権力と走り者の研究』を新書とした。江戸時代前期、16-17世紀は、戦乱が治まり、開発に力が入れられた時代だった。まだ、「惣(むら)」が確立しておらず、個人が個人的なつながりなどを手がかりに、別の場所に移り住むことが行われていた時期のメカニズムを描き出したもの。

史料は豊前国細川領からのものであるので、現在の福岡県にあたる。

二つの意味で興味深かった。

一つは、塩見鮮一郎さんが言うように、「中世、まだまだ移動民が多かった時代、最後に移民してきた人々が、比較的不利な居住地、不利な職業についた」結果としての部落の成立という仮説だ。

一つは、トルコで感じた「人の移動は家族親戚中心」であり、日本では村の結束が、今回の震災でも示されているように、強いのか? という比較の問題として。

「走り者」は、走り出る地域においては土地無し農民であるのだが、移住先では本百姓になったケースも多いという。走る前よりも生活条件の改善の見通しと保証を感じて、「走る」のである。また、開発途上にあった地域では、それも可能であったはずだ。

江戸時代前期、大名はまだ直接領民を支配していた。そのために、「走り者」の返還を求める書状を交わし、また走り者の返還も、交換条件的に、相互的に行っている。

しかし、惣=ムラの成立とともに、大名の支配は惣単位に対する支配となっていく。また、大名自身も江戸への参勤交代と妻子を人質として江戸に住まわせる結果、江戸生まれが多くなって行く。結果、支配地との関係は年貢の収受のみになっていく。さらに、士分の武士たちも、「○石取り」と言っても、領国との関係は薄くなり、ほとんどサラリーマン化していく。

その結果が、領地とのつながりの薄い武士たちが、明治維新の時に「会社がつぶれた会社員」と同じように、失業してしまったのだという。ホントウに「石取り」の領地との関係があったのであれば、明治維新による失業状態にはならなかっただろうと。

新田開発などの開発かまびすしかった江戸時代前期、百姓も大名も、大忙しだったのだ。そこから、生産量が安定した時代に、どのように移行していったのか、そのあたりも知りたいね。

この前、高野山に出かけた時、高野山という宗教団体は、また、産業集合体であったのだなあ、と、感慨を新たにした。弘法大師が、各地の開発、橋をかけるなどの公共事業に力があったことは、よく知られている。が同時に、きらびやかな装束、たくさん灯される蝋燭、キンキラキンの仏具など、手工業も、起こしたのではないか。それらは、いまも永々と再生産の体制が続いているのだ。

中世のキリスト教がなぜあのように華美になったのかも、知りたいことの一つなのだけれど、高野山を思うと、両方ともに、人類史的に、手工業的産業が成立していった時に、産業集合体の象徴として、あの華美やかさがあったのではないだろうか? と、思ったのでした。

走り者は、成功と生活条件の改善を求める、人の姿であったのだ。

外国人労働者の問題が起こる時とは、成長途上の時。いまどきの日本に殺到する「走り者」はいないよね。
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by eric-blog | 2011-09-27 08:57 | ■週5プロジェクト11 | Comments(0)

ERICnews110926 at ERIC 主催研修報告


・‥…━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━…‥・
ERIC国際理解教育センター ニュース
ESDファシリテーターズ・カレッジ 〜at ERIC 〜 2011/09/26
・ ‥…━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━…‥・

(文責:かくた)
教師教育ということばを最近よく聞きますねぇ。

「教育についての熟議」とかにも参加したりしましたが、3.11以降の原発対応をフォローする方に、思わず力を注いでしまいました。文部官僚も官僚なのではありますが、3.11後の高木文科大臣の「みなさんの未来を全力で支援します。」というコメントにジーーーンと来ていただけに、20mSv問題への対応は、少なからず、ショック、でした。

それでも、事態は動いているのだと思います。来年度からは「放射線教育」に力を入れるというのは、既定であったわけですし。

ERICがESDファシリテーター養成を始めたのが2000年。参加型学習によるESD持続可能な開発のための教育を行なうファシリテーターの育成。それは「教師教育」と一致するところも多いはず。

教員養成に、「参加型学習の教授法」を必須にして欲しい。

それは、1989年の設立以来の変わらない願いです。

どうすれば、それが実現するのだろうか?

政治力はまったくないので、自分たちがその指導カリキュラムのモデルを実践しようではないか。

それがこのESDファシリテーターズ・カレッジ。

2000年以来、主催研修、at ERIC、ERIC事務所で開催されたものは、60回にものぼる。

ただ、今回のスキル指導「わたし」価値観を育てるファシリテーター養成講座を行なって、とても感慨が深く、そして感謝の念を強く、あらためて、思いました。

とても貴重な成長の機会を、いただいているのだなと。大学の教員をしていても感じているのですが。

特に、指導者育成は、その指導をする人も参加する人も、立場的に近いだけに、双方的な学びが大きいように思います。

教育的指導者育成は、双方的かつ協同学習的なものの方が、力がつきます。共に育つということが、教育の究極的な目標でもあるからです。

今回は「価値観を育てる」ということはどういうことか。を共に「みんなの頭で考え」ました。とても、刺激的でした。いつものように、特に「ファシリテーターのふりかえりミーティング」が。だったかもしれません。

七賢人効果であったのかもしれません。

:*: :*: ・・スキル指導ファシリテーター育成12時間研修・・・・:*: :*:

こんな要素が、12時間研修には含まれるとよいのではないでしょうか?

□スキル演習のアクティビティ
□流れのあるプログラム
□構成主義的アプローチと経験学習・発見学習を「スキル」指導に活かす
□スキルを育てる手だてとカリキュラム
➢ジャーナル
➢アクティビティ
➢プログラム
➢環境・風土学校全体アプローチ
➢個への働きかけ
□省察的実践力をつける
□指導実践・ファシリテーション実践
□プログラムづくり
□コミュニティの課題解決
□個人的行動計画

人権12時間研修の要素と比べてみると、

◇ アクティビティの体験
◇ 流れのあるプログラム体験
◇ 参加型人権教育の学習方法・指導法の特徴とすすめ方
◇ 人権教育の目標と課題
◇ 人権教育の今日的課題
◇ 人権教育のリソースの活用とネットワーク
◇ アクティビティ開発
◇ ファシリテーション実践
◇ プログラム立案
◇ カリキュラムの構築
◇ 個人的行動計画

「目標と課題」についての意識化が欠けていたなあと思います。
というのも、「ESDは価値観の教育である。」と言われはするものの、「価値観を育てる」ということはどういうことかを正面から取り上げた研修などには出会ったことがありません。ですから、スキル「わたし」価値観を育てる指導者育成の「今日的課題」というのを考えることが難しいと感じました。

まったく新しいことに挑戦しようとする時、このようなことが起こっているのです。

「本当に新しいコンピテンスを学ぼうとする時のパラドックスというのは、生徒は、最初、何を学ぶ必要があるかがわからないのだ。自分自身を教育することでしか学ぶことができない。そして、いまだ自分が理解していないことをやり始めることでしか、自分自身を教育することができない。」p.93*

道徳? 倫理? これらは「価値観」を育てているのではないの?

物語? お説教? 熱血トーク?

価値観を育てるために大切なことは、

◯from within 必ず、「わたし」自身の内側から湧いてくるものとして。
◯価値観と行動の一致につながるものとして、
◯内面外面深層を分裂させることなく、 
◯ESD的な価値観を共有
するためのものとして

行なおうとすることが、とても大切なことなのだろうと思いました。そして、これらの要素は、従来の道徳教育では重要な要素として強調されてはいないのです。

ということで、今回、「わたしたちは価値観をどのように身につけてきたか」というような共有は、時間と、発見と再発見による引きずられにかかるエネルギー・ロスを思うと、あまり有効なアクティビティとは思えませんでした。

新しいものを共に学ぶ。

そんな時間に集中したい。

*Educating the Reflective Practitioner, Donald A. Schon, 1987 より

:*: :*: :*: :*: ・・・・とはいえ、どっきどきの初挑戦・・・・:*: :*: :*: :*:

何年もやっていますから、毎回毎回何か新しいこと、というのも、本当に「新しい」のか、それとも以前もやっていたはずなのに、忘れただけなのか。

まあ、でも今回の新たな挑戦
◎ GlassPaintでシールづくり
◎ セッション進行のノート作成(板書)
◎ 積み上げ型傾聴
◎ 手遊びトーク
◎ セッション予測およびふりかえりのワークシートを準備した

:*: 百均で買った「GlassPaint」。シールを作ることができるグッズ。乾かす時間がかかるので、二日間に渡って、継続したアクティビティとなったのが、楽しかった。スキル・アップについて考えることができました。

:*: わたし自身がいつも手元記録で書いているものを、今回はホワイトボードに書き出してみた。だからあえて参加者の様子についてのつぶやきまでも。最初は6セッション分全部書けるとは思わなかったのでセッション1は消してしまったのだけれど。いま、ふりかえってみると、6セッションならば書ける! 次回は6セッションを書くことにしよう。そうすると「記録」係も要らないね。

:*: これはおもしろかった。『未来を学ぼう』のp.96「聴く力」のセクション解説に、「相手の言っていることを聞くことで、自分自身が変化してしまうかもしれない可能性を閉ざさずに居る姿勢」とあるのです。今回、「聞く姿勢」の傾聴のトレーニングの後、「変化してしまった自分」に焦点をあててフィードバックする「積み上げ型傾聴」もやってみました。これはすごいなあ。「学び続ける姿勢」が問われると同時に、自己中でない学びとは何かを考えることにもなるよね。あるんだろうか、そんなもの?

:*: そして、感情が強く動かされた後のセッションでの「てすさび、手遊び」ガジェット、小物をいじりながらのリフレクション。少し、気持ちを別のところに持てる気がいたします。

:*: 価値観を育てるということは、感情が強く動くということ。感情が強く動くということは、その感情を扱う準備をしている必要があるということ。

:*: 震災から半年。地震や津波のメカニズムについての学習案は、3月14日早々にイギリスから提案されたものがありました。しかし、その追体験のような扱い方は、ようやく、少しは、取り上げることができるようになったかなあ。

:*:  V&V『未来を学ぼう』には、「嘆きと苦しみを共有する」とか「嘆きのタブロー」とかのアクティビティが含まれているのです。これまでは、実践したことのなかったアクティビティでしたが、いまが、その時だと感じました。

:*: :*: :*: :*: ・・・・まずは、二日間記録です。・・・・:*: :*: :*: :*:

スキル、技能、技術というものは、「できる」か「できない」かがはっきりしているはず。にもかかわらず、「価値観を育てる」スキルが身に付いたかどうかを、今回の研修で確信できた人はいるだろうか?

価値観を育てるための「経験学習的アプローチ」とは、次のようなものになるに違いない。

体験する、ふりかえる、感情と価値観を確認する、一つの行動の背景にある「さまざまな感情・価値観」の中から「大切なもの」「育てたいもの」を確認する、その価値観を実現する行動へと応用する。

そのプロセスを何度も、何度も、入れ子のように、行なった二日間でした。

:*: :*: ・・2011年9月24日(土曜日)
セッション1 共通基盤づくり11.00-13.00
11.00名前シールづくりをふりかえる*
・気づいたこと・感じたこと・学んだこと
・ 指導のポイント*

*GlassPaintで「名前シール」を作るところから、入ったのです。参加者が揃うのを待ちながら。後から来た人がとまどっていたけれど。

*というよりは「経験学習的に「体験・ふりかえり・一般化・応用」することでスキル・アップをはかる」をもっとクリアに、導入すべきだった。

11.30セッション1「共通基盤づくり」を予測する[ワークシート1]
・問い1-4について話し合う→全体共有→板書
・ ふりかえりのノートテイキング
12.15傾聴チベットメディテーションによる「心・からだ・頭」の説明
・傾聴の4段階、V&V「聞く力」による説明に鑑みて「話を聞いて、変化した「わたし」について語る」積み上げ型傾聴を試行してみる。
12.20話し合いの心がけ [ペア→全体共有・板書]
12.45バックヤードツアー[ペアで、5’]
12.55ふりかえり[5’]
13.00終了 [積み残し課題の確認=S.1のふりかえりの共有]

セッション2 流れのあるプログラム 『未来を学ぼう』を使って 14.00-15.00 
14.00V&Vのp.7「やってみよう」を共有することで、ファシリテーターがプログラムの流れを説明。テーマを「震災をふりかえる」とすることを共有・確認。

14.08「今日の世界は・・・」[個人作業 30”→全体共有・ポップコーン方式・板書=模造紙成果物]

14.15「写真の世界」DAYS JAPANとナショナルジオグラフィの雑誌から一人ひとりが選ぶ
14.17「静けさの時」p.132 イメージワーク[個人作業2’30”程度]

14.20写真のイメージを、ペアで共有→どんな感情が共有されたか? 写真の背景を考える。よい方向にお話を作る。
14.48ふりかえり 「どんな力が育まれたか?」*
15.16嘆きのタブロー [4人ずつのグループで人間静止画を作り、その状況での一言を、叫ぶ]
15.37解凍しながら、その一言について共有する。
15.47「あなたにとって、援助とは?」p.186 どんな援助がありえるか? [全体共有・輪読]
15.55終了

*ファシリテーターをした佐藤宏幸さんのふりかえり。「流れの中で思い浮かんだ問いを素直に口に出せたのが良かった。言う30秒前ほどに浮かんだ問い。参加者の気づきにつながってうれしい。」

セッション3 ふりかえり V&Vのテキスト、カリキュラム、教授法について 16.05-18.00
16.05手遊びガジェットで心ほぐし。ゆっくりとセッション2をふりかえる。

16.15ワークシート [個人作業3’→三人のグループで共有 5分]
参加型学習の教授法の理論的背景 5つ
体験したことを5つの理論で説明してみよう。[グループ3つで]
◯経験学習○全体言語○協同学習

16.48全体共有
◯全体言語について 二時間、文字も欠かずに学んだ。わかるのではなく、身に付く。心に落ちる。身体識に気づく。言語化することで、頭脳識化する。また、身体識に戻る。自分自身を統合する。一体化する。価値観と行動、からだと心を一致させる。
◯構成主義・経験学習について体験→ふりかえり→一般化→応用 消化する昇華する。進化する・深化する。自分自身が構築する。概念がトルネードの推進力。ガイディングスター。価値観・理念・概念それをふりかえり、省察のための点検の視点とする。
◯協同学習について協同学習を支えるのは「傾聴」豊かに追体験することで学びを豊かにする。人間が積み上げてきたものを追体験できる方法論でもある。

17.17ノートテイキング[個人作業2’]
「ワークショップの教授方略」を読みながら、書き加え、点検、成長。
17.28セッション2のプログラムの流れをふりかえる。「良かった点・改善点」
18.00終了

:*: :*: ・・2011年9月25日(日曜日)
セッション4 プログラム立案
9.00-11.30
9.00Glass Paintをスキル・トレーニングとしてふりかえる
9.04昨日のふりかえりのeQi[5’]
9.263.11をふりかえる(ワークシートを使って)[5’]
9.38傾聴 共感的傾聴 [ペア作業]
9.55「さまざまな感情」[個人作業2’→3人一組でふりかえり]
    価値観をふりかえる。「大切にしたい価値観」、そして「点検の視点からの確認」をした上で、グループで合意できたものを発表。

10.38プログラム立案[個人作業10’]
11.00マゴリス・ウィール
プログラムをペア作業で完成させる。
11.30終了

セッション5価値観を育てる手だてやカリキュラムのいろいろ
12.35プログラム・クリティーク「良い点・改善点」[10’]ペアで左隣のペアの作ったプログラムについて
改善をふりかえる=自分たちの技術を省察する。→クリティークの視点を共有する。
自分自身のプログラムを、再び見直す。

13.32月間・年間計画表で、手だてを考える。
13.53全体共有
いい指導者・危険な指導者ファシリテーターに求められるもの
14.05

セッション6個人的行動計画づくり
14.15-16.00
14.15「危険な指導者」をコミュニティの課題として考える。
後だし負けじゃんけん
14.40コミュニティを育てるためのステップ1.2.3、力の場の分析、などの枠組みから一つ選んでグループ作業。
14.53個人的行動計画を月間・年間計画表に記入する。
未来を築くインタビューをペアで。
全体のふりかえりをサークルタイムで
・ 自分自身の目指すファシリテーター像に「名付け」をする。
・ 二日間の気づき、学び。
16.00終了


:*: :*: :*: :*: ・・・・参加者の成果物より・・・・:*: :*: :*: :*:

いつもはあまり「成果物」起こしはしないのだけれど。
今回は、少し、ご紹介します。( )内は、跡づけコメント。

◇ スキル指導について、GlassPaint名前シールづくりからのふりかえりから
・ 得手不得手、好き嫌いがありそう。(ならば、価値観を育てるスキルにも?)
・ 完成形や見本がないと不安 でもあるとそれをまねるだけ
・ 多様な学びのスタイルがある
・ 楽しく行なうこと、ちょっぴり競争的でもある。(互いからすばやく学びあえるね)
・ 目標や目的は言った方がいいかも。(すみません。作ることが目的ではなく、「手作業する」ことが目的だったもので。)
・ 「技術的合理性」の高い専門家と、低い専門家*(ごめん、ことばの勘違いがありました。)

*これも今回、ショーンから新たに導入したかった概念です。ワークシートまで作っていたのに、言及するチャンスがなかった。「専門家育成」の課題を整理するところまでいかなかった。「危険な指導者」の課題は「コミュニティの課題」なのだという方に、焦点が移ったので。

◇ セッション2をふりかえる「良かった点・改善点」
・ 感情の高まりと静けさの時のような、強弱が良かった。
・ V&Vが「テーマの選び方」について、身近な、意味あることと、と言っているが、今回「震災」を選んで、共通項としてとても良かった。
・ 震災前、震災後で「価値観」の変化をふりかえれれば良かった。
・ そのために導入の「今日の世界は、」を「震災後の、今日の世界は」にすればいい。

◇ プログラム・クリティークを行なってみて、そのふりかえりを省察する。
・ ねらいが達成される内容か?
・ 学習者の意識の流れに沿っているか?
・ 全体の活動形態のバランス。個人作業、ペア作業、グループ作業など。
・ ねらいの背景にある価値観は明確か。
・ スキルを通して価値観を実現する。
・ 習熟したいスキルに焦点をあてたトレーニングがある。
・ 学んだことを応用するということは、日常を向上させるためにある、であれば、日常を掘り起こす作業が必要。
・ ふだんの人間関係があるところでの難しさ。「あり続ける人間関係」を意識化する。その人間関係を成長させたいのだということを学習者と共有することはできないか?
・ だからこそ、カリキュラムや見通しや学校全体アプローチや、風土づくりが大切だし、不可欠。

◇ スキル指導をする「危険な指導者」とはどんな指導者?
・ スキルは価値観を行動に移すためのステップ、ツールであるのに、そのスキルそのものを目的化してしまう。
・ 「このスキルの指導さえやっていればいいのだ」と目標を矮小化してしまう。
・ 目標の矮小化は、指導をやりやすくする、チェックや評価をしやすくなる、成果を見せやすくなる。など。
・ 「易きに流れるな」
*しかし、「危険な指導者」個人の問題ではなく、その存在の背景にある「コミュニティの体質」そのものが価値観を含んでいる。
だから、「コミュニティの体質」に気づき、その改善対策を考えることが重要。

◇価値観を育てるファシリテーターに求められるもの
・ 自分自身の価値観を自覚している。
・ 正直、寛容、公平さ
・ 受容、エンパワメント、ポジティブ思考、セルフエスティーム
・ 気分転換につながる問い
・ 参加者への信頼


:*: :*: :*: :*: ・・・・初挑戦の次は習熟のための再挑戦・・・・:*: :*: :*: :*:

ということで、引き続き、ERIC主催研修「ESD fc ファシリテーター養成講座」次回 スキル「あなた」編も、価値観を育てるに焦点をあてます。

テキストは『対立は悪くない』です。

2011年11月26-27日に、「ESD fc ファシリテーター養成講座 スキル「あなた」対立を通して価値観を育てる」でお会いいたしましょう。

プログラム、要項は、近日ホームページにアップいたします。

10月は2011年度PLT第三回「エネルギーと社会」です。こちらもどうぞ。

:*: :*: :*: :*: ・・・・リスク・コミュニケーションについて考える・・・・:*: :*: :*: :*:

順調にすすんでいます。

次回の学習会は10月8日。そして、ゲスト・インタビューはチームクロスロード代表の慶應義塾大学教授の吉川肇子氏。10月24日10時30分から14時、です。ぜひご参加ください。

これまでの記録は、こちらのブログから。
http://focusrisk.exblog.jp/

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by eric-blog | 2011-09-26 18:22 | ERICニュース | Comments(0)

スキル12時間研修の要素とセッション1のノート

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by eric-blog | 2011-09-24 17:22 | □研修プログラム | Comments(0)

本質を見抜く力 環境・食料・エネルギー

本質を見抜く力 環境・食料・エネルギー
養老孟司、竹村公太郎、PHP新書, 2008

江戸時代、日本は行き詰まっていた。明治になって作られた地図を見ると、荒れ地や禿げ山がたくさんある。エネルギーを木材に頼っていた日本は、人口3000万人程度を保ちつつも、エネルギー不足に陥っていた。

明治維新は、エネルギー革命でもあった。そして、そのエネルギー革命のリーダーがアメリカ合衆国であった。P.19の「第二次世界大戦前夜の石油産出分布(昭和15年)は、アメリカ合衆国だけが突出して石油を生産していたことを示している。時を同じくして、フォードが自動車を作る。自動車産業が公共交通網である鉄道をつぶしたのは有名な話だ。

アメリカ合衆国の覇権は石油とともにあったのだと。

日本は、エネルギー効率が高く、その他の国と同じ削減目標をクリアするのはとても大変なのに、日本の外交には交渉力がない。京都議定書なんてとんでもない内容だ。二酸化炭素の排出権取引なんて枠組みは、なんのためにやっているのかわからない。カーボンオフセットは国内でならばまだしも、海外と行うなんて、現状追認にしかならない。

オランダの大企業に「これからは石油削減です。」などとインタビューで言わせておいて、ダッチシェルという石油会社が一方で売りつつ、一方で石油削減。そんなにいい格好の話じゃない。なぜ、インタビュアーは突っ込まないんだ?!

などなど、養老さんの怒り炸裂。確かに、日本は外交でも、メディアでも、議論不可能性の上になりたっているからなあ。メンツをたてるのは中国も同じだけれど、中国外交がしたたかなのはなぜ? 彼らは議論もうまそうだし、好きそうだ。

国保全のために、環境省、農水省、国交省などを統合すべきという提案はうなづける。虫好きの養老氏は、天然記念物の虫が文化庁の管轄というのが、腑に落ちないのだとか。

最後に神門善久さんとの鼎談が収録されている。
がそれはまた別のお話として紹介したい。竹村氏はすごいデータをたくさん調べているなあ。
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by eric-blog | 2011-09-24 09:03 | ■週5プロジェクト11 | Comments(0)

専門家の知恵 反省的実践家は行為しながら考える

専門家の知恵   反省的実践家は行為しながら考える
ドナルド・ショーン、ゆみる出版、2001
The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action, 1983

医師、弁護士、大学教授、建築家、都市計画者、教師、学芸員、カウンセラー、会計士、経営コンサルタント、看護婦、保健婦、栄養士、介助福祉士など、数々の専門家が、高度化し複雑化する社会の制度的な制約の中で、実践の越境性と複合性を強め、拡大する使命と責任を果たしている。(訳者序文より、以下も全部)

知識と技術と見識の総体にわたるパラダイムの転換。新たな専門家像。

生命科学の発展を基礎とする医療と倫理の関係。

人権思考の普及によって激増した訴訟における弁護士とクライアントと社会の関係。

テクノクラートに依存する企業経営とコンサルタントの関係。

学際的研究によって脱領域化する専門領域と大学教授の関係。

福祉施設や図書館等の公共施設における専門家サービスの要請。

複合的な危機に直面し複雑化する教師の役割。

精神的な危機に対応して爆発的に普及したカウンセラーの役割。

専門家の領域は人々の生活のすみずみに拡大し、大量の専門職が公共領域の基幹部分を構成するとともに、使命と権限と責任が問われる時代。

専門職Professionとは神の宣託を受けた、牧師、大学教授、医者、弁護士であった。

近代以降、教師、建築家、都市計画者、経営コンサルタント、カウンセラー、福祉士などに拡大するが、いずれも公共的使命と社会的責任において定義される職業であることは替わっていない。

「神の宣託」は近代社会において実証的な科学と技術に置き換えられた。
実証科学を基盤として形成された近代の専門家は「技術的合理性technical rationality」を根本原理として成立している。

科学技術と専門家の実践との間に知のハイエラーキーが構成される。

医療においてもっとも知的権威をもっているのは基礎医学である。応用医学。臨床医学。

専門家教育のカリキュラムも同型の構造をもっている。基礎医学を学んだ上で応用医学を学び、その後に臨床医学と実習経験を学ぶことになる。

基礎科学と応用技術の知的大径が整備された医者や弁護士は「メジャーな専門職」
看護士や教師、福祉士のような複雑な実践の専門職は「マイナーな専門職」として地位も待遇も低い。


しかし、ショーンは以下のように指摘する。
「技術的合理性」を固守し専門分化した役割に事故の責任を限定する専門家は、特権的な存在にすぎない。
この新しい専門家の登場を「技術的合理性」にもとづく「技術的熟達者」から
「行為の中の省察」にもとづく「反省的実践家」なのである。

「反省的実践家」はクライアントが抱える複雑で複合的な問題に「状況との対話」にもとづく「行為の中の省察」として特徴づけられる特有の実践的認識論によって対処し、クライアントとともにより本質的でより複合的な問題に立ち向かう実践を遂行している。

ショーンが描き出したのは新しい専門家の実践的思考のスタイルなのである。

「反省的実践家」の提起は、専門家教育や現職教育のカリキュラムを現実的な問題や事例を中心に再組織する改革を推進し、専門職の領域の知の構造に変革を迫るものとなった。

大学教育は、そのすべての領域においてアカデミックな教育から専門家教育へと移行すべきであると。

また、マイナーな専門職の実践を活気づける起爆剤となった。
「厳密性」の欠如という「マイナー」さは、実践状況の複雑さに由来しており、「行為の中の省察」を基礎とする「反省的実践家」の積極的な存在基盤になるのである。

Reflection in actionは、行為の後の省察reflection after action=反省を含むだけでなく、行為についての省察reflection on actionを含む。
状況との対話conversation with situationを展開しているだけではなく、「自己との対話」を展開している。

「反省的実践家」は「二重のループdouble loop」による思考を展開している。

専門職化は、気候や組織の官僚主義化や地位の特権化に結びついてきた。
そのことを批判し、なおかつ専門家の使命と責任を公共の福利へと結びつける思考が求められている。
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by eric-blog | 2011-09-22 20:00 | ■週5プロジェクト11 | Comments(0)

知事抹殺   つくられた福島汚職事件

知事抹殺   つくられた福島汚職事件
佐藤栄佐久、平凡社、2009

1939年生まれ
JC日本青年会議所の活動を経て、40歳
1983年、44歳で参議院議員初当選。大平総理の急死に伴い、「手作り」選挙の形に。それがその後の基盤と。
1988年、49歳で福島県知事。88万票を獲得して、圧倒的支持。
2006年、第五期18年目に知事辞職、逮捕。2008年有罪判決、5年間の執行猶予。控訴中。

雪深い福島には、墓場に墓碑標をたてて、雪の中に埋まる墓を探すための目印とする風習がある。自分の死期が近いことを知る老人が頼むのだそうだ。

この本は墓碑標なのだという。心ある人が、そこを探せば、墓を見つけることができる墓碑標なのだと。「死んだ」のは、佐藤一人ではない。手作り選挙の応援団に参集したたくさんの人が、検察の取り調べに呼び出された。

杉山浩二総務部長、自殺未遂、入院中。もう一人、会津の支持者、自殺。
東急建設の支店長、二名、自殺。

そして、知事の弟も、共同正犯者として起訴、有罪判決を受ける。

知事になった時、まさに、リゾート開発まっただ中。「福島県リゾート地における景観形成条例」を制定し、マンション建設の高さ制限を可能にする。「うつくしま、ふくしま」をスローガンに。
2000年の大型店出店自由化によって寂れて行くまちに対して、「商業街づくり推進条例」を制定し、「集う」「商う」「住まう」まちなか再生三事業。アメリカやイギリスなどにも地域づくりの理念をもって、大型店の出店については地域との協議がなされていることにも学ぶ。

福島原発が最終的に使用済み燃料の保管場所にならないようにと、「使用済みの燃料は持ち出す」ことを、当時の通産省の担当課長と確認。しかし、一年後の1994年原子力委員会は「2010年ごろに、再処理に関する方針を決定する。」と原子力政策を変えた。

「国と福島県の約束を反故にして、福島県を代表する知事をだますということは、210万県民をだますこと」63

役人には顔がない。63

原子力政策を、国は事業体に丸投げしている。「国や電力会社だけに任せておけない」

2001年、エネルギー政策について「県民の声を聞く会」開催を始める。
2005年までに35回開催される。

「構造化されたパターナリズム」77

地方分権の道筋。権限、財源の委譲と役割分担の明確化の三位一体改革。その発信となったのが、福島県だ。しかし、バリアは大きい。

官僚制の「自己保存」の頑丈さ。国はムジナなのだ。

そして、第6章「逮捕」から180ページほどは、取り調べから裁判まで。
「なかったこと」を証明することの難しさ。「ある」とする証言には根拠を求めないのに、「ない」という側には「ないことの証明」を求める裁判。
取り調べにあたったのは、山上秀明検事。この人の名前も覚えておこう。
逮捕に連なる事態がくすぶり始めるのは2003年から2004年ぐらいから。執念深いね。

重い、本です。

福島県民は、自ら選んだ知事を殺され、そして、いま、原発事故で、殺されようとしているのか、中央に。という無念さが頭から去らない。

いまの枠組みで考えている以上、「同じ構造で同じ事故」が起こる。原発でも、えん罪でも。

どれだけのことが「隠されているのか」以下は、河野太郎さんの、「原発事故隠し」の指摘も。
まだまだ隠蔽されています
http://www.taro.org/2011/09/post-1092.php
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by eric-blog | 2011-09-21 10:26 | ■週5プロジェクト11 | Comments(0)