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癒す心 治る力

106-6(500) 癒す心 治る力-自発的治癒とはなにか
Spontaneous Healing
アンドルー・ワイル、角川書店、1995

わーーーい、500冊達成おめでとうございまーーーす! 記念の一冊は何にしようか迷いましたが、元気になる本にしました。ハーバーマスは西洋中心主義だし、ウォルフレンは批判的になってしまうので。

この本はガンなどで現代医学から見放された人が直った事例などをたくさん紹介していますが、基本的に「からだは健康になりたがっている」。昨日紹介した自然界の秩序の根源が、わたしたちのからだに備わっているということなのです。

そりゃそうだよね。不健康な状態を喜ぶからだはないですよね。引用はしなかったですれど、『持続可能な未来のための教育』の第11章は先住民から学ぶという、さすがオーストラリアで編纂されたものだなと思う章なのですが、そこに教育についての考え方の特徴が紹介されています。神聖なものと世俗とを分たない。精神性も扱う。口承や習熟など、からだで伝えること、からだで学ぶことを大切にしている。などです。

日本の教育も、そういうことを大切にしないとだめだよね。子どもは健康でいたがっているのだから。『教育への告発』で竹内敏晴が、自分の子どもが日本の学校なんかに行ったら、殺されてしまうのではないかと案じていたのだが、子どもはすべてを遊びにして、楽しんでしまっていたというような紹介がありました。人間の力ってすごい。

ということで、この本には治癒した事例と、治癒系を阻害する要因と、治癒系を活性化させるための知恵と、これからへの提言が詰まっています。

知恵というものは、備わっているものであり、恵まれているものであり、自分の中に発見すればいいものなのですよね。自分が健康になりたがっているのですから。知識というのは思考の産物なんですね。そして思考に耽溺することは悟りへの妨げだと、仏教は教えていると。
277
注意が思考に集中してしまうと、現実が経験できなくなる。思考はわれわれを「いま、ここ」から、過去へ、未来へ、幻想へ、連れ出してしまう。思考は...治癒の妨げになり、苦悩の原因となる、感情の源泉なのである。
思考を止めることは不可能だが、思考から注意をそらすことは可能である。からだの感覚に注意を集中するのも、その方法のひとつだ。...こころが過去や未来にさまよっているあいだも、からだが「いま、ここに」しっかりとつなぎとめてくれる。
278
もうひとつは呼吸。呼吸が瞑想のいちばん自然な対象であり、注意の対象としては思考よりもはるかに安全。
瞑想は思考への耽溺を打ち破る技法であり、その本質は一定方向への集中にある。

実は、この本には「確実に黄金をつくる秘訣」も紹介されている。ジョークですがね。今度、お会いした時のために、とっておきます。むふふふふ。

阻害するもの8つ。(第8章184-193)
・エネルギー不足
・循環不全
・浅い呼吸
・防衛障害
・有害物質
・老化
・心理的要因
・精神的霊的な問題

治癒が起こりやすい食生活というのは、もういまであれば、よく聞くことだ。野菜をたくさん、新鮮な果物。たんぱく質は控えめに、しかも魚やダイズから。
ブロッコリーとマイタケ、らしい。マイタケは日本産の、いまは栽培可能なキノコ。発見すると舞い上がって喜ぶといわれたところからマイタケなのだと説明されている。
このいくらでも食べられるブロッコリー料理は紹介しておかねばならないだろう。わたしはウノのブロッコリーの冷菜が好きなのだが、今度レシピを聞かなくちゃ。

下準備の詳細は略。
・1/4カップの水を入れた鍋に、オリーブ油大匙1、塩、刻みニンニク4.5片。3-4分ふたをしてゆでる。お好きな歯ざわりになったら、ふたをはずし、残りの湯をとばす。216

さあ、そして医学教育への提言だ。387
□機械論・二元論的な科学概念にかわって、新しい科学モデルを意識した科学教育。
□中国伝統医学などの主要な治療法の発展に言及した医学史教育
□自然治癒力を重視した教育
□心身の相関性をを重視した教育。観測者と被観測物、プラシーボ効果、物理的な現象の非物質的原因
□身体についての知識に加えて、心理や精神性/霊性にかんする教育も
□知識の暗記量を減らす。知識の基本的構造と、理解する方法を身につければ、詳細は自分で調べられる。
□栄養・運動・リラクセーション・瞑想・イメージ法などの訓練の場を提供する。学生の評価は知識量だけではなく、健康的なライフスタイルの実践の度合いによっても行われるべき。

教育は健康と健全さを扱うものだ! 病気指向モデルの医学アプローチなどに学ぶべきではない。医学すら、健康さに着目しているのに。

人は健康になりたがっている。
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by eric-blog | 2005-10-29 09:19 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

SYNC シンク

106-5(499) SYNC シンク なぜ自然はシンクロしたがるのか
スティーブン・ストロガッツ、早川書房、2005
SYNC The Emerging Science of Spontaneous Order, 2003

『ノアの洪水』『縞々学』などをご紹介いただいた増川さんの書評にあったもの。早川書房は、この系のものについて翻訳権を独占する会社なのだなあ。

津村喬さんのワークショップを受けた時に、生まれた時、受精卵の段階から始まっている波動、周波があって、深い瞑想に入れば、その鼓動を感得できることもある、と、難しいけど、と言われていたことを思い出した。

「宇宙の心臓部では、...鼓動が鳴り響いている。それは同期したサイクルだ。」9
熱力学法則では、自然はいっそう高いエントロピー状態へ向けて退化していくべきなのに、宇宙は壮麗な構造である。秩序の発生メカニズムはまだ解明されていない。

なるほど、科学は、構造を解き明かすだけではなく、その構造の成り立ちも追及しているのだな。

ヒトが意識的に同期するのを好んでいるというのは理解できるにしても、意識を持たない実体の間で、なぜ同期が起こるのだろうかと。そして現に同期は起こっているのだ。

わたしたちの意識の営みが、これらの無意識の同期というメカニズムに支えられているというのはすごいことですね。意識というものすら、無意識の上に据えられるものではなくなっていくまでに、相対化されていく人間という存在であることに、驚きますね。
人間の知覚もニューロンが同じキーで反応をした時だという。

「自然を細かく切り刻むようにして研究してきた人類は、ここへ来てようやく、そうしたピースを、元の形に組み上げる方法を模索し始めている。」425
サイバネティックス、カタストロフィ、カオス、コンプレックシティというcことばが、そのような科学の試みを代表する理論であった。しかし、秩序の源を探れば、宇宙のなぞがわかるかもしれない、という直観に導かれて、科学は発想の転換をしようとしている時代なのだと著者は言う。

で、この著者が同期の問題に目を開かれたのが「科学I」の授業で振り子の振動周期をグラフに落とした時だというのだから、おもしろい。「みんながその授業から、同期の科学者になるわけではない」のだから。
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by eric-blog | 2005-10-28 08:21 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

教育への告発

106-4(498) 教育への告発
岩波講座 現代の教育 第0巻、1998

予告です。来週はウォルフレン特集です。
で、ひっかかってきたのがこの本。31人の人が書いている。平井雷太さんや、CWニコルさん、網野善彦さん、竹内敏晴さんなど、知った名前も多い。
まだわたしはご本を読んでいないのだが、時の人、日野原重明さんも「医療教育の問題点」という一文を寄せておられる。

編集委員は6名。真摯に教育改革を求める人の心に届く講座を編纂しようとこころがけたという。あ、なんだ、危機と改革というのは全集そのもののサブタイトルなんだね。

0 危機と改革 教育への告発 佐伯 胖/〔ほか〕編集
1 危機と改革 いま教育を問う 佐伯 胖/〔ほか〕編集
2 危機と改革 学校像の模索 佐伯 胖/〔ほか〕編集
3 危機と改革 授業と学習の転換 佐伯 胖/〔ほか〕編集
4 危機と改革 いじめと不登校 佐伯 胖/〔ほか〕編集
5 危機と改革 共生の教育 佐伯 胖/〔ほか〕編集
6 危機と改革 教師像の再構築 佐伯 胖/〔ほか〕編集
7 危機と改革 ゆらぐ家族と地域 佐伯 胖/〔ほか〕編集
8 危機と改革 情報とメディア 佐伯 胖/〔ほか〕編集
9 危機と改革 教育の政治経済学 佐伯 胖/〔ほか〕編集
10 危機と改革 変貌する高等教育 佐伯 胖/〔ほか〕編集
11 危機と改革 国際化時代の教育 佐伯 胖/〔ほか〕編集
12 危機と改革 世界の教育改革 佐伯 胖/〔ほか〕編集委員

1998年から7年、この講座はどれほど役に立ったのだろうか。
ひとつすぐに現れる疑問は、「なぜスタンダードに合意できないのか」である。並列主義が目に付く。参加型学習によって、さまざまな意見の中から、自分自身の教育の現場についての認識が像を結んで行くというような伝え方をしているのであれば並列主義も、たくさんの情報があるのもよい。しかし、これではこの講座は知識主義に陥っているだけだというそしりを免れぬ。教育改革のロードマップを描こう!!! 教育改革に向けて「動くからだ」をみんなで創ろう! クオリティ教育、クオリティ指導者なくして、わたしたちのBQOLは達成できないことは明らかなのだから。あきらめないぞオー。

象徴的な話がひとつありました。「教育市民運動10年の果てに」です。清野初美さんという方で、教育問題研究家として現在のご活躍中なのでしょうか。
子どもたちの人権という観点から小学校の制服を考え、中学校の丸刈りを考え、いじめ問題を考えるというような問題告発型の運動を1987年から10年続けられて、広島大学の広瀬俊雄さんのシュタイナー教育に出会う。「あるべき教育の理想の姿を具体的に知っていないと変革のエネルギーなんか出てきませんよ」という彼のことばに告発からビジョン系の運動へという変換の必要性を自覚する。

という流れが非常にうまくまとめられています。
1989年の本多勝一『子どもたちの復讐』が参考図書として紹介されています。そのころ学校で学んでいた子どもたちもはや30歳から38歳ですよ。あなた、あなたのことですよ。どうだった学校? どう人生? って全員に聞きたいぐらいだよね。

そんなもんなんです。みんな通過して、そこそこ人生送るので。教育運動が継続しないのは、学校は通過点だからなんですね。とはいえ、持続可能な社会に向けて、教育の質的向上は必須なので、エネルギー政策、温暖化対策などの変革に取り組んでいる諸氏たちを見習って、「教育改革のロードマップ」を書くぞ。

なんて、時間がかかるんだ、日本は。保守化への変化は早いように思うのはひがみか。
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by eric-blog | 2005-10-26 07:56 | ■週5プロジェクト05 | Comments(4)

近代とは何か

106-2(496) 戦争と性 近代公娼制度・慰安所制度を巡って
川田文子、明石書店、1995

従軍慰安婦関係の書物をたくさん出しておられる方。先週の金曜日のWAM de videoの時の話者であったので、参加できないかわりに本を読んでおこうと思って、読んだもの。

『女という文字、おんなということば』なども借りたが、慰安婦の方の証言に関わるところは共通だ。最後の結びのことば「被害者の心に届く解決の方法」を見出すことが残された課題なのだという、宿題の重さはいまも晴れていないのだろうな。222

図書館のリサイクル本で『海軍慰安所「海の家」』などという本も見つけましたが、こちらは上海に設置された、まったくの軍隊お抱えの公娼所。日本から連れてこられた女性たちが、仕事としてやっている。著者は戦争の非人間性を怒ってはいるが、慰安所そのものは韓国朝鮮、中国、台湾の女性たちが連行されていった先とはずいぶん違う印象だ。15歳の少年から見える世界は限られているということかな。

106-3(497)近代社会と格闘した思想家たち
鹿野政直、岩波ジュニア新書、2005

鹿野さんは、『いっしょに考えて! 人権』でも歴史の学び方のところで引用させてもらった人の一人なので、その歴史観には共感するところが多い人だ。
この本は二つの焦点から編まれていて、それぞれにおもしろい。
・私事は歴史にならないか
・近代の相対化
公害、大学紛争、ウーマンリブ、ベトナム戦争など、近代を問い直すうねりがある。『近代日本』『近代思想』『近代女性』などに対して「女たちの近代」「日本の近代」と相対化できるようになった。7

文化、命、存在、戦争と建てられた4つの柱に、それぞれ5人から7人の人々の「私事」が書かれている。「公事に尽くした「立派な」ひとで埋め尽くされた」歴史ではなく、と冒頭で言う割には、華やかな人選なのである。問題意識と人選との間にずれを感じつつ、ちょっと読んではみようと思っています。
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by eric-blog | 2005-10-25 09:17 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

沈黙の向こう側 追加

沈黙の向こう側

この本のインタビューの方法について、引用していたと思っていたのに、見つからない。再度借り出して、今度はファイルも別にして、って、そんなに長くないんだってば。

「客観性を装わない個人的な歴史の本」37
だとご本人は位置づけている。
オーラルヒストリーの聞き取りは、フェミニスト歴史研究家に力を与えてくれるものだった。...インタビューする相手の経
験を自分の理論を構築するためのただの「生きた資料」にしてしまわないために、歴史家たちはどうすればいいのだろうか。...37
研究の成果を受けてに還元する。こうした試みは、...証言収集という行為に内在する力関係を変えることはほとんどできない。語り手が聞き手に話をしたずっとあとまで、その人々の声は聞き手の著作の中に行き続け、聞き手の出世を助けるだろう。そして著作の中の人々は聞き手がかかわった時点のままであり続けるが、実際の彼ら・彼女らははるか後方に遠ざかってしまうのである。...自分が影であるようなふりをするのをやめ、私が聞いた話を中心に据え、私がそれについてどう感じたか、そして感じ続けているかをまわりに配するという試みだった。38

課題に対する答え半分、と言ったところですね。
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by eric-blog | 2005-10-24 11:30 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

黒坂愛衣のとちぎ発<部落と人権>のエスノグラフィ

106-1(495) 黒坂愛衣のとちぎ発<部落と人権>のエスノグラフィ
Part 1 部落へ飛び込む
コメンテーター 福岡安則、2003

2002年から2003年にかけて部落解放同盟栃木県連事務局で、バイトをしながら書き綴ったフィールドノート。大分県の連続講座の6回7回を引き受けるのですが、その講座の3回目に講師として黒坂さんが来ておられ、どんな内容なのかをチェックするために、とりあえずPart1を購入。ちょっと読んでみるとPart3まで内容的にも関連しているようなのですね。

綴られているのは県連の事務所でのことや、県連主催事業の模様、県連が連帯しているさまざまな人権問題についての学習会や連帯行動などへの参加、そして、「秘密」。

当然、フィールドノートを書くにあたり、自分の立場性をどこに置いておくのか、がいつものように問題になるのですが、力は「声を届けることのできる人の数」によって決まるわけですから、「社会学」そして「出版」という力を持った人の側が「力」の側。
そして、その「力」をどのように、何のために使ったか、ということなのですが、これを読む限りでは、黒坂さんが社会学修士号を得た、あるいは得ようとしている、という以上の成果はないように思います。

ご自分自身の伯父さんの差別発言に発奮して、修士課程を一年延ばして県連でのバイトを決めたこと、(ま、そんなに簡単ではないのだが)そして福岡さんには「伯父さんにこのノートを見せて、どういうコメントをもらうのか」207が勝負だと励まされる。

黒坂さんの前にも栃木県連で参与観察の試みをされたのが、いま中央本部に勤めている内野さん。など、生々しい人たちの名前がどんどん出てくる、その中で、やはり、評価は何に向くのかと言えば、making of 社会学者としての黒坂さん、なんだろうな。と。
こんなフィールドノートのつけ方にどんな意味があるのか、とか、人の名前をずらずら出して、感想を連ねて、どんな意味があるのか、とか、「秘密」にしたいようなことを「書く」ことの『言説成立の非対称性』についての検討とか、を「社会学的」に福岡さんとともに行って行くこと、それがひとつの挑戦なのだと思う。おもしろい。そして、福岡さんは英語でこのエスノグラフィティを出版したいという希望も、開始から1ヶ月ほどの段階で見通しとして出されています。

運動にとって、そして部落差別にとって、黒坂さんの一年というのは、「声」の代表性ほどには、現実の歴史の刻まれようにとっては、力の格差があることではないことは明らかだ。その現実、実存こそがすごいと思う一方、では社会学とは何なのだ、と感じはします。

としか言えないほど、県連の仕事や解放同盟の運動については断片的にしかわからない日常なのです、Part1では。なんかなあ、書かれている側の人たちへの「覗き見趣味」的になってしまうところ、「分析的」なところが、いやですね。やっぱり、「語られる」側におかれているということが。それは、黒坂さんの、というよりは、福岡さんの、コメントの、ですけれどね。誰か、Part2.3を読んでいただけるとうれしいな。とりあえず、買ってはおきます。

あ、県連の日常の中にやっぱり「参加型人権学習」は出てきますね。参与観察中の体験以外のところでの黒坂さん自身の桜井高志さんや姫野伴子さんのワークショップ参加経験と合わせて紹介されています。272-275
名前は伏せられている(「福岡先生のアドバイスにより」)が、この紹介で「ヒト」が特定できないってことはないだろうなあ。

女性の運動団体への参与観察の本として 92-2(428) 「女性への暴力」も参照してみるとおもしろいかもとれない。
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by eric-blog | 2005-10-24 09:43 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

ESD ツリーニュース no.2 (抜粋)

 3.初等教育教員志望者への環境教育プログラムとしてPLTとProject Wildを
半数が利用〜全米教職課程専門家の聞き取りから

PLTメルマガから,アメリカにおける初等教育教員養成カリキュラムに環境教育の
視点や実践を取り込むにあたっての方法,課題,アクションステップを調査した論
文を目にしました。全体としてレーガニズム以降の教員養成に関わって大学,州
政府,学生等の対応の変化に伴う環境教育指導者の苦闘を物語るものになってい
ますが,ここでは指導者が用いている環境教育プログラムにPLTの利用者が多いこ
とに気づいたので,その部分に焦点を当て要点を紹介します。

論題「初等教育志望者のための環境教育:教職コースにおける環境教育的視点の
導入に関する当事者の見解」

論者:A.L.パワーズ

出典:「環境教育ジャーナル」(2004,第35巻,3号)

・論者は2001年から2002年にかけ,全米4地域から,初等教育教員を目指す学生に
社会科及び理科教育で環境教育の実践を行っている指導者18人に聞き取り調査を
行いました。聞き取りのポイントは次の3点です。

1. 環境教育論或いは実践はどのような形で取り込んでいるか

2. 環境教育を取り込むに当たっての障害となっているものは何か

3. 障害を乗り越えるためのアクションステップとして有効な手段は何か

・聞き取り結果の質的データの処理をとおして全体として浮かび上がってきたこ
との二つを記します。

㈰ 教職コースを担当するすべての指導者は,環境教育的視点を自らの教授内容に
盛り込むことの強調

㈪ 環境教育は初等教育カリキュラムに重要な位置を占めるべきことへの賛意

・環境教育は教職コース全体を通じて実現されなければならないことへの賛意を
もとに,指導者が環境教育の理念を伝える方法として次の4つに集約されることを
報告します。

㈰ 野外での実習と学び

㈪ リソースの共有

㈫ モデリング

㈬ 身近な地域での学び

------------------------
今週末に発行される環境教育系のニュースからの抜粋です。
環境教育の指導者育成の教育課程の半数でPLT/WILD/WETが使われているというのは驚きですね。
メルマガの講読申し込みはERICのホームページから!!


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by eric-blog | 2005-10-21 16:10 | △研修その他案内 | Comments(0)

新しいコミュニケーションとの出会い

105-3(494) 新しいコミュニケーションとの出会い-ジェンダーギャップの橋渡し
ラモーナ・R・ラッシュ、ドナ・アンナ、垣内出版、1992

図書館でおもしろいと思って借り出し。出版年をチェックしなかったので、少々旧聞。複数の論文のコンピレーションなので、ほとんど内容は80年代。

参加型の研修を行っていて、うれしいことは、一人ひとりの人と丸ごと出会える、一人ひとりの成長や変化に、その一瞬であっても、丸ごと付き合えるということです。学校という現場は、参加型研修そのものの連続です。だから、質の高い教員の資質育成のためには参加型研修のノウハウが不可欠であるのです。

13本ある論文の中で、参加型にかかわるものに触れているなと思った一編を紹介します。
第8章 人間的交流を通じての社会変化
-聴くことは話すことよりも人を動かす-
マーサ・スチュアート
177-208

・貧しいコミュニケーションでは、絶対的な二者択一しかできない。
・細かい段階は払拭される。
・何か、ではなく、なぜかについて語ること

開発の仕事に伴うコミュニケーションのほとんどは貧弱だ。
・選択の幅を広げるよりは制限しがち。
・双方向であるよりは一方通行、上から下へ、都市から地方へ、専門家から末端へ、政府から国民へ down and out
・情報伝達者こそが真理
・書き言葉の偏重
・読み書きができなければゲームに参加できない
・青写真とおりやったかどうかが成功の目安
・計画が開発を支配する
「するかしないか」の二者択一、操作的で観念的
「成果をあちこちに運びうるコミュニケーション。...人人に道具やアイデアや他人の経験を伝え、自分たち自身で問題解決に至るようなコミュニケーションによる方法。」

世界は全体的な傾向として、権威と統制という支配から、情報と選択という形態へと向かっている。183
相互に満足しうる選択に到達するためには、情報や見解を共有しなければならない...私たちはまさに、仲間の話をいかに聴くかということを学びつつあるのだ。183
開発は関心の共有を前提としなければならない。184
人々が自分たちの心の中で思っていることはすべて、中央当局の枠組みとまさに同じくらい重要なのである。結局、開発とは、人々に対して、彼らが自分たち自身の生活をデザインできるのだということを伝え、またそのことを援助するような道具を提供することなのです。このようにして、つまり、同時に与えたり、もらったりすることで、人々の精神的な安定が維持されるのである。184
情報を統制の道具ではなく、選択すべき生の素材として考える
コミュニケーションは、生の素材を配布できるような多方向的な網の目。
この新しいコミュニケーションの原理は
・送り手と受け手との間の平等
・話すと同じくらい聴く
・関与と新しい精神構造を必要とする
・人々がいるところから始める
・観念だけでなく、感情にも関与すべきである。伝統的なコミュニケーション・スタイルはずっと、いかなる感情や情緒をも払拭することで、ものごとをきれいに片付けようとしていた。186
・進んで真実に迫る。自分自身の真実だけでなく他人の真実に対しても、自分自身を閉ざさないこと。187

著者はメディアプロデューサーとして『あなたは耳を傾けていますか』というテレビ番組の制作にかかわり、「新しいコミュニケーション」のツールとしてのビデオの効用をこの後説いています。

なんかなー、わたしはビデオは苦手なんだよね。エンパワメンと・エバリュエーションの彼も、当事者に評価のためにビデオを使わせていたなあ。
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by eric-blog | 2005-10-21 09:28 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

ESD ファシリテーターズ・カレッジ オープンゼミナール

かくた@ERICです。

ERICが進めているESD ファシリテーターズ・カレッジのオープンゼミナールの案内で
す。
質の高い教育、クオリティ・エデュケーションはクオリティ指導者から。
人材育成のあり方についてのESD-Jの提言力が求められていると思います。

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ESD ファシリテーターズ・カレッジ オープンゼミナール
----英米に見る教員のクオリティ向上政策-----

2005年10月29日(土曜日) 18.00-20.00

OECD諸国はいずこも教育の質的向上のために教員養成の内容と方法・システムの改善
に取り組んでいます。日本の文部科学省も、今年から大学・大学院を対象に「「資質
の高い教員養成を目指す高度・実践的な取組支援」に取り組み始めています。

ERICはPLTの日本事務局として米国の取り組み状況およびワールド・スタディーズ・
トラストおよび英国DEAのネットワーク団体として英国の取り組み状況などについて
の情報が入って来ます。

ESD推進の10年の中核をなす事業が指導者育成です。学ぶべきところは学び、変革す
べきところは変革する、それが「未来を拓くための教育」に求められるのではないで
しょうか。

御参加御希望の方は、ERICまでお申し込みください。

eric-net@try-net.or.jp

参加費 資料代として500円

参考 レッスンバンク17号『教員養成の質の高め方』
MPI
Supporting the Standards
NCATE EE Standards


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レッスンバンク17号の案内がERICホームページにアップされました。
今回も、戦後60年わたしたちの人権意識は向上したのかを問う「カウラの大脱走」など、問題意識がぎっしり詰まっています!ぜひ研修・授業案の参考にしてくださいね。
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by eric-blog | 2005-10-21 08:20 | △研修その他案内 | Comments(0)

レオニーの選択-18歳の少女の<政治>への旅立ち

105-2(493) レオニーの選択-18歳の少女の<政治>への旅立ち
ブルクハルト・ヴェーナー、光文社、2000

『ソフィの世界』というのが1995年に出されていますが、それは哲学するこがなぜ人間にとって重要かを物語を通じて教える試みでした。やっぱり哲学の歴史について「教科書的」な傾向があってわたしはあまり好きではなかったのですが、当時とても売れたように思います。

『レオニーの選択』は、同様に、民主主義について物語を通して教えるためのものです。やはり歴史を遡り、アテナイから説き起こし、教科書的である部分はやむを得ないのかな。レオニーは、若い熱意で、民主主義を信じている行動派。その彼女が政治的な陰謀のうらを探るという探偵小説仕立てでもあります。

「日本語版に寄せて」の冒頭で著者は「わたしたちは、民主主義の社会に生きていることを感謝しているでしょうか。」と問います。

民主制というのは、民衆が民衆自身を統治すること。民主制では民衆は権力を握れば握るほど、その分だけ自由を失う。集団の圧力が強まって、一人一人の自由が失われる。33

民主主義が多数決原理でならば、少数者とどうかかわるかがその大きな弱点のひとつである。「数の上での多数者がほんとうに民主主義を尊重する気持ちがあるのかどうか、民主主義によって少数者の抑圧に待ったをかけられるのか、わたしたちにはわかっていないのだからね」44

現代の国家は、...市民サービスの役目も引き受けるようになってきている。国は道路や水道などの社会の基盤を整備しなければならない。...それに最低限の社会的な公正さを欠かさないためには、豊かさを再配分しなければならない。かつての大家族のような、個人がいざとなったら頼れる強い絆で結びついた生活共同体が次々と姿を消して行く現代社会では、いま言った役目はだんだん大切になってきている。46

政治が扱わなければならない課題が
・安全保障
・財産、利益の保護
というものに加えて
・問題解決 環境問題
も大きな柱として出てきた。

一方で、政治が民主主義を装いながらも、特定の利益誘導を追及していたり、政治家個人が見えにくくなってきたりする中で、政治運動そのものは「感情に訴えかける」ものになってきている。281
娯楽的、イデオロギー的理念、そして感情移入をねらったもの、という三つが上げられている。感情移入ということばには「アイデンティフィケーション」とふりがなが打ってある。イデオロギーという世界観とそしてアイデンティティという同一化。それがいまの選挙戦だという。
利害がからむ問題ですら、長い目で見てほんとうに得になる政策はなんなのか、わかってもらうのが至難の業になりつつある。285
話とオークションだけで、実体がない、それがいまの政治だと。実践的な政治への市民不在の政治だと。

現状の分析だけで終わっては、暗いばかりだが、後半で、ではどんな民主主義がよりよい形の民主制なのかと、「新しい民主主義の夢」が上げられている。
・国民を代表し、問題解決の手法を持つ
・権力をもっと知的に配分する
・人材を育てられる
・これからの世代の居場所がある
・公正の問題が多数派次第にならない
・なんでも屋ではなく、専門家を活用する
・理解の届く問題については国民投票にゆだねる
・国境を越えて働く
・世界が有機的に育ち合える
・有権者の満足を確認する
・若い人が興味を持てる
449

民主主義にとって教育は必須。にもかかわらず民主主義を教えない教育になっていないだろうか。そんなことを考えた。
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by eric-blog | 2005-10-20 09:46 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)