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たったひとりのクレオール

98-2(454) たったひとりのクレオール

上農正剛、ポット出版、2003年、2005年第二版

耳の聞こえない人に、音声で情報を伝えるのは難しい。しかし、これまでの聴覚障害
児教育では、口話の読み取りと発話の指導にこだわってきた。その結果、きちんと音
声と読み取りで話し合えるのは限られた関係でのみ、という、孤立と、その限られた
他者がいなくなってしまうことで「たったひとりの」のコミュニケーションツールと
なってしまう現実があった。
この本は「聞こえない」という状況についての正確な理解とその上での教育的てだて
のあり方を示すものです。同時に、人間のコミュニケーション能力についての斬新な
視点を与えてくれる。
私たち人間には、自分たち自身のコミュニケーションを成り立たせ「語彙」と「文法
構造」を備えた独自の言語共同体を生み出す力がある。教育に必要とされる配慮は、
その力を発揮することができるように手助けすること、ある言語共同体がより広い言
語共同体と対等に出会えるようにすること、また、多様な言語共同体と交流できるよ
うにすることなのだと思う。

--------
以上が今日の「本トのインタビュー」でわたしが紹介した内容です。536ページもあ
る分厚い本で、池袋のジュンク堂の特設上野千鶴子書店に「当事者研究」本コーナー
に並べられていたもの。

それぞれが『子どもの危機』『自分で決められない人々』などをインタビューした三
人が話し合った結果は、「人の育ち方」と「コミュニティ・ワークス」の原則でした。

つまり、人はコミュニティで育つのですが、そのためにはコミュニティがしっかり機
能している必要がある。それはどのような機能なのか。人が安心していられるところ、
自分を発揮していられるところ。コミュニティに求められる機能としては、まずそれ
があるのだということでした。

それ以外の「枠」のおしつけは、いまの社会においてはとても危険な面が多くなるこ
とがわかります。

ではでは。

-------- アサーションの12の権利---------
わたしには、日常的な役割から自立したひとりの人間として、自分で物事の優先順位
を決める権利がある。
わたしには、賢くて能力のある対等な人間として、敬意をもって扱われる権利がある。
わたしには、自分の感情を言葉で表現する権利がある。
わたしには、自分の意見と価値観を述べる権利がある。
わたしには、「イエス」「ノー」を自分自身で決めて言う権利がある。
わたしには、間違う権利がある。
わたしには、考えを変える権利がある。
わたしには、「わかりません」と言う権利がある。
わたしには、欲しいものを欲しいといい、したいことをしたいと言う権利がある。
わたしには、ひとの悩みの種を自分の責任にしなくてもよい権利がある。
わたしには、周囲の人から認められることを当てにしないで、人と接する権利がある。
わたしには、アサーティブでない自分を選択する権利がある。
-------------------------------------------------------
わたしたち一人ひとりが変わることができれば、
わたしたちの社会は変えることができる
Change is possible!
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by eric-blog | 2005-08-31 20:32 | ■週5プロジェクト05 | Comments(2)

「歴史の終わり」と世紀末の世界

98-1(453) 「歴史の終わり」と世紀末の世界
浅田彰、小学館、1994

韓国ツアーで、コモンズという出版社の大江さんとご一緒した時間があった。わたしが「最近1990年代に出版されたものばかり読んでるんですよね」と言ったら、「具体的にどんな本? 」と訊ねられた。そういう時に、わたしの記憶力は弱いんだよね。直感的印象をまとめてしまうだけの情報が集まると、具体は覚えない、あるいは覚えきれないほどになると上位のラベルをはってしまう。うーーーん、最近の本は、読んでいないというだけのことかな。

いずれにせよ、これも1994年の出版。とはいえ、逆に70・80年代の論考として著名な方々とのインタビュー集。インタビュアは『構造と力』1983『逃走論』1984で有名になった方、らしい。

11人中、わたしが関心が持っていたのはフランシス・フクヤマとエドワード・サイード。
フランシス・フクヤマは、民主主義と資本主義という最終型への到達によって、政治的イデオロギーによる歴史は終わったと主張している人であり、わたしは、その考えに影響を受け、結果、「環境と人権を指標に、ていねいに社会を改革していくことへの参加」の時代に入ったのだと、ESDの課題を理解するに至ったわけです。

浅田は、そこから次のような課題が出ると指摘します。28

「歴史的闘争の緊張から解き放たれた人間は、安逸と退屈のなかで、ニーチェのいう「最後の人間」(末人)のような存在へと退化してしまうのではないか。
人から人間として認められたい「気概」が歴史運動を再開させるのではないか。

フクヤマは日本人が経済的な回路で「気概」を維持しているとその「人間的」なアプローチを指摘する。30
しかし、それも浅田の指摘によると「文化に関する限り、すべてのパターンはすでに出尽くしており、われわれにできるのは、それを適当に引用しリミックスして消費することだけだ」となる。「すべてを記録したテープが際限なくリプレイされているのを眺めているポストモダン文化」

「優越願望」と「対等願望」 「気概」
megalothymia, isothymia   thomos

個人の成熟というストーリーがなぜこんなにも欠落するのか、わからーーん。
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by eric-blog | 2005-08-29 07:46 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

『空とぶメダカ』と『ヤイロチョウ』

『空とぶメダカ』と『ヤイロチョウ』
中村滝男、ポプラ社、1999年、2001年

ゲストにお招きした中村さんの著書。実は『メダカ』が先で、『ヤイロチョウ』が後。しかも、ヤイロチョウにひかれて山口から高知の大学に進学したという中村さん本人がヤイロチョウを見ることができたのは1995年。25年目のことだったのですね。

その持続力に脱帽。それはメダカについても同じこと。メダカの種は多くは熱帯に生きる熱帯魚。ニホンメダカはその中でももっとも北に分布するという。
それを可能にしているのが田んぼ。流れがなくて、ぬくぬくとした日向水の温かさとたくさんの水生植物が提供してくれる隠れ家。それが田んぼ。
1994年にメダカトラストを始めたとき、見つかったメダカの楽園は、それぞれ数ヶ月、一年、数年、そして一週間後には埋め立てられ、造成される運命にあった。そこで、県立女子大学建設予定地、つまり一週間後に造成となっていた場所で、「メダカ救出大作戦」を呼びかける。冬の間を越すための小学校のプールが提供され、とりあえず3回に分けての救出作戦。

日本から田んぼがなくなり、コンクリートで覆われて行く、その間にメダカはすむ場所を追われて行く。小さな小さな水溜りにでも、水鳥の足に卵がくっついて移住できる適応力の高さは、コンクリートの水路には無力なのだ。

ヤイロチョウの巣を探すことはしなかった中村さんも、保護のためにはもっとその生態を知る必要にかられ、その巣作り、子育て、巣立ちと観察し、解明していく。しかし、いまだに「渡り」はなぞだ。どこから日本へ、そしてなぜ日本で子育てなのか。

身近な「なぜ」がこんなにたくさんある。そして、その「なぜ」を知る前に行動してしまっているわたしたちがいることに、やさしく、おだやかに気づかせてくれる本だ。人間が管理して作ってしまうものの単調さに気づいた都会のローカル・ウォークの後に、この本は貴重だ。
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by eric-blog | 2005-08-27 19:01 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

中村さん、ありがとうございました!

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環境教育ESD fc at ERIC
2005年8月23-25日

参加者 11名、2日目にゲスト1名

2日目 「フィールドやゲストを活かした環境教育のあり方」
セッション6 「中村滝男さんをゲストに」

懐かしい人をお招きしてお話を聞くことができました。再び日本野鳥の会に戻って専
務理事として活躍されている中村滝男さんです。いま54才の彼は、わたしと環境保護
運動に関わった時代が共通している。そして、1970年代から80年代が「怒り」と「戦
い」、そして90年代以降は、「相互の信頼構築へ」という変化があると、同じような
認識を共有していることが、とても嬉しかったです。

ヤイロチョウという鳥に惹かれて、山口から高知へ、そして高知の野鳥の会設立。31
才で高知県緑の党設立、市議会議員に当選。行政と立法府の関係とマネジメントにつ
いて学べたことは良かったが、政権党でないことの限界も知った。県議会に立候補し
て落選。野鳥の会の職員になってしばらく東京で活動。かすみ網の問題に取り組み、
マスコミで取り上げられても「世論」とは認識されないことを知り、国会議員に委員
会で質問をしてもらうように、彼等のための質問書を書いた。結果、誰もが驚いたこ
とに「かすみ網」は所持も禁止に。「麻薬と銃」以外で所持禁止となったのはこれが
始めて、という意義は大きいなあ。

ヤイロチョウのことが気になって、高知に戻り、ヤイロチョウの学名から名前をとっ
た「お菓子のピッタ」を開く。ヤイロチョウを町の鳥にしている大正町とのつながり
ができ、8年通ってトラストのための土地購入ができるまでの関係に漕ぎ着けた。ポ
プラ社から『ヤイロチョウ』という絵本も啓発のために出版した。

環境教育の指導者に求められる力、として中村さんは「地域に信頼されること」をあ
げる。いまは「メダカ・トラスト」という子どもたちといける場づくりのための活動
も行っているが、「小さい」という意味で「メダカ」と名づけたのに、メダカ好きが
集まってきた。彼等は「子どもが遊ぶのがいかん」「鳥に食べられるのがいかん」と
うるさい。そこで絵本。『空飛ぶメダカ』メダカの卵がサギなどの足にくっついてよ
り高いところの田んぼにまで広がって行くメカニズムを見せた。鳥好きと魚好きとの
ナイス・コラボレーション。

すべてを「必要に迫られて」やってきただけだ、と中村さんは言う。子どもには「勉
強するな」「学校へ行くな」「学ぶというのは自分からやらなければ意味がない」と。

英国のナショナル・トラストを訪ねた時に、「行政とわたしたちの活動の違いは何か」
とクイズを出された。答えは「我々はforever。変わらない」。行政は政治的に変わっ
て行くが、団体は変わらない。110年目の団体の自信がそこにある。

そんな長い目で見るようになると、戦うこともなくなってきた。そして信頼を希望へ
と、つなげていくために、「人間を磨くこと」。そのためにも「声で伝えあうこと」
が大切だと感じていると。

本当に、10年ほども御会いしていなかったのに、考えていることが同じであったこと
に感動した。互いにいい年をとってるね。
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by eric-blog | 2005-08-26 12:16 | □研修プログラム | Comments(0)

韓日市民フォーラム

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発表資料です! 現場では撮影を忘れていたので、帰国後再構成したものです。m(_ _)m
***********************
韓日市民社会フォーラム 第一分科会「市民教育」発表内容

全体会でのプレゼンテーションで、崔相龍さん(元外交官)が「開かれた民主主義」と「閉じられた民族主義」から「開かれた民族主義」を展望するという課題を提起されました。そのための視点として、民族主義というものも国民国家という考え方が生まれた後のアイデンティティを操作する政治的な意図によって創られてきたという背景を知ることは大事だと思います。

青木保さんという文化人類学者の方は、日本文化の重層性というものを言っています。いまのわたしたちが生きているその社会や文化の中に、過去のさまざまな時代の重層的な影響があると言うのです。仏教伝来以前の「八百万の神」というようなアニミズムの層、仏教そして儒教というアジア的な影響の層、その上に西洋・キリスト教的影響と近代文明の層、と少なくともそれらの4層は、いまのわたしたち日本社会の有り様の中に影響をとどめています。これはどこの社会にもあてはまることなのではないでしょうか。しかも、ぞそれの外来的な文化がそれぞれの地域でどのような影響力を持ったのは、あるいは広がりがありえたのかというのも、違っていることでしょう。[研修プロップ1]

民族主義というのは、近代日本において明治時代以降共有されるようになってきた国民国家を基盤にしたアイデンティティのことです。その共有と広がりを進めたのは日本社会初の公共教育の学制です。尋常小学校という教育制度によって、国定教科書を使って全国的に行ったことです。同じようなことが、韓国やその他の国民国家の枠組みでも行われているのではないでしょうか。

市民教育というのは、この国民国家という枠組みの上に、新たな層を付け加えることだと思います。その内容は、国家の枠組みを超えた国際社会の合意によるものです。例えばジョン・ロールズという人は「万民の法」という論文の中で、国際的に諸社会が共存することができる条件として次ぎの3つを挙げています。・平和主義・法の秩序・基本的人権です。[研修プロップ2]

さらに、いまわたしたちは「人類共通の課題」として環境問題、開発問題など、これからの社会のあり方を変革していく、持続可能な社会に向けての教育を行う必要にも国際的に合意しています。それも市民教育の課題です。[研修プロップ3]
国際社会の、すなわちそれぞれの社会総体の向うべき方向性として合意されてきているのがこれらのビジョンなのです。また、これらのビジョンを実現するためのアクションに、市民がさまざまな形で参加できるような仕組みも、進んで来ています。[研修プロップ4「地球市民社会の仕組み」]

このような教育をESDと言いますが、取り組みは始まったばかりです。わたしたちはすでに国際理解教育の推進に1989年から取り組んでいます。日本で活動をしていて、市民社会の成立や市民参加ということについて、課題だと感じていることがあります。それは日本社会の風土です。[研修プロップ5]・均質さを好み、異質なものを排除する。・力の格差の意識が強く、上下関係が固定的で影響力が大きい。・変化を好まず、リスクを避ける。
これは東アジアに共通するものもあるとよく指摘されます。今回の韓国訪問で、3つの資質については、韓日の違いを強く感じましたが、一つ目、二つ目は似ているのではないでしょうか。

それぞれの文化や風土の特徴は悪ではありません。しかし、対等な参加を阻む傾向でもあるのです。具体的には、いまの人権尊重の方向性である「inclusiveより包括的に、さまざまな視点を取り入れようとする」こと、「力の剥奪状態にある人に力を付与し、力の分有を進めること=empowerment&power shared」、そしてわたしたちの社会を絶えまない改善、Better Quality of Lifeの実現に向けた努力、常によりよいものへと向う姿勢、そのプロセスにあるものとして見る態度、そのような文化に向うことを阻む風土や文化であるのです。

しかし、否定するところから新しいものは生まれません。「するな」という教育は人を育てないのです。何をするのがよいのか、いいパターンを教える必要があります。わたしは、わたしたち東アジアの教育的指導者たちが「参加の文化」を育てることが市民教育の基本であると考えています。それは「肯定的な風土」「対立を前向きに扱う姿勢と技術」「社会的提言を進める力」の3つです。[研修プロップ6]

そのような風土の上に、市民社会の仕組みと参加のチャネルが有効なものとして機能していけるのではないでしょうか。御静聴ありがとうございました。
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by eric-blog | 2005-08-26 12:14 | □研修プログラム | Comments(0)

第三回韓日市民社会フォーラム

第三回韓日市民社会フォーラム

2005年8月19日-22日

ヨルダンの次は韓国です。2001年に第一回が開催されたこのフォーラムは、韓国、日本、そして韓国と相互に開催を行っています。そして今回韓国であったフォーラムに初めて参加しました。

第一分科会「市民教育」という分科会の報告者だったので、そこに2日間とも参加しました。一日目の午後と二日目の午前、合計6時間程度の時間で、報告者は全部で8人。その時間に報告と討議、そしてなんと共同宣言に盛り込む文言の検討まで入っていて、盛りだくさん。時間の制約で起こる討議不足以上に懸念していた通りのことが起こってしまいました。

教育は大事だ、と、例えば環境自治体会議やパイオニア会議などでもこれまでも取り上げられては来ているのですが、実践報告にとどまって、そこからの共通課題の発見や認識、共通課題の解決のための取り組みの検討と推進にまで至らないということです。全国、全世界、ありとあらゆるところで教育は行われており、それらの実践報告を共有するためだけに人が集まるのであれば時間はいくらあっても足りませんし、討議もしないで報告の機会を与えたからと言って、その実践を「大切にした」ことにはならないと思うのです。
さらに言えば、報告者自身も、教育分科会よりは、実践や理論のある他の分科会に出る方がおもしろいし、自分の教育のコンテンツに取り入れられるものがあるとおもっているので出入りが大きい。あああ、やだやだ。思ったとおりの展開だよ。読めばわかるようなことを発表するな!!!! でも発表者だからな、すくなくとも自分は愉しむぜい。

とはいえ、この分科会の報告の目玉は「教科書問題」!!! ホットでコンテンポラリーな話題。当然、第一日目の参加者数は、用意された小さな部屋には入りきらない。二日目の発表者すら、あきらめて別の分科会に行ったという。(ホントかな)34名。二日目は23名。
『未来を開く歴史』教科書の執筆に中韓日で取り組みが始まったのは2001年がきっかけ。委員会が立ち上がって3年で一冊の、いや三冊の本になった。同じ文章、同じ写真、同じ見開き構成の韓国語、中国語、日本語の本だ。5月の発売以来、中国で10万部、日本で7万部、韓国での数字は言いたくないと韓国からの発表者。とはいえ、「世界初」「アジア唯一」「世界一」が大好きな韓国人にとって、とてもうれしく、誇りに思うことなのだと。
調べてみないとわかりませんが、この短時間でできたのは、日本側にすでにたたき台となる本があったからなのではないかと思っています。以前に出版されたものと比較してみようと思います。

柴田さんという高校の先生が編集委員会に参加されていて、そこでの苦労を7点、まとめていらっしゃいました。中学校レベルを目指したが結果は大学生でも難しいだろうと。

中国では歴史は棒読み、丸暗記。韓国では初等教育においては国定教科書、中等教育段階では検定教科書。日本では検定教科書に副読本と、ずいぶんと違う学校教育事情の中で、それぞれにこの本がどのように使われるかはお国柄によると思う。

三日目にたずねた「アジアの歴史教科書連帯」という団体の近くに、あの「冬ソナ」の撮影現場となったソウル市中央高等学校。その学校の歴史の先生が、なんとわたしたちを「体育館」「放送室」「焼却炉」と案内してくださった。そこで、『未来を開く歴史教科書』の活用について訊ねてみた。「いやいや、あれは使わない」とのことでした。やっぱり受験競争がまだまだ厳しい韓国の、エリート校ですものね、教科指導の焦点が違っているよね。

そういう意味では、第一分科会「市民教育」の議論はまったく不十分であったと言わざるを得ません。それぞれの実践とは別に、どのように学校教育、生涯教育全般にわたって、市民性教育あるいは主体性の教育を行って行くか、受験競争というような「個人」の「私人」としての教育投資から、市民教育への公共的な教育投資へと変化させていくことができるのか、それが課題であるはずなのです。

教育的指導者に求められる2つの帽子として、教育者であることと環境運動のアクティビストであることと言ったのは米国の環境教育者でしたが、わたしはそれに加えて「教育政策論議ができること」というアドボカシーをあげたいと思います。というか、逆に、自分の存在を薄っぺらく規定することが、教育的指導者としての資質をundermine、低下させると考えています。自分自身と自分と社会とのかかわり方の両方における重層性を「あれもこれも」と生きることが、子どもたちの「生きるということの質」を「あれもこれも」の豊かなものに導いていくと思います。

今日は環境教育ESD fcの最終日。昨日はフィールドとゲストで多いに刺激を受けました。今日はそのまとめ。楽しみです。
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by eric-blog | 2005-08-25 09:29 | □研修プログラム | Comments(0)

環境教育ESD fc 第一日

環境教育ESD fc 第一日

かくたです。

おもしろかったです。って、いつものことだね。なんだか、参加者数5-6名以下、というのにはまっています。今回も3名、でもこれでは収支は合わないので、あまりこのサイズがいいと言うと担当である佐藤reikoさんの気持ちを萎えさせてしまいそうですが。

人数のせいなのかどうかはわかりませんが、とてもクリエイティブでした。というか、クリエイティブな部分に、すっと入っていける風土だったということかな。

流れはまた記録などで共有できると思いますが、面白かった部分をちょこっと。
・「教室の中の世界探検」を「教室の中の国際標準探検」に致しました。自分たちの生きている現在の「枠」を確認できたのが面白かったです。そこから次のアクティビティに展開したかったのですが、午前中の時間が終わってしまったので、積み残しにし、講座終了後のファシリテーター・ミーティングで扱いました。わたし自身も、この展開に大きな可能性を感じているので、もう少し極めたいです。
・午後の2セッションは8つのアクティビティを、一人一人が「請負」で分担しました。3名の参加者の方に対してはERICのファシリテーターが一人つくという形で進行することができたので、とても良かったです。
・一つのアクティビティには通常30分必要なのですが、今回は前後のふりかえりなどの時間もとらなければならなかったため、15分でお願いし、最大20分と致しました。ペアやグループでの検討時間は「短いな」と感じましたが、30分であれば、そこの時間を延ばすことが可能です。ファシリテーターとしては15分、20分で進行した時のシャープさを忘れずに、時間があるからと冗長にならないことが肝要ですね。
・また、参加者もファシリテーターも、ひとつのアクティビティで「結論」が出ないと心理的にあせってしまったり、時にはファシリテーターに対する不満というようなことになってしまうのですが、今回のように次のアクティビティを担当している次のファシリテーターに迫られていると、どこかで踏ん切りをつけざるをえません。そのために「アクティビティを積み上げる」ということの意味が、よくわかってもらえたのが収穫です。後は、自分ひとりで実践する場合にも、そのことを忘れずに、参加者のとまどいや不満に惑わされず、流れと積み重ねに自信を持って、しかし柔軟に進行することが重要です。
・ESDとは何かということの検討が積み残し課題ではありますが、3日目にじっくりと取り組みたいと思っています。

さて、今日は戸外活動です。日焼けは気にせずに出られそうですね。いってきまーーーす。
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by eric-blog | 2005-08-25 09:28 | □研修プログラム | Comments(0)

天皇の逝く国で

96-9(451) 天皇の逝く国で
ノーマ・フィールド、みすず書房、1994、1995年8刷
In The Realm of a Dying Emperor

たった10年でなんと古びることか。図書館で借りたからぼろぼろなのは仕方ないが、紙の色すら茶けている。そして、平成17年という元号に、常に昭和天皇が死亡した後の時間の流れが現れているということすら、意識しないようになってしまっている。

17年前の風景を、日本人の母とアメリカ人の父を持つ在米日本文学研究者が、描き出す。沖縄の知花昌一、山口の中谷康子、そして長崎の本島等へのインタビューで構成される日本という国は、こんな国だ。
・日の丸を掲げない国民体育大会を認めない国
・チビチリガマでの日本兵の蛮行をあからさまにすることを攻撃する国
・宗教上の理由による「英霊」の合祀拒否を認めない国
・第二次世界大戦における天皇責任を、地方自治体の首長が言えない国

しかし、同時に、その国で、わたしたちは「女性国際民衆法廷」が開かれ、戦時性暴力が裁かれ、国旗国歌の問題が尾をひき、「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を問題にする運動が継続している。

知花さんがやらなくても、誰かが戦った戦いであることが、描き出されていく。政党にかかわらず、本島を支持する運動が組織されていくことが描き出されていく。中谷がずっと共闘する人がいる。

わたしたちの生活や文化の質は、そのような日常によって、保たれるのだと思う。せめて、一つは、そのようにていねいに生活の質を見せる活動を引き受け続けたいものだ。

ていねいに描き出されるこれらの物語を、韓国旅行中に読み上げようと思う。
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by eric-blog | 2005-08-18 19:47 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

ヨルダン旅行

かくたです。

早く発信しないと、今週末は韓国なのです。
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ヨルダン旅行
2005年7月31日から8月7日
カタール航空、ANAにて、関空より、カタールの首都ドーハ経由、アンマンへ。

天然ガスの備蓄が後250年分はあるという、世界一リッチな国カタール。1948年の天然ガスの発見が、それまでの真珠採り、漁業、牧畜の民の生活をごろりと変えた。いまや国民の6割は移民労働者で占められ、ローカルと呼ばれる人々の8割は公務員。税金なし、教育医療無料。イラク、ヨルダンなどの中東の国々以外に、スリランカ、ネパール、パキスタン、ブルガリア、など行き会った人たちだけでも多彩な国籍の人々が天然ガスマネーに群がっている。街はまるで建設会社のモデルビル展示場。茫漠とどこまでも開発することのできる砂漠地帯に、石油より高価な水を毎日二回水遣りすることで維持されている緑で縁取られて点在する。
天然ガスの8割は日本向けの輸出なんだそうだから、日本の購買力が、カタールをして、カタールたらしめているわけでもあるのだけれど。

さて、なぜカタールから、ヨルダン女性連合のハナシを始めたのか。それは、「移民労働者」の存在が、ヨルダンでも色濃く見られたからだ。中東はいずこも民族と宗教と国籍のモザイクだ。しかし、それ以上に、階層のモザイクが際立ってもいる。ヨルダンで、「いま一番金持は誰?」と尋ねると、「ドーハン」(カタール人)だと言う。そして、それは服装でわかる。

ヨルダン女性連合が女性に対する暴力から女性を守る活動を始めたら、外国人労働者の問題にもかかわることになった。特に、家庭内労働を提供している移民労働者の立場は悪い。家庭内における虐待から救出すると、移民労働者の出身国大使館からは、感謝されることもあるし、資金提供を受けることもあるが、いやがられることもあるという。「彼女たちは働きに来たのだから」と。こんなことで文句言っていたら、働けないじゃないかと

『メンデ 奴隷にされた少女』や『グローバル経済と現代奴隷制』が示すように、現在も奴隷制度は生き残っている。家庭内に「召使」がいる状態に慣れているということは、どういうことなのかと思う。「家族のようなもの」と、たずねた家庭ではどこでも説明を受けた。「家族のように扱っている」と。

空港で、ドーハンの女性たちの周りには、必ず赤ちゃんを抱いたり、手を引いたりしている女性召使たちがいた。ランチを食べに入ったレストランでは、離れた席で赤ちゃんの相手を一人していた女性召使がいた。観光地の暑い日ざしの中を、子どもの世話をしている女性召使たちがいた。わたしたち17名の団体を自宅にまねいて歓待してくれるキッチンに、女性召使が、たちが居た。

拡大家族における家事労働は負担が大きい。特に、ドーハンなんて、5-6人の子どもが数が平均だ。だから召使いが必要だ。応接セットが3つも4つもある家族がホームパーティをするような文化である場合、召使がいると楽だ。ということもわかる気がする。

労働者の側も、自国に子どもたちを置いて出てきていたり、若くして働いていたりする。彼女たちが選んだ職業であり、誇りのある、しっかりとした給料をもらえる仕事なのだと、考えはする。

同時に思う。もしもわたしが日本にもあったかつての『紀ノ川』のような時代の、女主人であれ、召使であれ、そのような状況におかれたら、いまのわたしの精神の均衡は到底保てない。と。

そして思うのだ。いま、こんなにも職業が多様になっている時に、そしてヨルダン女性連合でも、社会福祉関係、弁護士、心理学者などの職業についている女性たちがいる中で、女性が「家事労働」従事者に就職していくことの意味を。『ダウリーと闘い続けて インドの女性と結婚持参金』でも思ったが、「家族」という有り様に、取替え可能性のコンセプトが入り込むことが、女性問題であるのだ。

オールダス・ハクスレーは『すばらしき新世界』1934年で、究極の階層社会を描き出した。卵子の段階からの格差、格差を強調し、格差を容認する育ちと意識の持ち方、そして社会的役割の違い。1960年代70年代は、そのような未来を拒否したところから始まったはずだった。わたしの意識も、そのような影響を色濃く受けている。その思想は未熟ではあったかもしれないが、根源的な問いを含んだものだったと思う。そして、その影響は中東ですら同様であったという。アンマンの街中にミニスカートが闊歩したというのだから。しかし、80年代のイスラムの復権が、ミニスカートを駆逐したと同時に、60年代70年代の希求した普遍性ユニバーサリティも、駆逐したように、わたしには思える。

処女妻がいる天国を描く宗教、神を信じないものを不道徳な存在と決め付ける宗教、女を、夫、兄弟、父が養わなければならないとする宗教が、なぜフェミニズムにとって危険でないのか。わからないままである。ただ、そのことを言うのは、あの環境では無理だということは、とてもよく理解できた。まじ怖かったです。
一方で、中東問題が宗教問題でないことは、よくわかったんですけれどね。事務局長のナディラ・イッサ・ハマさんは、自身もパレスティナ難民だが、イスラム原理主義については、戦うために防衛的になるのだと、解説していた。

帰りのカタール空港でも、成田でも、インドやアラブの民族衣装を着ている日本人女性「妻」たちを多く見かけた。どうやら「女」というのは民族に所属する記号らしい。民族のアイデンティティの復活は中東に限らない。そしてそれは、かえって1960年代70年代のしゃにむな「西洋化」の波、時代の画一性からの解放あるいは距離と精神的余裕にもつながるのは確かだ。

ともあれ、今回、中東で感じた危機感と圧迫は、日本社会のいまにつながるものがある。本当の女性解放運動は、これからなのだと思う。そして、何が女性解放なのかを探る道は端緒についたばかりだったのだということ。本当に、自分自身が解放なんか求めているのかね、も含めてね。時間のかかるプロセスをわたしたちは始めたばかりなのだ。圧倒的な、性急な変化ではなく、ていねいな、自覚的で主体的な変化の波を起こして行こう。
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by eric-blog | 2005-08-18 18:19 | △研修その他案内 | Comments(0)

親業・ゴードン博士 自立心を育てるしつけ

96-8(450) 親業・ゴードン博士 自立心を育てるしつけ
トマス・ゴードン、小学館、1990、1993 5刷
Teaching Children Self-discipline by Thoman Gordon, 1990

後書きによると、ゴードン博士が親業訓練を始めたのは1962年、そして日本親業訓練
協会の設立は1980年のことだそうだ。
この本は1993年の5刷目のものだから、かなり日本でも認知が広がったと言えるのだ
ろう。

「権威主義」か「許容主義」かという議論の仕方は典型的な「あれかこれか」型思考
であり、「偽りの問題」と呼ばれるものである。30

1. 専門知識に基づく権威=Experties E型権威
2. 地位や肩書きに基づく権威=Job J型権威
3. 非公式の契約に基づく権威=Contract/Committment C型権威
4. 力に基づく権威=Power P型権威
問題はP型権威が「力でコントロールする」支配すること、そして服従することを求
めることである。この違いを混同しないこと。31-37
第一部では、これまでのしつけについての検討から始まり、第2部では、それに代わ
るものを提案している。
第二部の第7章では「家庭や学級を、新しいやり方で運営する」ための参加型の事例
と方法を紹介している。
グラッサー「参加型経営」モデル172-174
生徒は2-5人の「協同学習チーム」で学習し、教師は参加型経営者として関わる。

心理学者レイモンド・コルシニのC4R。177-8
コルシニの4Rとは
・責任 Responsibility
・尊敬 Respect
・資質の豊かさ Resourcefulness
・応答性・思いやり Responsiveness
生徒はおとなと同等に扱われる。そして学校機能を統治する「憲法」によって、権利
と義務をもっている。...基本ルールは次の3つだ。
1. 危険や危害が予測されることはしない。
2. 管理されている場所にいるか、管理された場所の間を移動中であること。
3. 教師が「教室から出るように」と合図したら、ただちに静かにできること。
これらのルールを破ったら、わたしたちの社会の法制度と同じ。

ゴードン博士が最初に出した本は『集団グループ中心のリーダーシップ』というらし
い。リーダー対メンバーではなく、グループのよりよい意思決定というのはリーダー
を含めたグループ全員にあるという。また、彼は、家庭で子どもがルール作りに参加
することによる利益を次のように示している。181-2
1. 子どもが自ら進んで、そのルールを実行し、従おうとする。
2. 決定の質が高くなる。
3. 親子の関係が親密で暖かくなる。
4. 子どもの自尊心と自信が強まり、運命を自分でコントロールするという感覚が強
くなる。
5. 子どもの個人的責任感と自己規律が高まる。

参加の原則を系統的に活用する方法のひとつが「6段階の問題解決プロセス」182-186
これはデューイの考え方を借用したものだ。
第1段階 問題を確認して定義する
第2段階 解決案を出す
第3段階 解決案を評価する
第4段階 決定
第5段階 決定を実行する
第6段階 実行を評価する

実は、ことばによらない問題解決プロセスでも、ふつうは六段階を通るものだ。193
そして、子どもがこの六段階を使って問題解決ができるようになることを助ける。
202
能動的な聞き方234
と紹介されているのはActive Listeningのことかな。これは「あらゆるところで、あ
らゆる人に」と紹介されている。
最終章の第11章は「民主的な人間関係が、心身の健全さをはぐくむ」




---------- ESDのビジョン --------------
・持続可能な開発/発展/社会
・社会的な公正/正義
・人権の尊重
・市民としての参加/責任/権利
・よりよい生きるということの質

---------- ESDのアクション ------------
・相互依存性 ・多様性 ・力の分有
・コミュニケーション ・対立は悪くない
・協力、協同、協働、共生
・価値観と認識 ・信念を持って行動する
・行動や現象の因果関係=原因と影響
・未来の世代のニーズと権利に対する配慮
・行動における不確実性と予防原則
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by eric-blog | 2005-08-18 18:17 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)