<   2011年 07月 ( 34 )   > この月の画像一覧

人権研修 2時間

1.気づきから行動へ[ミニレクチャー]
2.教室の中の世界探検
3.311を振り返る[「わたし」を育てる経験学習的アプローチ]
4.傾聴
5.コミュニケーションの力を育てるには?[ペア作業→全体共有]
6.コミュニケーションの2つの役割と環境対話法[ミニレクチャー]
7.ノートテイキング
8.正確に聞く傾聴
9.ペアを変えて「後出し負けじゃんけん」
10.頭でわかっていることがからだでできるまで[ペア作業→全体共有]


ericかくた なおこ沅
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by eric-blog | 2011-07-29 17:41 | □研修プログラム | Comments(0)

GCSE Science 科学についての考え方

藤垣裕子教授に紹介されたGCSE。

特に、p90p91をコピーしておきます。

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p.91にIdeas about Scienceがある。
新しい科学的なデータと説明は、他の科学者がクリティカルに評価を下した後、
より信頼できるものになる。このプロセスは「ピアレビュー」と呼ばれている。
科学者は他の科学者と、会議、書籍、学会紀要などを通じて、コミュニケーションをはかる。

科学者は新しいデータと説明を、他者がすでに報告している実験や観察を繰り返す
ことで、テストする。

科学者は、いくつかのデータがどのような意味を持つか、同じ結論に、常に至るわけではない。
ウェゲナーの大陸移動説についてのディベートは、このことについての一例を提供する。

Radiation and life
p.148
なぜ放射線を学ぶのか?
人間の目は一つのタイプの放射線を見ます。目に見える光です。(可視光線です。)
しかし、そこには「見えない」放射線もたくさんあるのです。
いくつかの放射線は有害です。
あなたは、次のような放射線による健康リスクを耳にすることでしょう。例えば、自然にある太陽光線、携帯電話からの放射線などです。
放射線は気候変動にも関係しています。そして、このことが最大のリスクなのです。

科学
科学は、電子レンジ、レントゲン、可視光線、その他の放射線もすべて一つの家族であることを示しています。これは、電磁波スペクトラムと呼ばれています。
地球の大気は太陽光にとつては、透明なように見えます。しかし、大気にあるオゾン層は、太陽光の中にある紫外線を吸収し、地球上の生命を守っている。科学は放射線がどのように大気を暖めるかを説明し、コンピューター・モデルによって地球温暖化を予測します。

科学についての考え方
放射線についてのメディアで報道されることを理解するためには、あなたは相関と原因を理解する必要があります。その知識があれば、健康についての調査報告を評価したり、リスクについての言われていることをどのように解釈すればよいかがわかります。

*************************
GCSE目次

前書き
自己評価
Biology 生物学の分野
B1 あなたとあなたの遺伝子

  A 共通点と異質点
  B 家族の価値
  C 人間宝くじ
  D 男か女か
  E 倫理 意思決定の必要
  F あなたの子どもを選ぶこと
  G 遺伝子セラピー
  H クローニング SFなのか科学が実現する事実なのか
    モジュールのまとめ(科学の説明/科学についての考え方)
B2 健康を維持する
  A どうしたの? 先生
  B 電子レンジの攻撃!
  C みんな抗体が必要だ! 抗生ではなく
  D ワクチン
  E 抗生物質の終わり?
 F 新しい薬はどこから?
  G 連鎖
  H 病気の原因 どのようにしてわかるか?
モジュールのまとめ(科学の説明/科学についての考え方)
B3 地球上の生命
  A 生命のバラエティ
  B いま、変化している証拠
  C チャールズ・ダーウィンの物語
  D 生命はどこから来たのか?
E 関係を続ける
  F 人間の進化
  G 絶滅!
    モジュールのまとめ(科学の説明/科学についての考え方)

Chemistry 化学
C1 大気の質

  A 地球の大気
  B 主な大気汚染物質とは何?
  C 大気汚染物質を計測する
  D 大気汚染物質はどのように生まれるか?
  E 酸化反応の時起こることは何?
  F 原子はどこへ行った?
  G 大気汚染物質に起こること?
  H 大気の質はわたしたちの健康にどのように影響する?
  I 新しい科学技術は大気の質をどのように改善できるか?
  J 政府や個人はどのように大気の質を改善することができるか?
   モジュールのまとめ(科学の説明/科学についての考え方)

C2 素材の選択
  A 正しいものを選ぶ
  B どこもかしこもポリマー
  C 試験期間
  D ズームイン
  E 新しいアイデア
  F 大きな粒子小さな粒子
  G デザイナー素材
  H 持続可能なのか?
  I ライフサイクルアセスメント
  J 合成ポリマーのライフサイクル
  K 抗バクテリアタオルはもっと持続可能な代替案か?
モジュールのまとめ(科学の説明/科学についての考え方)

C3 食べ物の問題
  A 食物連鎖
  B 農業の挑戦
  C 食べ物をつくる
  D 食べ物を保存し、加工する
  E 健康で有害な化学物質
  F 消化と下痢
  G 食べ物と消費者
  H 食べ物のハザードとリスク
   モジュールのまとめ(科学の説明/科学についての考え方)

Physics 物理
P1 宇宙の中の地球

  A 時空
  B 深い時間
  C 大陸移動
  D プレートテクトニックの理論
  E 太陽系 危険だ!
  F わたしたちは何でできている?
  G わたしたちだけ?
  H 宇宙はどのように始まった?
   モジュールのまとめ(科学の説明/科学についての考え方)

P2 放射線と生命
  A 太陽光、大気、そして命
  B 放射線モデル
  C 放射線を利用する
  D 健康のリスクはあるのか?
  E 地球温暖化
  F 気候変動?
   モジュールのまとめ(科学の説明/科学についての考え方)

P3 放射性物質
  A エネルギーのパターン
  B 放射線だらけ
  C 放射線と健康
  D 原子の中の変化
  E 原子力
  F 原子力廃棄物
  G エネルギーの未来
   モジュールのまとめ(科学の説明/科学についての考え方)
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by eric-blog | 2011-07-27 19:15 | ☆PLTプロジェクト | Comments(0)

「生き延びる思想」

上野千鶴子さんの最終講義。がわりの震災支援特別講演会。「生き延びる思想」
7月9日
http://wan.or.jp/
リアルタイムじゃないんだから、ツィットでなくて良かったのにねぇ。
とりあえず、あちこちに散っているのをかき集めました。編集はまた後に。
とても平易な表現で、とてもわかりやすく、とてもていねいに、話されていたという印象があります。

***************************

原発の継続を決めた東電は、すべての事故のコストとリスクを背負うということを明示したということだ。責任者の不在。止められなかった。
事故の後、まさか、かやっぱりか。
予言者の苦悩。高木仁三郎
破局に向かいながら、引き返せない。8.15k
‎8.15の検証番組。神州不滅。負けることは考えない。神話。
国策としてすすめられた。破局。誰も責任をとらなかった。
不惑のフェミニズム。からタイトルを変えた。「生き延びるための思想」
現状、構造、ルールを変えないまま、その競争に女も平等に参加することを、わたしたちは望んだのか?【上野千鶴子】
自己決定自己責任、ネオリベラリズム。勝ち組と負け組ができる。ネオリベの裏と表。大多数の負け組の人々が、自分たちの負けを認めた時だけ、このルールは成り立つ。この競争は「女」が負けるように仕立てられている。なぜなら、「男」中心のルールだから。【上野千鶴子】
不払い労働の理論。家事は労働か? 多くの研究者が「家事は労働ではない」と言った。「三食昼寝付き」【上野千鶴子】
なぜならば、マルクスがそう言っているから。理論。女の経験が一方にある。女の経験が正しい。理論は経験を説明するためのもの。【上野千鶴子】
Between Money and Love, 市場と家庭の弁証法的関係。ソコロフの本が根底にあった。市場は自然と家庭に依存している。にもかからわず、それをカウントしない。【上野千鶴子】
原発と同じ構造。市場に、男並みに、身軽に参入することが女が求めたことか。【上野千鶴子】依存の私事化。によって、市場が身軽になる。
国家・市場・家庭・市民社会。「協」は福祉に出てくる。福祉は「市場の失敗ののちに出てくる」というが、家族も失敗し、国家も失敗している時、出てくる。「選択縁」としての協。
有縁、しがらみと離れた無縁。仏縁のような。「選択縁」つながり。女の世界で広がり、一歩先んじている。「女縁が社会を変える」【上野千鶴子】四元モデル。
社会的弱者の自己定義権の獲得運動。【上野千鶴子】女は子ども、介護を抱える時、弱者になる。
自分に都合のよくない「女」は「女」ではない。と、外側から定義される。「当事者研究」であった。【上野千鶴子】
女の経験の言語化であり、理論化。女は問題を抱えている当事者。問題を解決するのは社会の責任。ニーズを持っている。【上野千鶴子】「問題とは何?」「あなたをつかんで離さないもの」。。。在日、障害、レイプサバイバーなど。つかんで離さない。ケアの当事者は、ケア関係、強者と弱者。ケアするもの
ケアするものは退出できるが、ケアされる者は退出できない。 根拠のない信念の集合=神話、【上野千鶴子】学知の再生産のサイクルに入った女性学。基盤は脆弱。個人的意志と努力によってのみ、支えられている。センターも、領域横断的プログラムもない。
女性学が速いか、既存の学問に取り込まれるか。軍隊の女性化と女性の軍隊化のどちらが速かったか。時代が証明した。学知を揺るがす女性学であり続ける。【上野千鶴子】ことばにして始めて、伝わることば、伝えることばになる。伝達可能な共有の知が学問。
女の経験。から次の世代に手渡す「財産目録」。新編・女性学講座「日本のフェミニズム」12巻。シンポジウムの記録も配信される。【上野千鶴子】女性学のパイオニアとしての誇り
次の世代にバトンを渡す。受け取る側。それと知らずにバトンを受け取ってきた。【上野千鶴子】
資料・日本ウーマンリブ。贈り物である。リブは知識ではなく、生となってこそ、輝く。【上野千鶴子】
フェミニズムの看板はおろさない。【上野千鶴子】女のことばを創ってきた先輩たちがいる。I owe you. わたしはあなたたちのおかげで、わたしになった。その恩義に対して恩返しをするために。
弱者が生き延びようとしたときに、敵と戦わなくていい。戦うことはもっと強い攻撃にさらされる。逃げよ、生き延びよ。【上野千鶴子】何度も大きな天災を経験してきた地域の人々は「津波てんでんこ」という知恵を受け継いでいる。自分のことを考えて、生きよ。
心が凍る。実際には、災害弱者がいた。高齢者、障害者、子ども、老人。そしてそれらの人々をかかえた女性。産婦。妊婦。子育ての女。【上野千鶴子】原発の現場にいる人々。彼らの「てんでんこ」を責めることができるか。菅総理「撤退はありえない」と東電幹部に。
彼らに「逃げていい」「臆病者とは言わない」「卑怯者とは言わない」誰もが逃げ出した時に、制御不可能なものを作り出すべきではない。「人間の安全保障」という概念はものごとの考え方を180度変えた。国家の安全保障ではなく。「ノーを言う権利」【上野千鶴子】卑怯者とも臆病者とも呼ばれない。
非常時に「決死隊」。70年代の学生運動のがれきの中からフェミニズムは、「非常時のヒロイズムはいらない」と言うため。日常の暮らしの場をたたかいの場に変える。「女も男並みに強者になろう」ではなく、女はケアを抱えたとたんに弱者になる。その責任から逃げなかった。その責任がないかのごとく
責任から逃れて、平等をいう強者。「弱者が弱者のまま、尊重される」そんなことを。ピークにたった人も、弱者を経験する「超高齢化社会」。時間と年齢は誰にも平等に訪れる。【上野千鶴子】弱者になるまいとするよりは、誰もが安心して弱者になれる努力をした方がいい。
3.11、8.15に帰る。焼け跡の青空。原風景。国家も軍隊も、権力も行政も、なにもかも、まったくあてにならなくなったその時に、明日を求めた歩き出したのは、女たち。生き延びるための思想である。【上野千鶴子】生き延びるためにこそ、ことばと思想がいる。
バトンは受け取ってくれる人が要る。どうぞ、受け取ってください。
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by eric-blog | 2011-07-27 09:36 | 草の根の種々 | Comments(0)

白熱教室 JAPAN in ヒロシマ

白熱教室 JAPAN in ヒロシマ

広島出身の川本隆史さん(東京大学大学院教授)が、一般公募の人々も含めた500人を対象に、広島大学で行ったもの。第一回は「ロールズの「正しい戦争のための6つのルール」。

1995年に発表された「ヒロシマから50年」で、ロールズは太平洋戦争において米国が日本に原爆を投下したことを批判する。その批判の根拠として、ロールズは「正しい戦争の6つのルール」をあげる。Just War

白熱教室は、この6つの原理を大きく前面に映写しつつ、それに対するそれぞれの意見の交換という形で進められた。

ロールズの論文はまだ確認していないが、川本氏による紹介は以下である。

1.その戦争の目標が平和構築のためのものであること。
2.まっとうな民主社会は、非民主的な国家とだけ戦争する。
3.戦争の責任は、次の三つの集団ごとに、その戦争責任の軽重の判断が異なる。1 指導者、2 兵士、3 非戦闘員
4.相手国の非戦闘員と兵士の双方の人権を尊重する。ex. 捕虜の扱い規定など
5.その戦争によって、あらかじめめざす平和や国際関係のあり方を公示する。
6.手段選択の理由付けが明確である。

ロールズは、ヒロシマへの原爆投下は4と6の基準に照らして、「回避可能な悪」であったと、非難されるとする。

1995年とは、スミソニアン博物館へのエノラ・ゲイ(原爆投下に使われた戦闘機)の展示が物議を醸した年でもあった。スミソニアン博物館は、その展示を戦争展示ではなく、現代技術の推移を示すものとして現在も展示を続けている。

ロールズは「社会的有利性の配分の適切さが正義であり、そしてその配分の決定の手続きが公正である」という定義が気に入って、よくわたしも引用する。そして、1992年のOxfordの論文「万民の法」においては、平和共存の原理を次のように述べている。
http://ericweblog.exblog.jp/778478
http://ericweblog.exblog.jp/3430741

1.その国が非拡張主義をとっていること
2.法治国家であること
3.基本的人権を守っていること

正義論において、ロールズは民主主義社会が正義にかなう政治体制であるとしている。それに対して、万民の法では、上記の三つがあれば、民主社会でなくとも、平和共存していけるのではないかとする。

この論文は時期的には万民の法の後ということになる。万民の法と正しい戦争のルールに照らせば、ほとんど、戦争はできないと言っているに等しい。

白熱教室の中の議論にも、これは戦争をしないという勇気ある宣言なのだ、という意見も出された。

川本さんは次のようにコメントははさんでいた。
「人権は大事だと言い続けること。戦争中だから、ということで捨ててはいけないもの。人権を尊重するということを社会の中で公示し、チェックすることが人権を守るためのひとつの手なのではないか。」
「戦争の不正義をあぶりだすために、「正しい戦争」という正義をたててみたのではないか。」
「戦争を悪をやっつけるために、正義のためにするのだと理屈づけられる。正義をどのように使うか。正義はひとつ限定したものではない。しかし、正義の原則をたてて、検討していくというのは、正しい、まっとうな社会の議論の仕方として有効なのではないか。」

ロールズの正義論を四苦八苦して読み通した時のことを思い出す。その時以来だ。わたしが参加型学習における「点検の視点」を重視するようになり、いくつかの原則を「点検の視点」として、参加型学習のアクティビティに取り入れるようになったのは。

もう一つの「理念を教育的ツールに」というのは、ベティ・リアダンさんからの学びであったが、点検の視点も、理念をツールにというのも、基本的には先人の到達点からすばやく学ぶ、討議のための土台にするという点では、共通している。

次週は詩人お二人のやりとりから、ということらしい。
http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/japan.html

参考文献(NHKまとめより)
・『現代倫理学の冒険』(創文社、1995年)
・『ロールズ:正義の原理』(新装版、講談社、2005年)
・『共生から』(双書・哲学塾、岩波書店、2008年)
・翻訳(共訳)にジョン・ロールズ『正義論〔改訂版〕』(紀伊国屋書店、2010年)
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by eric-blog | 2011-07-27 09:06 | 草の根の種々 | Comments(0)

鯨の町に生きる ETV特集

鯨の町に生きる ETV特集 2011年7月24日(日曜日) 10:00-12:00pm

The COVEという映画をきっかけに、太地町では変化があった。その変化を鯨漁師を父に持つ14歳の中学生の眼から見たレポートを含む番組。
太地町は歴史的に捕鯨をしてきた町で、現在は沿岸小型捕鯨だけを行っている。現在、日本で沿岸捕鯨を続けている場所は25カ所。ツチクジラやゴンドウクジラが主な対象である。
太地町の「いさな組合」に所属する漁船は12隻、23名の組合員がいる。年間2000頭。1億円の売り上げ。鯨漁師たちの平均年収は350万円。町の平均年収250万円より多く、都会の平均年収に匹敵できるのは彼らだけだ。
2009年、The Coveを見た衝撃が走った。殺すシーンが、衝撃的な形で世界に流れたからだ。クジラ漁の実際を知らなかった14歳の少女も、ショックを受ける。と同時に、なぜこれほどまでにひどい言われ方をしなければならないのか、自分の父親のやっていることが不正義であるはずがないと、自ら捕鯨の歴史について学び始める。
捕鯨漁師たちは、すぐさま、影浦と呼ばれるクジラを殺す場所に天幕を張り、これ以上血みどろのシーンが国際的に流れることがないように、対策を始めた。
しかし、2010年9月から始まる漁期、シーシェパードら、海外の環境保護団体、動物愛護団体など4団体らは、常駐者を置くまでになる。彼らは殺戮の場面を撮影しようと、湾に近づこうとする。網を張り巡らして阻止しようとする漁師たち。網は何度も切られる。しかし、The Coveで、怒りを含んだ対応がむごたらしく編集され、自らのイメージを傷つけていることを学んだ漁師たちは、挑発には乗らない。車の前に立ちはだかれ、仕事を妨害され、自分たちの顔が容赦なく撮影されても、淡々と警察を呼び、対応を依頼する。逮捕するほどでもないと、警察も及び腰だ。
そのような体制で取り組んだにもかかわらず、今度はクジラを殺しているシーンが再び国際的に流れる。三好さんは、仲間に気を引き締めてくれと頼む。しかし、自分たちがやっていることが「悪」ではないならば、なぜ隠すのか。腑に落ちないままの仲間たちの気はのらない。そんなことをしていては、仕事にならないではないか。気にせず続ければいいのだと。
三好さんは、自分がクジラが死んでいく時のまなざしに罪悪感を感じて、一度はクジラ取りをやめたことを思い出す。あの罪悪感は何だったのだろうか。彼は三人の娘のため、家族のためにクジラ取りに戻り、後二年間は学費の援助が必要だ。
いまはやめられない。命をいただく仕事は他にもある。しかし、彼にとっては、クジラのまなざしがつらいのだ。写経によって心を鎮めるうちに、彼は、クジラの命の尊厳を大切にしたいと思っている自分の気持ちに気づく。仲間にも、死の際の尊厳を大切にしたいという気持ちを話す。
場面は太地町の祭り。クジラを食べる文化。コミュニティでの分かち合い。三好さんは組合から現物支給されるクジラ肉を30人以上の人々にお裾分けする。それは他のクジラとりも同様だ。1000人以上の人々が一度の捕鯨でおすそわけに預かることもあるほどだ。
中学生たちも議論する。結論は、外国からの圧力で、自分たちの文化を変えるのはいやだということ。少女は父の仕事を非難されるかという懸念が払拭され、ほっとする。彼女はオーストラリアに留学したときに、太地のことを理解してくれる人々に出会った。みんながみんな、捕鯨に反対ではなかった。
相互理解の道があるのかどうかはわからない。しかし、彼らは彼らの方法で、理解を求めていくしかない。

というような番組だった。
一般的な市場における鯨肉嗜好が軽減してきた今日、小規模小型沿岸捕鯨が認められるべきか否かは、資源量の確認にある。
しかし、インターネットで「ハナゴンドウの資源量」を検索すると、ミンククジラをとりたいのに、「細々と」小型鯨種をとっているという論調が眼につく。
いつまでたっても整理されていかないのが日本の捕鯨論争なのだ。
◎クジラ肉を食べる文化は、戦前には全国区ではなかった。
◎全国区に広がったのは食糧難の時代に、南氷洋捕鯨で獲得した肉を補給したからだ。
◎南氷洋の捕鯨は伝統捕鯨ではない。
これらの論点を整理することなく、商業捕鯨の南氷洋での再開を狙っているかのような論調がなくならない中で、沿岸小型捕鯨を論ずることはできない。
しかも、太地町は、南氷洋捕鯨に「鉄砲さん」を排出したという「栄光の記憶」を持つ町であり、南氷洋公開商業捕鯨と自分たちのクジラ文化を切り離して語ることのできない町だ。そのことが、問題をより複雑にしている。公海での捕鯨の歴史は資源管理の失敗の歴史であり、市場圧力のかかった欲の歴史である。
そこから何を学んだかを示さずに、これからの議論はない。
Since the winning of Academy Award of “The Cove” in 2009, there has been some changes in the Town of Taiji, a historical whaling town in Wakayama Prefecture. The program includes a report of such a change from the eyes of a teenager, 14 year-old middle school student, whose father is a whaler.
The whaling in Taiji is a coastal whaling, targeting small scale whale, within 200 EEZ. There are 25 fishing towns which continue small scale whaling in Japan. They catch mostly Bottle-nose dolphin and Gondous.
Taiji’s whaling is done by a team of fishermen who belong to Isana Whaling Cooperative. “Isana” is an old name for whale, now called kujira, in Japanese. There are 12 boats, 23 members in the cooperative. They catch 2,000 whales annually and the income is 100 million yen, which covers 30% of the Town’s revenue income. Each member’s annual income is 3.5 million yen, which is higher than the average of 2.5 million yen of Taiji Town, and compares fairly with that of big cities.
When they saw the Cove, they were shocked with the fact that the killing was shown bloody and brutally and being called slaughter, killer and such names and was shown worldwide. The 14-year-old girl, first seen the reality of whaling, shocked also, but was trusting what her father does as his job should not be unjust, started to learn more about whaling and its history.
The whalers reacted soon to hide the scene of slaughtering from international eyes by shading the place with tents.
But from the start of 2010 whaling season, which is from September, 4 groups of environmental protection and animal rights, including Sea Shepherd, stationed staff to film the slaughtering scene. The whalers put nets all around the bay, which were cut down time and again. Remembering that their reaction to the photographer, annoyed and angry, being edited as if merciless killers of wild animal just for the sake of life, the whalers were determined that they should show no temper against any action by Sea Shepherd and other groups. The harassments go as far as standing in front of a truck, shooting closely without the person’s permission, cutting nets, call names and so forth. Even to such acts, the whalers calm themselves and call a police, who is also helpless.
With such a alert, the direct shooting of killing whales appears once again on the internet website of Sea Shepard. Mr. Miyoshi, who is for hiding the scene, begs his fellows to pay more attention to hide, but there are who question why they should hide what they do as their way of earning. Why should they hide ass if they were doing something wrong?
Mr. Miyoshi once quitted the job as whaler when he could not stand the dying sad eyes of whales, returned because of his three daughters, to give them support for higher education. Recalling the guiltiness, he realizes that he observes the death of a whale as sacred, which should not be insulted by public view. He tells his finding to the fellow and some of them understood him, and why he wants to hide the scene.
The program covers the scene of festivals of Taiji Shrine. Whale meat consumption in their daily lives. Sharing of what caught.
Junior high school students discuss that they should not give up their culture to the pressure from abroad. The girl felt relieved that her classmates did not blame her father’s deed. She has been to Australia as exchange students and found out that not all foreigners are against whaling and seen whaling as brutal. The way to mutual understanding is not known, but they would try their way.
That’s what the program covered.
Today, general market pressure for whale meat is lessening, whether small scale coastal whaling can be accepted or not should be debated by the resource size. But if you check the internet for the data of stock for Gondous, you will read such sentences as “mink whales stock are robust, but since the ban of coastal whaling, they are catching “poorly” the Gondous and other small whales.”
It has been a long time but this debate leads to nowhere.
=Before the world war II, the habit of eating whale meat were never nation-wide.
=At the time of lack of foods after the war, the abandon sum of whale meats were provided as the result of whaling race in Antarctica.
=Whaling in Antarctic Ocean is not traditional.
Without recognizing these, if there is a pressure for reopening the commercial whaling in the Antarctica, we cannot even debate the coastal whaling. Taiji is, furthermore, the town which remembers the “glory of Antarctica Whaling”, with heroes of “Teppo-san”, the shooters on the catcher boats, intertwined with the stories of past coastal whaling heroes. They can never talk about whaling culture apart from Antarctica Whaling. And that makes the problem even more difficult to solve. The history of high sea whaling is a story of a resource-management failure and market-pressure driven greed. Unless people shows what they have learned from these history, the common grounds for discussion will never be opened.
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by eric-blog | 2011-07-26 08:13 | 草の根の種々 | Comments(0)

「京都教育大学集団準強姦容疑事件に関しての京都地裁判決に対する緊急声明」

修整された声明文は以下のサイトに載せられています。

http://wan.or.jp/emergency/?p=465

『マットレス殺人事件』を思い出します。「お前らが、大手ふって歩けるようにしたる」と、少年をマットレスで圧死させてしまった側の親類縁者がこぞって「雪辱」に走った。
裁判が「日本的思考」の「恥」の判定の場に使われ続ける限り、そして、「罪」を共同体の罪として受け止める限り、ゆがんだ判決は続く。

***************************************

声明文のファイナルと賛同者名は、上記サイトで見ることができます。引き続き、賛同者を募っています。ぜひ、ご協力ください。

賛同の連絡は
kyotokyoikudaigaku"@"gmail.com
までお願いいたします。
*********************

*産経新聞記事
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110715/trl11071520150008-n1.htm、最新アクセス2011/07/21
*毎日新聞記事
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110716k0000m040134000c.html、最新アクセス2011/07/21
*日経新聞記事
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819695E3E4E2E3E58DE3E4E2E5E0E2E3E39191E2E2E2E2;at=DGXZZO0195583008122009000000、最新アクセス2011/07/21
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by eric-blog | 2011-07-25 06:54 | 草の根の種々 | Comments(0)

日本的思考の原型 民俗学の視角

日本的思考の原型 民俗学の視角
高取正男、平凡社、1995

日本型コンフリクト、日本社会における対立の扱い方について、発見したことは、「日本社会の○△□」が対立をしにくくすること、集団的伝統的価値観を体現していると思っている上位者vs個人的主張をする下位者という図式であること、など。

○○というのは集団主義的で、異質なものを排除する傾向。
○△というのは上下、男女などの力の格差の感覚が大。上意下達。報復が恐い。
○□というのは、リスクを避ける。前例主義。減点主義。


いま、まさに、脱原発について7割の国民が賛成、どちらかというと賛成であるにもかかわらず、経済界は「海外への輸出」に熱心だし、政界は菅降ろしに汲々としているのみ。

そして、地震で津波で原発事故で引き起こされた「○」たこつぼ主義的分野凝集的な境界を越える動きが、いま、ひっそりと、みんながそれぞれ元の鞘に戻りつつある。いつもの予算の流れるところ、いつもの仕事のルーティンへと。

Think Nukes by 30% 原子力のことを30%の力で考えること。行動すること。
いつもと違う行動をし続けること。仕事以外のことに関わること。

日本的思考の原型には「生理的な禁忌」が根強いのだという。
例えば、日本の地域の多くでは、「自分の茶碗」「自分の箸」というのは、とても強い禁忌感のあるものらしい。洋食器や中華食器にはない。
「個」というものへの感覚がないわけではなく、こういうところに厳然と存在するのだと、著者。そして、その生理的な感覚は非論理的、前論理的。

それが日本的なものとして、生き残っているのだと。

自分の持っているタブー感は、意識化することは難しいね。

ゆったりとした日曜日。高橋留美子さんの『人魚シリーズ』で涼をとる。
どこか日本的な「ばばあ」の存在、永遠の美女など、共有されている原風景的なものがなければ、表現は成り立たない。それが伝説のようなものでも。

『犬夜叉』から『RINNE』へ。マジ、ガチで戦う姿勢から、へなちょこな対立の構図へ。時代の流れのようであり、古典的名作としていつまでも読まれるものでもある。
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by eric-blog | 2011-07-25 06:41 | ■週5プロジェクト11 | Comments(0)

墨子よみがえる

墨子よみがえる
半藤一利、平凡社、2011

昭和史の大家である。昭和史そのものに、それほど反戦的なメッセージを感じなかったが、この本は、墨子という中国の紀元前に活躍した思想家の、キリスト教にも通じる博愛的な姿勢への共感を通じて、反戦をうたう。
そして、太平洋戦争を突き進んでいった体質を批判する。

墨攻 というコミックがあった。革離という墨家が、城を守る話だ。同名の小説が元本になっている。

非戦をとなえた墨子は、「守る」ことに徹したが、戦国時代のこと、その守り方も半端ではなく、戦闘的だ。5人組伍を基礎とし、動く。命令を遂行できなければ、連帯責任もとらせる。伍を二つで什。什を十で伯とする。人ベンの漢字は、まんまやね。
守る側の城内は、総力戦である。みなが伍に編成され、役割を与えられる。規律はきびしく、違反は罰せられる。信賞必罰は公正に。

うむむむむ、これほど士気が高ければ、戦闘向きだよね。

非戦を説きながら、最高の軍隊規律を生み出した墨家は、秦の時代には消滅してしまう。戦いのない時代に、彼らの存在意義がなくなったかのように。

さて、昭和史の大家は、墨子を語るに昭和を語る。

昭和動乱は「魔性の歴史」なのである。118
米内光政海軍大将の言。「日本人の特性は躁急ではあるが、しかし実行には惰性多くして方向を転換するに容易でない。」

不義の戦争のときに、君子はなりまくる必要がある。127
「沈黙は美徳」とする受け身の君子論とは一線を画す。

また、一人の平和、一人の仕事でなく、義を説くことの大切さを言う。136
「一人分の戦闘力で大軍を防ぐことができない。・・・先王の実績に学び、聖賢の言に通じて、それを上から下までに説き知らせるほうがよい。」

義のためには死すとも奮闘努力せよ。149

戦乱の時代に、非戦を説き、小国の非戦を実証するために、とても効果的な戦闘集団の作り方をマスターし、諸国に派遣するする力をもった献身的な集団。墨家。

いまの非戦は、音楽にのせて~~~~というところだが、義を唱える君子よ、いでよ、という呼びかけには賛成するなあ。

日本をあきらめない。
惰性で道を突き進む大国に、義を説き続ける。
非力である。非戦のために、非力に徹する。

パワー論になっていくんだけどね。
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by eric-blog | 2011-07-23 09:41 | ■週5プロジェクト11 | Comments(0)

原発社会からの離脱 自然エネルギーと共同体自治に向けて

原発社会からの離脱 自然エネルギーと共同体自治に向けて
宮台真司、飯田哲也、講談社現代新書、2011

「悪い共同体」の「悪い心の習慣」が存在する。それは盲目的依存に集約される。「<システム>への盲目的依存」。もはや機能不全が明らかな制度やしみ苦や政策が、思考停止状態で推進され続ける。4(宮台さん前書き)

以下、対談部分

日本の戦後は、農村の過剰な人口を産業化の尖兵として動員することで復興と高度成長を遂げた。31
自民党的な農村政党は、むしろ農業を衰退させた。人口を農村から都市に移転させて、産業化したあがりで道路をつくったり箱ものをつくったりして国からの再配分を当たり前にし、農村を中核とする自立的経済圏を破壊した。31

今回の事故の直後は、原発事故のことについてネガティブな発言をすると「デマを流すな」などの反発などがあった。
原子力資料情報室のデータを引用したら、「あそこは反原発だから」とのレッテルはりでしかない反論がくる。この愚昧さはなになのか。49

宮台さんは95年に『終わりなき日常を生きろ』で冷戦体制が終わる時代が、科学が輝く時代の終焉と重なると。78
科学技術に対する信頼が消えたと同時に、日本の「悪い共同体」に幻滅する。
日本「悪い共同体」においては、議論のための二項対立ではなく、所属や陣営を問う。いまでも、原発の現実を巡って、一方に「安全厨」があり、他方に「不安厨」がある。・・・議論の合理性などはどうでもよく、勢いがありさえすればいい。80

もともと根拠を突き詰める文化ではない。94
一人ひとりの個人が「活きた責任をもっていない」。
「空気に抗えない」という「ムラ的共同体原理」である。「悪い心の習慣」

2000年に電力自由化論争があった。
原子力とは巨大な設備投資をして長期的にコストを回収するうえ、しかも安定的に電気を消費してもらわなければならない。自由化のような市場をつくると困る。しかも核のゴミを処分していかなければならない。だから独占市場がないと、育てられない。これが独占と原子力を結びつけた。114

原子力政策によって、独占政策を正当化することが重要だったようだ。115

2004年の暗闇  六ヶ所再処理工場をめぐる血みどろの戦い
その時東電社長だった勝俣氏。「産道に入った胎児は、戻せない」と。

それを原子力ムラが制してからは、中身がうつろで対話もない。117

対原子力ムラは三つのセクターにわかれていた。東電企画部、経産省キャリア、河野太郎。それが最大の敗因。

二年に一回異動する官僚たちが、適当な評価で補助金を配り、受ける地方自治体側もやはり二年で異動する「素人」の担当者が、適当な提案書を作る。そこへ受注して報告書やモノを納めてしまえば、「あとは野となれ」というメーカーやコンサルが食い逃げする。176

地方自治体を元気にする方法。省益をなくし、自治を取り戻す。そのうえで環境などのイシューに。

電力自由化ロードマップ。  180
まずは東電の不始末の処理は、東電自体や株主、銀行に行く前に、独占状態にある電気料金で、というナンセンスな話に対する正しい怒りがわけばいい。そうすれば、おのずから送配電分離につながる。181

「維新の会」の元気な官僚たちは、政権交代の前から民主党にアドバイスしていた。・・・あんな大臣任命だったので、既存の官僚組織がそのまま残ってしまい、彼らは居られなくなって、やめてしまいました。188
霞ヶ関を一番良く知っているのは霞ヶ関官僚なのですから、彼らを補佐官に任命して腕を振るわせたら、いろいろなことができたはず。

あとがきに飯田さんは言う。
メディアはいまの状況をネタとして「消費」しているだけではないか。
聴衆は、自分たち自身が社会を構成する当事者としての意識を持ち、発言し、行動するのだろうか。
この国の「旧いシステム」は変わるどころか、既得権益を露骨に温存する動きが見られる。
そして目の前で繰り広げられる「知の焼け跡」。
この無惨な日本の実像に立ちすくみながらも、現実を1ミリメートルでも、望ましい方向へ動かしていくことが、「明日」への道を拓く。201

感謝。である。

わたしは宮台真司さんの本はきらいだった。才気煥発、能力の高い人が、あざとくもサブカルチャーかと。しかし、本文中に、そこにいたる、彼の出した博士論文をめぐる学界の、知的好奇心を刺激されない受け止め方に、多いに絶望して、方向転換をしたことが書かれている。同情申し上げる。しかし、やはり、「敗戦により去勢された日本」のような違和感のある表現をする人だなというのは、あるのだな。国家はオトコかっちゅうんだよ。まあ、かもしれないけれど。だから、根本的に間違っているのかもしれないが。

講談社から3.11以降に本を出してくれないか言われ、飯田さんを指名したという。同世代ではあるが、3.11がなければ、生まれなかったかもしれないコラボレーションだ。

3.11が揺り動かしたエネルギーによって、いま、少しだけ、越境するフローが知の世界に起こっているようだ。市民も成熟してきた。いまが、政策の変え時だろう。霞ヶ関にとって不運であったのは、それが2000年、2004年、そして、民主党への政権交代劇以降になってしまっていることだ。官僚に人材は残っているのか? 省益を越えた「義」の人、「天」を知る人は、いるのか。

なんてね、いま墨子を読んでいるので、気取って言ってみました。
今日はFoR企画のためのインタビュー。藤垣裕子氏。まとめは一週間後くらいに公開できると思います。
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by eric-blog | 2011-07-22 17:09 | ■週5プロジェクト11 | Comments(0)

いよいよローカルの時代  ヘレナさんの「幸せの経済学」

いよいよローカルの時代  ヘレナさんの「幸せの経済学」
ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ+辻信一、大月書店、2009

2008年末に行われたインタビューのまとめ。金融危機とそれに続く世界的な不況によって、倒産や失業が増え、貧富の格差がますます拡大している時。政府は大企業の救済にばかり熱心で、人々は、静かに、自分の生き延びる道を選び始めた。

わたしたちが、いまの政治的混乱にまどわされずに、自分たちが生き延びる道を実践していくこと。この本は、ラダックと出会い、ラダックを愛し、その開発に心をいためてきたヘレナさんが、「懐かしい未来」のための取り組みを語る。

ファーマーズ・マーケット
ローカルフード

最初に出会ったとき、人々は自分たちが世界の中心にいると疑いもなく信じ、「自分たちは貧しい」とか「遅れている」ということは思っていなかった。42
人々の内側から沸き起こってくるバイタリティ、喜び、満ち足りた幸福感がそこにあったという。
今では、自尊心を失い、「辺境に押し込められてしまっている」という劣等感に苦しみ、しょげかえっている。

彼らの幸せの根源は、まず生まれたときに愛情を注いでくれる人が少なくとも10人はする。安定した心のセーフティネットが生涯ずっとある。44
祖父母と孫がともにいる風景。親の世代は経済や政治や社会活動に活発な世代。
もうひとつの重要な要素は、自然界と非常に親密な関係をもっている。よい外気の中で適度な身体運動をつづけること。45
そして、仕事を専門化しない。46
細切れでないホリスティックな生き方をすることで、一生のあいだに、たくさんの生きるための技術を学ぶことができる。
何をするにも時間が不足することがなく、いつもゆったりと余裕に満ちた暮らしができる。


小規模な農業やローカルな食べ物を食べるような生き方が、破壊されてきた。120

結果、人々の暮らしの水準の急激な低下と、同時に化石燃料への依存の劇的な増加というふたつのことが起こっている。121

オルタトレードだけでは、第三世界の依存は変えられない。

グローバリゼーションの第一局面は奴隷制と植民地。152
第二局面は第二次世界大戦から1980年代まで。
そして第三局面が、工業化の次のプロセス。工業生産がより安い労働賃金の第三世界へ移動する。情報化社会。

国際的な社会で国のエゴを越えて、世界の人々が協力して、人類が向かう方向を共に模索していくことを前提として、新しい保護主義を考える。156
グローバリゼーションに代わるものとしてのローカリゼーションは、一種の保護主義だと言ってもいい。156

資源消費型産業に税金を重く、たくさん人を雇う企業に税金を安くする。
ローカルなインフラに補助金を使う。
グローバリズムのための規制緩和から、ローカリゼーションのための「再規制(re-regulation)」を。

エコ・ローカリズムにとりかかる。そのために運動する。運動が教育であり、学校である。168

どこからでもいい。学び始めよう。実践しよう。
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by eric-blog | 2011-07-22 09:17 | ■週5プロジェクト11 | Comments(0)