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奪われる日本の森 外資が水資源を狙っている

349-5(1518)奪われる日本の森 外資が水資源を狙っている
平野秀樹、安田喜憲、新潮社、2010

山村に留まる人が少なくなった。それは森を荒らしているだけではない。
土地を手放す人も増えたために、外国資本が山を買っているという警告の書だ。

日本の山林王。

第一位王子製紙 19万ヘクタール
第二位日本製紙 9万ヘクタール
第三位、四位 三井物産と住友林業
以下大手町地所 2万ヘクタール

社団法人日本林業経営者協会

ここの会長は、緑のダム北相模で見学会に行った速水林業社長、速水亨さんだ。
いい森だったなあ。

日本の風土が、日本人が変わってしまう。
この列島に、これほどの森林を残せた知恵を、ふたたび学びなおそうと、第二部の著者、安田さんは言う。

日本の森林面積 2500万ヘクタール
http://www.shinrin-ringyou.com/forest_japan/menseki_japan.php

オーストリアに学ぶ林業と水力
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1005/25/news024.html
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by eric-blog | 2010-05-26 09:46 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

グローバル経済と現代奴隷制度

349-4(1517)グローバル経済と現代奴隷制度
ケビン・ベイルズ、凱風社、2002
Disposable People, 1999

原題がもっとも内容をよく表現していることは、よくある。原題の奴隷は「Diaposable」使い捨て、なのである。

なぜ、そのような「使い捨て奴隷制」が成立するのか?
著者がまとめる要因は以下のものである。23-25
◯人口爆発
◯経済格差による貧困
◯近代国家の成立

第二次世界大戦後、人口は3倍近くにも増加している。そのために、「押し出される」人口が確実に農村部に増えてきた。
農村部でも「テレビ」などの嗜好品のニーズが浸透したために、「創り出される貧困感」も子どもを都会に売り渡すきっかけになる。
近代国家は都市と農村、中心と辺境の格差を強化する。また、警察が現状維持、資本家のための組織的暴力団として機能する。

著者は1980年代から調査を始め、その成果としてまとめられたのがこの本である。以下の事例が紹介されている。
◯フランスで、家事労働人として使用されている奴隷
◯タイで性産業に使われる奴隷
◯モーリタニアの奴隷制(旧奴隷制度と新奴隷制度の中間形態として)
◯ブラジルで炭焼きに「契約」されている奴隷
◯パキスタンでれんが造りのために地主に使われている奴隷

下の二つの奴隷については家族ぐるみで働き、債務は相続される。

最後に「結び」として奴隷制を廃止するためにできる5つのことが提言されている。
鉱石彫り、石切、原石磨き、宝石加工、服づくり、絨毯織り、など、児童労働、奴隷労働で支えられている可能性の高いものだ。
自分たちが購入しているもの、株を買っている企業をウォッチしよう!

現状のレポートだけではなく、成立の要因、そして解決のための手だてとよくまとめられたレポートである。

5月27日 追記
現代の奴隷制を維持している力は、物理的暴力、脅し、拷問、生命の剥奪である。

支配するのは暴力
トフラーは支配の力の発展段階を物理的力、金の力、知識の力とし、知識社会の
未来を「愛による統合」と描写した。
未来のビジョンは道を示してくれる。しかし道はあるし、たどってきたはずなのに、
歴史は線形ではない。

あきらかに現代の奴隷制は暴力によって支配されている。
金は「負債」という形のヴァーチャルなもの以外は、日常生活必需品を満たす物
々交換、地域通貨レベルだ。
近代的な契約や権利は有名無実だ。

恐怖が希望をくだき、無力感を学ばせ、絶望の淵へと人を沈める。

同じような状況に生まれたとしたら、自分なら違うとは言えないはずだ。

このようなパラレルワールドを生み出している現代社会のメカニズムは、何か?

************こんなサイトがありますよ************
http://www.youtube.com/watch?v=jqxENMKaeCU

年収を入れると、あなたのリッチ度を判定してくれます!
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by eric-blog | 2010-05-26 08:58 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

349-3(1516)それでも、日本人は「戦争」を選んだ
加藤陽子、朝日出版社、2009

なんと29人待ちの大人気本! やっと順番が回ってきましたよん。

高等学校の「歴史クラブ」クラブ員17名に対して、東大教授が五日間で行なった授業の模様を収録したもの。ビデオで見たいものだよね。

ただ、なぜ、高校生にこれを語りたかったのか、が見えない。質問はしている。それに対して高校生たちは答えている。その答えに対する著者の答えは、例えば、こうだ。

「うーーん、この答えはおもしろすぎる」

「ただ、私がここで想定していた答えとは違います。」

「今のが正解です。」

「これはまたすごい答えです。」

果たして、著者は、高校生と語り合うことで、知的な興奮を覚えたのだろうか?
もし、知的興奮がなかったのだとしたら、これはやはり授業、レクチャー、人数は少ないけれど、講演会?

なぜ、高校生なのか?

歴史教育者協議会の前会長である石山久男
『それでも日本人は戦争を選んだ』を読む - 山上俊夫・日本と世界あちこち
http://blog.goo.ne.jp/1848yama/e/eb6ee8171ddceab1dbca991bc8fc0330
と、
http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/soredemo-nihonjinha.html
に紹介されている「辛口」の評論家たちに対してではなく。

「世界でいちばん受けたい授業」でもなく、「先輩がやってきた」でもなく。

と、作本法についての疑問はこれぐらいにして。

日中戦争以降の日本が中国を軍事的に侵略したのはまぎれもない事実なので、・・・・〈日本が中国を侵略する、中国が日本に侵略されるという物語ではなく、日本と中国が競いあう物語として過去を見る。日 本の戦争責任を否定するのでは全くなく、侵略・被侵略といった文脈ではかえって見にくくなっていた、十九世紀から二十世 紀前半における中国の文化的、社会的、経済的戦略を、日本側のそれと比較しながら見ることで、日中関係を語りたいわけです〉(p.84)

「それでも」というからには、「侵略」と知りつつ、意思決定したということの証拠が欲しい。ためらいはあったことは、1933年2月熱河省侵攻の陸軍独断の動きが斉藤首相にもたらしたショックなど、いくつか語られる。P.311

しかし、「侵略」かもしれないと、国際条約に照らしてオタオタする姿は描かれても、「それでも」というものは出てこない。

「満州事変のほうは、1931年9月18日、関東軍参謀の謀略によって起こされたもので、日中戦争のほうは、37年7月7日、小さな武力衝突をきっかけとして起こったもの」「起こされたもの」と「起こった」もの 254

国民の気持ちとして、国家改造論が出て、変わらなければ亡びる。としたその背景には、「先進国においつけ」が見える。208
先進国なみにならなければ負けてしまうのだと。「負けてしまう」とは支配されてしまうということ。植民地時代だったのだから。
その11にまとめられている要求の中に
◯普通選挙
◯身分差別の撤廃
◯労働組合の公認
◯国民生活の保障
◯税制改革
◯形式教育の解散
が入っているのがおもしろい。

著者は「日本と中国が競いあう物語として」見る見方を、と言うのだが、傀儡政権である満州国が交わした条約や内戦の担い手であった蒋介石の中華民国やら、やはり、そこに「競い合う」主体としての中国は見えてこない。

「それでも」というからには、わたしの疑問「なぜ、加害を語れないのか」に対する答えが必要だ。

それについて、390-393に、「なぜ、被害の側から語られるのか」二つの理由が述べられている。
一つは、44年以降の戦死者が87.6%を占めているという岩手県の数字を前提に、9割が遠い戦場で亡くなり、「どこでいつ死んだかのか教えることができなかった」ことによるもの。もう一つが満州、引き上げの記憶。「敗戦時の人口の8.7%の国民が引揚げ」を経験していること。393

しかし、その背景にも、分村移民の推進という国策があった。

であるとするならば、「被害のみを語っている日本人」は「それでも、戦争を選んだ」国家を批判している声なのだということにならないか。

それは「なぜ、加害を語れないのか」に対する一つのヒントだ。著者はそう言わないけれど。兵隊の9割が負け戦にかり出され、国民の1割が満州引揚げを生き延びたのだから。

それでは、なぜ、「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」と言えるのか。

軍部は言う。「国民の生活の安定が、いい兵隊徴用の前提だ」「だから、民政が大事だ」と。そのような主張をする軍部に国民の期待が高まったのだと。近代総力戦でしか戦うことの出来なかった戦い。

戦争とは「国家と国家の関係において、主権や社会契約に対する攻撃、つまり、敵対する国家の、憲法に対する攻撃というかたちをとる」ルソー、であるとするならば、日本が戦争によって獲得しようとしていたことは、「わたしはあなたと同じですよ、だから攻撃しないでください」と列強に主張していたにすぎない。そのために国内改革を急ぎ、戦うために、軍隊を増強したのだから。

9.11テロ以降のアメリカと日中戦争期の日本に共通する対外認識とは何か。という著者の前書きに言う問題意識に対する答えでもある。

しかし、さけることのできた44年以降についての「それでも」は見えない。それまでの外交文書の積み上げによって語られるものと、44年6月19-20日、マリアナ沖海戦以降の、文書のなさは、どうなのだ?

東大生を15年間教え続け、大学生では遅すぎる。もっと速い段階からと、高校生に向って語ったとするならば、このタイトルこそがミスリーディングmisleadingだ。そして、そのようなタイトルで出版することをよしとした教育者でもある歴史家のあり方こそが問われる。
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by eric-blog | 2010-05-24 10:59 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

目に見えない資本主義 貨幣を超えた新たな経済の誕生

349-2(1515)目に見えない資本主義 貨幣を超えた新たな経済の誕生
田坂広志、東洋経済新報社、2009

ワールドシフト・ジャパンの4月24-25日記念シンポジウムでの発題者の一人。

そのことを紹介するための渋谷イベントの映像。これはなかなかおもしろい。
http://www.ustream.tv/recorded/7036593

そして、この本のいいところは、次のフレーズに尽きる。

「この危機が過ぎ去ったとき、世界は何も学ばないのではないか」

という根源的な問い。

病に対して、症状の鎮静化だけが残って、「生命システムの進化」が起こらないのではないかという危機感。それが根源的な危機感だという。

わたしたちが病を得るということは、健康が回復すればいいというのではない。

「生命システムの進化」これは、生活習慣病なのだとわたしが常々言い続けてきたことを、より質の問題として明確に表現したよい言い方だ。すべての病ではなく、成人病のことだとわたしは感じるが。健康の回復だけですむ病もあるのだろうから。

ま、ささいなことは置いておいて。

わたしたちには、「目に見えない資本」がたくさんある。(これはヘーゼル・ヘンダーソンが言っている二段重ねのケーキの土台のことだよね。)

その新たな資本主義に向けて、5つのパラダイム転換があるという。25

「操作主義経済」から「複雑系経済」へ
「知識経済」から「共感経済」へ
「貨幣経済」から「自発経済」へ
「享受型経済」から「参加型経済」へ
「無限成長経済」から「地球環境経済」へ

トフラーは『パワーシフト』で、物理的力、貨幣的力、知識的力のパワーシフトを言い、知識的力の社会における統合の原理として「愛」があると言った。

田坂論については、その点をもう少し考えてみたいけれど。

でも、「参加型経済」なんて、諸手をあげて大賛成!

だ。

そのために、教育は、というか学齢期の過ごし方はどう変わればいいのだろうか。だって、彼らはいまや立派な「資本家」だよね。というか、子育て期を卒業してしまった者としての実感は、「あの時代こそが、消費者マックスの時代」だったと言えるんだからね。その時代、そのライフサイクル期に対する提言なしで、資本主義は語れない。そのことなんだけどなあ。
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by eric-blog | 2010-05-24 09:30 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

おいしいコーヒーの経済論 「キリマンジャロ」の苦い現実

349-1(1514)おいしいコーヒーの経済論 「キリマンジャロ」の苦い現実
辻村英之、太田出版、2009

『原木のある森』も、コーヒーについてのよい本です。絵本なので授業などにも使いやすいと思います。

この本も、すごい本です。ルカニ村へフィールド調査に入ったそのルポと調査者として受け入れてもらえたことに対する責任、コーヒーの価格決定メカニズム、1990年代のコーヒー危機が村に与えた影響、日本のコーヒー産業、フェアトレードがもたらす生産現場への影響など、コーヒーの生産現場とわたしたちをつないでくれる包括的な本だと言える。

そして、副題に言うように、現実は苦い。なぜか。

コーヒー価格決定メカニズムの三つの格差だという。

一つは、コーヒー価格がニューヨーク先物取り引きによって、主にブラジルを中心とした生産者と国際市場の関係で、基調が決まってしまう。
二つには、国際市場を牛耳る多国籍企業による買いたたきや価格操作に、タンザニアのコーヒー農民はほとんど、なんの決定力も対抗手段ももっていない。
さらに、買いたたきなどによるコーヒー豆の消費国における低価格は、消費国においては「可処分所得」のより有効な活用というQOLの向上につながり、そして、生産国においては農民の困窮、コーヒー生産への労働力投入の減少など、労働意欲の低下と生活の質の低下につながり、より格差を広げるということ。

この三つの格差が、キリマンジャロの味を悪くしているという。

『マナミヤ』という混作農家と商品作物としての米作農家の葛藤を描いたアクティビティがある。アフリカの事例から作られたものだ。まさしく、そこに描かれた現実が、コーヒーにおいても展開している。

フェアトレードも、認証制度だけのものはだめだと著者は指摘する。それはあくまでも企業の論理でしか維持されていない制度だからだ。本当にも求められるフェアトレードとは「生産者たちの不利な状況」を改善するという価値を消費者に認めさせていく、そんなものでなければならないと。

ルカニ村に深くかかわる著者は、民衆交流によって生産者の姿をより深く知ることが、高付加価値への納得にもつながと主張する。

1997年に設立されてルカニ開発協会LUDEAは、消費国との交流推進だけでなく、タンザニア国内においても生じ始めている格差を、都市での収入を得た人びとがどのように村を支援するかについても相互浮上システムを包含した取り組みだ。

http://homepage2.nifty.com/tsunji/shop.html

最近のキリマンジャロがおいしくなくなったと感じていたあなたへ、おいしさを取り戻す行動につながる情報が、ここにあります。

ただ、あなたのコーヒーがおいしくなるだけでいいのか、という疑問は残りつつ。どこかから始めよう。

『原木のある森 コーヒーの始まりの物語』アフリカ理解プロジェクト
エチオピアの伝統的な茶菓子 ダボコロ
小麦粉 225g、砂糖 大さじ1、塩 小さじ1/4、水 100ml, サラダ油 大さじ1.5
よくこねて、のばし、細長く切り、揚げるかから煎りする。

これは、おいしそう!
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by eric-blog | 2010-05-24 09:07 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

DNA・考古・言語の学際研究が示す新・日本列島史

348-1(1513)DNA・考古・言語の学際研究が示す新・日本列島史
崎谷満、勉誠出版、2009

2008年から09年にかけて、勢力的に出版を続けている著者によるもの。
『新日本人の起源 – 神話からDNA科学へ』勉誠出版、2009
『DNAでたどる日本人10万年の旅』昭和堂、2008

CCC研究所(Institute for Cross-Cultural Communication)

ミトコンドリアDNAとY遺伝子の突然変異をたどることによる人類の系統樹。
日本人についても調査がすすんだ。その結果をふまえた日本列島史である。

日本列島には大きな現生人類の移動の流れの3つのものが来ている。とても多様性に満ちた列島なのだ。

著者は、その多様性と言語的多様性が結びついているという。

北海道
本州 関東・西日本
九州 沖縄
は大きな三系統だという。

単一民族などという「神話」、縄文対弥生という神話から脱却しよう、という呼びかけとともに、著者はこの多様性を保全しつつ生きていくことが、日本列島に生きるものの義務であり、人類に対する貢献なのだという。

勢力的な研究成果の公表に、脱帽である。
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by eric-blog | 2010-05-20 09:01 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

パラレル・ワールド 11次元の宇宙から超空間へ

347-8(1512)パラレル・ワールド 11次元の宇宙から超空間へ
ミチオ・カク、NHK出版、2006
Parallel Worlds: A Journey through Creation, Higher Dimensions, and the Future of the Cosmos, 2005

あのときかもしれない

ガリレオが人類を宇宙の中心という地位から引きずりおろす結果となった地動説を言ったとき。

あのときかもしれない

ニュートンが、地球も含むあらゆる天体を動かす厳密な力学法則を提供してくれたとき。

あのときかもしれない

アインシュタインが、われわれの生きる舞台が、時間と空間を一様な尺度で規定できない、曲がった、広がりつづけるものであることを、示したとき。

あのときかもしれない

WMAP(Wilkinson Microwave Anisotropy Probe: ウィルキンソン・マイクロ波異方性探査機)が生まれて38万歳の時の宇宙の姿を撮影したとき。
http://map.gsfc.nasa.gov/universe/uni_matter.html

でもね、これは量子力学の世界の話し。わたしはぜんぜん意味がわからない。その世界に身をおいていないものだから。観察しつづけていないものだから。

太陽が地球を回っていても、たぶん、構わない。

2004年以降、日本からの発明・発見が爆発的に増えていると、日経新聞夕刊に言う。

わたしにとっては、それがわからない人びとと、わかる人びと、そして、科学技術のリアルなものによって世界がかわっていくことの結果の中で生まれ、育つ人の「パラレル・ワールド」の方が、リアルだ。

人類が、戦争をやめるに至った未来から、あのときかもしれない、をふりかえった時、何が、「あのとき」につながっているだろうか?

「現在生きている世代は、これまで地球上で暮らしてきた人類のなかで最も重要な世代なのではなかろうか。今までの世代と違ってわれわれは、自分たちの種の運命をみずから握っている。タイプI文明の実現へ向けて高く舞い上がるのか、それとも、混沌と汚染と戦争の淵に沈むのか。・・・ひょっとすると現在の世代の目的や存在意義は、タイプI文明への移行をスムーズにすることなのかもしれない。」428

そう、あなたがどう生きるかが、地球的なできごとなんです!
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by eric-blog | 2010-05-14 10:06 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

あのときかもしれない

あのときかもしれない
長田弘、文化出版局、1981

That was when…

Osada Hiroshi

When did you become an adult? You
Now are an adult and not a child any longer. Not any longer,
But surely once you were.
You remember well about your childhood.
Puddles and shimmering lights of the river. Paths of dayflies. A jump rope.
An old cherry tree. White chalks in the school.
First bicycle you rode. First sea you swam.
You remember them all.
But how and when you, a child running around sweating,
Grew up to be an adult,
You cannot recall well.
It was not all at once that you came to be an adult
When you realized, you were.
You did not, but you were.
Puzzling, this is.
There should have been a gap,
The gap between a child and an adult,
But you don’t remember at all when you jumped over the gap.
Surely, when you knew you were already an adult.
That means
You were no longer a child when you knew.
That was when you were no longer a child, already an adult.
Or is it so? It’s about you, yourself.
Why you cannot recall more clearly that “when”?
You really
Were already an adult. Not a child any longer.
When was that that was “when”…..

この長田弘さんの詩は、たぶん
When did you become a man? You
Now is a man and not a boy any longer.
なのです。しかし、「a man」と言ってしまうと、この詩のほとほととしておとなになっていく感覚が失われてしまうと、感じるのです。

きみが女の子じゃなくて、
男の子だということもきまっていた。

どうして男の子は左あわせで、
女の子は右あわせでなきゃいけないんだろう?

女の子から教科書をひかなければわからないラブレターの返事をもらった時。

子どもの詩の世界、物語の世界におけるジェンダーの方が、はっきりしているのかもしれませんね。

物語で価値観を育てる。ジェンダーは避けて通れないなあ。

あのときかもしれない

少女編を作るのと、地球市民版でも、募集しますか?
あのときかもしれない、わたしが地球のなかまとして行動しようと思えたのは・・・

347-7(1511) あのときかもしれない 長田弘、文化出版局、1981
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by eric-blog | 2010-05-12 15:39 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

墓標なき草原 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録

347-6(1510)墓標なき草原 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録
楊海英、岩波書店、2009

知らないということは、罪だなあ。心が重い。

著者は内モンゴル出身、1964年生まれ。この本を日本語で書き,日本の出版社から発表した。14人の人びとに対するインタビューと多くの資料をまとめた上下巻500ページを越える大著だ。

モンゴルの草原は、農耕には向かない。漢人農民が19世紀末から入り込み、土を掘り返し、それがいまの黄砂の飛散につながっている。

内モンゴルは、ソ連と中国の綱引きの結果、モンゴル国とは切り離され、中国内に残された。日本の支配の時は、東大などに留学したエリート層は、後に「日本刀を腰に下げる輩」と呼ばれる。しかし、その体験は確実にモンゴル人の意識の近代化の引き金だったという。

土地所有の概念のないモンゴル人を、無理矢理に大地主として「牧主」とし、階級闘争の対象とする。

モンゴル人の自決を求める人びとは「民族分離主義者」として、階級闘争を弱めるものとして批判される。

1964年、文化大革命の予感が、内モンゴルを凍らせる。「拡大し過ぎ」と自嘲をうながす毛沢東の発言があって以降も1974年までくらいも続く。

モンゴル人は絶滅した方が漢人には都合がよい。50数種の拷問や責め苦。女性に対する侮辱と強姦。

新疆ウイグル自治区もチベットも同じような境遇だ。

マルクス主義とはなんだったのだろうか?
毛沢東主義の戦後日本社会に退位する影響も大きいのだと、著者は言う。
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by eric-blog | 2010-05-12 08:12 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

地域力フォーラム

NBKsymposium
2010年5月9日

久々に、きちんと女性や若者がパネラー、発題者に名を連ねているフォーラムのお知らせに、日曜日であるにも関わらず、出かけました。面白かった!
参加者は200名と、その半数ほどが女性と、こちらもほどよいバランス。

10年勤めて、いまは社長を引き継いだという野老(ところ)さん。企業か公共か、サービスか仕事かボランティアかという垣根をとっぱらって、必要なこと、目の前のことをやる。
35人の社員で137もの地域貢献プロジェクトをしているという。
そのバラエティについては、以下のページを見てみてください!
クリーン活動、文化活動、教育活動、音楽活動と、ジャンルになっていますが、これはそんなに簡単なことではないと見た。
http://www.ohsato.co.jp/region/index.php

大里綜合管理株式会社
http://www.ohsato.co.jp/

さて、二人目は石見銀山から、商品開発・デザイン・販売をしている群言堂。
復古創新。生活をデザインし、その生活を生きなければ、地域ではないという。
8軒もの古民家を再生してきたという、その暮らしぶりに驚く。
最近、立て替えに迫られているJR高尾駅にも、出店を出した。これも、曰く因縁のある出店だとか。今度、相模湖に行くついでに、見てこよう。

群言堂
http://www.gungendo.co.jp/
群言堂 根ね
http://nene-g.jp/


建設業と林業をつなぐ「林建共働」を提唱している米田雅子さんも、「あれもこれも」で生き残る「複業化」を言う。
http://www.psats.or.jp/profile/yoneda.html

末端は総合的なのだ。生活はすべての省庁区分をつむいで成り立つものだ。地域は、行政の縦割りをつなぐものなのだ。
地域とは、そのような生活のある場であり、地域に生きるとはそのような生活がなりたつようにするということなのだ。

「若者の力」には、地域へのIターン者、地域づくりNPO、地域金融経営者の三者が出て、そのスタンスの違いが面白かった。

こういう話し合いをすると、「現場」「当事者」の発言力が、「理論家」「媒介者」より強くなるなあと感じたことでした。

基調講演者であり、全体のコメンテーターであった内山節さんも、群馬県上野村在の話をしている時がいちばん楽しそうだったし。
http://www.uthp.net/

知識社会への移行と、「地域に生きる」ということをどう考えるのかがまったくないというのが、最近とみに気になります。あきらかに、わたしたちの社会の生産性は高くなっており、それは適切に人員が配置されれば、林業もそうなのであり、まるで、趣味のような「生活」「暮らし」であることは、変わりない現実なのです。

昔に戻るわけではまったくない。

デザイナーという高付加価値の仕事をしているから、場所は商品により高い付加価値をつけてくれるところであれば、どこでもいいのです。デザインの哲学に合致していることが重要なのです。

住宅建設という、人生でもっとも高い買い物をする顧客によりそっているから、さまざまな関連サービスが生まれるのです。

いずれの方も、一次産業で、地域にいるのではないのです。

その後報告された「海士町」も、「かみえちご」も、しかりです。一次産業だけで、地域に生きているのではないのです。それを「交流人口」とかの話し合いにすることがおかしい。人口ではなく、産業の問題なのです。

成功例を話した方々は、みな、三次産業化している人びとなのです。
なぜ、知識社会に生きることの豊かさを、認識しないのかなあ。
認識せずに、よりよいデザインなど、できないのに。

田舎というと、すぐ、土臭いだけの話に持ち込む、のが危険ですね。

衣食住を生活の基本として教える時代はすぎた。
地職住、どのような地域に、どのような仕事をして、どのように暮らすのかを考えることが大事だという上勝町町長の提案も納得でした。

「地域力フォーラム」
フォーラムのお知らせは、こんなところに載っていました。

http://www.the-journal.jp/contents/kai/2010/04/post_68.html
http://3nintetugaku.net/?eid=91

その他、パネラーに関連するサイト。

海士町
http://www.town.ama.shimane.jp/
かみえちご里山ファン倶楽部
http://homepage3.nifty.com/kamiechigo/
コミュニティ・バンクス momo
http://www.momobank.net/investment/investment.html
長野県阿智村
http://www.vill.achi.nagano.jp/
福井県池田町
http://www.town.ikeda.fukui.jp/
日本農村力デザイン大学
http://www.c-nord.com/
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by eric-blog | 2010-05-10 15:37 | ☆よりよい質の教育へBQOE | Comments(0)