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また あしたから

184-6(876)また あしたから
宮城まり子、日本放送出版協会、1999

一昨日、昼の一時ごろのNHKの番組で、宮城まり子さんが出演していた。6月3日の新日曜美術館で「ねむの木学園」の展覧会のことが取り上げられるということで、その前宣伝も兼ねての企画だったらしい。たまたま家に居て、たまたま仕事の手が空いて、たまたまつけたら放送されていた。  よくある偶然。

79才と13ヵ月になるという彼女の、いまに至るまでの活動を、支えてきたものは、三つの出会いだという。
・脚本家 菊田一夫
・作家 吉行淳之介
・子供達

菊田さんには、子役をよく割り振られ、そのために子どもたちとの接点が多かったと言う。そのような中で脳性麻痺の子ども役をやったことが、彼らの学ぶ権利について考え、行動するきっかけになったのだとという。

恋人であった吉行淳之介さんからは、活動を始めるにあたって、三つの約束をさせられたと言う。
「お金がないと言わないこと」
「ぐちを言わないこと」
「やめないこと」

1965年に静岡県浜岡町に社会福祉法人として始まり、養護施設へ、肢体不自由児養護施設へ、そして療護施設へ、1994年には掛川市に「ねむの木村」の建設。

この本の1958年から始まる年表は1999年までの40年で30ページ以上ある。

宮城さんの功績は
・肢体不自由児の権利のための社会的提言
・学園の建設と他の学園の建設および運営の支援
・芸術活動、感覚活動を指導ツールとして確立したこと(絵画セラピー)
・子供達に経済的自立の道を開いたこと
であるでしょうか。

村ではなく街にしたいのだと、「生きている限り、何かやっちゃうんです。」と、取り組み続けるバイタリティがすごい。

短いフレーズで話す、おおげさな顔の表情が伴う、そのやり方が作為的に聞こえ見え、好きではなかった女優さんだが、80才になっても、同じ話し方をしていて、しかも、息があがっていて、あれは彼女としての自然であったのだなと、納得しました。

小さな分岐点が、大きな変化をつくり出す時代の先駆けであったのですね。
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by eric-blog | 2007-05-31 12:27 | ■週5プロジェクト07 | Comments(0)

新しい学 21世紀の脱社会科学

184-5(875)新しい学 21世紀の脱社会科学
イマニュエル・ウォーラースティン、藤原書店、2001
The end of the world as we know it; Social science for the twenty-first century, 1999

さて、昨日紹介したリーチの『文化とコミュニケーション』についての違和感を、これほどまでにあざやかに理論立ててくれている本もないだろう。文化人類学からカルチュラルスタディーズなどへの変遷は、いったい社会科学においてどのように捉えられているのか、疑問が残ると言った。本書は、まさしくカルチュラルスタディーズが、知的潮流の転換の契機となったと言う。

著者は1994-98年の間、国際社会学会の会長であった人であり、訳者はその下で学んだことのある人である。

「すべてが不確実であることが、自然科学からも提唱されている。すべてが不確実であるならば、未来は創発性に開かれている。・・・単に人間の創発性ではなく、全自然の創発性である。
そのために、小さな力でも分岐点となりえる。」「不確実性と創発性」27-31

「われわれの生きている史的システムが、史上初めて全地球に及ぶものとなったために、そのは全地球が関わっている最初の歴史的選択となった。・・・その選択は道徳的なものでなければならない。そして社会科学者による合理的分析は、そこに光をあてることができる。」239

「社会科学が提供しなればならないものとは、人間の知性を人間の問題に適用し、そうすることで、人間が潜在的に持っている力を実現する可能性に他ならない。」272

長くなるが、社会科学の自己再創造についての文を「社会科学と現代社会」243-273から書き出しておきたい。
「科学者が社会的な基盤を持っており、彼らの精神が彼らの肉体からこれ以上抜け出るということもありえない以上、科学が没利害的ではなく、そうありうるということもないということは認めなければならない。実証主義が無垢ではなく、常になんらかのア・プリオリな価値関与を前提としていることも認めなければならない。われわれの真理が普遍的真理ではなく、もし普遍的真理があるとすれば、それは複雑で、矛盾を孕み、多元的であるということも認めなければならない。科学は、より単純なるものの探求ではなく、複雑なるものにたいして、最も説得的な解釈を追求することであるということも認めなければならない。あるものごとの直接の原因にわれわれが関心を持つのは、それがその最終的な原因を理解する上での里程標となってくれるからこそだということも認めなければならない。そして、最後に、合理性というものが、道徳上の政治的選択を伴うものであり、知識人階級の役割は、全体としてのわれわれが持っている歴史的選択の選択肢をあきらかにすることだということが受け入れられなければならない。
われわれは二百年間にわたって、誤った道をさまよい下ってきた。・・・われわれは自らを変革しなければならない。」271-272


1968年世界革命とその後に続く「忘れられた人々」の運動
1989年の共産主義の崩壊

この二つの時期と、複雑性研究とカルチュラルスタディーズの知的潮流によって、知の構造の再統一がなされると、訳者は解説でいう。
「自然科学と人文学が分離によってそれぞれに確保した認識論的基盤エピステモロジーは、合理性の形式的な追求に安住するためのしくみでしかなかった」444

社会という概念は千年単位の歴史をもっているだろう。194

やはり、教育の創考未来、千年向学が課題だねv(^o^)/


発展課題文献
・脱社会科学
・転移する時代
・確実性の終焉, Ilya Prigogine, 1996

「ANCと南アフリカ」という論文も示唆的であったので、ちょっと書いておく。
56
1994年は1789年以来続いてきた世界システム的過程の終焉であった。
ANC(1911年結成)は世界システムでもっとも古い民族解放運動のひとつである。

66
運動が権力の座につくと、どのようなことが起こるか。・・・彼らが、世界システム全体において権力をもつものに対して譲歩を行わなければならないということ。
世界システムの内部において「キャッチアップ」に努めること。
70
キャッチアップの期待が幻滅に変わると運動それ自体への幻滅に。
72
国家構造における権力を奪取するという目標。
世界システムにおいて権力の座につくと、反システム運動は去勢され、世界を変革する能力をもたないことが確定してしまう。
しかし、全体としての反システム運動が失敗したということが、これからの希望である。・脱農村化
・エコロジーの危機
・世界の民主化
・国家のパワーからの転落
77
特権をもつ人々は、不平等で、ヒエラルキー的で、安定した、新しい種類の史的システムを構築しようとするだろう。

システムの分岐bifacationに当たって、社会科学は何ができるのだろうか。と、切実に著者は問うている。その合理的理性が未来にどのような図を描きえるのだろうかと。
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by eric-blog | 2007-05-31 10:28 | ■週5プロジェクト07 | Comments(0)

文化とコミュニケーション 構造人類学入門

184-4(874)文化とコミュニケーション 構造人類学入門
エドマンド・リーチ、紀伊国屋書店、1981
Culture and Communication, The logic by which symbols are connected, An introduction to the use of structuralist analysis in social anthropology, 1976

文化人類学というのは、比較的新しい学問だろうと思う。学生の時、『ブリンジ・ヌガグ』という本が出て、アフリカの飢餓地帯に入った研究者が、あたかも収容所での極限状態を描いた『夜と霧』のような、切実な生き残りを突き付けられた人々の姿を描いて、賛否轟々の議論を巻き起こした。

飢える村びとのまっただ中で、研究者である本人だけは、持参の食糧によって生命維持が保障されている。その道義的な葛藤も含めての「読み物」であったのだが、次のような「問い」というか疑問が投げかけられたのだったと思う。
「これは比較文化論と言えるのか?」「学問なのか?それとものぞき趣味にしか過ぎないのか?」

そこには専門的な用語や分析は何もなかった。ただただ、観察があり、その記述がある。ジャーナリストでもなく、紀行記でもないことは、その観察記録の付け方と食糧の持ち込み方についての配慮について費やされた説明によるのだろうか。

今回、社会人類学者であるリーチが、学生を対象にした解説書としてまとめたこの本を改めて手にとってみて、文化やコミュニケーションを比較したり、普遍的な記号によって記述したりすることの難しさと同時に、無意味さを思わざるを得なかった。たぶん、現在に至るも、文化人類学の研究者は、これらの用語を使って記述しようとし、そのような記述ができることがその分野の学者であることの証明になっているのだろうと思う。(『専門知と公共性』24-3-92)
そのような学問的トレーニングが、わたしたちのキーコンピテンシーをどのように伸ばしてくれたのかが、教育学的な関心である。もしも、伸ばしたのであれば、それは専門家教育以下段階でも採用されるべき学問的方法だし、もしそうでないなら、それは専門家段階に任せておけばよい。専門外のわたしたちは、結果だけのユーザー、果実の享受者でいいのではないかということだ。

人間の行動の三つの側面 23-24
・人体の自然的生物的活動
・技術的行為
・表現的行為

そして、信号、記号、象徴として作用する表現行為によって、コミュニケーションは成し遂げられる。25 signal, sign, symbol
index, signum, natural index, standardized symbol, nonce symbol, conventional but wholly arbitrary symbol, icon 29  マルダーとハーヴェイ1972
metonymy, metaphor ヤコブソン1956
paradigmatic, syntagmatic レヴィ=ストロース1966

ひとつの言語を流暢に使える者なら誰でも、自分のいうことが聴き手に理解されるという確信をもってまったく新しい文を自発的に創出することができる。・・・ところが・・・非言語的「言語」の統辞法シンタクスは、言語のそれと比べてはるかに単純である。27

と、このようなくだり、そして、これらのさまざまな用語を用いても、「われわれの理解ははなはだ心許ない」と、著者が言いつつ論を進めるのを見ていると、コミュニケーションという非常に創造的な活動を記述しようとすることの限界を感じざるを得ない。そもそも「コーヒーをいれるというような技術的行為の中にも生物的な側面、表現的な側面が入ってくるのだ」から。

コミュニケーション能力の獲得と発揮について、ヒトがいかに個別的で独創的な存在であるかを、軽視していたとしか、いまとなっては思えない。「比較文化」という枠組すらも、人間と人間の社会のありようの変化の一つの後追いの形でしかなかったのではないかと思う。

わたし自身も「参加型」が何であるかについて、長年考え、分析し、ことばを与え、表現してきた。参加型学習の実践も重ねながら。しかし、誰か他者によって同意(おおよそ、であって厳密に、ではない)され、あるいは膨らませられ、結果、わたし自身の理解も深まり、さらには、行動変容につながる時、わたし自身はもっとも効力感を持てる。

専門家や研究者らの効力感とは、どのように維持されるものなのだろうか。
たぶん、この専門用語の延長上で量産され、議論され、細分化され、限定的に活用されているものの巨大な世界を空想しつつ、それに圧倒されることで抑圧されることなく、広がった多文化世界、ジェンダー・スタディーズなどの地平をみはるかすのがおもしろい。

同時代性と超世代性という課題も、しろうとさんと専門家の違いには、あるような気がする。

いやまったく、この本は「抄録」するには骨が折れます。過去のある時の必然を理解するのは、同時代が動いていくときに「あ、そうか」と直観する以上に骨が折れるということですね。
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by eric-blog | 2007-05-29 18:06 | ■週5プロジェクト07 | Comments(0)

教育評論の奨め

184-3(873)教育評論の奨め
中内敏夫、国土社、2005

1930年生まれの教育学者である。対談と聞き取りのような形でまとめられた文章を集めたもの。

環境自治体会議内子会議の後、大洲、松山の道後温泉などとめぐり、4月28日にオープンしたばかりという『坂の上の雲ミュージアム』を訪れ、愚陀佛庵などを実見してきただけに、『坂の上の雲』そのものにも目を通している。『天の園』同様、どうしても人間形成と学校、教育のあり方などをそこに読んでしまう。(ちなみに子規博物館で展示されていた小学習字手習い本の第一ページは「金一円、預り証」という証文文でした。さすが実学主義)

教育学というのは、自然科学のような「認識」の学問でも、倫理や宗教学のような「実践」の学問でもなく、政治に近い「製作」の学問である、と著者はまず位置づける。そして、政治評論のように、きちんと専門職としての評論が成り立つべき分野であるのだと。

評論とは、しかし、製作知としての編成のしなおしを含むものであるから、製作の現場の自己評価、自己点検を励ますものでなければならないし、再製作行為になっていく、内在的で、再創造的なものにならなければならない。12

評論とは外在的断定的なものではないのだ!

著者は、日本の近代教育を次のように見ている。「日本の人づくりシステムにとって近代学校はなにだったか」2003

近世の人づくりを支えたもの
・私塾 学問塾
・私塾 寺子屋、手習い、読み書き算
・郷学
・藩校

明治時代の20年ほどを除いて、「閉鎖的、情緒的なタテの人間関係で作られている共同体的な精神風土と社会システム」にのっとった「社会」や「世間」を支える思想というのは「個人を育てる」教育という意味での教育史が成り立たないのではないか。
というような疑問をオランダの学者から投げかけられたことがあるという。

幕末のタテ社会をゆるがす蠢動、内発的な変化への動きを、明治の近代学校が破壊したという。ひとつは、「たてまえとしての学校文化」と日常の本音の文化の分裂を招いたという二重生活をいまに至るも続けていること。学歴が通用する「社会」と、義理人情がらみの「世間」と。20
その社会とは、国家官僚主導の西洋化による近代化。家族や地域が教えていないことを教えることができる近代学校。
しかし、近代学校は人間関係の近代化はやらなかった。近世の人づくりシステムの個人の析出とタテ秩序の再生産の両面性を引き継いでいた。そのタテの部分を利用した上で、人づくりを行った。
二つ目は、教育勅語。これによって、「個人」を析出してくるもの、ヨコ関係の成熟の素地となる心性、ヒューマニズム、人間愛、友愛、人権の思想など、育っていたであろうものが断ち切られた。25

また、知育、社会性訓練、人材選抜の三つの機能を果たしてもいるために、学校がためになると社会全体が崩壊してしまう。26

学歴主義官僚社会の誕生、となるわけだが、20世紀初頭には、「活人物」教育という自由教育、富の教育などが出てくる。また、それは戦後教育にも再びみることができる。

60-70年代の学校爆発期を経て、学歴はやっぱり親の財力ということがはっきりし、そして、「いい学校、いいポスト」が成立しなくなり、学校からの脱落が始まった。

学校はむしろ個が育たないように押さえ込んできた。33

「教える技」が成立しにくい土壌が日本社会にはあるのだとも、別の論では展開している。

さて、教育学を「翻訳教育学」を超えたものにするにはどうすればいいのか。
日本の教育問題に真剣に取り組むことだと、著者は言う。170
フォーク教育学から出発し、メタ教育学を通過し、自らを理論化し、かつ概念を整理し、認識的改良力を獲得すること。

このあたりになると、沢柳や城戸など、教育実践者らからの引用も多い。が、「懐かしい」以上のものになっていないところが、教育学的蓄積の薄さなのだよね。

フレイレ、モンテッソーリ、シュタイナー、なども同様だが、実践をしてしまうと、そこだけになってしまう。

しかし、明らかに、近代学校制度は、翻訳教科書から始まりながら、教科教育の担い手を量産することに成功したんだよなあ。そこんとこが、わからない。なぜ、教育者の教育についての教育評論が欠如しているのだろうか?
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by eric-blog | 2007-05-29 13:03 | ■週5プロジェクト07 | Comments(0)

天の園

184-2(872)天の園
打木村治、偕成社文庫、1977

埼玉県唐子から、松山町、越生、川越、鴻巣などを範囲に展開する世界を描いた物語。主人公は小学生の男の子。明治天皇崩御が一つのエピソードとして出てくるからには、その前後。

入学式のシーンから始まりつつ、三歳、四歳の頃に父親の死、兄弟姉妹がジフテリアの流行病でなくなったこと、大水害、祖父の死などがあったことが、語られていく。村も、そして父をなくした家族も、唐子の美しい、そして豊かな自然によって再起の力を得、人の生活が営まれていく姿が描かれている。

唐子っ子ことばと、横浜の親戚の使う山手ことばの対比。
天皇と日清日露戦争、そして金鵄褒賞をもらっている人。

などの「外の世界」とのエピソードも折り交えてはいるが、中心は、河北保という主人公の心の成長である。
勉強で一等をとったのに、級長には選ばれなかったことで、心がむずむずする。
川遊びはまだ二年生では出かけられないと、待たされるとき。
弓矢遊びで、友達の眼を撃ってしまったとき。
友達の親が亡くなった時。

かあさんは、おとうさんの墓の力を借りながら、心を育てていく。
二人の姉や親戚のおじさんたち、周りの大人、放浪の旅絵描きなども、それぞれに影響を与える。もちろん、学校の先生たちも登場する。

いかに、大人が子どもの日常の中に存在したかが描かれている。

唐子というのは、現在丸木美術館がある辺りのことだ。
人力車や馬車、鴻巣からの汽車、以外は、歩き。川越までは一日はかかるという世界。
子どもは、地域の王者であったのだなと、改めて感じる。
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by eric-blog | 2007-05-28 06:35 | ■週5プロジェクト07 | Comments(0)

「いい人」たちの憂鬱 ナイスガイ・シンドローム

184-1(871)「いい人」たちの憂鬱 ナイスガイ・シンドローム
ロバート・A・グラバー、バジリコ株式会社、2006

心理療法医が書いた「きちんとしよう」と過剰に努力する男たちの病理と治療についての本。

人から愛され、順風満帆な人生を送るためには、つまり、人生の成功者であるためには、自分を「立派に見せる」ことだ。がんばる、背伸びする、できないと失望する、無力感を覚える。という悪循環が「感受性の高いニューエイジ時代の男」を追い詰める。

基本的には「人から認められる人生」ではなく、「自らの望みをしっかりと実現する人生」へという転換なのだと、自分自身が「ナイスガイ・シンドローム」症候群の第一の患者であったという著者は言う。

ナイスガイの特徴は次のようなものだ。19-
・人に尽くす
・面倒見がいい
・認められるように努力する
・対立やいさかいを避ける
・失敗や欠点を隠したがる
・きちんとしようとする
・感情を抑える
・父親とは違う生き方をしようとする
・男性よりも女性とのつきあいに安心を覚える
・自分のことを後回しにする

いいやつじゃないか、何が問題なのか? 22-
・正直でない
・秘密主義
・心に仕切りを作る
・はっきり言わず、暗に仕向ける
・専制君主である
・暗に見返りを期待している
・受動的攻撃をする


そのうちにだんだんと、できる自分とできない自分が、分裂して現れてくるようになる。
このような症状が現れた20世紀という時代を著者は次のように分析する。63-
・家庭における父親の不在
・学校でも女性が増えた
・女性解放運動による男に対する排他性、男性は悪というようなメッセージ
・ベトナム戦争

結果、激しい自己嫌悪と自己防衛、これまでのガイドマップが役に立たないという事態に立ち向かわざるを得なくなっている。

具体的な46のアクションが紹介されている。

自分がことさらに「ナイスガイ」なのではないかと思う男性は、読んでみるといいかもしれない。少しは肩の力が抜けるかもしれない。他者(特に身近なパートナー)に対して「役割」を押し付ける、期待するというようなことが軽減すれば、間接的に女性解放にもつながるかもしれないね。

「成果」が得られるように、「がんばれ!!!」
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by eric-blog | 2007-05-27 10:43 | ■週5プロジェクト07 | Comments(0)

What distinguishes PLT?

今回の会議で、これからのPLTを考えるための参考として、これまで100人以上に対するヒヤリングから作成されたものです。
ERICのSWOT分析の方法にも活かしたいですね。
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PLTを際立たせているもの

・ PLTは優れたプログラムである。長い時間ヲかけて練り上げられている。
・ PLTは、長寿である。(30年以上の継続)
・ 他の環境教育プログラムはPLTと競い合っている。PLTは他のプログラムが達成したいと願うスタンダードなのである。
・ するどく切り込み、全体をリードしている。
・ PLTは草の根、現場の熟練教師との継続的長期的関係を創っており、プログラム内容も関連づけられている。
・ PLTの中に、力強いリーダーシップのネットワークが築かれている。
・ パートトナー団体とのコミュニケーションと国際的な関係。
・ すべてのレベル、ネットワークにおける強いオーナーシップ感覚。
・ 教育者、教材のユーザーからのインプットを尊重する。彼らに書いてもらい、評価してもらっている。これまでの教育者たちが、PLTのカリキュラムを形作ってきた。
・ わたしたちは教育者と関わり、教育者とパートナーシップを組み、子どもと繋がり続けている。
・ 推進委員会がユニーク。多様な背景を持ち、高い参加意欲と貢献、機能性によって動いている。
・ PLTの国際的な展開における柔軟性。(環境や文化に対してカリキュラムを適応する)
・ ナショナルなレベルでも州レベルでも、公共的/私的セクターからのサポートを受け入れる。
・ プログラムとネットワークと提供のすべてがユニーク。(であり、コピーされている)
・ 関わっている組織の多様性。私的セクター、非営利、教育、自然資源・・・パートナーの多様性。
・ PLTは州のスタンダードにカリキュラムを関連づけている。重要なクリティカルシンキングと問題解決スキルを教えている。
・ カリキュラム開発のユニークで、質の高いプロセスを実践している。
・ 初めから、バランスのとれた、バイアスのないカリキュラムを作っている。
・ 教員にどのように教えるかを教えている。
・ わたしたちはGreenworksの助成金でコミュニケーション活動を促進している。
・ カリキュラムを評価することの重要性を信じている
・ カリキュラムをフィードバックに基づいて修正する、
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by eric-blog | 2007-05-22 14:44 | ☆PLTプロジェクト | Comments(0)

ちび象ランディと星になった少年

183-2(870)ちび象ランディと星になった少年
坂本小百合、文芸春秋、2004

実は、『君も象使いになれる』という本を読んで、その物語に出てくる「哲夢」という人のことが気になっていた。『君も・・・』は、柳楽優弥主演の映画『星になった少年』のメイキングを本にしたようなものだった。そしてその映画は、この本、実話をもとに作成されたものだったという。公開は2005年。

坂本さんたち一家は「市原ぞうの国」という動物プロダクションを経営している。哲夢さんはその息子。小さい頃から象やその他の動物になじみ、母親の小百合さんが驚くほど、その心や実はことばすら理解できていたのではないかと。

10歳の時に、映画の関係でタイの象使いの学校に三週間留学。小さいときからからだができていないとよいゾウ使いにはなれないことを実感。帰国後、中学生になって、改めて一年半、タイに留学。

プロダクションにいたランディというゾウを、しっかりと調教し、また、高校中退をしてプロとしてのゾウ使いの道へ、若くして入っていった。

20歳にして、交通事故死。

妹たちにも、そして婚約者の人生にも、その死は大きな影を落とした。

現在、母親である小百合さんは、日本国内で活躍したゾウたちが、幸せな老後を迎えることができる施設を建設したいという哲夢さんの夢を、引き継いでいこうとしている。

未来への希望が、道を歩む力となるのだな。
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by eric-blog | 2007-05-20 18:14 | ■週5プロジェクト07 | Comments(0)

激動のカンボジアを生きぬいて

183-1(869) 激動のカンボジアを生きぬいて
「未来の光孤児院」院長ヌオン・パリー自伝、たちばな出版、2005

1975年4月17日、32歳にして、人生が変わった。女性としてフランス留学もし、いい仕事にも就き、そして二人の子どもともう一人をお腹にしていた彼女は、その後1979年までをどのように生きのびたか、記憶が断片的だという。

クメールルージュとは何だったのか、なぜあのようなことが可能だったのか、歴史家たちにも説明がついていないのだという。

1960年代、米中ソの間を生きのびようと危うい舵取りを続けていたシアヌーク殿下のもとで、カンボジアは平和だった。繁栄していたと著者はいいつつ、自分たちが見逃していたものは何だったのだろうかと問う。

彼女のようなインテリが否定され、旧住民と呼ばれる農民だけの世界を作ろうとするポルポト政権。そのポルポト自身もインテリ出身であったのに。

自分たちがしっかりと政治的な動きに気をつけていなければならなかったのだ、と。
何に、どのようにというのはわからないままに。

タイ国境にある難民キャンプで、英語やNGOの運営、そして現在の孤児院に続く女性の自立支援などの活動に触れ、そして取り組んできた彼女は、いまも大変な状況が続くカンボジアで、もっも大変なのは孤児や貧しい子どもたちなのだという。その子どもたちに寄り添うことが、未来への光なのだと。

未来への希望が、道を照らしてくれるはずなのだと。
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by eric-blog | 2007-05-20 18:12 | ■週5プロジェクト07 | Comments(0)

希望 行動する人々

182-5(868)希望 行動する人々
スタッズ・ターケル、文春文庫、2005
Hope Dies Last, Keeping the Faith in Difficult Times, 2003

9.11の後、世の中に希望が見えないように感じていた時、この本に出会ったと、訳者は前書きで言う。1912年生まれのターケル、90才での仕事である。

ターケルの本は『Black Like Me』が縁でひも解いてみた。
『よい戦争』『仕事!』『死について!』など、いずれも、50-60人の市井の人々に対するインタビューで構成された激厚本だ。読むうちに、時代が、社会が、自分の中に構成されていく仕掛けだ。
ライフストーリーインタビュアであるターケルによって、さまざまな人生が共存し、流れ、つむぎあい、からみあっている現在が映し出される。

これらの本と、『希望』の違いは、今度は活動家だけに絞っていることだ。市井の人々に対して、『希望』を語ってもらっているのではない。行動することにこそ、希望はあるのだというメッセージが明らかなのだ。

活動家とはトラブルメーカーでもあると捉えられるわけだが、「民主主義はほおっておけば、保守に流れる」「市民が運転席に座って方向付けることが大切」という声は大切だ。
ERICが翻訳している『フード・ファースト・カリキュラム』に前書きを寄せているフランシス・ムーア・ラッペへのインタビュー、トム・ヘイドン、ガルブレイス、ピート・シーガーなど、著名な人も含まれているが、学生やホームレスから立ち上がった人など、合計24名が収録されている。原著の半分でしかない、と訳者は言う。

当たり前のことだが、人は生きている。
希望を持って生きている。
自分の場所で生きている。

世界で起こっていることの情報や、流れを構成しているのは、そのような「わたし」なのだ。

わたしが希望をもって行動することをやめないかぎり、世界に希望はある。

1964年にも絶望はあったと、トム・ヘイドンは言う。しかし、その時には「いい年長者がいなかった」と彼は言う。年長者はフラワーチルドレンを理解できず、反対する保守だった。いま、彼は「私の目標は、私が若い頃にはいなかったような年長者になることだ」と。

人類社会は、超長寿によって、どのような新たな知恵を身につけていくことができるのだろうか?

今朝のニュースは、81才の羽田澄子さんの新作映画についてであった。
Think! And keep your eyes and mind wide open!
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by eric-blog | 2007-05-19 08:47 | ■週5プロジェクト07 | Comments(0)