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人魚たちのいた時代失われゆく海女文化

155-1(739)人魚たちのいた時代失われゆく海女文化
大崎映晋、成山堂書店、2006

水中考古学や潜水のことについて、全十巻にもなろうかという情報を持っている人だというので、本人の著になるものを読んでみた。タイトルにも引かれたからだ。

世界でも済州島と日本にだけという海女の文化。そのルーツはずいぶん古い。古事記にも書かれているし、清少納言も書いている。たぶんそれ以前からあるのだろうと。2000年以上の「長年の経験」が海女文化だと。

そして、日本海側も太平洋側も、潮の流れにのって、海女たちが移住し、交流している。

それらの古くからの営みが、明治からのガラス眼鏡の普及、そしていまウェットスーツの普及によって様変わりしているのだと。

残念なのは、ルーツも、流れも、方法の系統化も、何もなく、だからこそよけいに博識の陳列と個人的な感懐の羅列は、散漫にしかならないことだ。

古くからの営みであること、文字化されていないこと、海の獲物とりは競争であること、そして「科学的」でないことによって、海女たちの文化は、伝えられることなく、消えていこうとしている。

ぜひ、読んでみたい、聞いてみたい学術的な成果は
世界海洋学術会議における韓国、京城大学教授、スー・キ・ホン氏「海女の潜水作業中に於ける息こらえについての科学的解明」63
かな。詳細は報告されていないのだけれど。

アジアも、マナコやエビや、海産物の視点で歩かれたり、見られたりしているが、日本についての研究も求められるところなのだろうなあ。

戦争中に彼が感じた「沖縄戦で穴に潜っている日本軍と洋上を固めているアメリカ軍」の間にあって、夜の海中は、なにか優越感に似た解放感のあった場所なのだ、というそこに、海女文化の真髄も現れているような気がする。

いやあ、久しぶりにイソモン食べたいなあ。

来年の夏は、父親と二人で海遊びでもするかね。81才の父親は、いまだに、故郷の海に戻れば、海は思いのママと、思い込んでいるフシがある。幼い頃に、海を「喰ってきた」人々に共通する感覚だろうなあ。

他に、海の文化についての本がないのがさみしい。
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by eric-blog | 2006-10-31 11:28 | ■週5プロジェクト06 | Comments(0)

対立

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by eric-blog | 2006-10-29 12:19 | 研修プログラム | Comments(0)

ホスピタリティ・トレーニング

154-5(738) ホスピタリティ・トレーニング
宇田川光雄 他、遊戯社、2002

学校グループワーク・トレーニング、横浜市学校GWT研究会、1989 
GWTのすすめ ヒトを人にする、日本グループワーク・トレーニング協会、2003
以上ERIC蔵書

ホスピタリティの構造を、著者らは次のように説明している。9
コミュニケーション・スキル→言語/非言語
ホスピタリティ・マインド→個の確立/ともにある存在

トレーニングの構造もそれぞれの項目によっている。

「聞く」
「話す」
「表情」演じる、伝達トレーニング
「動作」ボディランゲージ、手話
「個の確立」ひとりディベートなど
「ともにある存在」I am OK You are OK, 共感、など

ワンニャン自己紹介 36
 は、ツリー構造なんかについて教えるのにもおもしろいなあ。2つの選択肢からどんどん別れて行く。犬か猫か、カレーかハンバーグか、野球かサッカー
か。そして、最後まで一緒だった人と自己紹介しあう。

アメリカのWGCAの教材から引用している図(p.29)もあっったりするが、ほとんどはオリジナルなのかな。「相手の話を構造化して聞く」で紹介して
いる図式パターンは7つあって、
1. 賛成反対構造
2. 基礎応用など積み上げ構造
3. 同心円構造
4. 中心と上下積み上げ構造
5. 縦軸横軸構造
6. XY軸構造
7. マトリックス表
小学校の先生が紹介している。(p.17) ぜひ、図式で考えるというのが、身につくようになって欲しいと思う。
これらの本はGWTグループワーク・トレーニング研究会という1976年に発足した活動から、始まったという。
1991年に全国GWT研修交流会が始まっている。
2003年に「GWTアドバイザー」認定制度がつくられ、協会公認のアドバイザーが誕生しつつあるそうだ。協会は福岡に事務局をおいている。

『GWTのすすめ』は内容も企業研修などの実績の多い団体らしく、
「ウルトラマン太郎10箇条(勤続疲労症候群)」など、働いている人のメンタルヘルスにも役立つものが含められている。「ヒトを人にする」という副題が
おもしろい。

『学校GWT』には子どもたちの発達段階別の配慮などがあると、いいのだろうね。


----------話し合いの心がけ--------------
・あえて違う角度から考える、意見を言う
・発言で人を判断、決めつけしない
・なぜなぜなぜ で深める
・大胆にまとめる、仮説にする
・ネーミングを適切に
------------------------------------------------
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by eric-blog | 2006-10-27 09:38 | ■週5プロジェクト06 | Comments(0)

潜る人 ジャック・マイヨールと大崎映晋

154-3(736)潜る人 ジャック・マイヨールと大崎映晋
佐藤喜尚、文芸春秋、2006

どこでどうひっかかってきたかなあ。ジャック・マイヨールのことが、ANAの機内誌にのっていた。違う。JR九州の車内誌だ。に載っていた。世界で始めて100メートルの素潜りに成功した人、日本にも縁のあった人。という認識しかなかったので、彼についての本を読んでみることにした。その中の一冊がこれ。ジャックの日本での活動の背景には、大崎映晋さんという宮城県の大地主の血を引く人がいたというお話。

ふたつ、ここからおもしろかったこと。
ひとつは大崎さんがやったたくさんの海や潜水に関する仕事の中でも、ぜひ、見てみたいと思うもの。「大津波」というパール・バック原作の映画化。日本の海女の文化に精通し、また、知己を得ている人だからこそ撮れたというそのシーンを見てみたい。

もうひとつは、江戸城の石垣の秘密に迫る日比谷堀調査。石垣の下には、突き固められた山土の上に、樹齢300年以上の松の樹脂がしみて赤くなった部分だけを使った丸太が縦横に井桁に並べられているのだそうだ。堀に向いている部分には縦杭を打ち込んでずれ込むのを防いでいるとか。丸太に、城内の湧水からの冷たい水がしみ出すことによって、腐敗を防ぎ、400年たった今では、それらの松はほとんど化石化しているという。また、湧水の水は、どうしても暖まりがちな堀の水の温度を下げ、水の腐敗も抑えているのだという。264
1969年に極秘で行われた調査だが、もう時効だろうとのことで紹介されている。
そういえば、PLT大分で軸丸さんが、杉材の赤く脂がしみた部分の名称を何か言っていたなあ。今度また聞いておこう。

わが家では、この記述から石垣の下なのか、それとも堀に向う土止めのところだけなのかで、えらく意見が分かれた。わたしは、石垣の下全体派。つれあいは、要土止め部分だけ派。

ジャックについては、ホモ・デルフィナス、人間はイルカになれる、という説を主張していたということ。伊豆、富戸でよく潜っていたということ。富戸のイルカ猟を、彼はどう見ていたのか、知りたいね。

彼が指導したアンジェラ・バンディーニという女性が1989年に107メートルを達成。
記録が80メートルに近づいた時、閉息潜水は、世界水中連盟によって、スポーツとしては認められなくなっていたらしい。1970年 228

いずれにしても、果たして日本は海洋国家なのか。グリーンピースの船がニュージランドを訪ねた時、入港出港時に、大挙して海に出て歓迎歓送してくれたカヌー、ヨット、ボート、ボード、セイルなどの波を思い出す時、日本は決して海洋国家などとは呼べないと思ってしまう。オークランドの人口300万人のうち、100万人が何らか船と呼べるものを所有しているというのだから。手作り工房もたくさんあるし。

日本は海洋国家などではない、という危機感を大崎さんも持っていたという。次は、彼自身の著作を読んでみようと思う。
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by eric-blog | 2006-10-26 11:08 | ■週5プロジェクト06 | Comments(0)

不都合な真実

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試写会 at 憲政記念館 2006年10月25日

154-4(737)不都合な真実

グローブ・ジャパンという環境保護派議員連盟が主催した試写会に参加した。
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GLOBE Japan
Akasaka Moatside 907, 1-1-7 Motoakasaka, Minato-ku,
Tokyo 107-0051 JAPAN
TEL:81-3-5771-1646 FAX: 81-3-5771-1647
E-mail: globejp@osk.3web.ne.jp
URL: http://www4.osk.3web.ne.jp/~globejp
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最初に会長の谷津議員が挨拶をしただけで、すぐ上映会。会場は満杯。

顧    問愛知  和男副 会 長広中 和歌子
会    長谷津 義男副 会 長田端 正広
会 長 代 理小杉 隆副 会 長若林 秀樹
事 務 総 長加藤 修一幹 事 長清水 嘉与子
副事務総長鈴木 恒夫幹   事ツルネン マルテイ
副事務総長水野 賢一幹   事中川 雅治
副事務総長長浜 博行幹   事福山 哲郎
副事務総長大口 善徳幹   事高野 博師

あまりにも要素が多過ぎて、紹介するとなると、ほとんど書き起こしのようなことになるだろうが、これは英語討論の授業でも使いたいので、できる限り、思い出して、備忘録としておきたい。公開は来新春。あまり正月向けとは思わないけどね。

・アル・ゴアの大学時代の指導教官が、大平洋というもっとも人間の諸活動から離れた場所での二酸化炭素濃度を計測し始めた。1958年。
・濃度は夏冬で変動する。夏が下がり、冬が上がる。教授の説明は、北半球が太陽光線を浴びる時、植物の活動が活発なので、二酸化炭素が吸収される。冬は、南半球に太陽光が当るので、植物が少ないために、その逆になる。
・そのギザギザをグラフは繰り返しながらも、コンスタントに上昇。
・ゴアは議員時代からずっと、地球温暖化の問題を取り上げ、政治的意思決定を迫ってきた。(ゴアさんは、『地球の掟』1992も書いているよ)
・しかし、政治家たちは聞かなかったし、地球温暖化を指し示す報告の結論部分を改ざんすることすらしてきている。
・ここ数年について、専門家たちの言っていることの傾向を調べてみた。専門家の書いた928件の論文で、地球温暖化に疑いを持つ、ないし反論する論文の数はゼロ。
・マスコミの記事では、「温暖化危うし」と「温暖化なんてのは仮説だ」は半々。わたしたちは何を、なぜ、聞かされているのか。
・二酸化炭素濃度と気温はほぼ連動している。
・南極の氷には、その時代の空気が閉じ込められており、酸素二酸化炭素濃度がわかる。それだけでなく、酸素の分析からその時の温度もわかる。
・65万年分のデータが得られた。グラフにしてみよう。
・地球の経験してきたいくつかの氷河期との関連も見てみよう。
・現在の二酸化炭素濃度と気温の上昇は、「異常」だ。
・では、どんなことが結果として起こるのか。
・ハリケーンや台風の発生件数の増加とその威力の増大、突然の豪雨、トルネードの頻発、旱魃などの異常気象。
・人はなぜわかっていてもやめられないのか。
・ゴアの父親は上院議員だった。農家でもあり、一年の8ヵ月はワシントンD.C.、4ヵ月は農場で過ごした。
・小さい頃はタバコも生産していた。刈り取りを手伝った。おもしろかった。
・ゴアには10才ほど年上の姉がいた。10代から喫煙を始め、肺がんでなくなった。
・父親は、タバコの生産をやめた。
・人が変わるためには、そのような劇的な体験が必要なのか。
・変化は急激にやってくる。非線形的変化、と専門家は言う。グラフの曲線のようにつらなっていくのではなく、突然に、という意味。
・北極の氷が薄くなっている。これは米国海軍が原子力潜水艦の北極海における浮上可能場所調査の結果わかったこと。軍事機密なのだが、頼み込んで公開してもらった。
・100メートル以下の氷の厚さでなければ、潜水艦を浮上させられない。そういう、浮上できる場所が増えている。
・ホッキョクグマの溺死体が、史上始めて見つかった。100キロ泳ぎ続けて氷山にたどり着けなかったからだ。
・北極の氷が溶けはじめると、いまはその白さで反射している太陽光も、どんどん海水に吸収されるようになる。そうすると氷の溶解も進む。
・地球上あわゆる場所で、氷河が後退している。
・ヨーロッパアルプス、南米、グリーンランド、アジア。すべて、写真で見比べることができる。
・南極の氷の場合は、溶解した水が岩盤にまでしみ込む。しみ込んでいく時に氷を溶かすので、氷は穴あき状になる。岩盤まで達した水は、岩盤と氷の間を流れ出す。しみ込んだところに亀裂が走り、まるで、切ったように、固まりがずてれいき、海水にくずれおちていく。
・暖流と寒流は、暖かい水が赤道から極の方向へと流れ、極で冷やされ、塩分濃度の高くなった重い水として沈み込み(毎秒50億ガロン)、暖流の下を逆に流れ、海水を混ぜ合わせている。
・極の氷が解けると、一挙に淡水が流れ込むことになる。薄められた水は、暖流の
下に滑り込んでいくことができず、留まる。
・ヨーロッパが、大西洋北部に、カナダからの大氷河がくずれこんだ時に、大西洋北部が冷たいままで留まったことで、氷河期になったことがあった。
・グリーンランドの氷がそれと同じことを引き起こすだろう。
・浮いている氷と、上に乗っている氷は違う。浮いている氷は溶けても海水の量を増やしはしないが、乗っている氷が解けると海水は増える。
・海面が今後6メートルは上昇すると言われている。
・世界貿易センタービル跡地にたてられるモニュメントも水面下に沈む。
・オランダも。バングラデシュも。中国の、特に上海近くは、数千万人にも影響するだろう。海面上昇によって発生する難民の数は1億を超える。
・経済と環境保護のバランスが難しいというが。
・トヨタ、ホンダは、厳しい環境基準を満たしつつ、企業としても成功している。
・いまや米国の環境基準では中国ですら、車を販売することができない。
・環境保護はたくさんの雇用と新しいビジネスチャンスをつくり出す。

いま思い出せるのはこんなところかな。

ディベートの基本を抑えた「refute」の仕方はみごとだ。
そして、1000回以上、世界の各地でこのスライドショーをくり返してきた結果としての練り上げられたスピーチと、選ばれたことばもみごとだ。

最後、人間には希望があるはずだ。
・植民地からの独立
・フランスの人権宣言
・黒人解放運動
・女性の参政権
・ベルリンの壁
・アパルトヘイトの崩壊
などの例を上げながら、わたしたちには希望があるはずだと。

最後のタイトル画面にあらわれる「あなたにできること」も素晴らしい。
・リサイクル
・燃費のいい車
・投票に行くこと
・環境保護に関心がある議員を選ぶこと
・この映画を見ることを人に進めること
・子ども達は、親に環境を守ろうと、いま言うこと


来年5月に、ゴアさんが来日予定だそうな。
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by eric-blog | 2006-10-25 17:54 | □研修プログラム | Comments(0)

みんなでトロプス!

154-2(735)みんなでトロプス!敗者のないゲーム入門
影山健・岡崎勝/編、風媒社、1984
どこでもできるスポーツ、トム・シュナイダー、晶文社、1985

二十年前、こんな提案がありました。Sportを逆から読んで、トロプス。競争ではなく、協力を学ぶゲームや、プレーすることが楽しいからやる身軽なスポーツ。

シュナイダーが提案している「ニューゲーム」は、次のような前提で考えられている。15
1メートル20センチの人が2メートルの人にひけをとらずにできるバスケットボール。
互いにベストをつくせば得点されるようなニューフリスビー。

ニューゲームの条件は次の四つだ。
1. みんなが参加でるきかな?
2. だれにでも勝つチャンスがあるかな?
3. ケガをする危険がないかな?
4. そのゲームは面白いかな?

競争に勝つことばかり考えるようになると、「自分自身のことよりも、どうやったらほかの人に勝てるか、そればかり考えるようになるだろう。」19

『どこでもできる・・・』では、自分自身のからだのイメージや能力についての点検から始めて、ニューゲームに至る、スポーツというよりは自分と向き合うプログラムとなっている。
原題 Everybody's a Winner, 1976

影山さんらが提案するトロプスの特徴には、さらにエコロジーの視点も入っている。27
1. 誰もが楽しめる
2. みんなでつくる
3. 自然や人間との対話  自分自身との対話を含む

日本人が始めたトロプス、どこまで広がっただろうか。
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by eric-blog | 2006-10-24 18:19 | ■週5プロジェクト06 | Comments(0)

百姓仕事で世界は変わる

154-1(734) 百姓仕事で世界は変わる 持続可能な農業とコモンズ再生
ジュールス・フレティ、築地書館、2006
Agri-Culture, Jules Pretty, 2002

吉田太郎さんという人は、自分も本を書いているだけでなく、よく訳してもいる人だ。ハバナレポートに見られるように、キューバを訪ねたり、そして小川町もよく訪ねている人だ。彼が、「百姓」ということばや存在に、こめる気持ちもわかる。
でも、この本のタイトルは、もう少し工夫して欲しかった。農地の文化agri-culture
著者は、農業そのものを新たに捉えなおすことを求めているのであって、これまで通りの百姓仕事に未来があると言って言るのではないように思うからだ。

「人間は約600世代にわたって農業を営んできたが、そのほとんどの歳月で農業と消費は文化や社会と密接に結びついていた。・・この二三世代では、工業の原理にもとづいた農業が発展してきた。」13

農業12000年の歴史。

近代文明は工業化による大量生産大量消費と、土地や自然環境から切り離された生産様式によって特徴づけられる。その中で、物語りが失われていく。物語りとは、景観、石、樹木、植物、川、そして動物たちによって織り成されるものだ。物語りとともに、記憶も失われていく。

「動植物と関連したイギリスの伝統風俗のほとんどは、その起源をたどると1000-2000年前にまで溯り、ケルト、ローマ、アングロサクソン、ノルウェーの伝統にいきつく。」47
「文明が始まって以来、植物には実用的な意味と同じくシンボリックな意味がある。誕生、死、収穫、祝賀の象徴で、良運、悪運の前兆である。それらは場所とアイデンティティとの強力なシンボルで、国のみならず、村、近隣、個人的な隠棲場所においてもそうなのである。」リチャード・リービーより、48

そして農地や景観とは、コモンズ、コミュニティの共有物なのである。

近代農業がもつ本質的な外部不経済
持続可能な農業のもつ多面的効果

著者は、世界の52カ国を訪問し、調査した結果、静かな改革が起こりつつあるのだと、報告する。

大部の後書きを訳者である吉田さんは寄せているが、そこでは1. トップダウンの政策転換、2. コミュニティの再生、3. 有機農業による増収技術 の3つのファクターを洗い出している。315
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by eric-blog | 2006-10-24 18:18 | ■週5プロジェクト06 | Comments(0)

二十歳のころ

153-3(733) 二十歳のころ
立花隆+東大ゼミ、新潮社、1998

1996年、ちょうど十年前、立花隆のゼミ生たちが取り組んだプロジェクト。「あなたは二十歳の頃、何をしていましたか?」インタビュー。ゼミのテーマは「調べて、書く」
ゼミは、インターネットでも公開され、そして社会人となども参加する100名もの大所帯。互いに、同じ人々にインタビューしたいもの同士でチームを組み、インタビューし、まとめ、雑誌に連載したものが、まとめられたのがこの本。

このところ、読む本読む本不発で、紹介する気持ちになれなくて。

いま、「みんなで翻訳」プロジェクトが、ERICでもやっているし、また、ノーベル平和賞を受賞した「1000人の女たち」についての本を和訳しようという動きがあります。

>この1000人の素晴らしい女たちを紹介した本『1000PeaceWomen 』が「ノー
>ベル平和賞に1000人の女性を」プロジェクト(注1)により、非営利出版
>http://www.1000peacewomen.org/eng/html/buch/index.php(英文)されました。
>

というので、人生コンピレーションの本を紹介しようかな、なんて。

1917年生まれから1975年生まれまでの66名。

いちばん年上の人は、インタビュアのおじいちゃん。一番若い人は、AV女優をしてお金をためてアメリカに渡って画家として活動している人。

わたしと同年で紹介されているのが福島瑞穂さんと野田英樹さん。二人とも、いまの生活に直結、のような、それぞれ司法試験受験と、演劇一筋の東大生たちで、いまいち。

かえって成瀬豊さんの方が、東大駒場寮で寮委員長をやったりして、1985年くらいまで、学生運動はあったのだと、感じさせるものがある。ちょうど東大百年記念事業なども、その間にあったらしい。そんなもんなんだね。

このころ、二十歳だったゼミ生たちのいまを、調べて書いてみると、おもしろいだろうね。定点観測。
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by eric-blog | 2006-10-20 12:04 | ■週5プロジェクト06 | Comments(0)

歌うネアンデルタール

153-2(732)歌うネアンデルタール
ステーヴン・ミズン、早川書房、2006
The Singing Neanderthals - The origings of Music, Language Mind an Body
Steven Mithen, 2005

認知考古学者で、After Ice,心の先史時代などの著書を持つミズン。御本人の音楽能力は低いと、イントロで笑わせながら、現在の人類についての研究から、音楽サヴァン(天才?)たちが言語能力を欠けがちなこと、失音楽症の後天的なもの先天的なもの、乳児の言語発達と音楽や歌、そして音楽の意味などをそれぞれの研究分野の知見から検討し、そして、いよいよ、過去へと、検討を進めていく。

そうだ、ホモ・サピエンス以前の人類たちは、音楽的なコミュニケーションに満たされていたのではないか。
Hmmmmmと名付けられたこのコミュニケーション能力は
Holistic全体的で
multi-modal多様式的で
manupulative操作的で
musical音楽的
mimeticミメシス的[摸倣、擬態、疑似]
なコミュニケーションのことだ。短くは「全体的発話」+「身振り」と言っていいみたいだ。273

ナジョナル・ジオグラフィック誌に紹介されていた論文で、5万年前の人類の「出アフリカ」がポイントになっていたが、ここでも、同様の見解が共有されている。

その時、構成的言語を獲得した人類に「人口の閾値」があって、十分な数の後継者たちが生まれ、文化伝承が集団の新しい行動として「固定化」し、・・・途絶えることがない。372

特に、著者は「認知的流動性」が、言語を獲得した人類の有利性の鍵だという。社会的知能、博物的知能、技術的知能という主要な三つの知能を「個々の知能や考え方や知識の貯えをひとつにまとめ、特化した心では不可能な新しい種類の思考を生み出す能力」374
「口にしたり想起したりした発話が、概念と情報を分離したひとつの知能からべつの知能へ流す導管の役割を果たした」374

「分節化によって「Hmmmmm」から構成的言語が生まれ、それが人の思考の性質を変化させ、私たちの種を全世界拡散にいたる道につかせ、ついには、200万年以上前に最初のホモ属の種が表れて以来つづいてきた狩猟と採集の生活を終わらせた。一万年前に最終氷河期が終わるとほとんど間を置かずに、世界の複数の場所で農業が発明され、そこから最初の町、初期の文明が生まれた。」375

しかし、Hmmmmmの名残りはわたしたちの中にいまもある。言語に、音楽に。
訳者は後書きで、今年が1856年に初めて化石人類が発見されてから150年なのだと記念する。なんと、すごい探求の旅路に、わたしたちはいるのだろうか。

この本を紹介してくれたのは、西武文理大学の増川先生。いま、講師控え室での冗談のネタの一つが「学生たちのネアンデルタール化」である。四六時中音楽を聞いている彼らの言語能力は、分節化しておらず、構成されていず、また認知的流動性が低い。

ネアンデルタールをクロマニオンに、クロマニオンを近代人に、近代人を人間的に、と大学教育の段階的目標が明確になっただけでも、この本の功績は大きい。そのために必要な手だてを、大学の4年間だけに求められるのも、いかがなものかとという気はするが方針が見えないよりは、見えた方がいい。
さてはて、教育再生会議の人々は、何を見、何を考えているのやら。教育再生の議論に必要なのは、「はめるべき型」ではなく、創造性であり、つくり出したい未来とそのための協力、そこへの希望、ワクワク感なのにね。ありゃかたいわ。

この本は「買い」ですね。

発展読書

Formulaic Language and the Lexicon 定型言語と語彙目録、アリソン・レイ、2002
 
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by eric-blog | 2006-10-18 16:04 | ■週5プロジェクト06 | Comments(0)

教育という文化

153-1(731) 教育という文化
J.S. ブルーナー、岩波書店、20043570

岡本夏木さんの著書を調べていたらひっかかってきた本。帯に「来るべき教育を支える理論を求めて」とあるが、結論は「相互学習文化」としての教育である。
これまで、参加型学習とは「相互からの学びあい」だと言ってきた、まさしくそのことを、ブルーナーも言っている。それも、たくさんの分野にわたる知識と経験、出会いと、そして洞察を通してだ。

惜しむらくは、ブルーナーが「誰も知らない男」にはなりそうにないこと、かな。

そうなるためには、大学という教員養成機関が、あまりにも細分化されすぎていて、さらに「研究と教育」という組織マントラに縛られて「研究を教育する」ことすらできないでいる。

教育科学は、いま、教育改革の力になるのだろうか。

それとも、この著作も、数ある論考のひとつに留まるのだろうか。だとすればそれはなぜか?

あるいは西洋諸国は、より質の高い教育を目指して論理的に進み、日本は取り残されていくのか。そして、それはなぜか?

「先日のシンポジウムでも、米国の環境教育は、全体で質をよくしていこうと取り組ん
で動いていて、それはP-WILDも例外ではなく、昨日のワークショップでもCappyさんが
用意していたレジュメには、その要素が取り入れられていました。日本側がそのこと
を殆ど注目せずに進められたのが、残念でした。」(Project WILDワークショップ参加報告より)

いままさに、日本の教育は明治維新の「和魂洋才」の嵐の中にいる。そして、たぶん、アラブ世界も、中国もインドも、だ。明らかに西洋がマイノリティ化していく現実の中で、この嵐は、わたしたちをどこへ吹き寄せていくのだろうか。

ブルーナーが、教育を考えるための「知の挑戦」で辿った筋道は以下のようなものだ。

心の働きについて、二つの立ち場が現れてきている。1
・コンピューターに学習させるようなプログラムの開発を進める計算論的立ち場
・個人という有機体を超える文化主義

計算主義的立ち場から得られるものは認めつつ、ブルーナーは文化主義の立ち場から、「心」と「文化」の問題に話しを進めていく。

その際の原則として、16
1 見通しの原則
2 制約の原則
3 構成主義の原則
4 相互交渉の原則
5 外在化の原則
6 道具主義

学校の主要教科というのは、文化的に見ると、学校そのものである。36
7 制度の原則
8 アイデンティティと自尊心の原則
9 物語の原則

56
権威に依存しているあらゆるシステムにあっては、これらの要素のすべては最近の制度化された権威について、冒頭で論じた危険をもたらすようである。それらはまさに危機にあるのである。教育は本来危機をはらむものである。というらも教育は可能性のセンスに油を注ぐからである。しかし、子どもの心に、文化的世界の中での理解や感情や行為のスキルを備えつけるのに失敗することとは、単に教育学的に零点をとることではないのである。それは疎外と反抗と実践的無能力を生む危機をもたらす。それてこれらはすべて文化の成長を損なうこととなる。
(教育は)文化をその構成員の要求に適合させるとともに、構成員や彼らの認識の在り方を文化の側の要請に適合させるという、一つの複合した遂行作業なのである。

と、ここまでを、著者は教育を広い文脈で位置付けるための論考とし、次に最新の認知科学などからの知見の整理に進んでいる。

・子どもは大人と同様に、世界についてのみならず、自分自身の心と、それがどう働くかについて、一貫性のある「諸理論」を多かれ、すくなかれ持っていると考えられる。76

教育についての相互主義の立ち場。「知識とは、談話の中で分かち合えるもの」
子ども中心的でもなく、保護的でもない。

4つの研究の流れが相互主義的立ち場を補強している。77

・間主観性 心の交流
・子どものもつ心の理論「真で正しい」「偽で誤り」対分類への志向
・メタ認知の研究  「についての考え」
・協働学習と問題解決

教授-学習についての4つの見解の二次元軸

内面論者-外在論者
間主観主義者-客観主義者

近代の教育学がますます強めている方向は、子どもが自分自身の思考のプロセスに気づくべきであり、そして子どもがよりメタ認知が可能になるように援助すること、・・・
スキルを達成し知識を累積することだけでは十分ではない。86

子どもに良き心の理論を身につけさせることは、子どもたちの十分な熟達を援助することの一部である。87

必要とされるのは、これら四つの見方が、融合して調和のとれたある統一体を形成し、それぞれが、一つの共通の大陸の各一部として認識されることである。87

スキルや事実は、文脈の中でこそ重要である。87

次に、教育の目的の複綜性。三つの二律背反。89

・個人の潜在能力の最大限の発揮 vs 文化の再生産
・学習者の内なる活動 vs 外在する文化装置の獲得
・「個別の場にかかわる知識」の正当性 vs 権威的な普遍主義の追求


「個人の実現」対「文化保存」
「才能中心」対「道具中心」
「個別主義」対「普遍主義」93

教育という、他のどの動物にもないものを追求することこそが、人間探求の道としておもしろい。と言えることだけは確実だ。
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by eric-blog | 2006-10-17 10:54 | ■週5プロジェクト06 | Comments(0)