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日本人の歴史意識 -「世間」という視角から-

232-2(1126) 日本人の歴史意識 -「世間」という視角から-
阿部謹也、岩波新書、2004
学問と「世間」、岩波新書、2001

世間の行動原則は三つだという。贈与・互酬の原則、長幼の序、共通の時間意識。n-7

「今後ともよろしくお願いいたします。」「先日はありがとうございました。」という表現は、欧米にはない、それはそれぞれがそれぞれの時間を生きているからだ。n-7   なるほど。共通時間を生きていると思うからこそ、このような挨拶がありえるということか。

著者は1935年生まれの、大学教授および学長などを歴任している男性だ。言ってしまえば、日本社会の特権階級そのものだ。参加型に向かない年長、高肩書き、高学歴者。その筆者が1980年代くらいからのテーマとしてきたのが「世間」である。

「世間」の中で生きている日本人は歴史を意識・自覚できない。・・・(自覚できるのは)「世間」の中でうまく適応できずにいる人である。「世間」とうまく適応している人は、「世間」を知ることができず、その本質を理解することができない。n-203

いまとなっては、年長、高学歴、高肩書きの筆者が、いったいどこで「世間」を意識できるのか、不思議ではあるが、そのあたりについては、どちらの本にも書かれていない。自己のテクノロジー、省察として書かれているのは、一橋大学が、挑戦してきた大学改革ぐらいのものか。

もともと、世間というのは仏教用語でサンスクリットのローカという概念を訳したもので、「壊され、否定されていくもの」n-13
日本でも万葉集などでは「移ろい行くもの」「はかないもの」として世間は描かれている。それが、なぜ、人が生きる場そのものを表すことばになってしまったのか。世間ははかないのに、世間以外では生きられない。「世間(よのなか)を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」という山上憶良の歌がある。g-101

世間が権力となっていく様子を著者は中世へと描いていくが、その中で、親鸞が呪術を否定し、アニミズムを否定した唯一の宗教家として紹介されている。結果、信徒たちは特権的なものもなく、祖先信仰の弱い、横のつながりの強い社会、迷信やタブーの少ない社会を形成している例も紹介されている。(周防笠島)n-56
それ以外は、「自らの足元には西欧では考えられないほど現在でも重術がしのびこんでいるにもかかわらず、近代化された社会だと錯覚しているにすぎない。」n-57

では、一般的には「世間知らず」だ思われている学問の徒はいかがなのか。それが『学問と「世間」』。実は、学問の徒たちは、「世間」と同様に近代化されておらず、彼らは彼らで狭い「世間」を構成して暮らしているにすぎない。というのが、本書の趣旨であり、学界に対する批判である。

学問の世間とは、同学、同学界、年功序列、縦割り秩序の社会である。そこでは、学際的な研究や大講座制などの改革は、のぞむべくもない。らしい。だろうな。

著者は、一橋大学の改革例をあげるのだが、歴史は知らず、現世だけのことについて言うならば、分は悪そうだ。だって、一橋大学だけは、教員公募制と実力主義をひくとする。すると、一橋大学出身者らは競争にさらされるが、彼らは、他の「世間」系大学には入れない。しかし、「世間」系大学出身者で、実力のある人は一橋大学に挑戦できるのだ。結果として、一橋大学のレベルがとっーーても上がるか、あるいはステップアップ大学になるかだ。

大学教授の市場が形成されていないということは、そういうことだ。非関税障壁でがっちり固められている市場vs自由市場。かな。

もちろん、歴史から言えば、これは非合理であるから、流れの先は、明白だ。しかし、「世間」に生きている人々は現世主義者であり、歴史意識を持つことができない、と自らが看破していることを忘れてはならない。

実は「世間」というのは、年長者、男性、高肩書き、高学歴、高学識の人々が、恣意的に権力をふりかざすことのできるせまい社会のことなのだ。それを「力の濫用」という。「遅れてきた定着民の悲劇」とは、人権ではなく、「お慈悲」にすがらざるをえないところだ。

せまい、のであるから、一つには「多様なアソシエーション」が自由の道、であり、物差しが上下なのであるから、物差しを自らに置くことが「解放」の道だろう。

「個」が確立していない、個と個の対等さを前提にしない社会。それが「世間」であり、そこには、特有の「関係性のテクノロジー」が「自己のテクノロジー」に対して圧倒的に肥大して存在する。

「世間」と戦わなければならない、と著者はいう。n-201

世間は、この著者にして、生き苦しいものなのだというところに、多少の共感は持つものの、「所詮は、あんたらの闘いだろう」と、臍で茶をわかしたくもなるのである。
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by eric-blog | 2008-05-31 10:50 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)

環境自治体会議in遊佐

環境自治体会議in遊佐

新潟で乗り換えて酒田へ、そしてさらに乗り換えて遊佐、吹浦へというのは初めての体験。(しかも最終便で・・・)山形県内でも庄内(荘内?)は、文化的にも内陸部とは違っていると言われています。風、雲、光によって姿を変える、遊佐町からの鳥海山の美しさに感動しきりの毎時・毎瞬でした。帰りには、山口吉彦さんが館長を勤めておられる「出羽国際村アマゾン民族館」を鶴岡に訪ね、いっきに庄内地域が身近になった三日間でした。

一日目の全体会には、この間紹介した『抵抗者たち』に紹介されていた大潟村の村長さんもいたので、逃したのは残念だったのだが、実質的な参加は二日目の分科会から。

第12分科会は、「知っているだけ、はもう終わり」-中長期CO2削減への道筋-である。これまで、さまざまな分科会のテーマとして、取り組まれてきたことが、どのように総合的な地域計画として「CO2削減」という目標に向かって積み上げられていくのか。その事例発表だというので、期待して参加。

パネラーの一人は、スウェーデンのエコ自治体連合SEKOMから、コニー・セーヴェヘムさんが「派遣」参加。費用はSEKOM持ちだという。通訳を務めてくださったのは地元河北町出身でスウェーデン在住の矢作さん。こちらも自費でのご参加だ。

コニーさんが議員を勤める地方自治体はVergburg、デンマークの対岸にあるギョーテボーグ(スウェーデン第二の都市)から南へ80キロ、人口58000人の町である。エネルギー公社、住宅公社などの会社組織を持つ自治体である。CO2削減のために、昨年度は35億5000万円を投資し、その内8億円が政府からの補助金であったという。対策は複合的なもので、それぞれの対策からの二酸化炭素削減が累積されて、中長期的な削減目標の達成が可能になるというバックキャスティング・シナリオだ。メニューは以下の通り。
■ 地域暖房
製紙工場からの廃熱水を利用して、地域の住宅の1/3に熱源を共有している。
■ ヒムレ川の自然環境回復
■ 安全で、自転車優先になるように車の乗り入れがしにくくなるような中心街道路の整備
■ 学校へ通うのは自転車で。そのためにも通学路の安全確保対策推進。
■ バイクレーンを全市で整備。
■ エコドライビングの講習を、自動車免許教習所で開催。自治体職員全員が受講できるように、また若い人たちには半免措置を講じるなど。10%の削減効果につながる。
■ 港湾輸送に力を入れ、鉄道から船への積み替えがスムーズになるように、幹線鉄道からの引き込み線を設置。
■ 1991年から取り組み始めている風車の設置も26基に。農家による建設にも力を入れていて、収入になる。5年後には個人・自治体の設置を含め80基になる予定。
■ 水力発電も導入。2015年までで68000トンの削減効果になる。
■ バイオガスは、都市内のさまざまな産業、家庭、廃棄物から170台の車を動かす燃料を作っている。その処理から液肥が生まれるが、よい肥料になる。
■ 住宅公社が5121戸のアパートを173カ所に所有。そのうち4300戸には製紙工場からの廃熱水で暖房を供給。処理業者との契約によって、家庭からの廃棄物は近距離処理を97%実現。生ゴミは79%をコンポストにしている。

以上のような総合的な努力の結果と、ガソリン・ディーゼルをいまも購入している分についてはヨーロッパの排出権購入枠を活用して、2008年4月にカーボンニュートラルを実現。現在も、企業や学校に対する研修や認証制度など、努力中。2012年には一人当たりCO2排出が4トン以下を目指している。新たな目標としては、食堂で提供される食べ物の15%以上を有機製品にする、20%以上の車の燃料をバイオガスにする、などの達成目標を掲げている。

それにしても、目標達成への集中的な投資力、そして自治体が公社を、エネルギー、住宅という部門についてもっていることの強みをしみじみ感じたプレゼンだった。現在299ある地方自治体のうち、71がSEKOMに加入しているという。(今年中に73になる予定とか)

次のパネラーは、最上町の高橋町長が共有林の活用、福生市の事例をコンサルタントとして関わった浦上さんが、そして来年の環境自治体会議の開催地多治見、杉並区のエネルギーカフェなど。

多治見市は窯業の衰退ということもあって、国や県レベルの二酸化炭素排出総量に対する金額別国民総生産に対する案分で算出した数値では、1990年レベルの15%削減をすでに2004年で達成しているという勘定になり、何を目標にすべきかの再検討議論から入ったという。2030年の30%削減目標は、現在の取り組みで十分達成可能なのだと。

環境自治体会議に、こういう大枠での目標設定と実践報告の分科会ができたことは、とてもうれしい。今年の環境自治体白書は、それぞれの自治体についてのデータが出されているというから、これは買い、だね! 重いから買わなかったけど・・・。

********購入申し込みは jimukyoku@colgei.org まで***********
部数:

TEL:
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団体/所属:
部署名:
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by eric-blog | 2008-05-31 09:23 | △研修その他案内 | Comments(0)

南北戦争の遺産

232-1(1125)南北戦争の遺産
ロバート・ペン・ウォレン、本の友社、1997
The Legacy of the Civil War, 1964

ちょうど、南北戦争から100周年にあたる頃に出された本が「アメリカ文学ライブラリー」の一冊として近年訳されたというところか。1964年というのは、ヤズー川の川底から、軍艦カイロが引き上げられた年でもある。

もう一冊、同時に読んだのが『リンカーンの三分間 Lincoln at Gettysburg』1992, 共同通信社、1995。

今回のミシシッピ会議のフィールド・トリップ先がVicksburgであったことから、National Military ParkのCairo Gunboat and Museumなどを訪ねた。
http://www.nps.gov/vick/ バスツアーは優に一時間半を超えていた。

ミシシッピ川は3767キロメートルを流れ、その流域サイズはアマゾン川、コンゴ川についで三番目。3225000平方キロメートル、米国48州の41%の水域をカバーしている。そして、そのすべてが流れ込むのが、メキシコ湾である。会議の後、ニューオリンズを回ってきた梅村さんによると、300万人以上の被災者を出したカトリーナハリケーンの爪痕はいまだに回復していないという。

会議が開かれたジャクソンも、一大貨物集積拠点であったのに、いまは寂れてしまっている。Vicksburgも、ミシシッピ川の川運の要であり、南北戦争の時にもそうであった。

「歴史には犠牲が伴う」。国家として独立してから100年にして、米国は南北戦争という試練を経て、一つの国家になったのだと、著者は位置づける。10

そして、南北戦争は、さまざまな意味で転換点であった。
ゆるやかな連邦からひとつの国家へ。11
農業・手工業社会から巨大技術・巨大産業社会への転換。15
敗北してはじめて生まれた「南部意識」と心の故郷。20


その時代の必然として「危機」はあった。91

「戦争が避けられなかったとすれば、それは悲劇だった。戦争が避けられないわけではなかったとすれば、それはさらに悲劇的なことだった。」95

このような歴史の「ひろがる空間、距離、無気力、利己主義、無知」11などの時代の空気を読み、そして、現実的な実利主義者であり、かつ必ずしも奴隷制反対ではなかったリンカーンの「ゲッティスバークの演説」を読む時、それが、南北戦争を超えた「時代の方向」を示したものなのだと了解できる。

リンカーンが実践しているのでもなく、わかってもいなかった方向を、共に「自由」と「平等」の理念に照らして、開いていこうということを示しているのだなあ。自らをも超えていく時代の方向を示した演説に人々は共感した。

南部を批判したり、揶揄したり、こきおろしたりしていないという点で、Non-judgementalであり、かつ、idealである。

今回の旅行では、これまでにはない「南部人」のスティグマのようなところには、少し触れられたのが、良かったかな。すいません、中途半端な紹介で。

イラーイ・ホイットニーは、この本ではjig固定台の発明者として出てくるのだけれど、ミシシッピ民俗博物館ではgin綿の種取り器の発明者として名前があがっていました。『Tシャツはどこから』でも、その発明がおよぼした影響は、取り上げられていたように思いますが。実物を博物館で見ました。やっぱり実際の作業とかしないと、「わかった」気にはならないなあ。「見た」ことは見たんだけど。
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by eric-blog | 2008-05-27 09:49 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)

岐阜 小水力発電シンポジウム

石徹白「いとしろ」と読む。イザナギ、イザナミ神話にその名付けの由来があると言われるほど、歴史は古い。
石徹白は福井県と岐阜県の境にあり、岐阜から向かうと長良川水系を溯って峠を越えたところにある。岐阜県は県としても日本で一番包蔵水力量が大きい。石徹白はその中でも九頭竜水系の水源地に位置し、エネルギー自給の可能性が高い地域だ。昨年10月から「ぎふNPOセンター」の支援の下、三種の小水力発電モデルを実験中。
シンポジウムは三部構成の情報共有と討議。一つは地域での水力発電の現状、その次が何と経済産業省、農林水産省、国土交通省のそれぞれの中部部局からの「国の政策の現状」プレゼンがある!
三つ目は小水力発電推進の現状と課題プラス富山での取り組みの紹介。
討議のテーマは『地域再生と小水力利用』
夜の分科会は「地域と若者」「歴史と水」
夜民宿で石徹白民謡を披露していただいた。

持続可能な未来を作り出す共通の価値観を、このシンポジウムは育てるものになったのだろうか?

地域の再生は「持続可能な社会」の諸原則を満たそうとするものでなければ、過去を懐かしむだけのものになるだろう。

多様性は?公正さは?協力は?育ったかな?
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by eric-blog | 2008-05-25 08:39 | △研修その他案内 | Comments(0)

抵抗者たち

231-2(1124) 証言・戦後史の現場から
米田綱路編、講談社、2004

刹那的に煽情し、目新しいものを求めて戦場を移し替えていくだけのジャーナリズムから身を引いて、抵抗の続く現場で生きる人に取材したインタビュー集。
北谷の知花さん、国労の藤保さん、大潟村の坂本進一郎さん、人形峠ウラン残土訴訟の榎本さん、花岡事件を取材した野添さん、三里塚の島さん、アイヌ差別を問う北原さん、在日「ほるもん文化」編集の高さん、「民主読売」を求めて戦った増山さん。

テロとの戦い、グローバリゼーションの推進などに邁進する「国家」主義に「抵抗」する人々の物語だ。抵抗の物語は人なのに、推進側は「仕事」であったり、二三年だけの担当だったり、顔すら見えないし、意志もない。不思議なものだ。
それぞれに気になるポイントはあるのだが、いくつか紹介しておく。
金子みすずの「みんな違ってみんないい」を唱和する「日本的なるもの」を高さんは言う。

アイヌ民族が日本人とは違うという区別ははっきりさせながら、差別のない社会を求めるのだと北原さんは言う。彼女の息子の世代は改めて、言葉と物語とを獲得している。
日本的なるもの。
同時代として見て来たことと引き比べると、1969年生まれの著者が出会う「過去」としての抵抗は、すっきりしてわかりやすく、かっこよくいい。それは「引き受け続けて来た」中で、研ぎあげられているからだ。

民主主義はぐちゃぐちゃしている。ぐちゃぐちゃにしていくことへのトレランスをこそ自分の内に育てる必要があるのだが、書き物にその力はあるのか?な?
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by eric-blog | 2008-05-24 15:04 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)

赤毛のアンの島-プリンスエドワード島の歴史

231-2(1123) 赤毛のアンの島-プリンスエドワード島の歴史
ダグラス・ボールドウィン、河出書房新社、1995

ノースウェスト航空に乗ったら、今年は「赤毛のアンが出版されてから100周年だという。日本人の旅行客たち、特に女性たちが、押し掛けることだろうと、言われている。毎年3万人ほども「緑の切り妻屋根グリーンゲイブル」を日本から訪ねるらしいから。

ヨーロッパからも比較的近い位置にあるとは言え、18世紀になってもヨーロッパからプリンスエドワード島に渡る船旅は数週間にわたる過酷なものだったようだ。北米インディアンのミクマク族はヨーロッパから持ち込まれた病気と酒で多くが死に、最初のヨーロッパからの定住者であったフランス語系のカソリックであるアカディア人はイギリスとフランスの勢力争いに巻き込まれ、多くは強制移住されていったという。

19世紀になり、カナダに統合。いまも60以上の民族グループが混住する島。

なぜ、赤毛のアンが日本人女性に人気なのか。まだまだ抑圧のある時代背景がある社会で、アンが天真爛漫に生き抜く姿が、抑圧されていて声をあげることのできない日本人女性たちのはけ口となるからだと、も、説明される。

結局は幸せな結婚をするんだけどね。アンは。

小学校6年生の頃の愛読書。交換留学の後に、英語で読破。村岡花子さんの誤訳を発見したときの驚きは、本当にカルチャーショックだった。

小学校を出て、中学校、中学校を出たら小学校で教えて、次に大学、大学を出たら、また教えて、というのも、結構いいよね?

今週は、チョー忙しいので、これくらいでm(><)m
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by eric-blog | 2008-05-24 06:39 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)

ボディ・サイレント 病と障害の人類学

231-1(1122)ボディ・サイレント 病と障害の人類学
ロバート・F・マーフィー、新宿書房、1992
The Body Silent, 1987

1954年にコロンビア大学で博士号を取得した著者は、自分が貧しいアイルランド出身の家族に生まれて、学問への道を歩めたのは、軍隊に行き、除隊後の教育支援金によって大学に行くことができたからだという。毎月107ドル、学費免除以外に、毎月のこの育英資金が、高等教育への進学率を1950年代に一気に高めたのだ。

今回、同じ話しをPLTコーディネーター会議でも聞いた。1954年に17歳で海軍に入り、日本に派遣された。BC, Bill Colvin, 81歳。除隊後、退役軍人育英資金によって大学へ進学、フォレスターとしてのキャリアを歩んだという。いまは退職して、ボランティアでPLTの手伝いをしているという。かつては優れたファシリテーターとしてミシシッピ州におけるPLTの中心人物だ。彼は、わたしがウィスコンシン会議の時にインタビューした人で、PLTについて「フォレスターたちが、その教育方法を気に入ったからだよ。フォレスターなんてたいてい学校なんて嫌いだったからね。」と言っていた人だ。

そのころでも107ドルというのは決して家族を養うには十分とは言えない額だろう。しかし、それが多くの若者を高等教育へと進ませ、その後のアメリカ社会の発展に寄与したことを思うと、優れた政策であったのだなと思う。

さて、本書に戻るのですが、短い挿話による映画でも創れるのではないかと思いました。

○ 肢体麻痺者は”周縁の”人間たちだ。そして、彼らのあり方に注目することで、我々は人間社会全体について多くを学ぶことができるのだ。16
○ 患者自身による自業自得の重い。・・身体障害の副産物として実に広範にみられるものである。70
○ 1960年代以降の技術革新によって未熟練あるいは半熟練労働への需要が激減する一方、差別偏見と劣悪な教育とによって黒人たちは熟練労働の市場からしめ出され続けた。これを怠け癖とは呼ばない。むしろ経済的絶滅政策とでもいうべきだ。71
○ 1959年から60年の調査旅行において、著者はアルコー中毒が最悪の状態になっていた。「自分たちの弱さと恐れの表現。・・・アルコール中毒はこうした男性のジレンマから抜け出すためのひとつの方法」本当の自分を隠すカムフラージュ 97
○ 身障者の精神生活における最も重要な変化は次の四つだといえる。第一に、自尊心が損なわれ自己の評価が低下すること。第二に、障害が思考の中へと侵入して思考の全幅を占領しようとすること。第三に、激しい怒りが底流となって存在すること。第四に欲せざる新しい相ディンティの獲得。143
○ 飛行機に松葉杖をついた人が乗り込む。松葉杖を添乗員にあずける。その後、隣に座った人となにげない会話。到着して、松葉杖を添乗員が持ってくる。163
○ 一方に、以前に出来上がった社会的役割を維持しようと言う意識的な努力があり、他方に身障者の新しいアイデンティティとこれに対する相手の嫌悪感、罪悪感、そして恐怖感があって、それらが心の中でせめぎあう。164
○ ある調査によると、身障者に対して感じるほど、統計的にいって少数民族への偏見も強いのだという。173
○ 慈善という行為は、与える側の受ける側からの分離と自由をかえって強調することになる。このように親切と拒絶が表裏をなす人々の矛盾に満ちた対応がもとになって、身障者の取り扱いはいよい複雑な難しい問題となる。174
○ この定義しがたさ、標準からの逸脱こそが、・・・身障者に対する広範な嫌悪感の要因なのである。175
○ 身障者と通過儀礼における新成年とはいくつかの点においても酷似している。・・「儀礼の参加者である若者たちは、彼らを指導する大人たちに絶対服従の態度でのぞむが、一方入門者たち自身の間には完全な平等が実現されることが多い。」178
○ 病院というところは、人々が以前持っていたアイデンティティを引きはがして、曖昧な「患者」という存在に切り縮めてしまう。・・・この同格化の傾向は病院の外の身障者の間にも見られる。178
○ 現実というものは部分的には社会的な産物であり、人間の生活を維持し導くための集団的妄想である。それはしかし脆弱な幻想であって、常に社会的な行動や会話によって息を吹き込んでもらわないとすぐためになる。275
○ ある特定の枠組みの中で、おのおのの異なる社会の人々が異なる仕方で自らの存在から意味を紡ぎ出し、またそれに価値を付与する。275
○ 旅行をしていても、付き添いの人の方に「彼はどこ行くのですか?」と語りかけられる。
○ 「腕をさわらないように」というような表示をされる。
○ 「すぐ来ます」と看護士に言われるが、いつまで待っても来ない。
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by eric-blog | 2008-05-22 08:42 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)

PLT Conferences Past

PLT Conferences Past
1987 Menlo, California, -California Dreamin’
1988 Callaway Gardensm Georgia – Georgia On My Mind
1989 Squam Lake, New Hampshire – New Hampshire Naturally
1990 Santa Fe, New Mexico – Viva PLT!
1991 Mammoth Cave, Kentucky –Come Home to Kentucky
1992 Keystone, Colorado – A View From The Top
1993 New Orleans, Lousiana – Cookin’ Up A New Curriculum
1994 Oconomowoc, Wisconsin – Moovin’ To A New Beat [kkt]
1995 St. Louis, Missouri – Celebrating Excellence in EE [kkt, mtm, +2 students→FIT, California]
1996 Post Falls, Idaho – Branching Out In Idaho
1997 Bar Harbor, Maine – PLT By the Sea
1998 Celarwater, Florida – Catch the PLT Wave!
1999 Snowbird, Utah – Reaching New Heights
2000 Hendersonwille, North Calolina – Nothin’ Could Be Finer Than PLT in Carolina
2001 Fish Camp, California – Energize for the Future
2002 Charleston, South Calrolina – From the Mountains to the Sea
– PLT in SC [kkt]
2003 Huron, Ohio – PLT in the Heartland
2004 Bismarck, North Dakota – Retlieve the Discovery
2005 Welches, Oregon – Oregon’s Forests: The Place to Be! [kkt, kwm, ume, seki]
2006 Virginia Beach, Virginia – Grains of Sand, Pearls of Wisdom [kkt, kwm, seki, ymst→wsington dc]
2007 Wichita, Kansas – There’s No Place Like Home [kkt, kwm, ysm, ymst]
2008 Jackson, Mississippi – An Historical Event [adch, kkt, ume, stk]
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by eric-blog | 2008-05-20 18:46 | ☆PLTプロジェクト | Comments(0)

PLTコーディネーター会議 プログラム

□5/13
Pre conference workshop カリキュラムの発展
・モジュール「Focus on Forest」「Forest Ecology」改訂に向けて
・幼年期の子どもと森林ー各州の教材化の工夫や取組み
※ERICでは幼少期向けのモジュールをつくらなくても、Outdoors20に対して幼少
期の子どもへの配慮や工夫を先生たちが考えられる

Conference welcome
AFF Strategic Plan: New Initiatives and Opportunities
Center for Environmental Learning : New initiatives and Pathway to
Performance
コーディネーターの中から「メンター」となった人たちが主導して、9つのワー
キンググループにわかれ推進課題について考える。
日本の現状も共有できるようなトピックに参加したが、翌日のふりかえりでは日
本とメキシコのインターナショナルチームで、推進の課題を考える場を事務局
が作ってくれることになった。

□5/14
昨日の個々人に出された宿題をマゴリスウィールで共有(全体)
昨日のワーキンググループで課題を深め、共有
日本とメキシコの参加者は、インターナショナルチームで推進の課題を共有
※わたしはこの辺りでやっと、BMPsatやアメリカでの推進体制、それとの関連で
日本の特徴等が少し見えてきた。

分科会A
Biotechnologyの分科会に参加
ファシリテーターは事務局のキャサリンとジャッキー
リスクモジュールの追補アクティビティ(?)の「豆を測る」アクティビティを
体験
取り出す、測る、ランキングして選ぶ...を数度繰り返して行くうちに、「大きく
て粒ぞろい」なものになって行く過程を体験

優れた教師の表彰(4名)

全体会�:Global Connections: Forest of the World
新モジュール「Forest of the World」と副教材のマップを見て、活用を考える
※日本の林業高校等にアクセスしてみる

フィールドトリップ Mississippi Agriculture and Forestry Museum
Cat
Fish(ナマズ、特産物)を含む夕食をとりながら見たパペットショー「Watershed Harmony
」が大好評。
ミシシッピ川の開発と環境問題、改善への取組みが子ども向けのストーリーにな
っている。

□5/15
全体会� 科学教育と環境教育
※講演の後、アクティビティガイドの#3ペパーミントビートル、#9Planet
Diversity
の展開を5つのEに位置づけてみる
5E=engagement, exploration, explanation, elaboration,
evaluation、「経験学習の4段階」のような役割だと感じた

分科会B 
※「土壌とPLT」の分科会に参加。専門的な分野を子ども向けの副教材等でよく工
夫して環境教育につなげている。

フィールドトリップ Historic Town of Vicsburg
ミシシッピ川と市民戦争の博物館。

□5/16
分科会C
※足立はEvaluating Preservice Educator
WS(教育課程)に参加。実施に関する教育者への調査などをもとに、課題の共有
と、各州のコーディネーターからの現状共有。若干日本の取組みの現状も報
告させていただいた。もっとERICが取組んでいるESDファシリテーターカレッジの
取組みやそれが提起してきたことも含めて言えばよかったなと後で
思った(英語力と時間がハードルでした)。

Gold Star Awards

※昨年日本事務局が受賞した金の星賞。その受賞式の後に、日本チームとメキシ
コチームも壇上に呼んでいただき、4人で取組みを紹介する時間をもらった。
いろんな場面でインターナショナルチームの取組みを高く評価してくれているこ
とを感じた

Interact session
一つの会場の中に7つのテーマ別コーナーがあり、時間内に参加者はいくつでも
回って情報交換やコミュニケーションができる。NAAEEのガイドラインの
活用や、PLTガイドに沿って活用できるいろんなタイプの副教材の教材、サービス
ラーニング等のコーナーがあった。

分科会D
※Keeping Up with Technologyという分科会に参加

地域ごとのミーティング
→その後全体会場で共有

閉会の宴
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by eric-blog | 2008-05-20 11:22 | ☆PLTプロジェクト | Comments(0)

PLTコーディネーター会議

ERIC事務局から三名、オブザーバーとして森林教育関係者が一名、合計四名が参加しました。
昨年の会議に引き続き「ベストマネジメントを実践するための自己評価」の推進が中心課題でした。改善点はこれらの努力、つまりBMPsatだけでなく「模範的なプログラムの主導」も含め、総体を「Pathways to Performance」パフォーマンスへの導き、(道筋?)と呼ぶことに決定したことです。400名以上ものコーディネーター、教員、メンター、学者、森林関係者などへのインタビュー、グループミーティング、アンケートなどから、昨年のコーディネーター会議の検討結果を踏まえて、合意形成して来た言葉だそうです。
多くの全体会および分科会が内容の理解と推進のアイデアの共有に当てられ、キャシー以下6名のPLT事務局全員がアクティブにどの会も運営していました。一番キャリアの短いジャッキーも一分科会のコ・ファシリテーターとして準備段階からかかわっていたようです。

いま、わたしは「パフォーマンスへの導き」としか訳せないのですが、コーディネーター会議ではERICからの参加は常に国際的な視野への貢献として大きく評価してもらっています。
いま、私たちが直面している課題への取り組みが「パフォーマンスへの道」をともに進むための共通の努力なのだと実感できる時が早く来るように、自らの取り組みの質的向上を進めたいと改めて思いました。
以下は最終日に事務局三名で話し合った「今後の取り組み」です。
○ERIC事務局およびこれまでの会議出席者とのミーティングを持つ
○「パフォーマンスへの導き」「教員養成課程への導入」などを、ファシリテーター・ハンドブックに入れる
○リーダー会議を開催する
○ERICの持続可能性教育の内容と質との関係を強化する

どれも大きな課題なのですが、その中で何がどのように動いていくかは、関わる人の思いによって決まって行くことですし、それで改いいのではないかと思います。
「推進の力」は人にありを確認させられました。
これまで研修・翻訳・編集・提供をサポートいただいた方々、よりよい質の環境教育の推進に協力したいと願う方々と、指導者育成の質をあげるために、PLTから学びつつ、ともに進んで行きたいですね!(^o^)/
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by eric-blog | 2008-05-19 08:47 | ☆PLTプロジェクト | Comments(0)