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NPOと社会をつなぐ

94-3(439)NPOと社会をつなぐ NPOを変える評価とインターメディアリ
田中弥生、東京大学出版会、2005

いい本である。田中さんも、昨日紹介した清末さんと同じく大阪大学国際公共政策学博士課程。この本は、その博士論文の後半をベースにしたものだという。

17年間NPOのインターメディアリを研究して来られたというのだから、まだ「ネットワークの時代」なんてことが言われていたころのことだろうか。また、JATANの黒田洋一さんなども、「資金の再配分機能」を果たせる団体の必要性を行っておられた頃のことだ。

市場メカニズムというサービスと対価変換装置に対して、NPO自体が資源を社会サービスに変える資源返還装置であると、田中は考える。市場メカニズムの働かない場で、どのようにその変換が適正化されるかという課題と、さらにそこにインタメディアリという仲介装置の存在が果たす役割があるということだ。

ERICの場合を考えてみると、収入の半分は自治体や公共団体の研修委託という「公的な資金」を公共的教育課題のための指導者育成というサービスに変換している。残りの半分は個人的な資金だ。

そこにインタメディアリが介在するとすれば、それは現在環境省などがとりまとめている「研修登録制度」のような広報機能だろうか。田中のような議論とはほど遠いところに存在しているわけだ。それがなぜかというのはまたおもしろい課題なのだが。

NPOの変化と進化ははげしく、だからこそ、NPOを取り巻く課題も進化していると著者は言う。1990年代までの「無関心」が「関心/無行動」に、そして「探索」「参加活動」と変化してくる。探索活動が市民層に厚くなったときに、「選択肢不足」「ミスマッチ問題」が生まれている、そこに必要なのがインタメディアリであり、またそのインタメディアリ機関が、機能するためには「評価」能力が不可欠なのだという。だからこそ、インタメディアリが存在するNPO社会は、発展する。というか、評価というものは、点検改善につなげるためにも行われるものだから、その二つの目的を果たしてしまうのだよね。

いま、どのような評価方法が活用されているのか、また、参加型評価も行われている辞令が紹介されていたり、NPO評価について考えるためにも、適切な本である。
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by eric-blog | 2005-07-30 09:36 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

人権研修05

人権研修05

二日間の研修、楽しかったです。何よりも、人数が少なかったので、気の使い方が格段に違っていて、楽でした。自分自身との対話やリラクゼーションが非常に豊かに持てたと思いました。楽しくアクティビティを過ごすことが表面的なように見えていて、実は深いところにある、自分の中に呼応するものを少しづつ刺激され、呼び起こされていたのだなということがわかりました。それが「意識の流れ」のなせる技なのかと思い当たりました。
「感情の扱い方」についての質問が出されたとき、「祈り」のこころに言及しつつ、哀しみにふれることの多くなった現代、どのように心を扱うかについての熟慮なしでは、「心は鉛」になってしまう。そんなことを考えました。「わたしはいつから、何を祈りたくなったのだろうか」と振り返ったとき、9.11のことが、そしてその後のアフガン、イラク、米国で起こったこと、起こっていることが思いの一端にありました。普段は忘れていることに、気づきます。そしてそのことに、改めて涙が沸き起こりました。

今回は、「傷つけることば」「多数派・少数派体験ゲーム」「しがらみの糸」を体験しました。アクティビティは進化する、と思います。参加者が持ち寄った新たなやり方、新たな気づきによって、深まり、広がって行くことを感じます。

一方で、ファシリテーターとしては、「半構造的アプローチ」で、もう少し整理分析することのできる枠組みを先行知見からリニューアルすることも怠ってはならないなと思いました。その努力が、基本的なアクティビティの現時的意味を、参加者からの気づきとともに、生み出してくれるように思います。そのような専門的な知見の裏づけが、行動化の助けになるような形で使っていけるようにしたいですね。課題です。

ERICのファシリテーターと呼ばれる人たちはどのように形成されるのか、どのような資質、どのようなクオリティを意味するのか、道筋の道標づくりと、そして評価の基準の明確化も必要になってきているなと感じます。これも課題です。

次回のアクティビティ・コースは、木野みほさんの「対立」そして山中玲子さんの『開発のための教育』ですね。どちらもとても楽しみです。事前段階における広報、そして参加者へのinvitingな情報提供にご協力いただけますように。
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by eric-blog | 2005-07-30 09:16 | □研修プログラム | Comments(0)

ヨルダンに行く前に

ヨルダンに行く前に

今回のヨルダン・ツアーは、清末愛砂さんという方が案内人。彼女の書いた文章が事前学習用に送られてきている。それらの資料によると、彼女は1972年生まれ、現在大阪大学博士後期課程。2004年12月から難民に対する聞き取り調査に行っており、また、それ以前にもヨルダン訪問の経験があることが文章から知れる。

中東に触れたい、という思いから申し込んだのだが、いまは、案内人の33歳の彼女が、なぜ、パレスチナに関わるようになったのかにもとても興味がある。そして、在日朝鮮人という日本に存在する「パレスチナ人」、日本の植民地主義、軍国主義とイスラエルという国との類似性、イラクに軍隊を送っている国、というような認識にどのようにして至ったのか。

送られてきた資料は以下。

・月刊ヒューライツ 206 2005年5月「世界のどこかで活躍する無名の女性たちの声を紡ぐ1」
・パレスチナの平和を考える会 「連続する難民化と二度にわたる家の喪失」2005年4月
・季刊梟 2005年5月 「二軒の家を失ったお爺さんたちの人生」
・前夜ブックレット1 「植民地主義を継続する限り「戦後」は始まらない」 2005年7月・季刊前夜 2005年春 「「戦後」はいまだ始まらない」
・季刊前夜 2005年夏 「「反テロ」時代の「女性解放」」
・Women's Asia 21 no.42 Spring 2005 「近くて遠い故郷 ヨルダンでパレスチナ難民として暮らすこと」
・ツアー参考資料「ヨルダンタイムズ記者 Rana Husseiniさん 「名誉殺人の告発」」

Ranaさんの記事が胸を打つ。「名誉殺人は、ヨルダンにおける女性の人権に対する意識が近代化したときに実現するのでしょう。」また、彼女は「名誉殺人」の問題を取り上げながら、次の2点にも注意を喚起している。1.「名誉殺人」は特殊なことであり、すべての女性が名誉殺人という形で脅かされているわけではない。2. 「名誉殺人」は文化であり、宗教ではない。イスラム教で名誉殺人が規定されているわけではない。

ヨルダンにおける殺人事件の3分の一が「名誉殺人」によるという。
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by eric-blog | 2005-07-29 08:35 | Comments(0)

PLT研修05007

PLT研修

2日間のPLT研修が終わりました。
今回、ファシリテーターを務めていただいた廣嶋さん、ありがとうございました。

PLT Secondary Modulesの中から選んだアクティビティをプログラムづくりに生かした展開はなかなかに好評でした。
・マイマイガのジレンマ (佐藤宏幸)
・タフチョイス (鬼木たまみ)グループワークは角田
・森を調べる (佐藤宏幸)グループワークは廣嶋
・廃棄物焼却発電 (佐藤玲子)
・プラスティックリスク (木野美穂)
・緑の空間 (梅村松秀)
新しく開発された『The Place We Live』も含めた5つのモジュールから上記6種をピックアップしました。きれいにレイアウトしてくださった鬼木さん、ありがとうございました。とても見やすかったです。
翻訳にご協力いただいたみなさん、ありがとうございました。また、翻訳されたものを実際にプログラムづくりに生かすことで、これからの課題も明確にされたのではないでしょうか。
PLTは学校教育カリキュラム向けであるにもかかわらず、残念ながら学校の先生の参加者が少なかったために、行動計画のところで「学校のカリキュラムにどう取り入れるか」ということに集中できなかったのが、今後のSecondary Modules開発の課題発見につなげることができませんでした。しかし、代わりにESD推進一般のマクロな課題と自分たちの実践をつなげることができたのは収穫だったと思います。

記録作成に当たっているファシリテーターのみなさん、Secondary Modules日本版の開発を視野に入れながら、ご協力いただけますように。

さて、今日からは人権。お一人居続けの方がいて、なんだかうれしい気持ちです。
PLTは7名、人権は4名。うーーん、これで大丈夫なのか、とは思いますが、ESD fc第1期第2年、さまざまな形が整いつつある過程において、重要なものが見えてきました。

何よりも、共同開発共同実施の形が見えてきつつあるのがいいですね。

今日からのご担当は大阪の栗本敦子さんです。よろしくお願いいたします。
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by eric-blog | 2005-07-28 09:22 | □研修プログラム | Comments(0)

自閉症の子どもたち 間主観性の発達心理学からのアプローチ

94-2(438) 自閉症の子どもたち 間主観性の発達心理学からのアプローチ
C.トレヴァーセン、K.エイケン、D.パプーディ、J.ロバーツ ミネルヴァ書房、2005
Children with Autism, Diagnosis and Interventions to Meet their Needs, 1998

臨床心理学的なアプローチから始まった自閉症についての研究も、いまや本屋さんに行けば「認知心理学的アプローチ」から脳生理学的なアプローチと、さまざまな分野の専門家が取り組んでいる課題であることが知れる。それらの中から、この本をわたしが選んだのは「間主観性」という、わたしがワークショップを説明するときに使うことばが題名につけられていたからである。ワークショップというのは客観的な事実や概念を生み出すものではなく、間主観的な共通理解を創り出す作業であるというのが、わたしが考える「参加型」の意義だが、発達心理学の分野で、親と乳児の関係記述についてこのことばを使って世界的に著名な方が、この著者であるとのこと。

426ページもの大著であるこの本は、1994年に出された同名書籍の第2版である。自閉症というのはその間主観性の確立に向かう動機付けに問題があると考えるのが、著者らの立場である。人との関係づくり、コミュニケーションに対する情動や動機という部分に、弱さがあるのが自閉症だと。

序に述べられているこれまでの自閉症児についての研究についての比喩は、おもしろくも切ない。「街灯の下で、鍵を探している人に、どこで落としたと思うかとたずねたら、どこで落としたかはわからないけれど、ここが明るくて見やすいので、ここを探していると答えた」

第二版では、より幅広い自閉症児研究に焦点をあてて、研究の全体像の把握を行っていると訳者あとがきは言う。
で、結論。「自閉症は動機の調節に影響を与える脳成長障害である」110
いまだに、脳機能のどこが、どのようにと特定できる障害ではなく、それらの脳機能障害と、その結果起こる他者との相互作用からうながされる成長における障害などの複合的なものだというわけだ。
そして、自閉症の子どもたちにとって、もっともニーズにあった効果的な方法は、「即時に直感的感受性によって、この世界や人々への興味を導くような子どもの動機に応答すること」だという。332

問題は、450ページもの研究書に眼を通すことが直観力のさまたげにならないようにすることなのだがね。

正高信男が紹介していた「パトリシア・クールの研究でMothereseというのがあり、母親語と著者が名づけて研究したその特徴は、「子どもが応答するまで発話する」ということである。」にもあるように、コミュニケーションの最初は、「コミュニケーションとは応答のしあいのことだ」とわかるまで働きかけるということだ。竹内敏晴なんかが言っていることもそうだ。届くまで。

原言語とか、原会話とか、乳児の発達についてのさまざまな知見が手際よく紹介されているという点でも貴重な本である。こういう研究書を読むと、チーム力の高さがうらやましい。
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by eric-blog | 2005-07-27 07:07 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

服従の心理 アイヒマン実験

94-1(437) 服従の心理 アイヒマン実験
S.ミルグラム、河出書房新社、1980.1995改訂版
Obedience to Authority: An experimental view, 1974 by Stanley Milgram

この本が出版された1974年と言えば、わたしが米国の高校に交換留学していた時。大学の心理学の授業でも紹介され、また、人権教育に取り組みだし、「多数派・少数派体験ゲーム」の項目の中に、「人を指差して笑う」というような命令があり、その問題について参加者と話し合うときに紹介もしている。

久々に原本を手にとって、ショックだったのは、これが「学習実験だった」ということだ。生徒が対語を記憶するというのが課題なのだが、失敗したら電気ショックを流す、それをどんどん失敗ごとにショック・レベルを上げていくのだ。そして「学習に対する罰の効果を研究する」のだ。

そこに「ショック・レベルを上げる」ことを命令する実験者が「権威」として登場する。そこで、どこまでのショックを与えることに被験者である人が従うかを実験しているのだ。

1000人以上の人々に、結果としては実験することになってしまったこの実験は、最初は単純な動機から始まったのだという。良心と矛盾する行為をするように命ずる、そのときに人はどうするか、である。そして、結果はハンナ・アーレントが『イェルサレムのアイヒマン』1963で指摘した通り、「悪の平凡さ」。アイヒマンは化け物のサディストでもなければ、特段に攻撃的な人物でもない。人は権威に服従するのだ、と。


さて、何回も繰り返された実験は条件をさまざまに変えて行われ、さまざまな考察がなされている。これらの事柄について、検討するだけでもおもしろいと言える。

1.遠隔
2.発声
3.近接
4.接触
5.新しい基本条件
6.職員の交代
7.権威の近さ
8.女性の被験者
9.被害者の限定契約
10.建物の環境
11.被験者がショック水準を自由に選ぶ
12.生徒がショックを与えられることを要求する
13.ただの人が命令を出す
14.権威が被害者になり、ただの人が命令する
15.二人の権威、矛盾する命令
16.二人の権威、一人が被害者となる
17.二人の仲間が反逆する
18.一人の仲間がショックを送る

いま、わたしたちが考えている「質の高い教育」とは、このような発見の上に積み重ねられたものでなければならないのではないだろうか。「悪の凡庸さ」を、一人ひとりが自覚することから始めることを。
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by eric-blog | 2005-07-26 08:36 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

人権ファシリテーター研修2.5日プログラム

記録

一日目
セッション1 共通基盤づくり
ミニレクチャー「差別のある社会における人権教育の課題」
傾聴[ノートテイキング→二人一組]
話し合いの心がけ[二人一組→全体]
ミニレクチャー「参加型学習の3つの要素=わたし・あなた・みんな」
自分を見つめる4つの窓
10人の親しい人々
これまで学んで来たいい言葉・うれしかった言葉
自分自身のいいところ
いいコミュニティの条件3つ
正確に聞く傾聴
参加者アンケート  10.40
なぜ教育が大切か
行政の役割は何?
身近なコミュニティの課題
これからの人権教育に求められるもの
発表 11.10-
じゃんけんゲーム
「いまの○○はなぜ?」[分析の手法で深めるグループ作業→壁に張る]

セッション2 流れのあるプログラムの体験
1.参加者はどんな人?
2.三段論法の落し穴
3.少数派・多数派体験ゲーム
4.「遅れてきた定着民」

セッション3 プログラムの検討
「遅れてきた定着民」300年後 14.30-
行動につながるアクティビティづくり 15.15- 「気づき」から展開を考える[12のものの見方・考え方練習帳を使う]
ファシリテーターのスキル・チェックリスト
人権教育ファシリテーターが心掛けるべきこと
無限のカテゴリーのバランスシート
差別のある社会の全体的不利益とは何か? 16.10-
教室の中の世界探検=つながりと豊かさ、社会的有利性の配分 16.30-
ふりかえりのeQi[二人一組→全体で共有]

2日目 
セッション4 アクティビティづくり・プログラムづくり 8.45から
からだほぐしの気功
昨日のふりかえりを傾聴で
共通する3つの学び→「ふりかえりのeQi」に張る
プログラムづくりのための対象についての理解
「差別についての7つの立場」ワークシート
それぞれの立場の人はどれぐらい居ると思うか・分配円グラフ
自分たちの課題は何か
接続詞で論理トレーニング 9.25-
「人権教育で伝えたいこと」[オープンマーケット方式で仲間づくり]
4つのカードを論理で結んで起承転結の流れづくり
流れのあるプログラムづくり 
発表 11.20-
差別を感じさせない社会づくり
職場の活性化

セッション5 プログラムの発表と評価
評価の視点、発表のポイント、効果的な聞き方の共有[二人一組で検討→全体で共有]
発表 13.15-15.10
職場のセクシャルハラスメント
あなたが知らない差別に気づく
傍観者から行動者へ
体験から人権を知る
子育て支援
身近なユニバーサル・デザイン

セッション6 ファシリテーターの資質とそのためのスキル・トレーニング
行動化につながるアクティビティ
あなたは信じる・信じない?
「信じていないのについついやってしまっていることの危険性」
指摘の仕方・受け止め方
長所を活かして
効果的で効力感の高まる「対立の扱い方」
行動力のためのスキル・トレーニング=『対立から学ぼう』より 16.50-
対立の場面の自己分析
感情を受け止める
共感的傾聴
マッサージはメッセージ

3日目 8.45-
セッション7 ファシリテーターとしての課題

昨日までのふりかえり
セッション1「共通基盤づくり」のポイント
自己紹介は「わたし」を見つめ、そして他者に関心を持つための時間
名刺づくり=4つの文章、ひとつはウソ
人生の河
傾聴
アドボカシー・ビンゴ
日本社会の○△□
休憩 10.05-10.20
過去の共有[四人一組のグループ作業 20']
変化のパターンと「これからの教育」のキーワード
こうなりたい私=ファシリテーター
サークル・タイムでふりかえり 11.07-11.45

おもしろかったです。
何よりも、参加者が「エンパワー」された実感があるのが良かったです。

かくた







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by eric-blog | 2005-07-25 16:48 | □研修プログラム | Comments(0)

ダウリーと闘い続けて インドの女性と結婚持参金

93-2(436) ダウリーと闘い続けて インドの女性と結婚持参金
スパドラーブ・ブタリアー、つげ書房新社、2005
The Gift of a Daughter, Subhadra Butalia, 2002

「女制性の取り替え可能性」をつくづくと思い知らされる本である。
・美しい
・家事ができる
・子どもが生める
・嫁としてうまくやっていける
人格よりも役割、個人よりも社会。さきほど「要求型」「達成型」「貢献型」という
発達段階と書いたが、達成型への努力を前提としない「貢献型」つまり、個性以前の
役割としての貢献だけにはめられがちなのが、女制性たちなのだということを、どの
ように捉えればいいのだろうか。

人権研修で「パートナーに求めること」を女男に分かれて考えたことがあった。男制
たちはうきうきと、「理想でいいんですよね?」と作業に勤しみ、墓穴を掘った。
・料理が上手
・美人
・性格がいい (どういう意味で、だ?)
・良妻賢母

女制性たちのグループでは
・人柄
・経済力
が、票を二分した。

結婚が家同士の結びつきのことであり、そして結婚における女性の位置が、とり替え
可能な「嫁」「妻」「母」である限り、一旦始まってしまった「ダウリーの悪循環」
を断つことは難しい。

・結婚式に行くと関心事は2つ。外見とダウリーの額。
・しかし、結局はダウリーの額はどっちみち価値がない。持っていかなかったために
歓迎されなかったし、十分持って来なかったために歓迎されないという違いがあるだ
け。12
ダウリーそのものが女性の価値を下げるのだ。そしてその結果としての女性への暴力
の拡大。

隣家の若い嫁が義母たちに火をつけられ、2週間後に死んだという、その事件は1970
年代のことだ。それ以来30年間筆者が闘い続けて、いま得られたものはなんだろうか。
・団体の設立、司法制度への働きかけ

この本はダウリーについての理論的なものではないので、十分な分析は示されてない
が、インドにおける貨幣経済および消費経済の浸透が、ダウリーの習慣に影響してい
るのは否めないのではないだろうか。


-- 本トのインタビュ===まとめ方の三原則 --

・話された言葉やデータを大切に
・話されていないことでも話していい
・話したくないことは話さなくていい

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by eric-blog | 2005-07-19 17:23 | ■週5プロジェクト05 | Comments(3)

生命の樹 あるカリブの家系の物語

93-1(435)生命の樹 あるカリブの家系の物語
マリーズ・コンデ、平凡社、1998

曽祖父アルベール・ルイから始まったカリブの黒人の一家の三代にわたる物語。アルベールは、パナマ運河の建設というチャンスによって、プランテーションの労働者という以上の収入を得ていく。子どもたちには教育を受けさせ、二人の息子は商売を成功させ、政治を志す。

物語の語り手の母は、教育を受け、フランスに渡る。母のフランスでの最初の出会いで生まれた子どもココは私生児として、人に預けられたまま育ち、10歳で連れ戻され、母とその連れ合いとともにイギリスに暮らし、そしてカリブとの再会がもたらされる。

一族は、フランスにイギリスにアメリカに渡ることは承認しつつ、ムラートと、白人と、あるいはまたジャマイカ人と出会い、混交の子どもたちが生まれることに抵抗する。一族は、結婚式に出ることそのものを拒否し、あるいは列席した場合でも、妊娠中の女奴隷を罰するために、まず大きな穴を掘らせ、おなかをそこにうつぶせにして、背中や腰を打ち据えた、られた記憶が、白人との結婚を祝福する気持ちを妨げる嘔吐のようにこみ上げてくることを知る。

フランス人との混交であるココに、なぜ、一族の墓に、白人と結婚した人々、子どもたちが不在であるのかを問われ、祖父は、それらの名前を新たに彫ることで和解を求めようとする。しかし、ココには、祖父が彼らのそれぞれの物語を知らないことが明白だ。

長い、長い不在の物語を遡る旅の結果、ココが発見するのはこのようなことだ。
「一家の歴史を語れるものがもはや誰もいない、そもそも何も知らない、という時代が、こうしてやってきたのだ。もはや人が、母親たちのおなかの中で、終わりのないほどの懐胎期間に、古くからの家系の物語をしっかり身につけてようやく生まれてくるのではない時代は。現代が現代でしかない時代は。そして個人が個人でしかない時代は!」411

しかし、語り部として、死者たちの物語を掘り起こし、語り終えたとき、それは私の物語の一面でもあることをココは自覚する。「すべての敗北に血を流しすべての失望に身を焦がしたのち世界の反対側に逃げていった彼女(ココの母)」をふくむ自分自身の血をごまかすことはできないことを刻印のように感じながら。

なんて、まとめるには、長い、物語なんだよね。

ラフカディオ・ハーンの『カリブの女』も同時に読んでみました。カリブという気候、植生のエキゾチシズムが描写量を増やすのだろうな、と思います。熱い夏に読むにはいいね。『百年の孤独』の乾いた感じとはまた別だねぇ。
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by eric-blog | 2005-07-18 11:15 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)

生涯学習がつくる公共空間

92-8(434)  生涯学習がつくる公共空間
佐藤一子、柏書房、2003

「学習者中心」の参加原理は、そのままで「地域社会・社会集団にねざす学びの共同
性」にはつながらない。そこで学習実践の方法原理にとどまらず学習実践に関する
「知」の探求の方法論として「参加的方法participatory research」が生みだされて
いった。
その特徴は以下のようである。23

1. コミュニティの課題研究
2. 研究の目的を「人々の生活の改善」
3. 全体過程をコントロールする人々をまきこむ
4. 搾取され、抑圧された民衆に関わる
5. 民衆が自分自身の能力について自覚し、力を支援する
6. 特別の訓練を経た人々と、民衆との共通用語でなりたつ
7. 専門家もプロセスに関与する参加者・学習者

「生涯学習という「公共空間」を形成する関係性構築の実践=研究は、...多様な模
索と挑戦を含んでいる。」24

この調査の課題として
・社会的関係性の構築に向けた学びの共同性の意義
。社会変動にさらされている地域社会・社会集団の組織的な学習過程と、...自己と
社会の架橋のさまざまな方法・可能性をさぐる

--------------
88-3(410) NPOの教育力
を読んだときもそうだが、なぜ社会教育実践に「争点」がこんなにも見えて来ないの
だろうか。なんなんだこれは、と思った。研究者と対象の「参加的方法」ゆえの距離
感から批判できないということなのか、それとも、こんなにもわたし自身がいまの教
育において感じているフラストレーションが存在しない日本社会がどこかにあるのか。

ここから別のアクティビティを作り出そうとして、どのような運動や実践が取り上げ
られているのかをリスト化していて見えて来たことは、例えば、次のようなフレーズ
に象徴される。
「職員のいる公的施設であるがゆえに、「ゆう杉並」を避ける若者もいる。...たと
えば喫煙問題について職員は「正面から取り組み、何度となく彼等を説得して、禁煙
することを要求した。...」未成年者を対象とする施設として陶然の対処ではあるが、
この指導により一定層が施設から遠ざかった可能性がある。」85
一事が万事、このような書き方であるのだ。大きな枠組みからの提示、問題提起がな
く、優れた実践に焦点をあてていると、それらの実践者あるいは実践コミュニティは、
「問題を発見し、手立てをたてて改善し、継続している」から、問題ではなくERICでも
いうところの「課題」でしかない書き方になる。それで、全体としての社会に本当に問題
はなくなったのか、という視点が徹底的に欠けている。

285ページにも及ぶこの大著の、最後の締めくくりが悲しい。たった5ページで中川恵
里子さんが「生涯学習支援の課題」としてまとめているのは
1. 自立と支援
2. 成人を支援することの特殊性
3. 仲介役としての支援者の役割
であるのだ。

自主ゼミのまとめであってみれば、この程度の「お勉強」であっても仕方のないこと
なのだろう。しかし、その同じ姿勢が「NPOの教育力」でも貫かれていた。このよう
な「専門家」のためにわたしたちの税金が使われている。本当に必要なアウトプット
が出されてくるのは、誰から、いつになることだろう。彼等の間で、どのような議論
がなされたのかということすら、疑問である。テーマはいいのにね。

実践例
・共同学習運動(50-60年代)
・公民館学習(70年代-)
・信濃生産大学(60年代-)=自発的学習活動プラス行政による支援
・生活クラブ
・自然学校
・八潮市「生涯学習まちづくり出前講座」
・鶴ヶ島市「まちづくり市民講座」
・富士見市民大学講座「生涯学習演習コース」 ワークショップ的学び合いと実践活

・「ゆう杉並」
・職業体験学習
・児童館
・音楽ワークショップ
・歌のグループ さくらんぼ
・映画鑑賞
・北米のセルフ・ヘルプ・グループ
・フェミニストカウンセリング
・足立区女性大学
・女性の草の根ネットワーク「ネットワーク2002」(デンマーク)
・障害児放課後グループ
・川崎市ふれあい館
・ふじみの国際交流センター
・東京建築カレッジ
・東葛看護専門学校
・英国の教育政策 比較すると日本には専門職横断的な資格根拠がない


---------- ESDのビジョン --------------
・持続可能な開発/発展/社会
・社会的な公正/正義
・人権の尊重
・市民としての参加/責任/権利
・よりよい生きるということの質

---------- ESDのアクション ------------
・相互依存性 ・多様性 ・力の分有
・コミュニケーション ・対立は悪くない
・協力、協同、協働、共生
・価値観と認識 ・信念を持って行動する
・行動や現象の因果関係=原因と影響
・未来の世代のニーズと権利に対する配慮
・行動における不確実性と予防原則
-----------------------------------------
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by eric-blog | 2005-07-16 09:04 | ■週5プロジェクト05 | Comments(0)