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放課後の活動にPLTを取り入れる

PLT afterschool
放課後の活動にPLTを取り入れる

米国のPLTコーディネーターから共有されたプログラムです。

PLTの野外活動関係のアクティビティを「放課後」の活動に取り入れるための
指導者のためのワークショップ・プログラムです。

導入のアイスブレイク     価値観のライン
野外活動について
野外活動バッグ 持ち物について
カメラ
生息地としての木
自然を室内に持ち込もう
木は工場
木であること
それぞれの木に必要なもの
木のライフサイクル
種の冒険

その他、放課後活動にもってこいのPLTアクティビティは以下のものが上げられています。

- トリークッキー、それぞれの木に必要なものTree Cookies & every tree for itself
- 鳥と虫   Birds & Worms
- わたしたちみんな木が必要  We All Need Trees
- 森林の多様な利用  Forest of Many Uses
- 資源は巡る Resource-go-round
- お気に入りの物 A Few of My Favorite Things
- パッケージは天井知らず  Peak at Packaging
- 紙づくり Paper making

幼稚園・就学前には
79 木のライフサイクル
01  ものの形
04 まわりの音
1-2年生の低学年には
27 それぞれの木に必要なもの
22 生息地としての木
62 木であること
3-4年生には
76 トリ-・クッキー年輪Tree Cookies
61 もっと近づいてみてごらん 
30 木に三回乾杯しよう
5-6年生には
68 あの木の名前
64 葉っぱの観察
89 木が大切なたくさんの理由
など、対象別に考えるのも、いいですね。ぜひ、Indexを参照してください。

また、YMCAにおける「家族の日」の活動に、以下のようなアクティビティが取り入れた実践の報告もありました。いずれも午後4時頃から1時間半程度の活動です。
Greater Middlesex County YMCA- 2008-09

2月25日  ものの形
3月11日  種の冒険
3月25日  森での追跡Woodlands Chase(from NWF’s Access Nature)
4月8日   木は工場
4月22日  動物ごっこActing Like Animals (from NWF’s Access Nature)
5月6日  鳥と虫 カムフラージュ
5月20日  虫競争Bug Race (from The Bug Book)
6月3日  生息地の網Habitat Web (from NWF’s Access Nature)とAre You Me? (Aquatic WILD)

Peek At Packaging は、アクティビティ名は「Peek」覗き見。Peek-a-boo 幼児の「いないいないばあ」もこれです。日本語ではパッケージは天井知らず、と過剰包装の問題を直接表現しました。でも、PLTファシリテーターの中にもPeak At Packaging と「Peak頂上」とする人もいるんですね。掛け言葉遊びは、アクティビティ名としておもしろいけれど、間違いやすい。 ですね。
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by eric-blog | 2010-04-28 08:56 | ☆PLTプロジェクト | Comments(0)

World ShiftをTwitterで

24-25日と国連大学で行なわれたWorld Shift

参加できなかったので、携帯で、Twitterで、フォロー、と思った。
うまくいかなーーーい。

でも、今日、パソコンからTwitterみたら、
野中ともよさんの
「客観視は20世紀のパラダイム。
21世紀は、自分を中において、
一人称で語ることが大切になってきた。」

が紹介されていた。

情熱とか、動かすとか。

World Shiftも
一人ひとりから始まらなければ
動かない。

早く20世紀の学校教育モデルから脱皮しよう!
変化はそこまで来ているのだから。あなたの中に。

http://www.blog-headline.jp/sustena/2010/04/earthday2010_worldshift_forum_1.html

http://www.ustream.tv/channel/worldshift-jp
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by eric-blog | 2010-04-26 10:17 | ☆よりよい質の教育へBQOE | Comments(0)

ユニセフの開発のための教育 地球市民を育てるための実践ガイドブック

346-4(1504)ユニセフの開発のための教育 地球市民を育てるための実践ガイドブック
財団法人日本ユニセフ協会、1994
Education for Development: UNICEF’s Guide for Global Learning Teacher’s Manual Pilot Version, 1992

この出版のもとは、『開発のための教育』ユニセフ、パイロットバージョン、日本語版1992、です。これは不朽の名作です。『いっしょに学ぼう』(WWF、日本語版ERIC)を書いたスーザン・ファウンテンさんが執筆にかかわっておられるものです。

相互依存 A
イメージと認識 B
社会正義 C
対立と対立の解決 D
変革と未来 E
五つのグローバル・コンセプトを伝える,共有するためのアクティビティが、この5つの章立てで共有されています。
425ページもあるパイロットバージョンの方が、アクティビティのテキストとして断然優れています。ファシリテーターがコピーレディで活用することのできるアクティビティのすすめ方、ワークシート、資料になっているからです。

いかがですか、これらの五つのグローバル・コンセプト。あなたの教えている子どもたちと共有できていますか? わたしたちが、そして若い人びとが、これからを生きていくのに、身につけて欲しい価値観ではないですか?

特に、開発のための教育として優れているのは「イメージと認識」です。南北格差、開発援助をする際に、イメージと偏見が、相互関係の基盤をくずします。
そのことを真っ正面から扱ったいい教材です。

写真教材、フォトランゲージの一つの手法として、部分から全体を想像するというやり方は、この教材によって知りました。もちろん、グローバル・セミナーでお招きしたスーザンさんも、しっかりこのアクティビティは紹介してくれました。 いいやり方は広がるので、いまとなっては当たり前のように、やられていると思いますが、初めて出会った時の感動は、忘れられないですね。
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by eric-blog | 2010-04-23 14:13 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

ワールド・カフェ

346-3(1503) ワールド・カフェ カフェ的会話が未来を創る
Shaping Our Futures Through Conversations That Matter

この和英の違いが、三回ほどワールド・カフェ的会に参加して感じた違和感を的確に示している。

価値ある会話を通してわたしたちの未来を形づくる

カフェ的場はそのための原則の一つでしかない。

ワールド・カフェを実践する「7つの原理」
原理1≫コンテクストを設定する
原理2≫もてなしの空間を創造する
原理3≫大切な質問を探究する
原理4≫全員の貢献を促す
原理5≫多様な視点を他花受粉させて、つなげる
原理6≫パターン、洞察、そして深い質問に共に耳を済ます
原理7≫集合的な発見を収穫し、共有する

参加型学習は「みんなの頭で考える」ことだと。そのためにファシリテーターは場づくりやグループ・ダイナミクスに配慮する。参加のファシリテーションの原則は共通だなと、思いました。

場がカフェ的であればそれでいい、のではない。

そして、ハウツウ本ではなく、
この本には、ワールド・カフェでの会話がちりばめられていて、
読んでいて、参加感がある。

そんな会話を引き出せる、ファシリテーターの道は楽しいねぇ。

いい本です。

この会社はフューチャーサーチの本も訳している。

ericかくた なおこ沅
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by eric-blog | 2010-04-20 17:04 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

閉ざされた言語・日本語の世界

346-2(1502)閉ざされた言語・日本語の世界
鈴木孝夫、新潮選書、1975

日本語教のすすめ、2009
こちらは『新潮45』に連載された「日本語万華鏡」を改名して一冊にまとめたもの。著者の思いは「日本語を世界基準の共通語として習熟をすすめよう」というところにあったとしても、最初の連載が「万華鏡」なので、散漫な印象をまぬかれない。再度、なぜ日本語が世界標準となりえるかという論点を整理したものを読みたいと思った。1926年生まれの著者にその再度の重責が担えるかどうか。

日本語は二重文化を生きているという指摘は、すでに青木保氏の「多重層的な日本文化」によっても指摘されている。文化と言語が不可分な関係にある、ことを鈴木氏は戦後日本の例をあげて紹介する。

同音語が混乱をまねく場合、英語圏ではqueanという単語が「クェーン」と発音されていたのに、母音の発音変化で「ea」が「イー」と発音されるようになり、queen女王と同じ発音になり、駆逐された。一方で、日本語では「入場料」にかけて「入城料」、「遊園地」にかけて「遊園池」などと、同音語を楽しみつつ、漢字で、あるいはカタカナの表記で区別がつくならそれでよしとする。

これを一方を音声のみに立脚するラジオ言語、一方を表記、文字にも立脚するテレビ言語と特徴づける。

ドライバー driver 運転手、ねじ回し、ゴルフのクラブの一種

ストライキ、ストライク
ガラス、グラス
パーツ、パート
トラック、トロッコ

住宅ローン、ローン・テニス
フード・コート、コートとフード、テニスコート
ゴルフのリンクス、スケート・リンク
バルブvalve、バルブbulb

なぜ、日本人がこの混乱を収拾させようとしないのか。

「閉ざされた社会の開かれた文化」とこの状態を端的に指摘した人もいた。

閉ざされた社会であるがゆえに、他文化に対して受容的。呑気なのである。
文化を受容することで、アイデンティティがゆるぐとはみじんも思わない。
日本人は日本人なのだから。

外国人が日本語を話せるとは思わない。
日本語を話すのは日本人だけ。

できれば、日本語をやめてローマ字にしたらどうか。というような議論すらあった。明治時代にも、そして戦後にも。

日本語は速読に向いているし、翻訳点数も多い。漢語という専門用語を日常に取り入れることができるので、anthoropologyを聞いて、anthoro=人間、logy=学、というギリシャ語の素養にいたる人は少ないが、人類学と聞いたら、なんとか意味がわかるという違いを生み出している。『口で言えれば漢字は書ける』の著者の思いも、中学生から漢字をやるのであれば、小学生から。中学校以上の学習には漢字は不可欠との思いからだ。

韓国でであった韓国人経済学者は専門書は日本語で読むと言っていた。もっとも多言語由来の専門書が日本語で読めるので、日本語さえ読めれば、大方の言語圏をカバーできるのだと。

しかし、学習のしやすさは、どうだろうか。Englishがローカルな言語であることをやめていったように、世界語としての日本語にも越えなければならないハードルがある。それは階級遵守語的な色合いだとわたしは思うのだが、さて、日本語教の教祖さまは何というだろうか?
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by eric-blog | 2010-04-20 09:10 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

PLT 幼児期からの環境体験

現在、2010年の新しい出版、『幼児期からの環境体験』を翻訳中。

一足先に、PLT 木と学ぼう のホームページからもダウンロードできる「家族や友達と」Family and Friendsを

http://www.plt.org/

ブログで紹介しています。

http://pltec.exblog.jp/

幼児期から高等学校まで、幅広く、包括的なカリキュラムに支えられたPLTの世界を、覗いてみてください。

ERIC かくた なおこ
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by eric-blog | 2010-04-19 21:51 | ☆PLTプロジェクト | Comments(0)

「壁の涙」法務省「外国人収容所」の実態

346-1(1501)「壁の涙」法務省「外国人収容所」の実態
壁の涙作成実行委員会、現代企画室、2007

2009年2刷版のあとがき「追記」は言う。

「本書出版後入管の対応に変化のきざしがみられはじめた。一年以上の長期収容および子どもの収容は少なくなった。・・・暴行はほとんどみられず、難民申請者の強制送還も聞かれない。収容所内の待遇改善は進み、土日にも共有部屋は開放され、温水シャワーが使用可能となり、各棟には図書館が設置された。」178

この本の著者の一人、山村淳平さんは医師である。収容所での暴行によって障害が残りながら、そのまま強制送還になった人びとのその後を祖国に尋ねている。

収容所で暴行をしたのは誰か。「センセイ」と収容者らに呼ばせている収容所職員だ。ヘイト・クライムを読んだ後、この本を読むと、国家の壁が暴力を引き起こしていることがよくわかる。冒頭引用したような「改善」によって、何かの不利益が「センセイ」たちにあるのだろうか? 何もないはずだ。

人を人間的に扱うことで、失うものは何もないのに、教員の中にも「権利」を言うと、「増長する」「わがままになる」と恐れる人がいる。明治時代に近代国家を形成し、「国民」という壁を作った。それ以来140年の長きわたり続いてきた国家による管理社会の病は、人種差別という習慣病を引き起こしてきた。

人に尊厳をもって対すること。そのことを、わたしたちは心底学び直さなければならない。自分の尊厳がないから、人を尊厳をもって扱えないのだ。

国家が、公務員を暴力集団にしているこの犯罪性を見逃してはならない。*

はじめに人権ありき。国家ありきで始めてはならない。

国家と国際社会の都合で、国境をひき、国民を制度化するのであれば、国家と国際社会はそのコストを払わなければならない。最終的には国民がそのコストを支払っているのだけれど。

国境のルールを破ったことで、基本的な人権まで剥奪されることはあってはならない。「権利を奪う権利はどこにもない。」世界人権宣言第30条。

1947年の世界人権宣言は、第二次世界大戦中の国家による民族虐殺が犯罪であることを認め、国家による人権侵害を見過ごさないことを、国際社会の責任として宣言したものだ。

この本を読んでいると、国連人権委員会が日本政府に対して法曹関係者の人権教育が求められると指摘する意味がよくわかる。

いま、国際的に求められているのは、すべての国と地域における人権尊重の実現である。持続可能な開発、平和、難民、そのことに日本はどれほど貢献できているのだろうか?

*入管問題調査会『密室の人権侵害』現代人文社、1996
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by eric-blog | 2010-04-18 18:12 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

口で言えれば漢字は書ける! 盲学校から発信した漢字学習法

345-2(1500)口で言えれば漢字は書ける! 盲学校から発信した漢字学習法
道村静江、小学館、2010

すごくおもしろい本です!

ナ ロ =右
ナ エ =左
ウ ル エ =空

など、漢字の部首をさらにそれぞれの子どもが使うことのできている「部品」という考え方にまで分解し、組み合わせを教える。

それぞれの部品部品をしっかり習得できれば、飛躍的爆発的に漢字量が増やせる。

部品が部首に近づけば、漢字の成り立ちそのもののストーリーにも重なってきて覚えやすくなる。

また、「あおい せいしゅんの せい」のように、音訓読みを併用した漢字の覚え方をすることで、漢字の文章への応用力も高くなるという。

「なぜ、英語を勉強するのですか?」と問うたら、大学生が「しゅうしょくのため」と書くのはなぜなのだ? 漢字を書くのが嫌いなのだ。

楽しく学ぶ、この方法、道村方式から公立学校での新羽方式へと広がっているこの方法、できあがっているものを見ると「ウヘ、大変」なワークシートに見えますが、すごく工夫が詰まっているのです。どこか、簡単な工夫から始めて、参考に使っていってもいいのではないでしょうか? 道村さん自身が子どもたちと工夫を重ねて来られたように。

そうそう、タイトルにあるように、この方法は視覚障害のある子どものために、点字だけではなく、漢字による情報の世界を広げるために行われた指導です。

http://www.nittento.or.jp/TENJI/b_book/origin/kanji/kanji.htm

これまでの点字教科書のように、点字読み取り能力のある人だけではなく、点字を読めない人も、いっしょに読める本づくりが、工夫されています。
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by eric-blog | 2010-04-17 15:34 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

ヘイト・クライム –憎悪犯罪が日本を壊す-

345-1(1499)ヘイト・クライム –憎悪犯罪が日本を壊す-
前田朗、三一書房労働組合、2010

2010年2月24-25日人種差別撤廃委員会が、2001年に続く二度目の日本政府報告書の審査を行った。中井拉致問題担当大臣が高校無償化法案に関連して「朝鮮学校を無償化の対象からはずす」という発言をした。これについても委員会議では、これは差別にあたると指摘があいついだ。

日本ではいまだに人種差別の概念定義も、人種差別禁止法の制定も、在日朝鮮人に対する差別問題も、取り組まれていない。

1988年、世界人権宣言40周年を期して、在日朝鮮人・人権セミナーが立ち上げられた。その活動の中で作られてきたのが本書だと、後書きに言う。

「政府が社会に対して、朝鮮人は差別してもいいんだというメッセージを発してきた。」148

・ 朝鮮学校差別
・ 外国人登録法
・ 公安警察による弾圧

そのような植民地支配に由来する人種差別がいまだに続いていることが、現在のヘイト・クライムにつらなっている。

尊厳、権利、正義、信頼、連帯といった言葉の価値が、剥奪される。日本が壊れていく。

「差別は暴かれるべき<罪>なのではなく、むしろ治癒されるべき<病>なのであれ、差別者とは、暴力的存在である前に、不安におののく者なのである。」郭基煥『差別と抵抗の現象学』52

日本という巨大な密室におけるドメスティック・バイオレンス  48

国連は反人種差別モデル国内法を公表しているという。『市民が使う人種差別撤廃条約』91

2001年のターバーン宣言。

ヘイト・クライムは、社会における従属集団がよりよい地位を得ようとして優位・列意の「自然な」関係を脅かすと、支配を再確立しようとして用いられる「道具」である。113

しかし、これだけの説明では、ヘイト・クライムを説明できない。偏見が否定的な行為につねにつながるわけでもない。一方で、特に、この犯罪はその継続性と、被害者への影響、被害者の所属するコミュニティへの影響によっても特徴づけられる。110

にもかかわらず、朝鮮学校に対して、スピーカーを使って大音量で、集団で、差別発言・罵声をあびせる行動をとる人びとが野放しにされたのが、2009年12月4日の現実なのである。

法や警察は子どもを守ってくれない。

これで日本に人種差別はないというのは、無理だろう。

日本政府が人種差別撤廃条約を批准したのが条約締結から30年後の1995年。最初の報告書は1997年1月締め切りであったはずが、2000年1月に提出された。そして、2001年3月8-9日、委員会による審査。日本政府は以下のような主張をし、不適切であると指摘を受けている。

・ アイヌは日本人より先に住んでいたが、先住権のある先住民族かどうか判断できない。→その後見解を改め、アイヌを先住民族と認めるようになった。
・ 沖縄、被差別部落、中国帰国者については適用対象ではない。

また、在日朝鮮人が市民的政治的権利を制限されていること、バイリンガルな教育を受ける権利についても、指摘がされている。

とてもよいできの本です。いまなら、三一書房労働組合から1300円で購入できます。ぜひ、どうぞ。
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by eric-blog | 2010-04-17 15:05 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

学級定員意見 文科省 4月16日まで募集中!

子どもを安全に戸外に連れ出し、探究活動をさせるのに、適正な大人の人数は何人でしょうか? 『PLT木と学ぼう』米国環境教育プログラムは、5人に一人の大人が望ましいと言います。

子ども一人ひとりがロールプレイを通して「演習」し、からだでできるようになるには、45分という演習時間に対して、何人が望ましいでしょうか? 米国の子どもへの虐待防止プログラム(CAP)では、半円形になって、誰もが平等にロールプレイを見、参加できるようにとされています。

子ども一人ひとりにキャリア・アドバイスやメンター、コーチをするとしたら、一人の大人が何人の子どもに責任を持てるでしょうか? これも米国の例ですが、高校生に対するアドバイザー制度では、20人に一人です。

これらの活動に、地域の大人そしてNPOなどの専門性を持った団体に協力をしてもらうとして、その窓口、コーディネーターはどのぐらい必要でしょうか?
200人のボランティアを動かすには5-6人のフルタイム職員があたっているというのは、美術館などの例です。

子どもたちに質の高い学びを提供するために、学校が「開かれた学校」になる。自然体験に、地域との交流に、サービス学習に、学校が取り組むことができる機会は増えています。ボランティアやNPO活動との協働は、決して「安上がりな代替」であってはならないのです。

中学校には複数の小学校からの生徒がいます。学級数も多くなります。しかし、昨今では、子どもの数が少なくなったため、一学年三学級すら難しくなっています。教科担任制、クラブ指導など、責任分担制が小学校よりもすすんでいる中学校において、学級数減は、専門性のバラエティを確保することが難しくなることを意味します。

高校においても事態は同じです。特に過疎化のすすむ地域においては、統廃合もすすんでいますが、質の高い教育環境を確保することが難しくなっています。

以上のようなことを考えた場合、小学校においては、幼稚園設置基準同様、35名、そして中学校・高校・中等学校などにおいては30名の定員が望ましいと思います。そのような国レベルの意思決定があれば、以上のようなさまざまな広がりに対して開かれた学校運営に、教員がゆとりをもって携わることができるでしょう。公教育がより高い質の教育を提供する機会につながります。また、免許更新の議論に代表される継続的現職教育、研修、研究の時間も、確保することも容易になっていくことでしょう。

大枠として国が「豊かな学び」の保証が可能な方向性をしめし、その中で地方自治体や地域、学校の裁量によって、「きめこまやかな対応」がなされることが望ましいと思います。
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by eric-blog | 2010-04-12 11:26 | ☆よりよい質の教育へBQOE | Comments(0)