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ゲーデル、エッシャー、バッハ あるいは不思議の環

146-3(698) ゲーデル、エッシャー、バッハ あるいは不思議の環
ダグラス R. ホフスタッター、白揚社、1985

765ページの大著である。原著は1979年である。著者34才の時のものである。章名や見出しなど、タイトルは面白そうなのである。各章について、親切な小解説が最初に書いてあり、それもおもしろそうなのである。たっぷりと紹介されているエッシャーの絵もいいのである。追い越せるか追い越せないかを議論しているアキレスと亀のやりとりも巧妙なのである。

にもかかわらず、必要なのは時間だけではない。

しかたがないので、わかりえたところから、おもしろいと思ったところだけでも、まずは紹介して、残りは自分の楽しみにしておきたい。

157
「はじめに、もし粒子がたがいに作用を及ぼさなかったとしたら、ものごとはきわめて単純になったであろうことを、注意しておこう。そういう世界では全ての粒子の振る舞いを容易に計算できるから、物理学者はそのような世界を好むことであろう(そのような世界に物理学者がいるかどうかは、少々怪しいことではあるが)。層誤差用を持たない粒子は裸の粒子と呼ばれているが、純粋に仮想的な被造物であって、実在はしない。
 相互作用に「点火」されると、粒子はからみ合うようになる。それは関数F,Mがからみ合い、結婚した人々がからみ合うしかたと同じである。そういう実在の粒子は再規化されたといわれる。renormalized
 どういうことかというと、どの粒子を定義するにも、他のすべての粒子を引用せざるをえず、他の粒子の定義はまた最初の粒子に依存している、等々ということである。堂々回りでけっして終わることのない環になっている。」
そして、この後、「もう少し具体的に述べてみよう」と著者が素粒子と電子と光子だけに注目して、図と数式を考えてみるところにいくと、もうわからない。そのような説明が2ページほど続く。そして最後に「そして何億というこれらの泡の中の泡から、すべての生きものが作られているのである。」といつのまにか、生きものにまで戻っているのだ。
このrenormalizeというのはくりこみと日本語で訳されているのだが、再規的の方がまだいい。そして、著者は、再帰性という概念とこのくりこみが同じなのだというのだ。

アキレスと亀のふたりは、「ジン・トニック=妖霊とトニック水」の力で、エッシャーの絵の中ら入り込み、抜け出してくる。そして、妖霊たちは、GOD, GOD Over Djinn, Over Djinn,Over Djinn,Over Djinn,Over Djinn,....という反復頭文字語で表現されるメタ存在であるものと触れ合っている。

もしも、妖霊が「三つの願い」を聞いてくれるというので、「これから願うことが何でも適うように」と願うことは、「メタ願望」となり、その妖霊ではかなえることのできない願いとなり、そのメタ妖霊に頼む必要がある。・・・

この原稿をパソコンのない時代に書いたとすれば、こりゃ大変だ。
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by eric-blog | 2006-08-30 17:17 | ■週5プロジェクト06 | Comments(0)

脳を育む学習と教育の科学

146-2(697) 脳を育む学習と教育の科学
OECD教育研究革新センターCERI、明石書店、2005

なんと翻訳者は、日立製作所役員待遇フェロー、独立行政法人科学技術振興機構「脳科学と教育」プログラム研究統括という肩書きの人。OECDと日本の大学や教育研究所とは関係が薄いのね。

とまれ、最近進展著しい脳科学の成果を、教育にも活かそうじゃないかという試み。「今日の教育学は、科学として確立される以前の分野であり、その理論的基礎を心理学に依存している。」14

そして、科学的に研究していく上で、彼らが最初に指摘するのは、教育について語るための「共通言語と共有用語」の確立だ。

考えてみたいことは、以下の10の問いだという。
1. 遺伝と環境の影響
2. 幼児期の重要性
3. 自然な発達なのか文化的教育なのか
4. そのバランス
5. 態度、スキル、知識の習得時期?
6. ある年齢以降の支援教育はなぜ難しい?
7. 異なる学習スタイル
8. 知能とは何か
9. 情動知能EQとは何か
10. 意欲の機能

そして、今回のこの本は研究ら第一期のまとめであるという。

親が最初の教育者であり、そして世界の多くの国で宗教が系統だった教育を提供している。しかし、国家による全面的なサービスの提供は今後も広がり続けるだろう。そして、教育は3つのsを提供するという。skills, socialize, and sort  44

脳神経生理学も発達途上の科学であり、限界がある。また、認知的なことはわかってきていても、情動的な、社会的な要素はまだわかっていない。

言語学習についての「感受期」と第二言語習得期について、「13才以上になると文法の習得が難しくなる」ことがわかったとしよう。しかし、そのことはその時期以降の習得が不可能だということにはつながらない。日本人成人にr lの区別を教えることができたという実験の結果も示されている。では、教育政策はどのように変更されるのがよいのか。

何によらず、「習熟すべきこと」なのであれば、ていねいに教授することなのではないか、とすら読んでいると思えてくる。

教育についての本を読んでいると、つくづく思うのが、「つまらないなあ」ということだ。ああでもない、こうでもない、でつまらない。でなければ乱暴な結論や推論でつまらない。はっきりとした提言がなくてつまらない。提言があっても、現実の100万人教員をどうするの?がなくてつまらない。

教育は、もっとおもしろいものなんじゃないのかな。
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by eric-blog | 2006-08-30 15:47 | ■週5プロジェクト06 | Comments(0)

新ティーチング・プロフェッション

146-1(696) 新ティーチング・プロフェッション 教師を目指す人へのエール基礎・基本
曽余田浩史・岡東壽隆編著、明治図書、2006

最近の教員研修で、教員自身から「専門職」という言葉がひんぱんに聞かれます。しかし、本当にお粗末なのが、その専門職育成のためのプログラムだと思います。弁護士しかり、医者しかり、その他の専門職のいずれも、1年や2年の育成プログラムを持っているのに、教員は、とてもアバウトな「単位取得」だけで免許がもらえるといういい加減さが、戦後のベビーブームによる教員不足の時代から連綿と続いているように見受けられます。
その後、教員採用数が激減し、そのために就職先の魅力を失った教員養成系大学が「教育学部」を廃止するなどの変化はありましたが、基本的に「単位取得」免許制は変わっていません。
また、400倍、500倍とも言われた倍率の採用試験の質が、教員の質をあげたかどうかというのは、保証のかぎりではないでしょう。

2005年にピークを迎えたといわれる労働人口6870万人中、教員は100万人程度。(ちなみに法曹界は2万人程度、まだまだ狭き門。)
22才から60才の就業と考えると、約40分の一にあたる2.5万人は自然サイクルで、新規雇用する必要がある。しかし、2007年問題があるために、これから10年ほどは、3万人はくだらない採用が続くことだろう。

毎年、国立大学系独立行政法人で免許を取得している学生数は2-3万人。もちろん、日本は私立大学の比重が大きいから、それだけでも倍率は4倍にはなる。

もしも、中等教育段階の学級定員を20-30名にするとすれば、2-30万人の増員が必要だろう。それを10年で達成しようとするならば、現在の倍の雇用になるのだから、倍率は2倍程度に落ちる。

いまや、私立大学の方が、「教員採用試験対策コース」の設置など、「専門学校的色彩」の強い教育内容で、採用率をあげてきている。これからしばらくは、教員採用混線時代が続くことだろう。

さて、この本は、広島大学大学院教育学研究科の教授・助教授のお二人を中心に、中国地方の大学で教鞭をとっている人々、すなわちITET Initial Teacher Education and Trainingに関わる人々がまとめたものである。

題名に「エール」だなどと書かれているのだが、この本のどこをどう読めば「エール」応援歌が聞こえてくるのかわからない。強いて言えば「知は力なり」かな。これらの「知」がどのように一人ひとりの力になるような教員養成課程を工夫されているのか、ぜひ、知りたい。

・教師の仕事と使命
・教員養成システム
・教員に必要な資質能力
・教育の古典
・教員の仕事1 授業
・教員の仕事2 生徒指導と学級経営
・教員の仕事3 校務分掌と組織マネジメント
・教師生徒関係の構築
・教師文化
・学校の力を高める「効果的な学校」、日本の学校の強み
・学校を支える体制
・教育公務員としての教師
・学習する教師

以上が目次。

各項目について、基礎情報と参考になる知見がコンパクトにまとめられている。

【専門職性について】 
1.公共性と社会的責任によって特徴付けられる職業である
2. 大衆の保有していない高度の専門的な知識や技術によって遂行される職業である
3. 大学院段階の養成システム
4. 専門家としての自律性を保障する制度
5. 専門家協会の組織化
6. 社会的責任の自己管理する倫理綱領
職務上の自律性を保障されているのが「専門家」であるという以上の考え方は佐藤学『教育方法学』岩波書店、1996が出典らしい。そして、著者は、教師はそのほとんどの要件を満たしていないと指摘する。「医者ほど「高度」と言えるほどの、科学的に厳密で体系的な専門的知識や技術は存在しない。教育内容についての自律性は認められていない。資格取得も容易。・・・ゆえに準専門職」19-20
しかし、そこに「技術的熟達者」から「反省的実践家」への専門職像の転換を迎えることで、「不確実性と無境界性が高い」という特徴を持つ仕事について、教師が「反省的実践家」として「個別具体的な状況に応じて自律的に判断や意思決定を行わなければならない」22ことが指摘されている。このモデルはショーン『専門家の知恵』ゆるみ出版、2001から引用されている。

【組織的知識創造】
教師が組織として知的創造をすることができる背景を「形式知」「暗黙知」という観点から紹介。

【コルブの経験学習サイクルモデル】195
経験学習の4段階を次のように説明している。
・具体的経験
・反省的観察
・抽象的概念化
・能動的実験
これは2002年に出された「Conversational Learning」についての本に紹介されているものらしい。
本文が約200ページで、最後に15種類の授業評価(大学の)表と5段階評価での自己診断表が15種類添付されている。
A 子ども好きかどうか、教師に向いていると思うかどうか
B 教師の専門性と学び続ける姿勢、中立性、国際性についての判断
C スポーツ、ボランティア、野外活動、レクリエーション、集団活動の経験
D 体力、自律心、善悪、正義感、創造性について
E 授業評価を受けることについての感覚
F 教職につくために努力していること
G 教師のチーム指導、社会体験、組織性などの適格性についての判断
H 自分自身の性格や傾向について
I 教師の自己管理および教育連携も専門家との協力について
J 特に、社会性についての自己判断
K 教職課程の内容について
L 公務員とは、について
M 教員免許制度について、また現職教育について
N 教師になりたい度
・ 担当教員授業評価 30項目

教師の仕事について網羅的に簡潔にまとめているという点で、「買い」かもね。
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by eric-blog | 2006-08-30 14:34 | ■週5プロジェクト06 | Comments(0)

緑の歴史

145-2(695) 緑の世界史 上下
クライブ・ポンティング、朝日選書、1994
A Green History of the World, Clive Ponting, 1991

1992年のブラジル、リオ・デジャネイロでの地球サミット以降、地球環境問題に対する社会的関心が高かった時に出版され、また翻訳者の石弘之さんのあいつぐ環境問題系の出版ともあいまって、関心を呼んだ本でした。

改めて読んでみると、題名の「世界の緑色の歴史」世界の緑についての歴史ではなく、世界史は緑の歴史だと読むことができるという問題提起であったのだということがわかります。

最初に紹介されている逸話も、イースター島が祭礼儀礼的なあの巨像を運搬するために森林破壊を促進し、結果、木のない島となって、分明が崩壊したというものです。

人類史は、「人々が住み着いたそれぞれ違う生態系から生命の維持に必要な資源--食糧、衣類、住居、エネルギー、その他の物資--を獲得する方法を探し出すことに他ならなかった。これは必然的に自然生態系への干渉を意味した。したがってこれまでの人類社会にとっての問題は、人間のさまざまな要求と、そのために圧力が加わる生態系の能力とを、いかに均衡させるかという点にあったのである。」34

そしてその99%は、狩猟採集経済であったという。現存する狩猟採集民族が辺境の地域に澄んでいるのは、「歴史的に見れば農業の拡大にともなって次第に周辺に追いやられた結果にほかならない。」37 彼らはもっと生産力の高い地域に住んでいたのである。

最近の研究では、狩猟採集経済がいかに見事に環境と調和のとれたものであったかが明らかにされてきた。37

・生活道具はごくわずか
・生きるための労働時間は一日のうちのほんのわずか、平均して週に二日半
・社会活動のための時間がたっぷりある
・女性が採集で集める食糧の方が、男性が狩りで獲る肉より二倍も多い、かける時間は同じぐらい
・60歳を超える人は10人に一人程度で、長老として敬われる。女性は20歳、男性は25歳程度で結婚するまで、食糧を集める義務はない。

つまり、農耕の方がはるかにきつい。40

では、なぜ、農耕が進んだのか。人口増加だ。
・農業の利点は、耕作努力に応じて多くの食糧を狭い土地から収穫できること。72

一万年前の地球の全人口は400万人たらず。73

食糧生産が増大し、より多くの人々を養えるようになり、膨らんだ人口が、環境への圧力を高め、より集約的な農業へと。74

農業の始まりは西南アジア、中国、中央アメリカで、紀元前一万年前くらいから、数千年かけて、それぞれの気候条件によって異なった形で始まった。
・西南アジアの小麦、大麦、豆、羊
・中国のキビと陸稲から稲へ
・中央アメリカのトウモロコシが紀元前2000年頃
灌漑技術、余剰生産物の配分と権利、宗教的権力者の発生。
剰余が非農民層を生み出し、非農民層が社会の階層分化が進み、富みと権力を持つ特別の階級が出現する。99

日本で高水準の食糧生産の基盤が出来たのは紀元前300年頃、と比較的遅い。また、その発展は中国からの影響を受けていた。と考えられる。

科学の発達に伴って、人間中心主義、進歩主義的世界観が、ヨーロッパを中心に広がる。259
・人間は自然界の上に立つ
・知識や物質の水準が祖先を上回ることを「進歩」と呼ぶ

結果、野生生物が圧迫されるようになり、イギリス、ヨーロッパはその見本市のようになったという。264

301から312には「クジラに向けられた人類最大の攻撃」として、捕鯨の歴史が書かれている。その最後は「遅過ぎた自然保護運動」と結ばれている。

1500年まで、世界の後進地域であったヨーロッパが、それからの400年間に他の地域に君臨するまでになった。313「第三世界の成立」

ここまでが上巻で、文明史的なアプローチ。下巻は、文明化以降に焦点を当てて、以下の問題を扱っています。

・伝染病の拡大「文明病」
・人口爆発
・エネルギー危機
・都市化
・豊かさの配分
・汚染

この辺りになると、環境問題的なアプローチだなあ、と読める内容です。

心臓病の増加
機械化と集約化

人力→家畜→水力→薪炭→石炭→石油
「エネルギー資源は安価であるため、かなりの部分がしっかりした政策のないままに効率の悪い使い方で浪費されてきた。」102
「お粗末なエネルギー使用の好例を、現代の工業化された農業に見ることができる。世界でもっともエネルギー効率のよい農業は中国と東南アジアの水田稲作である。そこでは収穫されるエネルギー量は、投入量の約50倍もある。その他の原始的と呼ばれる農業もまた高いエネルギー効率を持ち、投入エネルギーの約20倍もの収穫をあげる。現代の工業化された穀物生産は、肥料、農薬、機械の形で消費したエネルギーのよくて二倍しか凄惨しない。しかも、現代の農業のエネルギー効率は一貫して低くなりつつある。」104

「豊かさのもたらす犠牲」自動車の増大と観光旅行169

わずか数百年前までは、ユーラシアのどの地域の社会も豊かさに大差はなかったのである。175

さて、わたしたちに与えられた「過去からの遺産」とは何なのだろうか。

・人類史の分岐点である農業の開始 一万年前
・自然生態系の破壊
・一部の国々による世界の支配
・根強い開発志向
・国家の枠組みが強くなっているために国境線を超えて広がる問題への対処にコストがかかる

暗い結末ですね。
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by eric-blog | 2006-08-27 14:31 | ■週5プロジェクト06 | Comments(1)

熊本人権研修

1300‐1600 3時間
参加者 41名 行政・企業・社会教育

セッション1 流れのあるプログラム
1 名前だけの自己紹介
2 4つの文章、一つは嘘
3 安全ピンの物語
4 学び合いの心がけ
5 人生の河
6 傾聴
7 天の職
8 終わりの日の喜びのために
9 しがまっこ溶けた交流の心がけ
10 アドボカシー・ビンゴ

セッション2 参加型学習の進め方
1 参加型学習の特長と課題
2 なぜ参加型学習?
3 課題克服のための手立てと工夫
4 さまざまな感情
5 学びを促進するもの、阻害するもの
6 ファシリテーターの資質
7 じゃんけんゲーム
8 感情・価値観・行動
9 いいパターンの習熟
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by eric-blog | 2006-08-22 17:32 | □研修プログラム | Comments(0)

お目覚めピアノでワッハッハ!

145-1(694) お目覚めピアノでワッハッハ!
河野康弘・明佳、リサイクル文化社、2006

ジャズ・ピアニストである著者が、全国の「冬眠」ピアノを再び甦らせるために、「どこへでも」「何人でも」出前演奏し、かつ調律修復もやっちゃったというお話。

なんと日本は世界に冠たるピアノ王国。650万台、4軒に1軒はピアノがあるんだって。

木で出来ているピアノは100年は保つと言われているのに、戦後猫も杓子も「文化住宅」にピアノを運び込んで始まった「習い事」から数十年。古びて、顧みられることもなくなり、メンテやソフトより新規購入の方が予算がつく体質に流されて、廃棄するにも金かかるやっかいものに成り果てて、倉庫の隅で放置され。

そんなピアノが可哀想。

奈良で見つけた、戦争の傷跡残るピアノにも、同じ境遇が待っていた。最初は喜々と、あげてもいいと言ったのに、傷跡の意味にくどかれて、やっぱりあげられないと翻す。想像力のなさがなさけない。

人の事は笑えない。『木と学ぼう』をやって来て、ピアノを木とは結び付けられなかった。事務所に置いたピアノ檜の棚板一枚すら邪魔にする。
誰かピアノをくださいね。アップライトしかだめだけど。一つでも、冬眠ピアノをおこしてあげよう。いのちを刻む仲間だから。

海外にあげたり、出前演奏にも出かけてる地球ハーモニーの活動に乾杯!ならば一杯分だけカンパしよう!乾杯でカンパ!なんてね。

飲まない人も大丈夫。2000円のこの本の収益の5%がピアノのために使われる。
買って飲んでカンパして!身近な「寂しい」ピアノを探してみよう。
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by eric-blog | 2006-08-21 08:49 | ■週5プロジェクト06 | Comments(3)

鶴崎おどり

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昨日は日本全国まつりだらけだったように思います。大分鶴崎おどりも圧巻でした。
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by eric-blog | 2006-08-21 07:30 | □研修プログラム | Comments(0)

文部省の研究

144-5(693) 文部省の研究 教育の自由と権利を考える
坂本秀夫、山本廣三編著、三一書房、1992

文部省が科学技術庁と合併して文部科学省になったのは2000年のことだったか。
基本的に、文部省は、戦後も戦前の体質をそのまま残していたとというのが、著者らの主張だ。指揮監督権から指導と助言のサービス機関へ、1948年の文部省設置法によって法律主義へと性格が変わっても、文部官僚のもつ「体質」のようなものが受け継がれたとでも言うのであろうか。

戦前の文部省の性格は
・中央集権的1871年7月創設、国民の精神的統一、人材の養成、強力な権限を維持するための視学官制度と人事権
・軍国主義的政策1890年の教育勅語、天皇制の国体、軍国主義・国家主義教育、1913年に宗教に関する事務も加え、思想取り締まりにつながっていく。
・戦時教育体制1945年5月に戦時教育令の公布

本来であれば文部省は、戦争責任を問われて存廃の岐路にすらたたされた官庁であった。その本質は本当に戦後の教育改革によって成し遂げられたのか。

・GHQからの4つの指令 教員の調査、国家神道との関わりの廃止、修身の廃止など
・『第一次米国教育視察団報告書』による批判「文部省は、日本の精神界を支配した人々の権力の中心であった」28「視学官制度による学校の統制」29
・極東委員会指令、1947年11月「視学官は事実上思想取締官であり、...校長は小独裁者として支配した。...教員の職業的独立というものが欠けていたのであって、教育機構はますます軍閥のために悪用されるに至った」29

『教育改革 戦後日本の教育改革1』より30-31
・内務行政からの独立
・指導と助言のサービス機関へ
・学識専門家による新しい文部官僚の形成
・間接統治の出先機関へ
・批判論、廃止論の台頭

しかし、それも1952年には、
・教育委員会の学習指導要領作成権の廃止
・視学制度の復活
によって、地方分権化が後退し、中央集権化が強化される。

現在までの問題点として
・審議会支配
・権力的教育行政
・組合つぶし
・教員への統制
・受験戦争の激化あるいは混迷
・教科書支配
・財界のいいなり
・画一的教育内容統制
・1961年の田中耕太郎『教育基本法の論理』による政治教育の抑圧と「偏向」批判230

ということで、
「今日の教育の荒廃はこれまで続けてきた文部省の教育政策の結果であり、最大の責任は文部省にある」295という結論まで。

個人は言うまでもなく、個性的である。教育というのは、個人の社会的成熟・参加による自己実現を目指す、社会化という標準化に他ならない。個人は社会化されていくことで、社会参加や貢献を果たせるようになるからである。
しかし、「社会」は単一ではない。家族や地域、国などと同心円的に考えるが、実相は単純ではない。
近代教育は、科学技術産業社会の基礎への貢献を求められているし、その結果として個人は、科学技術産業社会の一員としても形成されていく。それはまた別の「社会化」の相と層を形成している。さらには、近代の特徴である市民社会は、いまや地球市民社会という国家の枠組みを越えて機能する市民性すら獲得し、個人はそちらに向けても形成されていく。
そしていずれの「社会」においても、個人が「社会」を形成し、選択するという関係にあることも見逃してはならない。

さまざまな「社会化」への貢献が、教育という行為にはありえる中で、文部省の「国家」という「想像の共同体」あるいは「日本民族という神話」への社会化を優先した統制への偏重は、どのような意味を個人の形成と社会の形成に対して持つだろうか。

ひとつは、それが「政治的」な意思決定によって進められているために、政治的対立を激化させることが考えられそうだ。教育が政争の種にされていく。
ひとつは、個人より「集団」を優先する「集団主義」的価値観の形成がある。それは必ずしも悪ではない。しかし、集団主義はともすると伝統主義に引きずられる。そのことが、いま求められる「持続可能性の追求」を難しくするかもしれない。

あるいは、大東亜共栄圏というビジョンをふりかざした集団主義的な教育のあり方の危険がどこにあったのかも、もっと分析する必要もあるのだろう。有無を言わさない管理主義が危険なのだろう。でも、「考える」ことをしない「多数派」側の大衆にとっては、「楽」なんだろうけどなあ。

教育者であるということは、人間諸科学のgeneralistであることを求められることである。しかし、教育の質そのものはspecialistとしての厚みがものを言う。教育者になるというのは大変なことだよね。果たして、その一人ひとりの専門家としての修養・習熟・成長を、支援することができる教育行政に、なり得ているのだろうか。

NAAEEの「環境教育指導者に求められる能力」についての6つのガイドラインを、指導者育成のための方針として、行政やNGO/NPOの市民セクター、企業セクターが何ができるのか、考えていく必要があるだろう。

・リテラシー
・教育の基礎
・専門家としての責任
・教育計画立案、実施
・学びのファシリテーター
・アセスメントと評価
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by eric-blog | 2006-08-19 16:11 | ■週5プロジェクト06 | Comments(0)

岡山研修

セッション1 流れのあるプログラム体験
1 名前だけの自己紹介
2 いいコミュニケーション
3 四つの文章、一つは嘘
4 傾聴
5 話し合いのルールづくり
6 天の職
7 終わりの日の喜びのために
8 しがまっこ溶けた交流とは
9 人生○○らしい

セッション2 参加型学習の進め方
1 さまざまな感情
2 学習を促進するもの、阻害するもの
3 ファシリテーターの工夫と手立て
4 人権教育の課題「七つの立場」
5 課題と対応「差別をなくすための人権教育ステップ123」
6 「なぜ参加?」
7 「参加の文化を阻むもの」=日本社会の〇△□

セッション3 教育の課題
1 教室の中の世界
2 今の世界は...
3 近代と学習性無力感
4 教育のジレンマ「過去の継承か、未来の創造か」
5 日本文化の重層性
6 じゃんけんゲーム
7 生活習慣病のような「差別のある社会」の体質改善10ヵ条
8 サークルタイム
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by eric-blog | 2006-08-18 20:00 | □研修プログラム | Comments(0)

水道局

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岡山市水道局が販売しています!100円!
「名古屋の水道水」というのも、この間飲みましたが、あれは自治体研修で出された非売品でした。
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by eric-blog | 2006-08-18 19:57 | □研修プログラム | Comments(0)