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BQOEを実現するための諸原則

もっとも大切なことはBQOLの実現です。
子どもたちに「発達」の権利があり、そしてそのために多くの国において学校という教育の場にいることが望ましいと考えられているのは、学ぶということが彼らのQOLに適うことであるからです。

学校という場がどのような場であって欲しいかということについて、いくつかの原則があるように思います。
・教える側が学ぶ=経験主義的に、システマティックに
・教える側の学びを促進する=素早く、進歩的に、組織的に、協力的に、学びあう
・教える側が自己イメージを刷新しながら、学び続けること
・教える側にとってもBQOLが実現されていること
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by eric-blog | 2006-01-31 15:52 | ☆よりよい質の教育へBQOE | Comments(0)

おとなを教える

120-2(563) おとなを教える 講師・リーダー・プランナーのための成人教育入門
ジエニー・ロジャーズ、学文社、1997

Adult Learning, 1971, 1977, 1989, Jenny Rogers

どういう言葉を「連中」と訳しているのかわからないけれど、著者はそのような言葉を使うような人でないことだけは確実だ。

読んでおもしろいものでもあるのだけれど、章末ごとのチェックリストによって、どのようなことが書かれているか、考えてみて下さい。
ちなみにこの本は現品のみの在庫でございました。お特感が高ーーーい!

第一章 学習者を理解する
□生徒の緊張を和らげる手立てを考えているか
□授業方法は、生徒の過去の経験を
・受け入れ認めるものになっているか
・活用するものになっているか
□授業の雰囲気は、和やかさが感じられるものになっているか
□生徒の貢献には、直ちに報酬が与えられるようになっているか
□個々の聖徒が困難に遭遇した場合には、援助を与える用意があることをはっきり伝えてあるか
□進歩しつつあることを生徒自身がわかるような形で、学習活動がなされているか
□生徒がクラスに何を期待しているかがわかるまらい、彼らのことを知っているか
□生徒の期待から起こる問題を解決する手立てを、なにか考えてあるか

第二章 おとなはなぜ学ぶのか
□クラスのすべての生徒の参加理由を知っているか
□個人的な目標、すなわち講座終了時までに達成していたいと思うものは何なのかを、全員から聞いているか
□講座の途中で、動機づけに関わるフィードバックができる態勢になっているか
□講座終了時に、自分の目標が達成されたと思うかどうかについての、フィードバックをする用意をしているか
□動機や目標がクラスに合わない聖徒に対して、カウンセリングや学習相談のためのシステムがあるか
□次の人達をモニターし、指導監督するためのシステムがあるか
・遅刻者に対して
・成績不良者に対して
・注意の散漫な者に対して
□欠席者をモニターしたり、連絡をとったりしているか

第三章 おとなはどのうようにして学ぶのか

□学習期間の大半を通して、生徒たちは能動的に学習活動に参加しているか
□短期記憶に問題を生じるような、講議や演示などの教授方法を回避しているか
□学習者は自分なりのペースで学んでいるか
□はっきりわかるような形で競争を防いでいるか
□学習活動は、課目の成果をあげるのに必要な知識・技能と関連づけられているか。特に、クラスの外にある現実場面とはどうか
□強化と実習の機会を頻繁に作り出しているか
□成人生徒の経験を絶えず抽き出し、「活用」しているか
□授業の最初の数分間は、常に生徒の注意を引き付けるものになっているか

第四章 フィードバックをする

□学習者にフィードバックをするために、いくつかの異なった方法を用いているか
・書かれた文章によるコメント
・一般的な向上に関するディスカッション
・個々の学習成果についてのコメント
・行動計画
□一つの授業の間に、すべての学習者がフィードバックを受けているか
□いつも即座にフィードバックを与えているか
□いつも悪い点を批判する前に、良い点をほめているか
□人ではなく、学習の出来映えを批判しているか
□フィードバックでは、常にその理由をのべているか
□開かれた質問をすることによって、学習者がフィードバックを理解したことを確かめているか
□一度にわずかな批判だけに専念しているか
□受講者相互が建設的なフィードバックをしあう雰囲気をつくっているか

第5章 集団を理解する

□自分の「リーダーシップのスタイル」は、「放任的」「権威主義的」「民主的」のどれか、はっきりわかっているか
□それは修正の必要があるか
□生徒たちが、あなたを知り信頼するのと同じように、お互いを知り信頼するようになるのは容易か
□集団のライフ・サイクル(形成・波乱・規範・達成)に注意を払っているか
□話し過ぎの罠を避ける計画はあるか
□どの授業でも、生徒全員が話すのが普通か
□課題に対して集団のサイズは最適か
□集団が小さ過ぎたり大き過ぎたりする場合に、起こりうる問題を克服する戦略を持っているか
□教室の
・サイズは適正か
・形状は適正か
・温度は適正か
□椅子は
・適切か
・目的に合うようにうまく配置されているか
□自分の占める場所について慎重に考えているか
□生徒集団が持っていると予想される特殊なニーズについて、あなたの教育機関の意見を形成する人達と話し合ったか
□採ろうと思っている授業方法を、生徒たちと話し合ったか

第六章 能力差のある集団を教える

□講座案内パンフレットはつぎの事項を明らかにしているか
・講座の目標
・教授法
・必要とする予備知識
□受講登録の手続きの時に、つぎのことができているか
・前もって受講希望者に面接すること
・申込書を見ること
・必要に応じて他のクラスに変更させること
□つぎのことを学習者に知らせる文書をいつも書いているか
・指導計画
・指導方法
・必要な道具
・前もってしておく必要のある勉強
□これらの諸注意を実行したにもかからわず、なお能力混合集団を担当する羽目になったとき、つぎのような計画をもっているか
。講議と演示に頼るやり方を減らす
・リソース中心学習をもっと増やす(個別に、または集団で)
□明確な目標を自分で書き出しているか
・その講座について
・各回の授業について

第7章 最初の授業


第八章 講議と演示
□トークや演じは、20分を越えないように計画をたてているか
□講議は、ある「枠組み」が生徒にとって役立つ場合に使うものとして位置付けているか
□トークには常にはっきりとして開始、中間、終了の部分があるか
□単純な要点から外れないようにいつもしているか
□フォローアップをしているか
・よく検討して作られたプリントで
・他のより参加度の高い方法で
□自分の言葉のくせや、身体的なくせがわかっているか
□自分のくせを十分にコントロールしているか
□演示をする場合、全生徒が自分と同じ視点から見られるように注意しているか

第9章 ケーススタディ/ロールプレイ/シミュレーション/ゲーム

□ロールプレイを行う目的は明確に認識されているか
・あなたに
・グループに
□ロールプレイの素材は
・適切か
・信頼できるか
・簡潔か
□ブリーフィングのための詳細な計画はできているか
・参加者に対して
・オブザーバーに対して
□適切な時間配分をしているか
・最初のブリーフィングの時間
・ロールプレイを行う時間
・オブザーバーからのフィードバックの時間
・ディブリーフィングの時間
・最後のまとめの時間
□ディブリーフィングで討議すべき要点は用意してあるか

第十章 オープン学習者への個人指導

第十一章 プロジェクト

第十二章 ディスカッション

□あなた自身、質疑応答とディスカッションの区別がはっきりしているか
□発言をしたい時にそれができるように、グループに十分な資料を提供しているか
□グループはディスカッションの「ルール」を理解しているか
□ディスカッションの最後に、誤った「結論」を押し付けることがないようにしているか
□書いたものであれ口頭であれ、証拠として使う事実の要約を与えているか
□あなたとグループは中断や沈黙に耐えられるか
□グループの中のひとりひとりが平等に参加しているか。それとも、過度に支配的な人がいるか
□あまりしゃべらない人がいる場合、彼らが参加したいと思った時に、説得して参加させる効果的な方法を使っているか
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by eric-blog | 2006-01-30 14:34 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

『未来を学ぼう』ESD fc

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『未来を学ぼう』ESD fc
今年最後のアクティビティ・コース、つまり基本テキストに忠実にそのアクティビティを体験し、テキストを応用し、またby テキストの研修を自らファシリテートできるようになるためのファシリテーターズ・カレッジ・コースが終了しました。
人数は、ERIC事務所で対応できるコンパクト・サイズ。しかし、スモール・サイズ・ワークショップよりは少し多めの12名。今回は、わたくしまるっきりの参加者で参加させていただきました。ファシリテーターもなし、記録係もなし、茶菓の分担もなし、です。

内容は、また、記録などが出されると思いますから、ブログを呼んでいる方でメルマガに登録していない方はぜひ登録してください。

いい研修でした。
ファシリテーターを引き受けてくださった山中さん、ありがとうございました。
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by eric-blog | 2006-01-30 09:21 | □研修プログラム | Comments(0)

コミュニティ・ビジネス

120-1(562) コミュニティ・ビジネス
細内信孝、中央大学出版部、1999

雑誌Weの特集に刺激されて、ちょっと「コミビズ」業界探ってみました。
この著者はヒューマンルネッサンス研究所というオムロンが出資している研究所の研究員。地域コミュニティにおける社会開発の事例を6年間にわたって記録してきた集大成であると、おっしゃっています。

ヒューマンルネッサンス研究所の面白いところなのでしょうか、公開講座、勉強会などを研究員の方が精力的に開催しているように思います。そういう活動を見ていると、教育ってせまい業界なんだなと、しみじみ思います。いろいろな意味でいびつで矮小、近視眼。劇的Before Afterでものの見方を転換せんとなあ。

わかりやすく、そして事例の豊富な本です。

コミュニティ・ビジネスを通常のビジネスと比較した対比表があるのですが、22
利害関係、マーケティング、事業コンセプト、成果の視点で比較しています。
複雑で長期的な利害と、弱いマーケティング、共生を事業の目標とし、得られる成果は意義や意味であるというまとめです。
ボランティアと企業の中間とも位置づけられていますが、地域通貨など「小さな経済」の動きとも連動しているように思います。
著者は、海外の事例研究も行っているのですが、日本の場合は、中間的な意味づけを見失いがちだという指摘はおもしろいと思いました。55

・事業としての自立
・地域コミュニティによるコントロールと所有

この二つがコミビズの特徴であるとイギリスでは規定されているのですが78、日本では前者に重きが置かれ、後者の方法、やり方、市民性が不在、民主主義の異質性に理由がありそうです。

イギリスに本部があった時のグリーンピースも有限会社というステイタスしか持ち様がなく、そのためにNPO法人の可能性の高いオランダに移ったという経緯がありました。コミビズの方から見てみると、逆に、地域規模でこそ機能するやり方なのだと発見しました。
理念の共有が大事、ですね。

第四章で紹介されている日本の事例は以下の地域です。

・飯田市
・墨田区
・野沢温泉
北区も紹介されていて驚きました。

コミビズを始めるヒトの4類型も面白いネーミングなのでご紹介しておきます。152
1.市民企業家タイプ
2.7人の侍タイプ
3.コミュニティ共同体タイプ
4.失業者タイプ

NPO・起業・地域開発の総合された課題としてのコミビズ。地域風土からの切り口だと言えますね。
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by eric-blog | 2006-01-29 09:29 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

BQOEの諸原則

BQOEの諸原則

よりよい質の教育は、それぞれの地域性、個別性などによって、実現できるものは違っていると思いますが、いくつか、共通の目標、指標、道標として合意できるものもあるのではないでしょうか。考えてみました。

・市民性を身につけられる
・社会への信頼が生まれる
・自分を知り、認め、受け入れられる
・自分に責任を持つ
・効力感を持って、行動できるようになる
・ネクストステップの準備につながる

・教育の考え方としてTeaching to Transgressであること
・「伝統を継承する」のではなく、リレーの次の選手にバトンを渡す気持ちで
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by eric-blog | 2006-01-29 08:52 | ☆よりよい質の教育へBQOE | Comments(0)

ESD ファシリテーターズ・カレッジ for BQOE

060127
ERICが実践しているカレッジ講座は、授業やスクーリングに当るものです。BQOEを推進する教育的指導者育成に求められるものは、これまでERICのファシリテーターたちに求められてきたものとも似ているのではないでしょうか。
アクティビティの開発件数、プログラム・カリキュラムの開発件数、研修の実施回数および総時間、研修報告、ERICの組織運営貢献度および社会的アドボカシー度(これは『いっしょにすすめよう! 人権』参照)などによってERICのファシリテーターたちは自己評価を行っています。
別にしっかりとした指標や件数、ノルマがあるわけではありませんが、自己習熟の目標として考えていると言った方があたっているでしょうか。
ファシリテーター、人の学びと学びあいを促進する教育的指導者は、自ら学び続ける姿勢を持っていることが求められますから、毎年毎年が成長を刻む積み重ねでもあります。ですから、2年間コースを想定すると言っても、米国NCATEの環境教育指導者育成課程と同様、プロとしての成長の第一歩が高等教育機関でのITET初期教員教育であるのだという自覚を持つことも、指導者育成教育課程に求められるものなのです。それで万全であるとか、それ以上学ぶことも努力することもないというような「免許皆伝」状態を意味するものではありません。
わたしたちの社会が変わらなければならない、その時に教育が鍵となる。そのような教育の担い手であるファシリテーターは、基本的にプログラム・ファシリテーター、プロジェクト・ファシリテーター、プロセス・ファシリテーターなど、個人、組織、社会それぞれの学びを促進することに貢献することができる人材育成のことだと考えています。それぞれの広がりに応じて、次のような課題があるでしょう。

研修のファシリテーター
 アクティビティを創る
 プログラムをたてる
 カリキュラムを構造化する
 研修を行う

組織のファシリテーター
 議長・進行役をする
 アジェンダを設定する
 プロジェクトを進行する
 担当として業務を推進する

社会のファシリテーター
 住民参加を支援する
 ワークショップを企画する
 ワークショップを進行する
 次のステップにつなげる

グローバルなファシリテーター
 より包括的な視点・枠組みで考える
 社会参加・アドボカシーを行う
 人類共通の課題について考える社会を創る

これらの能力を身につけて行くことができるカレッジになっているかどうか、講座内容以外で、これらの能力をのばすための方法として何が考えられるかという視点も、指導者育成の2年間コースを設計していく上で重要だと考えます。
以下の項目は、ERICが指導者育成として取り組み、そしてまたそれを根拠に人に対して指導を行っている事柄です。どうすれば、以下のような力を伸ばすことができるでしょうか。講座と講座以外の双方でできることを整理していきたいと思います。

自尊感情を含め、自己形成する力

コミュニケーション能力
 報告・連絡・相談する力
 アサーション=主体的に自分の意見や感情を伝える力
 アサーションの12の権利を実践する力
 共感的に聞く姿勢
 理解しようとして聞く姿勢
 自分が理解したことと、自分の解釈や考えの違いを明確にして、相手に伝える力
 相手の表現を自分のせいにせず、分析的客観的に受け止める力
 自己卑下的な表現を含め、過去型コミュニケーションを克服する力
 未来型コミュニケーション実践力

人をファシリテートする力
 一対一で
 研修で
 組織で
 地域で
 社会で

プロジェクトや仕事の担当者としての力
 プロジェクトのコーディネーターとしてクリエィティブで効果的な打ち合わせを行う、進行管理、 情報管理、マネジメントをすることでよい内容を達成する。
 議長として議題を設定し、議事進行を全員参加で行う。
 担当としてルーティン作業の効率化によってアルバイトの力を引き出す 

グローバルな枠組み、より包括的な枠組みでものごとを捉える力

学ぶ力
 先行研究を必ず調べる習慣
 情報の3点確認法を実践する力
 学んだことを応用する力
 学んだことを人に伝える力
 自己マスタリー

思考力
 分析的思考
 システム思考
 創造的思考

問題解決能力
 12のものの見方・考え方の活用
 問題が何であるか把握する力
 問題解決のために必要なステップを考える力
 問題解決のために人の協力を得る力

企画力
 目標設定能力
 目標達成のためのステップを考える力
 ステップを踏みながら、しかし柔軟に、段階を進める力

アドボカシー能力
 社会的課題を自分の課題としてとらえる力
 問題解決のために提言する力
 なんらかの実践をする力

ビジョンとラディカル・ウィル
 ビジョンを持つ
 ビジョンを人と共有する
 柔軟にビジョンを実現可能な目標にしていく
 しかし、より大きなビジョンにいつも立ち戻る

だんだんと、わたしたちがめざすべきESD ファシリテーターズ・カレッジ for BQOEの内容が見えて来ましたね。
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by eric-blog | 2006-01-27 17:27 | ☆よりよい質の教育へBQOE | Comments(0)

親の学校参加 良きパートナーとして

119-6(561) 親の学校参加 良きパートナーとして
OECD教育研究革新センター、学文社、1998

10才以上の子どもについて、教育の責任の50%は当人にある。25%が親で、教師と一般
社会は残りの25%について半々だ。10才以下の子どもについては50%が親、25%が教師、
25% が回りの一般社会。と言うのは河上亮一『教育改革国民会議で何が論じられたか』
草思社、2000年、p.121

著者が学習意欲について言っているのか、教育内容について言っているのか、学習環
境整備について言っているのか、あるいは生活習慣一般、健康管理などの基本条件整
備のことなのか、不明ではあるが、中学校の教員である著者は、いまの日本の義務教
育が「市民的基礎」を備えて卒業するという目標を達成していない、子どもたちがひ
弱でしかも頑固に教育を拒否する傾向があるという問題提起は興味深い。

表記の書籍に戻ると、教育に対する親の関与をOECDでは次ぎのような4段階で捉えて
いる。
・全国レベルでの教育政策立案段階、あるいは委員会などに対する政治的活動
・学校委員会への代表参加
・学級での教師の援助
・家庭での子どもの学習支援
そしてパートナーシップの基本は相互の尊敬と信頼である。そこから双方が利益が得
られ、そして子どもに対する教育と支援がより効果を発揮できる。と、序文でうたわ
れている。

後書きで訳者を代表して、中嶋博さんが日本では教育行政への親の参加という視点が
皆無であったことを指摘しているが、わたしは親の側が得られる利益というものにも
着目しているのがおもしろいと思った。

本文で紹介されているプロジェクトなどで「親」の側が得られるメリットというのは
両親教育であったり、また、親の識字や生活支援を通して子どもの学習やパフォーマ
ンスも向上するというような事例のことであり、日本でも同和教育などにおいて見ら
れた視点であったろう。

そもそもなぜ親の関与が求められるのか、ということについては、以下のような理由
があげられている。30-34
・民主主義的価値として
・学校のアカウンタビリティの証明として
・消費者の選択、ニーズに対して効率的に応えるために
・基準を引き上げるためのてこ入れ
・不利益と戦い公正を促進する
・社会問題の討議
・財源
親の参加について、OECD9カ国に対する研究から得られた調査の結論は以下である。
78-80
子ども、おや、教師、地域社会は、互いに協力しあうなら、すべてがより多くのこと
を達成することができる。しかし、個々の学校はそして全体の制度でさえ、そのよう
な連携がなくても大変効果的に役割を果たし得ている。...しかし、階層化、多元化
した社会においては、若者が教育を受け、そして親が学び続ける機会を得るためには
パートナーシップがただ一つの道である。

ということで、学校の実践改善だけでなく、親の関与によって疎外された人々に力を
与え、地域社会を強化することにつながる、そしてそのことはなんの制度的資金的な
支援なしで進むものではないのだ84-85と、報告は結論づけているのである。

OECDの「人生の準備は万全?」というのも読んでみたいね。
ということで学文社にTel。なんと代引翌日配達システムというのがあり、何冊でも
本代に200円プラスでヤマト運輸を使って届けてくれるという。とはいえ、「スウェー
デンの教育」も「人生の準備は万全?」も在庫切れらしい。「親の学校参加」と「お
となの教育」の2册を頼むことにした。

◆◆◆BQOEガイドライン◆◆◆

・教育的人材育成のための2年間相当の教育課程を修了したと認められる人材を採用
する
・一人ひとりの学習者の視点から、責任あるコーディネーション、マネジメントを行

・教育目標、教育内容、教育方法に応じた適正な学級人数を実現する
・学び続ける組織の5原則を実践する【チーム学習、自己習熟、ビジョンの共有、自
己イメージの変革、システム思考】
・学習環境をすべての人のBQOLの観点から整える
・専門性、学際性、地域性、市民性、国際性などの観点から多様なリソースに対して
オープンな体質をつくる
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
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by eric-blog | 2006-01-27 16:28 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

地球と存在の哲学

119-5(560) 地球と存在の哲学 環境倫理を越えて
オギュスタン・ベルク、ちくま新書、1996

風土性、通態、などの造語と、10ヶ国語を操れるその理解の幅と。この本を読もうとすればまず少なくともこれらの基本概念について解説している『風土としての地球』を読まねばならぬ、とされる。しかし、彼の著作を読んでいると、わたしは般若心経を思い出してしまう。

人は個人でありながら、個人でない。
個人は集合の中にありながら、集合とは離れている。
そのため集合は継続しながらも、不連続である。
不連続であるから、変化発展できる。
個が死ぬことで集合が発展できる。
自然は常に変化する。
自然は人間と人間の集合によって形成もされる。
形成された自然を形成されない自然と比較することはできない。
自然はつねに相互的な関わりの中に変化しているものだからである。
個人は意識を持つが、意識できない。
意識をしない自分を意識することもできない。
知ろうとして知ったことしか、知らない、知ることができない。

和辻は風土決定論に堕してしまったというが、決定論から自由であろうとすると何を言いたいのかわからない。哲学は、いったいいま何ができるのか。

脳生理学が人間の認知アプローチのパターンを明らかにしてきた。14-1(54)
言語学によって、ことばがわたしたちの認知や社会関係を規定していることもわかってきた。14-2(55)、26-2(106)
また、からだと脳、神経、思考などとの関係も探られている。4-1(13) 、30-5(125)
古生物学や遺伝についての学問が、生物と人間の連続性、生物と地球環境との関連を明らかにしてきている。70-2(316)、76-3(353)
生物の発展は決して合理的なものだとはいいがたいことも明らかだ。70-3(317)
地球科学の側面からも、地球と生物との関係性は明らかにされてきている。9-1(34)
言語が人間と他の動物を分つものだということもそうらしい。(ヒトはいかにして人となったか)、41-5(171)
無文字を選択した社会や文化もあるらしい。47-3(196)、64-2(291)
近代科学、近代社会の限界も指摘されてきた。35-8(149)、47-4(197)
すでに、わたしたちの社会の変化は「発展」とか「進化」Progressと方向付けることはできないのだが、それでも教育は、次の世代に「超えていく」ことを期待しつつ行われるものであることも、提案されている。2-4(6)

哲学は、何ができるのか。このような幅広い認識に支えられた新たな概念の言葉を定着させ、定着させることで集合的人間の集合的意識の公共性が高まることに寄与すること。

ルビと(カタカナ)と縦書きにもかかわらずアルファベットを駆使して伝えよう、共有しようとすること、日本の読者に向けてフランス語で書き、それを翻訳することの意味とは何なのだろうか。

言葉や概念は、作られた瞬間に「分つ」側になってしまう。それがいかに包括的で相互作用的で、すべてのものを包括するための言葉であっても。

通態化Trajection
風土性を生みだす、主観的なものと客観的なもの、物理的なものと現象的なもの、生態学的なものと象徴的なものとの風土=歴史的な結合過程。58『風土としての地球』
風土Milieu
ある社会の、空間と自然とに対する関係。物理的現象的な関係。58『風土としての地球』
という定義を読むだけで、ベルクが和辻の風土の概念を矮小化した上で、通態という言葉をあえて生み出していることがわかる。それが説明のために必要な作業であったとしても、彼の生み出す新しい言葉も、同じ運命をたどることになるのだろう。
その変化に、どれほどのヒトがついていくことができ、そしてどれほどの集合的存在がその恩恵を被ることができるのだろうか。「現代思想の一到達点」はどれほどわたしたちの開発の課題に視座を与えてくれるのか。

明日の千葉大学でのシンポジウムに出かければ、わかるようになるのかな?
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by eric-blog | 2006-01-27 09:48 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

年収300万円時代 日本人のための幸福論

119-4(559)年収300万円時代 日本人のための幸福論
森永卓郎、カレル・ヴァン・ウォルフレン、ダイヤモンド社、2005

いわずと知れた『年収300万円時代を生き抜く経済学』の著者と、『人間を幸福にしない日本というシステム』の著者の対談である。果たして、わたしたちは幸せになれるのか。
日本の幸せ、というのを考えるようとするとき、わたしが思い出すのは、1990年頃、「日本人は高いものを買わされている、卸などの中間マージンがでかすぎる」というような議論が華やかだったころ、「いやあ、おれは、一つの商品が届くまでに、たくさんの人がそれで食えるのはいいことだと思うよ、そのためだったら多少高くても構わない。払えない金額じゃあないんだからさ」と言っていた人がいたこと。

確かに、それは「エコ」なのだと、わたしも納得しました。物の消費を上回る人間の労働。
ただ、もし、その中間がまったく無駄なのならば、やってる本人にも「努力」が見えなくていやな労働になってしまうと思うけどね。でもなあ、人間は、何でも、どんな方向でも「努力」の方向を見出すもんなあ。

実は、わたくし、『誰も知らない男』を読んで以来、「すべての存在は祝福されている」「生を喜びなさい」「努力しなさい」というのが「地球/ガイア」の意志なのだと、確信いたしました。そして宗教は社会や自然など、自分たちの生の構成要素間での、その時代時代の共存の知恵を説いていたものなのだと思うのです。

ということで、生き物って、それぞれに瞬間瞬間、努力しているなあ。と、ロン先生を読んでも感動しながら読んでいたのです。

努力することに幸せがある、と。

さて、経済学者やジャーナリストはどういうのでしょうか。

ウォルフレンさんの「幸福」の三分類。「ラク」「満足」「ハッピー」
居心地の良さや、欲望が満たされること、そしてそれらを得るためにがんばった結果として訪れる心理的な状態である「ハッピー」。達成感から生まれる満足感。13-15

日本人には、ヨーロッパの人に比べて「リラックス感」がかけている。30
むなしさを強く感じている。モノが与える表面的な満足を求める「貧しさ」

つまり「満足させる」ことが難しい人たちなんだな、と読んでいて思いました。「こんなもんで幸せなはずがないじゃない」と言われることがわかっていて、ふとそう気づいたときの「むなしさ」が好きなんだよね、きっと。これだけの経済大国になりながら、そしてたいていが中流でありながら、満たされることなく、「むなしい」「精神的に貧しい」という気持ちをどこかで感じたいという衝動があるのであれば、日本人のさまざまな行動はとてもよく理解できる。なんてことは二人は話し合っていないっちゅうの。

さて、二人の話は当然学校教育なんかにも向いちゃいます。森永さんは「ゆとりの教育は格差社会を確立するための陰謀だ」と言いますし、いままた中学校の教科書が2006年から分厚くなるということを歓迎しています。自分が小4の頃、海外にいったらとてもよくできる子どもだったのだ、とその頃の教育がいいのだと。ちがう、あんたは頭がいいの。だから、その頃の教育でも達成感が高かったの。その頃の学力テストは、世界的にも知識偏重で比べていたの。いま求められている力は「問題解決能力」とか「創造性」とかだったりするの。だから、その頃の教育よりもよりよい質の教育が求められているっちゅうの。戻るな、昔に。昔が「よりよかった」はずがない。課題はより高くなっているのに。

どうして、自分の経験からだけ言うのかなあ。教育についての論議って、みんな。

ウォルフレンさんは、「そうなの、官僚が格差社会を望んでいるという証拠はどこにあるのかな」なんて突っ込んでます。森永さんは、「いま、家が安くなっているけど、ローンを組めるのは公務員だけですよ」なんて説明していますが。

そして、突然ハナシは、いま森永さんが、そして多くの男性諸氏がはまっている「萌え」、アニメ、かわいい文化が日本発で世界に通用している、それがこれからの日本を救うという議論に入ります。かなり森永さんは、「日本らしさ」が現れている「萌え」が、イタリアの経済がイタリアらしさのデザインと質で好調を保っているのと同じように、これから末永く日本経済をうるおしてくれると考えているようです。

この本は「幸福論」を考えるのではなかったでしょうか。森永さん、経済学者の限界ですかね。「萌え」を支えている「かわいい女の子」「告白できず、遠くから見つめる男の子」の行き着く先に、どのような幸せがあるのか、わたしには理解できません。文化的売りとしてそれがあるということと、個人個人の成熟は違うのだろう、と。

ま、多様だからいいか。

ベルクはどこへ行ったの、ベルクは、と突っ込みたい方、少々お待ちください。という間にも、千葉大学でのシンポジウムは1月28日に迫っているし、ERICは主催研修があるので、誰も参加できそうにないわ。どうする、どうなる?

最近のわたしの「持続可能性」の指標: 具足、満足、人間味
です。
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by eric-blog | 2006-01-26 10:19 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

ロン先生の虫眼鏡PartII

119-3(558) ロン先生の虫眼鏡PartII
光瀬龍、徳間文庫、1986、原著1982

中島さんお勧めの光瀬さんだが、たぶん、彼の小説はわたしの苦手系。宇宙、戦艦、宮本武蔵。単語見ただけでご勘弁。老後の楽しみに取っておきます。なのですが、ふと、早川書房系の話題の時に紹介されていたこのノンフィクション。おもしろかったです。
すごい生物学者なんですねぇ。そして人間観察者なんですねぇ。その双方がかかわりあいながら織り成す物語テラー。風土ですね、人間の生活と虫とのかかわりは。だから20年、30年を超えて観察が完結する物語もあるのです!!!!

「イトミミズが生活できるドブを作り出すことの難しさがここにある」、天は無力のものに味方するのだと。98

子どもの生態と自然との関係にも、おもしろいものがある。「子どもたちは大自然の中にあって、見事な自主規制を行っていたといえる」206

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「経験を知識の形で保存し、応用という形で役立てるというのは、多くの経験を蓄積できるだけの期間を必要とする。生命が短いのに、経験を蓄積するなどという無用なエネルギーを使うのは効率が悪いし、全く無駄なことである。

卵の時期から死を迎えるまでの全生存期間の、各段階の生物学的比重はすべてひとしいのであり、逆に言えば、卵もひとつの個体として考えなければならない。」

なんてことをカニなどの甲殻類が、脱皮して成長するために、大脳の継続的発達をなしえない、という話題から考えてしまう人なのだ。

ロン先生にとっては、人間も虫も、ともに愛すべき存在なんだよなあ。
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by eric-blog | 2006-01-26 09:41 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)